ブレないバカども。(視点:佳奈)

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ブレないバカども。(視点:佳奈)

 取り敢えず、どうしたのさ、と私が応じる。聡太と綿貫君を喋らせておくと寄り道ばっかりするんだもん。折角話が始まったのにまた脱線されたらたまったもんじゃない。 「昨日は疑似デートの日だったんだ。アイス・スケートをやったのは動画を共有したから知っているよね」  しっかり見させて貰った。恭子さんの奇声に笑うか、黒歴史が生まれたなって同情するか、随分悩まされたよ。 「うん、見た。何? くわっと、って」  率直な疑問をぶつける。聞いた覚えの無い言葉だったから。 「曲がる時の感覚。左回りの場合、左足に比べて右足を速く振りぬかなきゃいけないから、くわっとって感じです、って伝えたらその通り口に出して繰り返したんだ」  恭子さん、素直だな……。 「じゃあ滑り方は綿貫君が教えたの?」  あんまり、と言うか全く説明が得意では無かったと思うけど。くわっとって表現にその一面が濃縮されているし。 「最初はそうしようとしたけど、俺もインラインスケートの独学で滑れるようになったアイス・スケートの素人だからさ。結局、初心者向けの説明サイトを見付けてマスターして貰った」  マジか。 「それだけで滑れるようになる恭子さんって、やっぱりスペックがおかしいレベルで高いよね」  私の褒め言葉に、あの人は凄いよ、と綿貫君はしみじみと頷いた。 「性格だって面倒見が良くて優しいでしょ。運動神経も見ての通りでしょ。要領もいいし、酒も楽しく飲むし、欠点と言えばしょっちゅう酔い潰れるくらいだ」  ……割と致命的な駄目要素だと思う。一方、だけどさ、と綿貫君は首を傾げた。 「ちょっと、いや大分、距離感がバグっているところがあるんだよ。その都度、注意はしているけど改善される兆しが見えないの」  ……なぁんか、嫌な予感がするなぁ……。例えば? と今度は聡太が先を促した。あんたも何かを察したの? 「相手を勘違いさせちゃいそうな発言がちょこちょこあるんだ。恭子さんは俺のことを好きなのかな、と思わず考えさせられちゃうような危なっかしいものがね」  ……それ、ただ恭子さんが頑張っただけだよ。だってあの人は君を好きなんだもん。 「対する綿貫はどんな風に注意をしたの?」 「俺みたいな冷静で理知的な人間だから大丈夫だけど、きっと勘違いをする人間も現れます。結果、恭子さんが危ない目に遭ったりする可能性が生まれるから気を付けた方がいいですよ、ってちゃんと伝えた」  どっからツッコんだらいいのかな。君が相手だからそういう発言をしているんだけど、どんだけ鈍感なんだ。心の中で恭子さんに手を合わせる。お疲れ様です。そして、ドンマイです。よく、こんな鈍チンを好きになりましたね。いつか恭子さんと二人きりの時に、じっくりと、根掘り葉掘り聞いてみたい。綿貫君のどこを好きになったんですかって。そりゃあ凄く優しいしマメだし気を遣えるし、なにより純粋でとてもいい人だ。だけど、逆方向に補って余りあるほどの変わり者には違いない。おまけにここまで鈍感だと苛立ちどころか殺意を覚えそう。話を聞いているだけの私がそうなのだから、当人の恭子さんはもっと気持ちを振り回されているよね。ただ、そういうところが可愛く見えた、とか言いそうな気もするけど。うーん、その話、早目にしたいな! 今週、どこかで会えないか後で恭子さんに連絡をしてみようっと。新しい楽しみができたね! 「だけど昨日はもっと大変だったんだよ?」  綿貫君の言葉で我に返る。あぁ、続きを聞くと更に恭子さんへの同情が増しそうな気がする。何があったのさ、とビールを傾けながら聡太が問い掛けた。器用だな。 