葵姉さんの恋愛事情。④(視点:葵)

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葵姉さんの恋愛事情。④(視点:葵)

「とにかく、私は青竹城の伝説に縋り、神様に頼んで恭子へ告白した過去を無かったことにしようとした。何故ならフラれて気まずくて恭子と喋れなくなったから。まともに話せない。だけど恭子と一緒にいられないのも寂しい。だったら告白自体を取り消しちゃえ、とまあ乱暴な論理で願いを叶えて貰いに行った。我ながら、二十歳の私は行動力に満ちていたね。いるかどうかもわからない神様へ会いに、深夜のお城へ忍び込んだのだから」  たった六年前とは言え、若かったねぇ。社会人になった今ではリスクを取りたくなくてとてもじゃないけど実行出来ないや。しかしあの夜、城に入れたのは本当に偶然だったのか。神様は否定したが、迎え入れてくれたのではないのか。その時、あの、と佳奈ちゃんが手を挙げた。なんじゃいな。 「それ、犯罪じゃないですか。不法侵入ですよ」  真面目なご意見、ありがとうごぜぇます。 「おっと、痛いところを突くなぁ。だけど偶々入れたのだから許しておくれ。誰に迷惑を掛けたわけでも無し」 「そもそもお城の防犯体制はどうなっているんですかね……大学生が夜中に侵入出来るって無防備にも程がありますよ」  そこだけ切り取って聞くと隙だらけの城だわな。戦国時代だったら殿様の寝首をかかれ放題だったに違いない。だけど青竹城と、当日の警備員さん達の名誉のためにきちんと断りを入れておくか。 「その日はな、偶然地震が起きたんだ。おかげで鍵がぶっ壊れて忍び込めた」 「ボロ過ぎ……」  それを言っちゃあ、お終いよ。 「ちなみに防犯カメラとかも無いんですか?」  知らねぇよ。 「あったかもしれんが今現在、とっ捕まっていないからどうでもいいや」 「大胆な……」  呆れる佳奈ちゃんに、まあまあ、と小さく笑いかける。 「六年前の話だ、細かい指摘はご勘弁を。そして青竹城の話の中で最も重要なところだが。結局、神様は願いを叶えてくれなかったんだ。ちゃんと恭子に向き合いなさい、あの子は葵をちゃんと見ているからって、優しく諭された。神様は言葉に出して直接そう言ったわけではないけど、私が自分でそのことに気付くよう導いてくれたよ。おかげで告白した事実を残したまま、私は今でも恭子の隣にいられている。もし過去を変えていたら、まず間違いなく現在の関係ではなかった。もしかしたら我々の中は既に破綻していたかもね」  な、と恭子の肩に腕を回す。まったくもう、と親友は唇を尖らせた。奪っちゃうぞ。 「まあ仲違いは有り得ないけど可能性としてはゼロじゃないわ」 「今の私達はゼロだけどな」 「……本当に、葵さんと恭子さんって仲良しなんですね。私、こんなに強い絆で結ばれている友人って他に知らないです」  一転、佳奈ちゃんが感心してくれた。いえい、と空いている手でブイサインを繰り出す。 「告白と失恋すらも乗り越えた友情だぜ。これ以上の危機は、あぁでも訪れるかもな? 恭子が綿貫君にかまけて私をないがしろにしたら、全力でいじけて布団に引き籠ってやる」 「いちいち彼を絡ませないでよ……付き合えるかわかんないんだってば……」  いや付き合えるよ、と頷きそうになりかろうじて堪える。恭子は基本的に鈍感なくせに、極稀にやたらと察しがいい時があるから。こっちが隙を見せて綿貫君の恋心がつまびらかになるような事態は断固として避けねばならない。……実のところ、恭子が悩むたびに事実を開示してやろうかと何度も思わされた。だけど私だったら勝手に気持ちをバラされたらそいつを殺したいくらい嫌いになる。