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凡人と超能力者とイルミネーション。(視点:田中)
秋野葉駅へと向かう電車に乗り込む。それにしても、と傍らの咲は俺を見上げた。
「君に訊いて良かったよ。おかげで無事に葵さんのいじけ虫を退治出来ました」
複雑だなぁ、と苦笑が浮かぶ。
「役に立てたのは嬉しいけど、咲にまた嫌な思いをさせていないかと気が気じゃない」
「そりゃあこっちだって嫉妬はしているよ? でも君を責めるわけが無い。だって私が助けを求めたのだもの。だから、ありがとう」
小さな頭が下げられた。その時、電車が揺れた。慌てて咲の背中に手を回す。
「タイミング、悪かったね」
「本当だよ。失敗失敗」
そのままそっと支え続けた。ずっとこうやって咲を支えるんだ、と密かに誓う。少しの間、沈黙が続いた。だけど、ねえ、と咲が再び口を開く。
「わかったり、わからなかったり、人って不思議だね」
「うん? 何の話?」
顔を覗き込むと、薄い笑みを浮かべていた。
「私、あんなに葵さんが大好きなのに、考えていることがちっともわからなかった。それは葵さんの親友の恭子さんも一緒で、二人揃って首を捻らされた。だけど同じように葵さんを大事に想っている君だけはあの人の思考を読み取って言い当てた。だけど君のお相手は私なわけで、ただ私も君が何を考えているのかさっぱりわからないんだ。それこそ急に葵さんへ告白するなんて思い付きもしない」
「……最後にいきなりぶち込まないでよ」
ふふ、と咲は更に表情を緩めた。そうねぇ、と本題に無理矢理戻る。
「一番の理解者が相方とは限らない、か。あ、じゃあ逆に咲は誰の考えだったらトレース出来る?」
うーん、としばし考えていたけど、わかんない、とぽつりと零した。
「君と葵さんはひねくれている。恭子さんと綿貫君は思考がぶっ飛んでいる。橋本君は理解不能。佳奈ちゃんはしっかり者過ぎてわからない。おや、結局私は誰のことも理解出来ていないのかな」
少しだけ、背中に回した手に力を込める。
「逆に徹君は皆への理解度が深いよね。葵さんは言わずもがな。橋本君と綿貫君の思考パターンも大体頭に入っている。例外は恭子さんと佳奈ちゃんかな? どっちもしっかり者ですね。恭子さんは若干ポンコツだけど」
「咲、最近恭子さんに厳しくない?」
遠慮なく指摘すると、だって、と唇を尖らせた。
「お酒の飲み方が下手っぴ過ぎます。根には持っていないけど、人の彼氏におんぶをして貰って帰宅するって何回考えてもどうかと思うよ」
「根に持ってんじゃん」
「持ってません。ただ、何度でも思い返しているだけ」
ん、ってことは。あのさ、とおずおずと切り出す。
「何?」
「咲の嫉妬相手って、先輩二人になるのかな」
微妙な沈黙の後、その心は、と先を促された。ちょっと怖い。また余計な発言をしている気がする。だけど発した言葉は戻せない。えーい、言っちまえ!
「俺は葵さんに告白したじゃん。そんでもって恭子さんをおんぶして帰ったじゃん。どっちにも咲は嫉妬をしていたりするのかなって気になって」
「浮気者」
おおう、思いがけず真っ直ぐぶった切られた。
「申し開きもございません」
そりゃあね、と咲の視線が車窓に向いた。冬の陽は暮れるのが早い。まだ夕方の四時過ぎなのに、街には暗闇が広がり始めている。おかげで今から楽しめるのだけど。
「正直な気持ちを吐き出すと、しているよ、嫉妬。私がいるのになぁってよく感じる」
だけど、と咲の腕が背中に回した俺の左腕を掴まえた。
「いいんだ、とも思うの。だって君の一番は私だから。結婚、するんだもんね」
うん、と頷きを返す。う、目の前に座っている人が一瞬こっちを見上げたぞ。車内で交わすには恥ずかしい会話だね!
