佳奈の恋愛事情。②(視点:葵)

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佳奈の恋愛事情。②(視点:葵)

 話を振ると、ゆらりと立ち上がった。カゲロウみたいにこっちへ寄って来る。咲ちゃんがさりげなく場所を譲り、佳奈ちゃんは私の前で止まった。 「どした」 「……話す前に、懺悔をさせて下さい」  此処はいつから教会になった。どっちかと言えば日本の神様達にご縁があるのだがな。 「後悔でもしているのかい」 「……改めて怒られて、身につまされました。嘘告白のドッキリなんて、ただの陰湿ないじめだって」 「そうだな」  即答すると、ちょっと葵、と恭子が間に割って入った。 「さっきも言ったじゃないの。あんたも人を傷付けた経験くらいあるでしょ。あんまり佳奈ちゃんを責めないであげてよ。今は反省しているのだし、肝心のターゲットだった橋本君とはうまくいっているのだから」  いえ、と佳奈ちゃんが私の手を取る。君の体温も暖かいな。そんでもって三人娘は揃いも揃って私を一人にしないでくれる。ふむ、大分いじめたがもうちょい優しくしてあげようかね。はは、ちょろいな私。こんな風にふらふらしているから友達が少ないのか? 信用ならねぇな、ってさ。 「私は心無い悪戯を他人に仕掛けるような人間でした。ううん、今もきっとそうなんです。さっき話に出たように、人の根っこはなかなか変わらないから。私が反省をしたところで、結局ひどい奴なんです」 「そうかい」 「……軽蔑しますか。葵さん、怒っていましたよね」  んだなぁ、と繋いだ手を軽く振る。 「だけど君と私はお友達だ。仲違いをするつもりは無い。むしろ仲良くしておくれ」 「それは……勿論、そうしますけど……」  だがお友達であることとやってはいけない仕打ちに腹を立てるのは別の話であり、そして両立するのである。 「うーむ、うまい落としどころが見付からんのぉ。おい恭子、何とかしてくれ」  困ったので取り敢えず親友にぶん投げる。案の定、私に振る!? と抗議の声を上げた。 「あんたが点けた火種でしょ!? 自分で何とかしなさいよ!」 「えー」 「えー、じゃない! いい? 葵。人を叱るにはその後のケアも合わせて考えなきゃ駄目でしょ。今回はあんたが浅はか過ぎ! 佳奈ちゃんを八年も前のことでこんなに責めたのだから、フォローもちゃんとしなさいね。まったく、普段は必要以上にちゃんと思考をするくせに、たまに感情任せにすると喋り過ぎるんだから」  おぉ、何のかんの言いながらも話が若干前向きな方向へ向いた気がする。流石恭子、バランス感覚に長けているぜ。 「だ、そうだ。私は怒るよ、相手を傷付ける振る舞いをした人には。ましてや告白なんていう重くて大切な感情を悪戯に使った君の意図は読めないし肯定もしない」  佳奈ちゃんの手に力が入る。しかし、と私は先を続けた。思考を回す。感情ではなく理性に身を任せ、見てはいないけど聞いた過去を想像し、像を結ぶ。さて、私が掴まえなくてはいけない佳奈ちゃんはどの辺りにいるのかな? 佳奈だけに、なんちゃって。 「君一人ではなく当時の状況を考慮に入れようか。佳奈ちゃんだけが思い付いて実行したわけではなく、集団でドッキリを仕掛けようと画策したと言っていたな。その場合、例え乗り気ではなかったとしても反対出来ないような雰囲気や人間関係などもあったかと推察される。そこで私は君に問う。乗り気だったのか? それとも気が咎めてはいた?」  真っ直ぐ佳奈ちゃんの目を見詰める。少しの間、沈黙が漂った。 「恭子さん。私、こういう張り詰めた空気がとても苦手なのですが」  ……咲ちゃんよ、囁くならばもう少し声の音量を下げておくれ。 「奇遇ね。私もよ」  お前は普通に受け答えをするんかい! 「……すみません、私のせいで」  ほらぁ、佳奈ちゃんが集中出来てなくなったじゃんか! 「あ、ごめんね。そっちの邪魔をするつもりは無かったの」 「別に邪魔はしてないでしょ。気まずいわねーって話をしていただけだもの」 「でも佳奈ちゃん、気を遣っちゃっていますよ」 「葵がプレッシャーをかけ過ぎるのが悪い。私は楽しい女子会にしたいのにぃ」 「大丈夫! ちゃんとこの引っ掛かりを解消すれば、皆もっと仲良しになれます!」 「咲ちゃんは前向きで偉いわねぇ。ほら、もっと飲みなさい」 「ありがとうございます。いただきます」  黙って二人を睨み付ける。失敬! と恭子は片手で私を拝んだ。ワインを注いで貰っている咲ちゃんは私の視線に気付いてすらいない。 「……外野が賑やかだが、答えを聞かせて貰おうか。君の考えはどうだったんだい」  改めて切り出すと、何故か佳奈ちゃんは赤面した。照れるような選択肢は想定していないのだが。 「……信じて貰えないかも知れませんが、罪悪感は当時からありました。一線を越えた悪戯だなって」  信じるかどうかはこっちが勝手に決めるさ。そして私は友達の言葉を疑う程にはひねくれてはいない。静かに佳奈ちゃんの言葉に耳を傾ける。 