11人が本棚に入れています
本棚に追加
葵と恭子のお散歩トーク。(視点:恭子)
葵と並んで人混みを歩く。まったくもう、と改めて笑いが込み上げてきた。
「あんたがあんなに甘え下手とは思わなかった。しかもいじけてばかりいるようにしか見えなかったのに、私のアドバイスへ素直に従って本心を吐露していただけなんて、わかるわけないっての」
いじりまくると、悪かったよ、と頭を掻いた。
「よくわかんねぇんだ、人に寄り掛かるのって。どこまで自分を預けていいのか。内心を全て吐き出して構わないのか。それとも言っちゃいけないことがあるのか。……恭子と咲ちゃんになら、隠すべきものも無いから曝け出して構わないと思ったのだが」
「親しき中にも礼儀あり。第一、どうせするなら前向きで楽しい話がいいわ。辛気臭い愚痴も、まあ聞くけどさ。出来るだけ明るく過ごしましょうよ」
うん、と頷く葵の顔はまだ少し赤い。照れ屋さん、と頬をつつくと珍しくされるがままだった。うーん、この反応こそ素直な一面なのかしら? ねえ、と覗き込む。
「葵って、よくわかんない人ね」
「あ? 何だよ急に」
「だって思い返せば、あんたの本心をちゃんと聞いた覚えがほとんど無いもの。ちゃんと必要な話はしてくれた。辛い思いや傷付いた心を曝け出してくれた。こないだの田中君との一件の時も、二年前に死に掛けた際も、六年前に私へ告白してくれた時も、大事な気持ちはきちんと私へ打ち明けてくれた。こっちも、精一杯応えたつもり。だけど普段のあんたが何を考えているのか、どんなことに対してどんな感情を持っているのか、よくわかんないなって今日気付いた。親友同士でも思考パターンも理解していないと痛感したわ。無理に全てを知る必要も無いけどね。そんな関係で私達はずっと一緒に過ごして来たし、多分これからも同じ様な感じの距離感だと思う。ただ、知らないんだなぁ、わからないんだなぁ、葵の考えが、ってようやく気付いた」
出会ってから六年間、一番近くで過ごして来たのにね。
「……喋らないからな。私は私自身のことを」
「そうね。だからこそ、私も咲ちゃんも気付かなかったけど、言われてみれば確かに変だったのよ。後ろ向きな内容とは言えあんたがぐじぐじとひたすら心境を垂れ流していたのだから。まあそれで勝手に自分の殻に籠って、一人で過ごすし我慢する、とか言い出したから私に殴られたわけだけど」
「暴力反対」
「それについてはごめん。ただ、あれも葵の本心だったのよねぇ。その上で最後は面白くなっちゃった。あんたが私達の思っている以上にひねくれているんだなってわかったから。そうそう、我ながら上手い例えが浮かんだのよ! 葵のへそは三百六十度ひん曲がって、自分に刺さっているんだ! だから自分で自分を傷付けている! って田中君と咲ちゃんに言ったの。なのに二人ともいい反応をくれなかったのよ。葵はどう思う?」
率直に問い掛けると、アホか、と溜息を吐いた。
「私自身へのマイナスな評価に対する意見を本人に訊くなよ」
「葵がどうこうじゃなくて、例えの部分よ。上手いことを言ったと思わない?」
葵は呆れていたけど、いいんじゃねぇの、とぶっきらぼうに呟いた。でしょぉ、と私はブイサインを繰り出す。いい例えが浮かんだのは、最近、通勤の際に落語を聞いているおかげかもね。
「まあ有識者の方が上手いと思うがね。田中君が私を理解しているが故の二つ名であるのは業腹だが」
ねえ、と葵の腕に自分のそれを絡ませる。また不安定にならないように。私が掴まえているって物理的にわからせるために。
