葵姉さんの恋愛事情。③(視点:葵)

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葵姉さんの恋愛事情。③(視点:葵)

「さっきから三人揃って神様、神様ってヤバい教えにでもハマっているんですか?」 「おっと佳奈ちゃん、罰当たりな。正真正銘、日本の神様の一人だよ。ちょっと待ってな」  スマホのお気に入りに登録してある青竹城の伝説のホームページをすぐに開く。読んでみな、と渡すと訝し気に受け取った。すぐに目を通し始める。 「神様は当然元気よね。武者門さんもいらっしゃった?」  佳奈ちゃんが読み込んでいる間、暇を持て余した恭子が私達に問いかけた。いらっしゃいました、と咲ちゃんがにこにこで返事をする。 「今度、またお酒を飲みましょうって武者門さんがお誘いしてくれたので、ぜひお願いしますって約束を結びました」  その様に、すっかり仲良しねぇ、と恭子は目を細めた。慈愛のオーラが滲んでいる。わかるぞ、咲ちゃんはよしよしってしてやりたくなるよな。 「武者門さんは、優しくて、面白くて、大きくて、一緒にいると落ち着くのです。兜も貸してくれましたし、おかげで階段のところで頭をぶつけても怪我をしなくて済みました」  あったな、そんなこと。そしてむき出しのまま激突した恭子は苦しんでいたっけ。 「私にはわからないのですが、お父さんってあんな感じなのでしょうか」  ……いたんだよな。咲ちゃんにも、家族が。だけど超能力者のこの子を気味悪がって碌に接触もしなかったと聞いている。そんなもん、血が繋がっていても家族じゃない。……まっ、私もあんまし人にとやかく口出しは出来んが、それでも咲ちゃんの頭に手を置く。そして、多分な、と細い髪を撫でた。 「そうですか。尚更、仲良くなれて良かったです」 「その内、一人で遊びに行ってみ。サシで会えばもっとゆっくり喋れるぜ」 「それもいいですねぇ。だけどその前に佳奈ちゃんを連れて行かなきゃ。葵さん、その時はご同行願います。神様のお友達は葵さんなのですから」  神様とお友達、か。 「畏れ多いや。そしてあの方は君や恭子も友人と評するに違いない」 「うーん、そう言われると確かに畏れ多いです」 「あっ、でも遠からずお礼はちゃんと伝えに行かなくちゃ! 神様のアドバイスのおかげで、私、こないだの疑似デートはかなりうまくいったもの! さっきの一方的な宣言じゃあ私が全然納得出来ないし!」 「肩の力を抜いた結果、手繋ぎ、抱き締め、おんぶに腕組み、か。……何でお前ら、ここまでやっておいてまだ付き合っていないんだ」 「だから言ったでしょ、疑似デートの欠陥だったって。それ、全部疑似体験と捉えられたもの。わかる? 勇気を振り絞って、懸命に実行した挙句、そんな体験までさせてくれなくて大丈夫です、ってひらりと躱される気持ちがさ」  恭子の表情が無になった。わからんわ。疑似デート、なんて特異な試みを思い付くのはお前くらいしかいないから。  その時、読み終わりました、と佳奈ちゃんが顔を上げた。あいよ、とスマホを受け取る。 「この、青竹城の伝説が本当だったわけなんですか? 九月の満月の夜に最上階を訪れると神様が願いを叶えてくれる、って」  そうだよ、と深く頷く。 「……信じられない」 「でも佳奈ちゃん。君の目の前には超能力者がいるじゃんか」  そう返した途端、咲ちゃんがソファごと空中浮遊を始めた。そしてダブルピースを繰り出して見せる。一方、うっ、と佳奈ちゃんが顔を顰めた。 「確かに、咲は友達だから全然意識をしていなかったけど、世間一般から見れば大分有り得ない存在なんだよね……」 「そんな失礼な世の中、私が壊滅させてあげましょうか」  どうやら佳奈ちゃんの表現がお気に召さなかったらしい。そりゃそうか、咲ちゃんはこうして実在しているもんな。存在を否定されるような扱いをされたら怒りもするか。佳奈ちゃんもすぐに察したのか、ごめん! と両手を合わせた。 「言葉が悪かった!」 「冗談ですよ」  うふふ、と笑いながら咲ちゃんは降りて来た。しかし私は見逃さなかった。可愛い超能力者の頬が、数回痙攣したのを。よしよし、ともう一度頭を撫でる。悪かったよ、と佳奈ちゃんも咲の肩を擦った。 「お詫びは揚げ餅でお願いします」 「はいはい。いつものお店のやつだよね」 「期間限定のクリスマススペシャルがいいなぁ」  どんな揚げ餅だ。わかったよ、と佳奈ちゃんは頷いた。