「だからと言って、葵さんや恭子さんと好き放題遊んではいけません。君は一線を超えない人だとわかってはいるけど、その実放っておくと碌なことをしないと最近痛感しました」
「ちょ、ちょっと。恭子さんの件は俺も被害者でしょ。泥酔魔人に振り回されたんだから」
「そもそも飲み過ぎる前に止めなさい、……って正論は相手が恭子さんじゃない時だけしか適用されないね」
「わかってんじゃん!」
「無論です。まあ、いいじゃないですか。背中がいい思いをしたのだから」
「咲、そればっか」
「君の返答は肯定? 否定?」
「ノーコメント」
「おバカ」
顔を見合わせ互いに吹き出す。困った関係だね、俺達ってばさ。皆、変な奴で。だけど間違いなくいい人達で。優しくて、バカで、とんでもなくて。ただ一つ、揺るぎないのは仲良しってことだ。葵さんはいじけていたみたいだけど、一人になって寂しいと感じたらすぐに呼んでくれればいい。まあ、俺は葵さんと二人きりになるわけにはいかないが、誰かが必ず手を差し伸べてくれる。勿論、時と場合にもよるけどさ。ずっと一人になんてさせないと思う。
電車が減速を始めた。さて、目的地に到着だ。振り返るとイルミネーションが一瞬見えた。おぉ、と声が漏れる。
「やっぱ凄いわ」
「あ、もう見ちゃったの? 楽しみはとっておけばいいのに」
「手が早くてごめん」
途端に咲は真顔になった。そして、その冗談は笑えない、と告げられる。ごめんなさい、と深々と頭を下げる俺であった。やっぱ口は禍の元だわ。
大通りはとんでもない数の人でごった返していた。結構有名だもんな、秋野葉駅のイルミネーション。そういや去年、恭子さんと葵さんも一緒に見に行ったと言っていた。はしゃぎたいのを必死で抑えているような笑顔の葵さんの写真を見せられたっけ。さて、今日はどんな調子で訪れているのやら。
手を繋いだ咲に目を遣ると、一生懸命背伸びをしていた。小柄だから周りの人が邪魔なんだな。
「咲、おんぶしようか? ちょっとは見やすくなると思うけど」
しばし悩んでいたけれど、いい、と首を振った。
「本当に?」
「だって、子供みたいだもん。やだ。それに、背伸びをすれば何とか見えるし」
「そっか」
サイコキネシスで空中浮遊をすれば誰よりも楽しめるのに、それは叶わないのが惜しくてならない。俺の彼女は凄い超能力者なんだぞ、と思いつつ、誰にも教えるわけにはいかない。
「あ、そうだ。向こうのビルの展望階に行ってみようよ」
ふと思い出した場所を口に出す。え、と咲は小首を傾げた。
「そんなところ、あるの?」
「六階くらいだから高くは無いけど、出入り自由、無料で入れる」
「よく知っているねぇ」
「大学に入ったばっかりの頃、調べたんだ。彼女とデートをするなら行ってみたい場所って何処だろう、ってね」
「……大学デビューを企んでいたの?」
痛いところを突いてくるな。デビューもへったくれも無かったけど。地元と変わらず、橋本と綿貫とつるんでばかりだった。
「失敗に終わったけどね。彼女だって、咲と付き合えるまでできなかったし」
「あれ、じゃあその展望階にも行ったことは無いの?」
「無い! 咲を連れて行っていないしね!」
堂々と言い切ると、寂しいねぇ、と繋いだ手を擦られた。
「寂しくない。咲がいるもん」
「いや、彼女ができたら此処へ行くんだ! って十八歳の時に意気込んでおいて、六年後まで実行出来なかった君の人生が寂しい」
……胸が痛い……。
「咲、辛辣過ぎ……」
「さあ、行きましょう。高いところからなら私も楽しめるでしょう!」
「やっぱよく見えてなかったんじゃん!」
「身長は持って生まれた才能です。私にはどうしようもありません。だから同情は不要です。何故なら私に責任は無いから」
そう言いながら咲が俺を引っ張って行く。だけどすぐに足を止めた。
「……どのビル?」
何故先導した。あっち、と手を引いて歩く。可愛いなぁ、咲。
到着した展望階からは大通りが一望出来た。意外にも、大して人もおらず静かなものだった。穴場ってやつだな。よく調べたな、六年前の俺。おかげで今、未来の奥さんと満喫出来ているぜ! わぁ、と窓辺に立った咲が目を輝かせた。
「綺麗だなぁ。結構長い距離ををライトアップしているんだね。光の絨毯みたい」
どれどれ、と隣に立ちながら肩を抱く。おぉ、確かに!