「スケート靴は不安定で危ないから、その、つ、つ、繋いだんだ。……手を」 「ひゅーひゅー」  聡太が速攻で茶々を入れた。本当にあんたっていい性格をしているよね。 「うっさい橋本! 仕方ないだろ! 恭子さんに怪我をさせるわけにはいかないんだから!」 「お前、女子と手を繋いだのなんて初めてだろ」 「いや初めてじゃないし。小学校の遠足で隣のこと繋いだし」  それ、カウントに含めるの? 「そうじゃなくて、男女の仲としてだよ」 「おおおい! 俺と恭子さんはそんなんじゃないぞ! ただの仲良しな先輩後輩として遊びに行っただけ!」  実は両想いなんだけどね。 「まあそれにしたってお前は恭子さんを好きなんだろ? どんな気持ちになった? 好きな相手と手を繋いでさ。ドキドキした? 興奮した? えっ、まさか発情!?」  聡太も相手をからかう時には凄い勢いで頭が回るよね。あんたも田中君のことをとやかく言えないと思う。そして、バカ野郎、と返す綿貫君の顔はみるみる内に真っ赤になった。赤くなってら、と聡太が尚もからかう。咲と綿貫君、どっちの方が顔に出やすいか。旅行の時にそういうゲームで試してみようかな。隠し事や嘘を吐かせるようなもの。そういやさっき、田中君と咲がキスをしている写真が葵さんから送られて来たけど、どういう状況だったんだろう。わざわざ自分の前でさせたの? いや、そんな頼みに応じる咲じゃない。じゃあ隠し撮り? でもあれ、秋野葉駅のイルミネーションだよね。尋常じゃない人混みなのに偶々出くわすなんてあるのかな。流石にあの写真の話題に触れるのは咲が可哀想だから黙っているけど、推理も推測も出来ないくらい情報が少ないのでどうしようもない。だから放置! 今は綿貫君の話に集中しなきゃ! 「……でも、そんなもんじゃ済まなかった。手を繋ぐなんて序の口だった」 「唇、柔らかかった?」  聡太が水を得た魚のように生き生きしている! ところで、このからかい方、誰かに似ている気がするな。誰だっけ。最近、聞いた覚えがあるんだけど出て来ない。うーん、まだ酔ってはいないはずなんだけど。 「キスなんてするか! あくまで疑似デートの疑似カップルであって本当の行為には至らない!」 「行為なんて、綿貫ってばイヤらしいなぁ」  イヤらしいのはあんたよ聡太。 「ち、ちちちち違うわアホ! 行為ってそういう行為じゃなくて、そのまんまの意味の発言だし!」 「だけど好きなんだろ。恭子さんとしたいんじゃないの? セ……」 「言うな!!!! 俺は! 恭子さんを!! イヤらしい目で見たくない!!!!」  頭を抱えちゃったよ。綿貫君って本当に真面目だ。 「はいはい、聡太もそのくらいにしておきな。あんたと違って綿貫君は純粋なんだから」 「俺と違ってってひどいなぁ」 「全然ひどくない。二人を見ていればよくわかる」 「ちぇー」 「それで? 手を繋ぐ以外に何をしたの? 転んだところを引っ張り上げて抱き留めちゃったとか? 恭子さんが足を捻ってやむにやまれずおんぶをしたとか?」  私の問い掛けに、何でわかるの……と綿貫君はあんぐりと口を開いた。 「スケート場で色々あったって聞いたら大体想像がつくよ」  ちょろいね。 「高橋さん、怖い」 「ちょっと! 引かないでよ! 少し考えればわかること!」  そう答える傍らで、ひょっとして、と聡太が唇を三日月形に歪めた。 「佳奈、て昨日からずっと想像していたの? 恭子さんと綿貫がスケート場でデートをしたら、どんなハプニングが起きるかなって」  また妙なことを言い出したよ! あんたのへそは田中君や葵さんとは別のベクトルに曲がっているな! 「ずっとなわけないでしょ!? 私は二人の友達だけど、休日を費やしてまで考え込まないって!」 「エッチなでも繰り広げて楽しんでいたんじゃないの?」 