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悪魔は来りてスマホで写真を撮る。(視点:田中)
咲は壁の角っこに頭を打ち付けたまま動かない。ごめんね! と恭子さんが一生懸命謝っているけど、反応は無かった。
「やめておけよ恭子。そっとしておいてやれ。恥ずかしくて口をきけない、顔も見られたくない、もう放っておいてくれって反応だぜ」
「ちょっと葵。それでも謝る必要はあるわ。私達は覗き見なんて卑怯な行為に走ったのだから」
「では、それに対して異議を申し立てよう。私は田中君と咲ちゃんによく似た人物を見掛けたが、人込みのせいもあり確証は無かった。もしかしたらそうかも知れないと思い試しに後を追ったところ、この展望階に辿り着き、窓の外の見事な夜景が目に入った。そいつを収めようとカメラを構えてみたらば、偶然二人がお熱いチューをかました。たまたま写り込んでしまったが、その後ろのイルミネーションがあまりに綺麗だったので私は友人達に写真を共有した」
「「成り立つかそんな言い訳!!!!」」
ツッコミが恭子さんと被った。葵さんは真っ赤な舌を出して受け流す。
「まあ写真を流したのはやり過ぎたかも知れないが、元を正せば公共の場でチューしている君達に責はあるだろ。私らじゃなくても此処を訪れる人はいくらでもいるんだ。そいつらの目を気にしないでいちゃついてやるって確固たる意志があったからかましていたんだろ」
「あの、かますって言わないでくれます? 何か嫌だ」
「じゃあ熱い接吻を」
「もっと嫌だ! 生々しい!」
「何だよ細けぇな。チューをしていた、でいいか?」
「……恥ずかしいなぁ」
あのなぁ、と一転呆れた葵さんが腕を組む。
「恥ずかしがるなら最初からやるな」
「いや、赤の他人に目撃されても別にどうだっていいのですが、知り合いどころかハイパー仲良しの貴女達に見付かったからアウトなのです」
「貴様、さてはバカだな。今日、君達がイルミネーションを見に行くって君が恭子に教えたんだろ。だったらもしかしたら会えるかもね、なんて期待を胸に訪れるかも知れないじゃんか」
「あ、もしかして葵さんってば最初から俺と咲のデートの現場を押さえていじってやるつもりでしたね?」
「見に行こうって言い出したのは恭子だ。私じゃない」
な、と葵さんが恭子さんを見遣った。うん、と頷きが返って来る。
「……じゃあ、マジで偶然見掛けただけ?」
「まあ同じ街、と言うか同じ通りにいるなら会う確率もそれなりにあっただろうけどさ。こんだけ人がうじゃうじゃいるのに見付けられるとは思わなんだ」
自然と溜息が漏れる。言って下さいよ、と我ながら不満が声に盛り込まれた。
「貴女達も来るのなら、一報を入れてもいいでしょう。むしろそれが筋だと思いますがね」
「嫌だよ。折角二人でデートをしているのに、私らもこれから行くんだぜー、なんて連絡するわけなかろうもん。だって絶対、じゃあ一緒に回りましょう、って咲ちゃんは提案する。そんなのお邪魔虫以外の何ものでもない」
「その割に、後をつけていざという瞬間を押さえるなんて、ひどくない!? 気を遣うなら最後まで貫き通して下さいよ!」
「だって熱烈なキスだったから。しかもイルミネーションをバックにたぁ恐れ入るね。ベタ中のベタ、手垢に塗れてベッタベタ。だけど田中君は好きそうだもんなぁ、そういうシチュエーション。写真、確認してみろよ。一昔前のドラマもびっくりの出来だぜ」
悪魔め、と悪態をつきながらスマホを開く。確認してすぐ、げっ、と声を上げてしまった。
「映画のパッケージみたいだな!」
「だろ? いやぁ、素晴らしい一枚だね」
「……確かにここまで会心の出来だと共有していじりたくなる気持ちはわかる……ってんなわけあるかい!」
もうテンションがおかしくて、普段は絶対にしないノリツッコミを繰り出してしまう。旦那、ご乱心、と呟いた葵さんがニマァァァ~……っと唇を三日月形に歪めた。白い歯と赤い舌が覗く。心臓を取って食われそうだ。