デリカシー、なんて言葉では生ぬるいと感じるほど、人の心に欠ける振る舞いだ。故に私は、私達は、今日もこいつらが両想いである現実をひた隠しにする。まあ一週間後に迫ったクリスマスで恭子が告白をすればようやくこのまだるっこしい状況も解決出来るわけで。もう少しだけ、口を噤むとしようじゃないか。  そんな私の内心など露知らず、大体ねぇ、と恭子は私の頬を右手で摘まんだ。 「フラれた葵が青竹城に願いを叶えて貰いに行ったことも、そして神様に告白を取り消して貰おうと願おうとしていたのも、私は最近知ったばかりなのよ。全然知らなかったんだから。加えて言うなら、どんだけひねくれていたらそんな思考に至るのか理解出来ない」 「照れ屋さんと評しておくれ」  フラれて悲しくて寂しくて、君をまともに見られなくなったのさ。あと、そいつはフッた側の意見だねぇ。結構ショックは大きいのだよ。好きな人に、ごめん無理、って断られるのは。 「ちなみにその後、私は四年くらい恋心を引き摺った」  だから少しでもわかって貰えるよう、言葉を継ぎ足す。わお、と佳奈ちゃんは目を丸くした。な、と私は恭子に頬ずりをする。伝わるか? 私の心境がさ。 「近いわよ、葵」  あ、駄目だ。やっぱこいつ、鈍感だい。もうちょいはっきり言ってやろ。 「沖縄旅行へ行った頃は、切り替えたつもりだったんだけどさぁ。あかん、まだ好きだ、って気が付いたのだ」  ようやく恭子が顔を背けた。ここまでやらんとおのれは気付かんのか。 「結構最近じゃないですか!」  佳奈ちゃんが叫びに近い声を上げた。そうだよぉ、と恭子にもたれかかる。 「恋心ってぇのは重たいねぇ。まっ、色々あってきちんと吹っ切ったが。むしろ恭子の方が最近まで気に掛けていたのだぜ」  私の言葉に、しょうがないじゃない、と今度は頬を膨らませる。 「告白をされた側だって心に引っ掛かりができるのよ……」  そっちの心理は私にゃわからん。お互いわかんないことだらけだな。はっはっは、デコとボコで組み合わせたらぴったんこやんけ。いいねぇ。 「六年経ってもまだ気に留めるお前が真面目過ぎるだけさ。或いは極端に優しいのかも」 「優しかったら葵の告白を受け入れているはずよ」 「そんな奴もいるかも知れん。好き、嫌い、ではなく、断ってしまっては可哀想だから、と受け入れる輩が」  その人は一周回って不誠実な気もするな。だって好意を同情故に受け取っている。勿論、各々の好きにすればいい。ただ、私は肯定出来ない。 「だが私は恭子の誠実さに感謝をしている。私を恋人として見られない、とはっきり断り、それからもずっと傍にいてくれた恭子は誰よりも私へ真摯に向き合ってくれている。お前のそういう一面に惹かれた部分も大きいのだぜ」 「……そう」  ちょっと照れたか? いい表情だ、そそられるね。成程、と佳奈ちゃんは呟きワインを口に含んだ。 「予想外の話で流石に驚きました。まさか葵さんが恭子さんに恋をしていたとは……」 「微塵も気付かなかったべさ」 「ええ、まったく」  その時、鼻を啜る音が響いた。見ると咲ちゃんが眼鏡を外し、小さな拳で目元を拭っていた。げ、と声が漏れる。 92eb871b-5a37-4f36-8b96-50f57bc692c2 「泣いてんのかよ、咲ちゃん。とっくの昔に終わった話だぜ?」  やんわりと窘めたが、それでもひっくひっくとしゃくり上げている。そんなに涙腺へ響く内容があったかね。なんなら当事者の私だってここまで泣いたことは無いぞ。 「だ、だって、葵さん、恭子さんを、ずっと好きだったんだなって。でも、駄目だったんだなって。