「友達をそんなネタに使わないよ! 聡太、あんたこそ何を考えているの!?」 「田中と咲ちゃんは、咲ちゃんを汚したら可哀想だからそんな風な目で見られないよね」 「ちょっと。ちょっと、待って。え、聡太。むしろあんたの方が、綿貫君と恭子さんで変な想像をしているの?」  今度はこっちが若干引く。だけど聡太はいつも通り、しれっとしている。あんたのそのクソ度胸と形状記憶合金みたいなメンタル、一周回って見習いたい。 「しないよ。恭子さん、スタイルいいなーくらいにしか思わない」  おい。 「それはそれで腹が立つな」  こっちだって悪い体はしていないつもり。ただ、恭子さんがずば抜けてナイスバディなだけ。 「で、結局何の話だっけ。綿貫のラッキースケベについてだった?」  おい、と綿貫君がテーブルを叩いた。コラコラ、物に当たってはいけません。 「そういう言い方をするな。……ただ、さっき高橋さんが言ったように、恭子さんを抱き留めてしまった。あと、捻挫をしたわけではないけど、おんぶもした。スケートを頑張り過ぎて足が動かなくなっちゃったから、マッサージチェアのところまで、な」 「当たった?」  聡太の質問が率直で、故に一層ひどく聞こえる!! 「言わない!」 「当たったのか。そりゃあ、あのスタイルだもんなぁ」 「何も言ってないだろ!?」 「それが既に答えだよ綿貫」  やめろぉ、とまた頭を抱えている。居酒屋でこんなに悩める人は綿貫君くらいだろうな。 「決して、性欲に惑わされたりはしないぞぉ……」 「そこまで根深い話に触れたつまりは無いんだけど」 「嘘を吐け! 俺が恭子さんに悶々としているのを見抜いた上であれこれいじるのがお前という人間だ橋本!」 「知らないよ。でも悶々としているんだ」  あぁ、と綿貫君は歯を食いしばりながら返事をした。こっちも器用だな。そして、悶々としているところは認めちゃうんだ。 「ただ、助けてくれ! 罪悪感が凄すぎる! そういう色々があって、諮らずしも俺は列状を抱いてしまった。あの人はそんなつもり、一つも無いのに!」  いや多分ちょっとはあると思うよ。色仕掛けとまではいかずとも、ちょっとでも進展したらいいな、くらいには考えている可能性はある。 「恭子さんに悪いなって昨日から思っている。おまけに、だ。これが最も申し訳ないのだが、最後にはとうとう腕を組まれた」  前言修正。恭子さん、全力じゃん。滅茶苦茶アピールしているじゃん。だけど綿貫君は全然気付かないどころか罪悪感を抱く始末ってわけだ。  ……この鈍感め。彼の性格を考えれば当然の反応ではあるけどさ。割とイライラしてきたぞぉ。 「当たった?」  こっちはこっちでブレないし。 「そればっかりか橋本! あぁ、そうだよ! 当たったよ!」 「柔らかかった?」 「その感想を聞く意味、ある!?」  これ、と聡太の頭を叩く。 「友達にそれこそ生々しい話をさせるんじゃないの。綿貫君の言う通り、聞いてどうするって内容だし」 「いいじゃん、教えて貰ったって」 「一番恭子さんをイヤらしい目で見ているのはあんたね」 「案外咲ちゃんかもよ」  その指摘に、揃って黙り込む。確かに、咲ってこの上ない程ムッツリスケベだもん。恭子さんのメイド姿に惚れ込んだから、写真を撮らせてくれって咲がお願いしたのが出会いの切っ掛けなんだっけ。つまり咲は恭子さんの外見を非常に高く評価しているわけで。そこに欲求が全く存在しない、なんてわけは有り得ない。 「……まあ、その話は置いておくとしよう」  自分で振っておきながら収集がつかないと判断したらしく、聡太はすぐに話題を収めた。……咲、なんかドンマイ。
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