「ところでさ、田中君ってば相変わらず葵への理解度が図抜けているのね。あの咲ちゃんをして、葵の内心がわからないから田中君へ訊きに来た、と言わしめたもの」
そうかい、と愛想の無い返事が聞こえる。
「しっかし咲ちゃんもいい根性をしているわぁ。なかなか取れない選択肢よ。自分の彼氏が告白してフッた女の気持ちについて、その当の彼氏へ教えて貰いに行くなんてさ。それだけ葵を大事に想っているから選べたのでしょうけど」
呆れるやら感心するやら。そんな私に、なあ、と葵がとても小さな声を掛けて来た。
「何」
「……恭子と二人きりだから訊くのだが。その、そんなに田中君は私の内心を言い当てていたのか?」
「……気になるの?」
おぉ、赤面しておる。可愛いわねぇ。意外と乙女な一面があるのは昔から知っている。あと、愛情が滅茶苦茶重い上に真剣に感情と相手へ向き合うから恋心を物凄く引き摺る一面も。主に実体験でね。私に告白してフラれてから最低四年は悩んでいた。大したものだし、なんなら私もこないだまで葵に対してどこか複雑な感情を抱いていたからお互い様なのかも知れないけどさ。
「他の皆には絶対に内緒だぞ。お前が相手だから訊いているんだ」
「乙女か」
「いいから」
うーん、可愛いけどちょっとだけ怖さも感じるのよねぇ。葵がストーカーへの兆候を見せたらチョップを何発かませばいいのかしら。本当は全力で蹴っ飛ばしたいけど、真っ二つに折れちゃいそうだからなぁ。さて、それはともかくご期待に応えるお返事をあげようかしら。事実だしね。
「そりゃあもう、お見事の一語に尽きるわよ。私達が戻った際に葵が発するであろう第一声も見事に当てたし。素直にいじけているから心境を吐露している、とかおおよそ凡人では至り得ない思考パターンもきっちり見抜いていたし。どんだけ甘え下手なのよって私がプリプリしていたら、甘えたことの無い人が初めて挑戦したのだからしょうがない、って擁護していたし。彼の方がよっぽどひねくれていると今までは思っていたけど、今日の葵の発言で確信した。あんた達、確かに似た者同士だわ。普通、ここまでひねくれないもの。一体、どういう人生を歩んで来たらこんなにいじけ虫や皮肉屋になれるわけ? まあ、だからこそ純粋で真っ直ぐな咲ちゃんにあんた達は惹かれるのでしょうけど。それはともかく、昔から葵と田中君がお互いを似た者同士って評していた理由がよくわかった。そして、今此処で言うのはもしかしたら違うのかも知れないけどさ、あんた達二人が惹かれ合ったわけもね。似た者同士の同族嫌悪、なんて腐しながら、お互いに相手が自分と同じような視点や思考、価値観を持っていると気付いていた。そりゃあ、憎からず思うわけだ。やけに納得しちゃったし、その上でこの世界はそうは進まなかったんだな、って感慨深くなっちゃった。……ごめん、変な話になっちゃった。また葵、拗ねちゃうよね」
腕を組む手に力を込める。そうだな、と俯きながら応じてくれた。
「そんなにお似合いに見えるのに、私は結局一人なのだぜ」
「悪かったって。ただ元はと言えば葵が訊いてきたんじゃないの」
「あぁ、そうさ。だから恭子を責めない。代わりにこのまま離さないでいてくれ」
やっぱり寂しくなっている。下手な甘えだけじゃなくて、本当に心が揺れている部分もあるのか。
「勿論! その発言まで見越してこうやって腕を組んだのよ?」
ほぉ、と一転、明るい声を上げた。昨夜と今日はあんたの方が情緒不安定! お互い様ね!