「まあ間違いなくロマンティックじゃないの。十二月にこんなペッカペカのイルミネーションを見降ろしながら、婚約者同士が唇を重ねる。うーむ、胃酸が込み上げるくらい甘々だね」
はいはい、と恭子さんが葵さんの肩を叩いた。
「そのくらいにしておきなさい。咲ちゃんが土足なのに体育座りをしちゃったから」
その言葉に目を遣ると、壁際で足を抱えた咲が膝に顔を埋めていた。いつもより更に小さくなっている。
「お熱いねっ、お二人さんっ!」
葵さんのヤジに、これ以上下がらないと思っていた頭が更に膝の間へめり込んだ。やめたれい、と恭子さんが葵さんを叩く。
「だって事実だもんよ。いいじゃん、チュー出来たことには変わりないんだから」
「ほらもう、二人の邪魔をしないの。いい加減、お暇するわよ」
恭子さんに手を引かれ、へいへい、と葵さんは案外大人しく従った。んじゃな、と人差し指と中指で敬礼をしている。
途端に咲が立ち上がった。駆け寄り葵さんに飛びつく。
「おっとぉ、どうした? 私らはさいならするつもりだが」
「……イルミネーション、一緒に見たいです」
「田中君と楽しみなさいよ」
「勿論、彼とも一緒です。だけど私、葵さんと恭子さんとも回りたいです」
奇特だねぇ、と葵さんは肩を竦めた。
「たった今、崇高なキスシーンをいじり倒した私と行動を共にするのか? 君に蹴っ飛ばされてもおかしくない振る舞いだと自分でも思うが」
「写真を撮って共有したのは正直に言うと何してやがるんですかという感じですが、それはそれ、これはこれ。私、お二人と此処で会えて嬉しいです。だからお願いです。一緒に回って下さい」
ふむ、と葵さんは俺を見た。勿論、と深く頷く。そもそも信じられない邪魔が入ったけど、イルミネーションを見ながら大事な相手とキスをする、という夢と言っても過言ではない状況を叶えたのだ。悔いは無いし、四人で行動するのも楽しいだろう。
「恭子は?」
「お邪魔にならないのなら同行したいけど、本当にいいの?」
「良くなかったら誘いません。そもそも、帰ろうとしたお二人を呼び止めたのは他ならぬ私ですよ? お気になさらず」
そこまで言うのなら、と恭子さんは咲に向き直った。
「じゃあ、ご一緒させて貰うわね。あはは、結局またこの四人になっちゃった! 週に何回、行動を共にするわけ?」
「まったくだ。私は他に友達もおらんから納得だがね」
「あ、だから余計に寂しくなったんでしょ。まったく、田中君がいなかったら私と咲ちゃんは間違いなくあんたを持て余していたわ。何を考えているのかわからないもの」
「その話は終わりだ」
葵さんが強引に打ち切った。恭子さんは長い髪を掻き上げる。そういえば、と不意に気付いて俺は口を開いた。
「最初の四人なんですよね」
え? と三人娘が揃ってこっちを向く。
「今の七人ができた切っ掛け。だから余計に固まりがちなのかな」
「あぁ、まあそうか。しかしそれで言うと私はおまけみたいなもんだがな」
あ、本当に素直になっている。素直にひねくれているわ。コラ、と恭子さんが葵さんにチョップを繰り出す。痛いがな、と抗議の声を上げた。
「おまけなんかじゃないのはあんたが一番よくわかっているでしょうが。それとも結局続けるの? いじけ虫さん」
「へえへえ、終わりでござんすよ。だが田中君よ。最初の四人って、些か格好をつけていないかい?」
そんなことはない。だって事実だもの。
「普通ですよ。ね、咲」
「ちょっと格好をつけているかな……」
まさかの裏切り!
「ひどい! やっぱり咲は俺より葵さんの方が好きなんだ!」
途端に咲の顔が真っ赤になった。キスを見られた時よりは色づいていなくて少しだけほっとする。一方、葵さんは首を傾げた。そうだよな、この人はさっき現場にいなかったもんな。何のことかわからなくて当然だ。
「どういうこっちゃ。誰か説明しておくれ」
いやあの、と咲は口ごもった。恭子さんを見ると一つ首を振った。え、俺?