「全部見渡せるじゃん! 確かに思ったよりも広範囲だわ。そんで咲、例え上手だね。光の絨毯なんて、素敵な言い回しだよ」
肩を擦ると、普通だよ、と照れ臭そうに答えてくれた。
「あぁ、でも本当に綺麗。徹君、いいところを教えてくれてありがとう。嬉しいよ。寂しいとか馬鹿にしてごめんね」
「やっぱり馬鹿にしていたんかい!」
俺のツッコミに、あはは、と笑いながら咲はスマホを構えた。そうして何枚も目の前の風景を写真に収める。うん、楽しんでくれてこの上なく嬉しい。その時、唯一いた男性客が去って行った。残されたのは俺と咲だけ。ねえ、と声を掛ける。何、と見上げた咲の肩に手を置き直し、頬に手を当てる。
「え、ちょ、ちょっと。駄目だよ、公共の場で」
すぐに察した咲が否定を口にした。でもさ。
「大丈夫。誰もいない」
「か、監視カメラとかあるし!」
「ちょっとだけ、ね」
「そ、そんな……そんな……」
「イルミネーションを見降ろしながら、なんてロマンチックだと思わない?」
あわあわしていた咲だけど、その言葉を聞くと意を決したように目を瞑った。静かに唇を合わせる。うーん、夜景を見ながらキスをする日が来ようとは。六年前の俺が知ったら、調べた甲斐があった、と親指を立てるに違いない!
その時、シャッター音が響いた。ん? シャッター音? 誰もいなかったはずなのに? そっと唇を離して目を開ける。
「人の出入りがある場所で、まあお熱いこってすねぇ。蹴り飛ばしていいか?」
……目を遣った、そこにいたのは。咄嗟に振り返った咲が、あ、あ、あああああ、と壊れた。
「……写真、撮りましたか」
「撮った」
「消してくれませんか」
「七人で共有しちった」
はえぇよ。
「……削除、してくれませんか」
「やだ」
「……貴女、いじけていたんじゃないんですか」
「だから気晴らしに恭子が連れ出してくれた。君達も訪れるとは聞いていたから、ひょっとすると遭遇するかもね、いや物凄い人混みだから有り得ないだろ、なんて笑っていたのだぜ」
ほれ、とその人が指差した先には、手で顔を覆いつつ指の隙間からバッチリ此方を伺っている恭子さんがいた。見とるやんけ。
「……でも何でこの展望階にいるのですか」
「君らを見掛けたから後を追って来た」
「この人混みの中で、本当に見付けちゃったんですか」
「んだよ」
「……偶然、ですよね」
「うん」
「じゃあ何で黙っていたのですか」
「いちゃつくかなぁと思って。チューするのかなぁと過って。だって君、こういういかにもな場所でお手本通りのラブラブムーブをかますの、好きそうだもんなぁ」
……そんなところまで思考を読み合わなくていい。
「……やっぱり貴女は悪魔ですか」
その言葉に、葵さんはマジもんの悪魔の笑みを浮かべた。
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