そう思うと、つ、つ、辛くて……! だけど、お二人は、い、今でも、一緒に、いらっしゃるから、本当に、本当に! 仲良しなんだなぁって!! いいなぁって!!」  どうやら泣きのツボにハマったらしい。或いは悪酔いしているのか。だが面白いからもうちょいいじってみるか。恭子から腕を離してしゃがみこみ、ソファに座った咲ちゃんを下から見上げる。ちょいと腰と膝が痛いので、咲ちゃんの膝に腕を置いた。よし、姿勢が安定したぜ。 「ありがとう、咲ちゃん。私のために泣いてくれて。貴女もとっても優しいね」  あ、と佳奈ちゃんが目を見開いた。黙って人差し指を唇に当てる。私のその仕草に、しかし目元を押さえた咲ちゃんは気付いていない。 「だけど、私の恋は終わったの。寂しいし、哀しいのは事実だよ。だって好きって気持ちが届かなかったのですもの。喋り方まで変えたのに、さ」  一瞥すると、恭子は腕を組んで眉を顰めていた。片手で拝んでみせると溜息を漏らす。すんませんね、不謹慎な人間で。 「……それでも、これまでも、これからも、一番大事な親友として恭子は私を支えてくれる。勿論私も恭子を支える。恋人にはなれなかったけれど、これでいいの。私達は、ね」  でもっ、と顔から手を離した咲ちゃんが、まだまだ涙をいっぱい零した。うーむ、素の口調で語りかけてみたらもっと泣いちゃうかも知れん、と試みてみたが予想以上にボロ泣きしている。君の心はどれだけ素直なんだ。そして私はそんな君を実はいじっているのだ。罪悪感は……湧かないなぁ。どんだけ泣いとんねん、というツッコミとおかしさがどうしても先に来る。 「こ、こ、恋人には、なれなかった! 葵さんは、恭子さんが、大好きなのに! じ、じゃあ、葵さんの好きって気持ちは、どうなるのですか!?」  いや、だから断られたし諦めたんだって。今更そんなに燃え上がったところで遅くても二年前にはケリのついた話なのだ。だけど咲ちゃんは初めて詳細を聞いた今、盛り上がってしまっている、と。うーむ、泣いて貰えるのは嬉しいけどハッキリ言ってズレている。 「いいの、恭子は真摯に向き合ってくれたから。それに、私は次の恋もしたもの。そっちも届かなかったけれど」  途端に咲ちゃんは唇を噛み締めた。ごめんねぇ、意地悪な先輩で。 「だから私が恭子に抱いた恋心はきちんと幕を引いたの。そして貴女の彼氏さんとも何も無かった。ね、咲ちゃん。いっぱい泣いてくれて、ありがとう。そして貴女は必ず、田中君と幸せな未来を掴み取ってね」  目を細めると、黙って何度も頷いた。首がもげそうだ。慰めのとどめにぎゅっと抱き締めようかと思ったのだが。 「ほら、ティッシュ。涙と鼻水を拭きなさい。大分ひどいからね?」  汁塗れで汚いので先に顔を拭かせる。ちょっと、と恭子が後ろから私をつついた。って、おい! 反射的に立ち上がる。 「脇腹はやめて」 「やめて、じゃないわよ。あんた、咲ちゃんをいじるために喋り方を戻したでしょう」  あれま、バレていたか。 「おっとぉ、流石恭子。お見通しだったわけだ」  え、と咲ちゃんが立ち上がった私を見上げた。 「……そうなのですか?」 「うん。もっと泣くかと思って」  正直に答えて舌を出す。咲ちゃんはしばし呆然としていた。怒られるかしらん? 「……もっと泣いちゃいました。あ、葵さんの、心情を、思うと! せ、切なくて……!! 好きな人に、こ、断られてから、自分を隠してまで傍にいるなんて、どれほど辛いか! 私だったら、無理だって、か、感じたから……!!」  一旦落ち着きかけたのに、また盛り上がりを見せた。やれやれ
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