さて、と私は腕を引っ込める。 「ともかく、超能力者の咲ちゃんが実在するのと同様に、青竹城の神様もまた城にいらっしゃるのだ。そもそも今、恭子が小突かれたのを見ただろう。あぁいや、見えなかったけど。痛がっていたよな」 「ややこしいですね」  うむむ、何と説明したものか。悩んでいると、不意に鏡が光るのが見えた。何の気なしに目を遣ると、おや、これまたサービス精神旺盛な。 「百聞は一見に如かずってわけか」 「え? 私も今から連れて行ってくれるのですか? その、青竹城に」 「いや、もっと手っ取り早い方法を取ってくれたよ」  ほら、と手で指し示す。鏡には武者門さんの鎧姿が映っていた。ぼんやりと突っ立っている様はホラー以外の何ものでもない。まあ友達である私達三人は、おや、と思うだけなのだが。しかし初見の佳奈ちゃんは、うわぁっ! と叫び椅子から飛び退いた。そうなるよねぇ。私も初めて青竹城を訪れた時は、ビビッて武者門さんは言っていたガラスケースの前を駆け抜けたよ。 「なななな何!? お化け!? 心霊現象!?!?」 「あ、武者門さん。つい先程はお邪魔しました」  咲ちゃんが小さく手を振る。 「いえいえ、とんでもない。むしろまた、ごゆっくりとお越し下さい。咲殿」 「ええ、ぜひたっぷりとお話しましょう!」  超仲良しだな。流石、武者門さんの兜を被らせて貰っただけのことはある。 「え、ちょ、何!? 何なの!?」  対照的に佳奈ちゃんは半ばパニック状態だ。 「まあ落ち着けよ」  そう言いながら私は鏡の傍らに立つ。恭子も、こんばんは~、と呑気に挨拶をしながら後に続いた。 「ちょ、滅茶苦茶怖いんですけど!? こ、この方が神様!?」  しかし佳奈ちゃんはまだ怯えている。私らとの温度差がひどいのぉ。 「私が話した神様ではない。ただ、付喪神だから神様ではあるのか? どうなんスか、武者門さん」  ふむ、と鏡の中の武者門さんが腕を組んだ。ご丁寧に、鉄のぶつかる音まで届く。 「広い意味では私も神に含まれますな。しかし我が青竹城の神様とは、格が全く違います」 「その割には一緒に酒を飲むんですね」 「器が大きいのですよ。たまにおりましょう? 大会社の理事会会長なのに、普通の顔をして若者と赤ちょうちんで飲んでいる人。あのようなものです」 「……そんな例えをして、神様に怒られないかね」 「怒られるとしても葵殿達から見えぬところで行われるからお気になさらず!」  はっはっは、と鏡から高らかな笑い声が響いた。ひっ、と佳奈ちゃんが悲鳴を上げる。 「さて、いい加減紹介するか。佳奈ちゃん、こちらは武者門さんだ」 「誰!?」 「だから、武者門さん」  初めまして、と私の言葉に合わせて一礼をした。 「鏡越しに失礼仕ります。武者門、鎧と申します。青竹城に飾られている鎧兜の付喪神でございます」  武者門さんはもう一度、今度は丁寧に頭を下げた。ほら、と私は佳奈ちゃんを手招きする。 「怖くないって。私達の友達なんだ。ところで武者門さん、神様は? お姿が見えないようだが」  ついさっき、会ったばっかりだけど。 「佳奈殿との初対面が鏡というわけにはいかない、と今は御姿を見せないようです。え、何ですか? 伝言?」  明後日の方向を向いた武者門さんが、そっちへ身を乗り出した。どうやら神様から、何か言われているらしい。やがて、ええと、とこっちへ向き直った。 「佳奈殿。神様からの伝言です。いずれ青竹城で恋バナをしようね、とのこと」  お誘いに対して、はいぃ、と佳奈ちゃんが情けない声を上げる。 「ビビらなくても大丈夫だっての、とはいえ武者門さん、パッと見はハイパー怖いもんな」 「その上鏡に写り込まれたら、腰が抜けてもおかしくないわよ。むしろ佳奈ちゃんは頑張っている!」 「そうですねぇ。私も初めてお見掛けした時はとても怖いと思いました」  私、恭子、咲ちゃんの評価に、これは手厳しい、と武者門さんは頭を掻いた。 「だけどね、佳奈ちゃん。武者門さんはとっても優しい方なのです。そんなに怖がらないで、ご挨拶をしてくれないかな。私の大事なお友達なの」  咲ちゃんに諭され、まだ腰が引けた状態ながら、おっかなびっくりではあるけども、佳奈ちゃんも鏡の元へ来た。確かに勇気がありますわね。ファイト。 「は、はじめ、まして。高橋、佳奈です」 「改めまして、武者門鎧と申します。鏡越しで失礼仕ります」  いえ、と応じる声はまだ震えていた。だけど、よろしくお願いします! と勢いよく頭を下げた。