「そして、恥ずかしながら。八年も経った今更、気付いたんかいって呆れられそうなのですが」  ん? 何か雲行きが怪しくないか。 「思えば、あの時の私達は、聡太に話し掛ける切っ掛けが欲しかったのではないかと思います」 「……え?」  予想もしなかった返答に間抜けな声が漏れる。咄嗟に目を遣ると、恭子は首を傾げていた。咲ちゃんは何故か、うんうん、と頷いている。 「聡太に話し掛けてみたい。でも切っ掛けが皆、掴めない。何故なら、ああいうタイプと接したことは皆、無かったから」  ……興味があるのか無いのかわからん。 「だから過激なドッキリを仕掛けてみようって展開になったのですよ。橋本をからかおうよ、あいつはいい反応をしそうだから、って。多分、真に受けて舞い上がってからかい甲斐のあるリアクションを取ってくれる! そしたら皆でネタバラシをしようねって、そんな話をした覚えはありますが、根っこは話し掛けたいという欲求だった気がします。まあ、それにしたって嘘告白をしていい理由には全然なりませんが」  あぁ、そうだな。むしろ嘘告白が許されるのに納得出来る理由なんて存在しないと見込まれる。だが、それとは別の部分に対する疑問が私の中で派手に膨らみ始めていた。このままいけば気球みたいに大空へ飛び立ってしまう。……心中で何をくだらんことを言っているのだ、私。酔っ払ってんのか。ええい、ともかくだ。 「ちょっと、すまん。よくわからんのだが、話し掛ける切っ掛けのために嘘告白のドッキリを仕掛けたって言ったよな? 集団でさ」 「そう、です」  肯定されたけど意味がわからない。 「ごめん、話がさっぱり繋がらない」  素直に感想を口にすると、どの辺がでしょう、と佳奈ちゃんは小首を傾げた。 「だって、例え嘘告白までいかなかったとしても、ドッキリとか悪戯を仕掛けたりしたら橋本君に悪感情を抱かせることになるじゃんか。でも実は話し掛けたかったってのは、つまり君らが橋本君と仲良くなりたかったって意味だろ? だけど君とお友達がしたことは、お近付きのしるしにどうぞ、って一礼をした直後に相手の顔面へ飛び膝蹴りをかますようなもんだぞ。え、そういうファーストコンタクトって普通なのか? 私は絶対にやめた方がいいと思うのだが」  混乱しながらも何とか日本語に纏めて出力する。すると、あっ、と恭子の声が響いた。 「私、わかった! 好きな人には意地悪しちゃうっていうあの心理でしょ!」  何だそれは。新たな謎が増えたぞ! 余計に混乱を深めさせないでくれ! 「何言ってんだお前。そんな心理状態、あるわけねぇだろ」  私の言葉に、いやいや、と恭子は激しく手を振った。 「ほら、照れ隠しでつっけんどんに振舞っちゃった経験、葵もあるわよね? あれをもっと極端にした結果が嘘告白だったってわけよ。そうでしょ? 佳奈ちゃん」  はい、と赤面した後輩は頷いた。一方、私はまだ迷宮から抜け出せない 「ちょっと、待ってくれ。好きな人に意地悪をするって、どうしてだよ。好きなんだったら振り向いて貰えるよう優しく接するのが普通だろ?」  え、と今度は恭子が首を傾げた。 「葵、まさかそういう気持ちになったこと、無いの? 好きだからこそ意地悪しちゃう、あれ」 「無い。そもそも好きになった相手も恭子と田中君だけだ。君らに意地悪なんてするわけないだろ」  微妙な沈黙が再び部屋に下りる。しかし、そう、と再び恭子が口火を切った。 「じゃあ今、覚えなさい。好きな子を相手に意地悪をするという心理が働くことがあるってね」 「だから何で意地悪するんだよ。仲良くしろよ」  疑問を素直に口にする。 「照れ隠しだってば! あとは上手く距離を詰められれなくて、無理矢理接近しようとして言葉を間違えてうっかり喧嘩をしちゃうとか。あとはほら! 愛憎は表裏一体とも言うじゃない! 好きだからこそ憎んでしまうような、ことって、ある……?」  途中から疑問形に変わった! 「おい! 解説する側のお前が自信を無くすな! 私の混乱がより一層極まるだろうが!」 「だっておかしくない!? 葵、私を好きだと思っても憎いと感じた経験はある?」 「あるわけねぇだろ! 私はお前が大好きだ!」 「私も葵のこと、大好き!」 「ややこしい気分になるから発言には気を付けろ! 隣室で足腰立たなくするぞ!」 「嫌!」 「で! 憎しみはともかくとして、結局そういう心理状態があるんだな!? 私にはさっぱり理解出来ない、好きな子には意地悪しちゃうというものが!」 「そう!」 「わかった! 教えてくれてありがとう!」 「どういたしまして!」  荒い息を吐く。更に酔いが回った気がする。咳払いをして、それで、と私は佳奈ちゃんを見上げた。 「それだったってのか。君がお友達と橋本君へ嘘告白を仕掛けたのは」 「……よくその話へ帰って来られましたね」 「頑張った」 「ありがとうございます」  今度は佳奈ちゃんが軽く手を振った。
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