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恭子の恋愛事情。①(視点:葵)
「私が葵をフッたみたいに、佳奈ちゃんも綿貫君を恋人としては見られなかったんでしょ。そういう相手っているよねぇって話じゃないの」
綿貫君と私を同列に扱われているようで微妙な心境になる。いや、いい奴だけどさ。生粋の変人で行動が頓珍漢で思考はもっとぶっ飛んでいて声のデカいクソ真面目な直進人間と、普通極まりない私が同じような括弧で括られるとどうにも形容しがたい感情が胸中に満ちる。
「うーん、そうなんですよ。聡太と綿貫君って同じようなタイプの人間なのに、恋心を抱くかどうかってどうしてこうもハッキリ違っているのでしょうか?」
「私もわかんない」
恭子が即答した。ちょっとは思考しろよ。
「返事が素直!」
「その辺の心理がわかっていたら、私、もっと上手く立ち振る舞えていると思うもの」
そうだな。もし恭子が恋心に対して理解が深かったら、迷って悩んで夜通し飲んで泥酔して、日曜の朝に咲ちゃんを呼び付けたり、号泣しながら私へ抱き着いたりもしなかっただろうよ。
「恭子さん、また返し辛いことを仰る……」
「そもそも疑似デートって何よ。私が彼を好きなのだから、二人で遊びに行きましょうって素直に誘えば良かったわよね?」
そうだよ。だが照れ屋な私にはわかるぞ。そんな行動はあからさま過ぎて取れないよな。
「しょうがないですよ。恭子さん、恥ずかしかったのですよね? 好きな男の子をデートに誘うのが。しかも、まだ付き合っていないのに二人きりで遊びに行くなんて露骨過ぎますもの」
「そうなの! 私は貴方に気がありますって宣言するようなものじゃない! 無理ー。無理無理ー。そんなの恥ずかしい。照れちゃう!」
ん? ってことは、ろくすっぽ会話をしたことも無かったのにいきなり二人きりで映画を観ましょうって恭子に誘われた私は、実は最初から全く脈が無かったのか? ……いや、いや。違う。そうじゃない。恭子は男の子を誘うのが露骨で恥ずかしいと言った。私は女だ。女の子同士なら、友達になろうとしているように見えるからあからさまな行動ではない。そう、違うぞ私。変な捉え方をして落ち込むな。そいつは流石にへそが曲がり過ぎている。どこぞのひねくれ男並みにな!
「可愛いですねぇ」
「でへへ、佳奈ちゃんにそう言われるとやけに嬉しい!」
でへへ、て。その笑い方は乙女として、というより大人としてどうかと思う。
「ちなみに恭子さんって今まで彼氏は一人しかいなかったんですよね? その人は向こうから来たんでしたっけ」
「そうよー。高校時代にあっちから告白して来て、悪くないわねって受け入れて、でも大学受験を期に別れちゃった」
彼氏がいたのなら私とも付き合えよ。その、適当に受け入れた奴ともやることはやってんだろうが。あー、ちょっと腹立つなー。
「じゃあ自分から積極的に好きになったのは綿貫君が初めてですか」
「そうなの! おかげでどうしたらいいのか、さっぱりわからない!」
清々しい開き直りぶりだね。裏表が無くていいと思う。
「むしろ大学の頃、お相手がいなかったのが意外……と、失礼しました」
佳奈ちゃんが私へ向かい小さく頭を下げた。
「トークに夢中でフラれた私がこの場にいることを完全に忘れていたな?」
「……すいません」
「いいよ、続けてくれ」
ひらひらと手を振って返答に代える。今更傷付いたりしないからお気になさらず。その時、ふと気になって静かな咲ちゃんに目を遣った。ぼけぇー、っと一軍二人を眺めている。……眠いのか?