うんうん、と咲ちゃんが微笑みを浮かべて何度も頷く。 「どうする? 今から青竹城へ行ってみる? 瞬間移動ならすぐにお伺い出来るよ」 「え、本当に? ちょ、ちょっとまだ、私、心の準備が……」  その時、え? と武者門さんがまた神様がいると思しき方向へ身を乗り出した。直接話し掛けてくれればいいのにとじれったくなる一方、神様達にも事情があるのだろうなと何となく察する。初対面、ね。まだ会っていない人にイレギュラーな接触をすると変な風に縁が結ばれる、とかなのかな。うん、わからん。オカルトは嫌いではないが明るくもないのだ。  わかりました、と武者門さんがこっちを向いた。話は終わったらしい。 「今日はもう来ちゃ駄目、何故なら女子会の邪魔をしてまで呼び付けるような神にはなりたくないから、だそうです。来るの、禁止ですって」  あら、と咲ちゃんが目を丸くした。 「それは残念。ですが、禁止と宣言されてしまっては伺うわけにはいきません」 「そもそも入れて貰えないんじゃないか? 神様の力は咲ちゃんよりも強いのだぜ。瞬間移動に立ち入り制限を掛けるくらいは余裕だろ」 「あはは! 葵ってば、超能力を工事現場みたいに例えないでよ! おっかしー!」  何故か恭子のツボに入った。一人で大笑いをしている。若干酔いが回って来たらしい。今日は酒量が少ないはずなのに……あぁ、そうか。テンションが高い上に私との過去を知られて緊張でもして変な回り方をしているのか。結局お前は酔うんだな。酒の星の元に生まれ付いたのに違いない。 「さて、私もそろそろお暇しましょう。では、佳奈殿。お目に掛かれる人楽しみにしております」 「は、はい。いつか、お伺いさせていただきます……」 「勿論、気乗りしなければご無理はなさらず。ただ、青竹城はいつでも歓迎致します! 今日は立ち入り禁止ですが!」  はっはっは! とまたしても豪快に笑った。はっはっは、と咲ちゃんが真似をする。……可愛い。 「それでは実り多き女子会をお過ごし下さい! 御免!」  ふっ、と鏡から武者門さんの姿が消えた。ばいばーい、と手を振る。終わってしまいました、と咲ちゃんが寂しそうに呟いた。よしよし、と頭を撫でる。 「……いい、人、いや、神様では、ありそうだね」  ソファの背もたれをがっしり掴んで体を支えた佳奈ちゃんが、誰に言うでもなく零した。勿論! と恭子が満面の笑みを浮かべる。 「恋バナが好きで、夜の散歩に私達をコンビニへ連れ出すくらいフランクで、だけど悩んでいる人には的確なアドバイスをくれる、そんな素敵な神様よ。武者門さんも、親戚のおじさんみたいな感じでとっつきやすいし。見た目は鎧兜だからシンプルに怖いけど」 「見た目で判断するな、とは言えねぇや。私も初見はクソビビったから。咲ちゃんも怯えてサイコキネシスが暴発して、私を気絶させちゃったんだもんなぁ」  うりうり、とほっぺをつつく。あの時はすみませんでした、と深々と頭を下げられた。 「私は何度、葵さんを傷付けたことでしょう……」  あ、やべ。意外と咲ちゃんのトラウマになっていたらしい。からかっただけのつもりだけど傷口に塩を塗り込んじまった。気にするな、と慌てて両肩に手を置く。 「今は超能力を完璧に制御出来るようになったじゃんか。過去の失敗より現在の成功を見るとしよう」 「……葵さんも優しいですね……」 「咲ちゃんが大事だからな……」  見詰め合っていると、ところで、と腰に手を当てた恭子が首を捻った。 「どうしてこんなことになったんだっけ? 青竹城の話にどうして至ったのだったかしら」  その言葉にを聞いた私と咲ちゃんは。 「「恭子(さん)がうっかり神様の存在をバラしたんだろうが(でしょうが)!!」 と怒鳴りつけたのであった。いっけね、と恭子が頭を掻く。どっと疲れちゃった、と佳奈ちゃんはソファへ体を投げ出した。まったく、段々酔狂な雰囲気になってきたじゃないか。そして私の過去って本当に色々あったのだな。その上で、今日は初めてのお泊り女子会か。この先の人生において、一体どれほどの新しい体験が待ち受けているのか。そしてそれはどんな事象なのか。願わくば、明るく楽しいものでありますように。……最低でも、私がいじけたり、ひねくれたりしないようなことがいいなぁ。そもそも私の性質的に、難しいかも知れないけどね。
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