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本題に入らないバカ二人。(視点:佳奈)
~同日夕方六時~
お店に着くと、聡太と綿貫君はもう来ていた。お待たせ、と軽く手を振る。
「お、来たね佳奈」
「お疲れ、高橋さん。急に呼び出してごめん」
思い思いに迎えてくれる。二人の前にはビールの注がれたジョッキが置かれていた。聡太の隣に座った私はタッチパネルからウーロン杯を注文する。そして、さて、と早速口火を切った。
「どうしたの、綿貫君。相談と言うか懺悔をさせてくれ、なんて私と聡太を呼び出して。恭子さんと何かあった? あ、まさか付き合ってもいないのにやらかしちゃった!?」
速攻で核心へ触れに行くと、どうどう、と聡太に窘められた。
「佳奈、こういう話題になると身を乗り出す癖、やめた方がいいよ。あからさま過ぎる」
「だって私達の仲なら遠慮もいらないでしょ。興味がある話には真っ直ぐ向かった方がいいって」
「ミーハーで面倒臭い人間に見える」
「失礼だなぁ。私は友達を心配しているだけだって」
「よだれ、出ていない?」
「出てないよ!」
あの、と申し訳なさそうな声が聞こえた。気付くとテーブルの向こうで綿貫君が縮こまっている。いや何でよ。
「俺と恭子さんで生々しい想像はしないで貰いたいんだけど……」
「生々しいって表現は嫌だな! でもそうだね、君の言う通りだ! ごめん!」
確かに、私も聡太といたしているのかって直球を投げ込まれたら嫌だ! 咳払いをして、それで、と無理矢理仕切り直す。そこへウーロン杯が運ばれてきた。取り敢えず乾杯、と軽くジョッキをぶつける。
「で? 何かあったのは間違いないんでしょ。あっ、もしかして告白された!?」
「……何か高橋さん、テンションが高くない?」
「佳奈は恋バナに目が無いから」
「女子っぽいね」
コラコラ、とすぐに綿貫君の発言を掴まえる。
「女子は皆恋バナが好き、なんて偏見にも程がある。興味が無い子もいるし、逆に恋バナラブの男の子だっているじゃん。雑に男女で括ったら駄目だよ」
その指摘に、むむ、と綿貫君は腕を組んだ。
「確かに高橋さんの言う通りだ。よろしくない偏見だった。失礼しました」
「でも佳奈は恋バナラブ勢でしょ」
聡太の一言に、うん、と頷く。
「いや君が恋バナ好きなことは事実なんかい!」
「そうだよ。だけど私が注意をしたのは括り方のところ。別々の話だよ」
「うーん、こんがらがりそうだ」
頭を掻いた綿貫君はビールを一口飲んだ。アホ、と聡太が遠慮なくからかう。
「うっせ」
「これからの時代、偏見は捨てた方がいいぞぉ」
「わかっているよ。だけどどうしても出ちゃうなぁ」
「昔から口にしていた括りとか、ポロっと言っちゃったりするよね」
「男なんだからしっかりしろ、とか」
「女の子はおしとやかに、とかさ」
「考えてみれば余計なお世話だよな」
「ただ、それが当たり前の時代も間違いなく存在していたのだし、かと思えば極端に振り切れている今みたいな時もあるし」
「丁度いい落としどころってやつを見付けるのは難しいねぇ」
「しょうがないよ。人間は一人一人、違う考え方をする。別々の角度でものを見ている。異なる人生を歩んで来たのに単一規格に納めて共有しようっていうのは土台無理な話なんだ。極端な悪事を除いてね」
「人を殺してはいけません、物を盗んではいけません。その辺りかね、絶対にやっちゃ駄目なことは」
「傷付けるのだって駄目だよ。痛いの、嫌じゃん」
「そりゃそうだ。傷付いて喜ぶのはよっぽどの変態だ」
綿貫君の言葉に葵さんの顔が脳裏に浮かぶ。いや、あの人は喜んではいないか。傷を厭わないだけで。先輩を変態扱いはしたくないしなぁ。
「幹や根っこの部分はそうやって固められるよ。だけど枝葉になると風に揺れてぶつかり合うよね。人の価値観って枝葉の側な気がする」
「おっ、流石橋本。上手い例えだな」
「例えと言えば田中は下手くそだよねぇ」
あ、微妙に話が変わった。本題はどこへいったのさ。まあいいや。しばらく様子を見てみよう。
「格好をつけて上手いことを言おう言おうという気ばっかりがはやっちゃって、結果、よくわからない発言をするからな」
「田中の意図はわかる。だけど頭脳が追い付いていない」
「そのくせ格好はつけたがる」
「ひねくれた発言や皮肉はポンポン出て来るのにね」
「あいつの思考回路にはスイッチがあると俺は見ている。ひねくれスイッチだ。それが入ると物凄い勢いでシナプスが繋がる」
「じゃあ格好をつけた時には?」
「電気が微塵も走らない」
「あはは、ひどいな綿貫! 田中の脳みそ、ハイパーポンコツじゃん」
「そんなもんだろ。あいつは葵さんや恭子さんをポンコツ呼ばわりするけど、負けず劣らずだと思う」
「そうだねぇ。人のふり見て我がふりなおせ、とはよく言うよ」
「昔の人は本質を捉えているわ」
「だけど括りって点では昔の価値観の方が駄目じゃない?」
……また話が逸れた。君らはよく喋るけど前に進まないね。
「案外わからんものかも知れん。その時代に生きていたら皆、違和感なく受け入れていただろうし、逆に強い人はどんだけ逆風でも抗って立ち上がるに違いない」
「そういう人が本当に格好いいんだろうなぁ」
「逆に付け焼刃で格好をつけるから田中は撃沈するんだ」
まさかの田中君ディスに話が帰ってきた! どんな旋回の仕方をしているの!?