「ただ、来週のクリスマスはガッチリとデート・プランを立てたのですよね」
「そう! 田中君に協力して貰ったの!」
その言葉を聞いた咲ちゃんが僅かに目を見開いた。うむ、ちょっと苛立っているようだ。恭子が田中君におんぶをして貰って帰った日だもんなぁ。この子、割と引き摺るんだよ。
「おかげで半日の予定は固まったわ」
「クルージング、映画、ディナー、そして海辺で告白ですよね」
「田中君プレゼンツ、綿貫君のお好みプランよ! あまりに寄せ過ぎて綿貫君に心配されちゃった! 恭子さんも楽しんで下さいねって」
四つの予定の内、三つは彼の好きなものだもんな。海辺は雰囲気づくりのために行くのだし、確かに恭子が興味を持ちそうなものは……いや、こいつは初体験が大好きだ。クルージングも映画も初見だから、満喫するに違いない。心配は要らないぜ、綿貫君。
「彼、相変わらず気を遣うなぁ」
「そうなのよ。ありがとうございます! って素直に受け止めてくれればいいのに。っていうか、私のアピールも理解しなさいよぉ! 何で腕まで組んだのに、そこまでの疑似体験はいりませんってそっちに着地しちゃうわけ!?」
「それは、恭子さんが疑似デートを提案したところに原因があるでしょう……」
「……痛恨のミスだわ……」
思わず吹き出す。あっ、と私を指差した。
「葵、笑ったわね!? こっちは死活問題なんだから!」
見咎められたので肩を竦める。
「原因はお前にある」
「私が欲と理性と恥に潰されて妙な選択をした結果だっていうのはわかっているわよ。だけどまさかこんな落とし穴があるなんて思わないじゃない!」
「告白する前に一回キスを迫ってみろよ。どんな反応をするのか気になる」
「バカな提案をしないで!」
「でも気になるじゃんか。告白をしてからキスをするのは普通の流れだ。彼も照れながら受け入れるだろう。だけど疑似デート、疑似カップルの状態で迫ったらどんな反応をするんだ? やっぱり、そこまでの疑似体験はいい、って断るのか? それとも流石に恭子の気持ちに気付くのか? ほら、今しか確かめられないんだよ。だからやってみて、結果を教えてくれ」
あはは、と可愛い笑い声が聞こえた。咲ちゃん!? と恭子が驚愕する。
「ひ、ひどい! 咲ちゃんまで面白がるなんて!」
「だって、とんでもない状況だなぁって思ったので。腕を組んでも疑似体験と受け止めてしまう綿貫君は自分に自信が無さ過ぎます。だけどチューはどう捉えるのでしょう? 気になりますねぇ」
な、と小首を傾げる。他人事だからってぇ~、と恭子は頭を抱えた。
「他人事だもんよ」
「他人事ですねぇ」
「あんたら、優しさとかないの!?」
「ファイト」
「頑張って下さい」
「応援してくれているはずなのにどこか冷たい!」
「だって告白するんだろ? これ以上、アドバイスもクソも無かんべぇ」
「葵はドライね……」
まあまあ、と佳奈ちゃんが更に恭子へワインを注いだ。あ、空になったな。咲ちゃんがとてとてと冷蔵庫へ向かい、今度は白ワインを持ってきた。明日の朝食を食える奴はこの四人の中にいるだろうか。
「佳奈ちゃん。グラス、洗って来るよ」
「あ、ごめん。ありがと。ちょっと待ってね」
後輩二人が残っている赤ワインを飲み干した。後に続こうとする恭子を、お前は落ち付け、と制止する。
「咲、お願い」
「オッケー」
距離感が近くて見ていて和む。同い年の友達と、先輩後輩の私達とじゃ咲ちゃんの態度がちょっと変わるのはしょうがない。いいんだ、こっちはお姉さんとして溺愛するから。
「しかし海辺で告白ですか。それも、東京の街を一望しながら、ですよね? ロマンチック極まりない!」