「……おい、誰も教えてくれんのか。除け者かよ。拗ねるぞ」
早くもいじける体勢に入っている! しょうがないなぁ。
「さっき、三人でいる時に訊いたんです。咲は俺と葵さんのどっちの方が好きなのかって。答えは沈黙でした」
途端に葵さんの表情が緩んだ。なんだよぉ、と咲の肩に腕を回す。
「旦那と天秤にかけたりしたら駄目だろぉ。なになに、そんなにお姉さんのことが好き? 食べていい? 夜景を前に私ともチューしちゃう?」
へえぇ、と聞いた覚えの無いほどの情けない声が咲の喉から漏れる。
「よし、私も咲ちゃんにチューする。恭子、写真を撮れ」
アホ、ともう一発恭子さんのチョップが炸裂した。
「悪ふざけもそこそこになさい。っていうか葵、毎回そうやって咲ちゃんをからかいながら実際はチューするつもりなんて無いんでしょ」
「あってたまるか。咲ちゃんには田中君がいるんだぞ」
「じゃあ最初から言わないの」
「いやぁ、咲ちゃんの反応が可愛いんだもんよ。純粋無垢、ここに極まれり」
あ、頬ずりをしている。咲は俺の彼女で未来の奥さんなのに。って、葵さんに嫉妬をしてどうするんだ。だがこれはこれで尊い光景でもある。スマホを取り出し写真に収めた。おぉ、後ろの夜景もうまいこと写ったぞ。これもいい一枚になった。メッセージアプリを開き、この四人だけがメンバーになっている『恭子さん撮影チーム』で共有する。久し振りに使ったな、このブロック。撮影会、しばらく開いていないもんな。
あの、と三人に声を掛ける。
「一緒に撮りませんか。イルミネーションをバックにして」
その提案に、賛成! とまだ赤い顔の咲は手を挙げた。いいわよ、と恭子さんは笑みを浮かべる。ふうむ、と葵さんは咲を後ろから抱き締めた。
「よし、いいぞ」
「いやその位置だと葵さんの顔が咲の頭で隠れるのでやめて下さい」
「君が何とか頑張って撮れ」
「……しょうがないなぁ」
四人で並び、顔を寄せ合う。出来る限り腕を斜め上方向へ伸ばし、全員がちゃんと画面に写るようにした。まったく、我儘な先輩だ。そして後ろには見事な夜景。撮りますよ、と断る。
「はい、チーズ!」
そうして俺はシャッターを切った。もう一枚、と続けて撮る。恭子さんはいつもの営業スマイル。咲は照れた笑顔。葵さんは無表情。俺は腕を伸ばしているので微笑みながらも微妙に歯を食いしばっていた。よかろうもん、と葵さんが呟く。
「じゃあこれも共有しておきます。この四人で」
「……ま、たまにはいいか」
さて、と恭子さんが手を叩いた。
「そろそろ行く? それとももう少し此処にいる?」
はい、と咲が再び手を挙げた。
「もうちょっと写真を撮りたいです」
「じゃあ私とツーショットでも収めるか」
再び葵さんが咲の肩を抱く。そして自分のスマホを取り出し、あっ!
「きゃっ」
「あーあー」
ほっぺにチューしやがった! ちょっと! と慌てて抗議を入れる。
「ほっぺならいいって法は無い!」
「もうしちゃったし普段からしている。な、咲ちゃん」
はい、と蚊の鳴くような返事が聞こえた。俺は一人、頭を抱える。恭子さんは無言で首を振っていた。
「さてさて、満足いくまで夜景を楽しんだらたまにはファミレスにでも行こうかね。それこそ学生時代みたいにさ」
「あ、いいですね。最近はお酒を飲んでばかりでしたから、ノンアルコールもよろしいかと」
葵さんと咲、そして俺の視線が恭子さんに集まる。なによ、と眉を顰めた。
「言っておくけどね。ファミレスにだってお酒はあるのよ」
「「「いや飲むんかい!!!!」」」
三人分のツッコミがハモった。勿論! と恭子さんは胸を張る。やっぱりこの人が一番困ったお姉さんだわ!
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