「そいつぁ大したもんだ。私の理解者は、告白したその場でフルような最低男だけじゃないらしい」
「ま、ね。葵の考えの九割はわからないけど、一割くらいは私にもわかる」
「……もうちょいわかってくれねぇか」
「あんたが喋らないんだもん」
「まあ、結局そこに帰って来るよなぁ」
「……それって、自己肯定感が無かった、或いは今でもべらぼうに低いのが原因なの? 自分の話で相手の時間を取りたくない、とか」
その言葉に、見た覚えが無い程目を見開いた。
「眼球、落ちるわよ」
私の軽口にも、いや、とだけ呟き口籠る。
「あら、これは触れちゃいけない話題だった? 葵の根幹に関わる話だものね」
葵は深呼吸を二つした。そして、あぁ、と頷いた。
「そうだ。私は私の話で相手の時間、人生を割きたくない。話したところでどうするのか決めるのは私。それに聞いた相手が得るものなんて何も無い。私のお喋りを聞く暇があるのなら自分の人生を充実させた方がいいと思う。……だがな」
うん、と相槌を打つ。
「……何か、恥ずかしいな」
「こんな引っ張り方をしておいて話をやめるなんて許さないわよ?」
遠慮なく押し込むと、わかったよ、と咳払いをした。
「恭子はさ、私のために時間を割くって宣言してくれた。同じだけ、私も恭子に時間を捧げる。だから、私も私の話をしていいんだよな」
「……どんだけ自己肯定感が低いのよ。今更、そんな原点の部分を確認する?」
「いや、だって、今までお前にすら私の話はしてこなかったし、別にしなくても問題は無かったんだが、そういや恭子にはしてもいいんだなって不意に気付いた」
アホっ! と絡ませた腕を振り回す。
「遅いわ! もっと聞きたいわ葵の話! したくないならしなくていいけど、恭子には聞かせておきたいなーって思った話があったらどんどん口に出しなさい! おかげで八年も親友をやっているのに私はあんたのことを全然知らないとかいう、それ本当に親友? って首を傾げられるような関係になっちゃっているじゃないのよ!」
「い、一応必要な話はしているって。ほら、さっきお前自身も言っていたじゃんか。大事なことは口に出しているって」
「肝心要の要件だけね! 私、あんたの家族に何があったかとか、どういう人生を歩んだ結果、今の性格になったのかとか、全然知らないんだけど!? 一応こっちも大人だから、土足で無遠慮に踏み込むような真似は避けて来た! だけどもう少し身の上話を聞かせてくれてもいいんじゃないかなー、って八年間! あんたと出会って一緒に楽しく過ごしながら! ずーっと心の奥底でちょっとだけ引っ掛かっていたわよ! 秘密主義? って聞こうとしたこともあったし!」
「秘密主義ではない。ただ、話す必要が無いと思っていたのと、先刻述べたように時間を割かせたくなかったが故だ」
「無駄話とかしなさいよ! 普段はふらふらふらふらあっちゃこっちゃあっちゃこっちゃ話題がとっ散らかっているくせに、自分の話はしないんだから!」
「……聞きたいか? 私のこと」
「聞きたくなければこんなにつついていないわよ!」
我ながら、至極尤もな指摘を至近距離でぶつける。頬を掻いていた葵だけど。
「……まあ、その内な。いきなり挑戦すると、今日みたいに失敗する可能性が非常に高い」
「突然豪快な秘密を打ち明けられてもこっちだって困る。話題の選定は慎重にして」
「アイアイサー」
全く、困った親友よ。いいけどさ、そういう部分へ無理に触れなくても此処まで一緒に来られたし。ただ、まだもっと葵と仲良くなる余地があるのかも知れないって捉えると。
私は、とても嬉しく思うよ。葵。
……そんな感慨深さに浸っている私の心境には微塵も気付かず、ん、と葵が首を巡らせた。その視線の先には。
「……え、ちょっと。嘘でしょ?」
「ははぁん、この人混みでまさか発見出来るとはなぁ。同じ場にいても到底有り得ないと思っていたが、運命ってぇのはわからんものだ」
そうしてさっきまでのしおれ具合が嘘のように、葵は悪魔の笑みを浮かべた。やっぱりあんたのへそは曲がっているわね……。
最初のコメントを投稿しよう!