「我ながらよく思い付いたと自分を褒めたい気分よ! ゴールをそこだと決めていたから、逆算して計画を立てられたし!」
「褒め称えていいですよ! きっとうまくいきますって! 流石の綿貫君も意図を察するんじゃないですかね!?」
「えー、それはそれで恥ずかしい!」
「むしろそこまでしないと察しないくらい鈍感ですから!」
「地元からの友達である佳奈ちゃんの証言は、説得力が違うわね!」
「伊達に三バカと七年一緒に過ごしていませんから!」
「すごーい、小学校より長い付き合いなのね!」
「そう考えると腐れ縁だわ~」
口は挟まないでいるが、二人の会話に対して思考を巡らせる。そんだけロマンティックな状況に持ち込んで万が一にもフラれたりしたら気まずいどころの騒ぎじゃない、とか。腐れ縁って言ったけどこないだまで半年間佳奈ちゃんは三バカや私達との接触を絶っていたやんけ、私が気まぐれに背中を押さなきゃこうして女子会を開くことも無かったかも知れんのやぞ、とか。鈍感さだったら恭子も似たようなものだろ、とか。色々思い付いてはいるけど会話の妨げになるので口を噤んだ。
「でもまさか綿貫君を恭子さんみたいな素敵な人が好きになるなんて想像もしなかったなぁ」
「いやねぇ、そんな、素敵な人だなんて照れちゃう!」
まあ顔良し、スタイル良し、性格良しの三拍子揃ったいい女だもんな。半端でないうっかり者なのと、酒癖が悪いのを除けば完璧だ。その二つでマイナス五十万点くらい差っ引かれているがな。
「高校時代の彼に、このお姉さんが将来君を好きになるんだよって言ってみたいくらいですよ。そんなアホな、って笑い飛ばすに決まっています」
「でへへ、そうかなぁ」
うわっ、気持ち悪っ。
「そうですよ。ねっ、咲もそう思うよね!」
戻って来たばかりの咲ちゃんに佳奈ちゃんが振った。さあ、と首を傾げている。
「もうっ、ノリが悪いなぁ」
「だって私は高校時代の綿貫君を知らないもん」
「今と大差ないよ」
「人間、根っこは変わらない。ですよね、葵さん」
今度は私が巻き込まれた。黙って頷く。
「……葵、眠いの? さっきから静かだけど」
「君らのお喋りに耳を傾けたいだけさ」
「寝そうになったら歯磨きをしろって起こした方がいい?」
……。
「……頼む」
「お任せを! というわけで、二人もよろしくね。葵は寝る前に歯磨きを欠かしたくない人だから」
へぇ~、と後輩二人がこっちを向いた。落ち着かなくて身じろぎをする。何故か全員の会話が止まった。私が原因みたいで気まずい。ええと、次の話題は無いものか。いや、さっきの話に戻すとしよう。
「ところで友達と恋人の決定的な差とは、結局何なんだ?」
その言葉に三人が互いに視線を交わした。
「恭子にとっての私。佳奈ちゃんにとっての綿貫君。それは間違いなくお友達なわけで、告白されたとしても恋心は抱かない。故に君達は我々をフッた。じゃあ、絶対好きにならないな、って確信出来た理由はあるか? 生憎、告白された経験の……いや、何でもない。ややこしくなるから最後の台詞は聞かなかったことにしてくれ」
告白されたことは無い、と言い掛けたのだが厳密にはある。咲ちゃんの彼氏であるあの阿呆に告白されて、その場でフラれた。故に私も経験はゼロではない。ただ、私のその時、あいつを意識した。付き合いたいと思った。だからわからないのだ、人をフッた者の心理が。加えて、私は親友である恭子を好きになった。友情が愛情に変わったのか。それとも最初から恋心を抱いており、だけど親友であると一年以上自分を押さえていたのか。
折角の恋バナ会だ。恋愛経験のほぼ無い私にご教授願うよ、お三方。
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