「しょうがない。電気が走らないんだから」
「ははは、我ながら辛辣!」
「今度、本人に言ってあげな。うるせ、ってそっぽを向くから」
「だろうな」
そうして二人揃って、わっはっは、と高笑いをした。ご機嫌でビールを煽っている。
「たださあ、そもそも格好いい大人って滅多にいなくないか?」
……そして別の話が始まる、と。
「そう? うちの会社にはいるよ。開発部の先輩で、仕事はバッチリ出来るけど基本的に一人でふらふらしている得体の知れない人。だけどその根無し草っぷりが何か格好いいんだよね」
「お? その人、葵さんに似ていたりしない?」
何でよ綿貫君。ふらふらしているって部分が引っ掛かったの?
「似てないよ。三十半ばの男だし。細身なのは一緒だけど」
共通項、あるんかい。
「成程な。やることをきちんとやって、だけど必要以上につるまないその姿勢は一匹狼って感じで格好いいかも知れん」
結局葵さん云々は何だったの!?
「渋いってわけでもないんだよ。冗談も言うしノリも割と軽いし。だけど昼飯とか飲み会に誘っても、面倒臭い、一人がいい、って来ないんだ」
「御家族はいらっしゃるのか?」
「独身」
「一人が好きってタイプなのかね」
「多分そう」
「そっかぁ。俺なんか誰かと一緒にいる方が楽しいけどなぁ。あ、でも一人の気楽さもわかるっちゃわかる」
いや、君は寂しがりだと思うよ。
「綿貫は寂しがり屋じゃん」
聡太も同じ見解か。やっぱりね。
「ほら、俺達三人の同居を解消した時もお前だけ一人で号泣していたし」
「バッカ橋本、そりゃ丸四年間一緒に住んでいたお前らと別れるとあったら泣くに決まっている。田中だって涙ぐんでいたぞ? 欠片も悲しまなかったお前がおかしいんだ」
「だって佳奈と同棲を始めるって決まっていたし」
「俺らとの別れを惜しめよ」
「大袈裟な。現に同居を解消してもこうやって遊んでいるじゃん」
「まあそうだけど。呼び出しに応じてくれてありがとうな」
「どういたしまして」
ふう、と二人は息を吐いた。そのまま唐突に話が終わった。ビールを飲み、一息ついている。いやちょっと! と私は慌てて切り出した。
「結局、本題は何なの!? 綿貫君、呼び出した理由を話してよ!」
あぁそっか、と綿貫君は自分のおでこを手の平で叩いた。おやじ臭いな!
「その話がまだだった」
無駄話しかしてないよ!
「俺らの悪い癖だね。関係の無い話題をだらだら続けちゃって」
綿貫君と聡太のやり取りがまた始まる。今度こそ本題を忘れないでね!
「どうしても橋本や田中を相手にしていると脱線しちゃうんだよなぁ」
「昔からずっとこうだもん。目的も、上げたい成果も至りたい結論も無く、どうでもいいお喋りを延々続けて陽が暮れたら帰る、みたいな」
「お互いの家でゲームやトランプをしながら、な」
「同居中なんか終わりが無かったからまあよく話したよ。毎日毎日、飽きもせず」
「よく話題が尽きなかったもんだ。中身も無かったけど」
「まあお互い、毎日なにかしらのネタを仕入れていたからね」
「充実していた日々だったなぁ」
でも中身は無かったんかい。
「今だって話のネタなんて日常の中でいくらでも見付けられるでしょ」
「ちゃんと目を凝らせば笑えることはいっぱい転がっているからな」
「別に笑えなくてもいいけど」
「いやどうせ話すなら面白い話題の方が良くない?」
「そりゃそうだけど。でも綿貫は自分がネタになる側だって自覚した方がいいよ」
それについては深く頷きたい。当人を前には流石に可哀想だから自粛するけど。
「何でだよ。俺は至極真っ当で誰よりも普通な一般男性だ」
こんなにも自分を知らない人ってこの世に存在するんだ。
「生粋の変人だって」
「んなことない」
んなことあるわ。
「自覚が無いところが余計にマジもん感が出ているよ」
「失礼な。変わっている人っていうのは恭子さんみたいな方を指すんだ。あの人は大分変人だ」
つまり君達は似た者同士なわけ。
「好きな人をよく変人呼ばわり出来るね」
「好きだからこそあの人のことはちゃんと見ている。だからよくわかった。変わり者だよ、恭子さんは」
……変わって入るけど君にだけは言われたくないんじゃないかなぁ。
「そもそも俺に経験を積ませるために疑似デートへ付き合ってくれている時点で大分変だ。そして今日、二人を呼んだ理由だが。俺、恭子さんへの罪悪感が拭い去れないんだよ」
いきなり本題が始まった! やっぱり綿貫君も変人だ!
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