人間、ズレズレなのかも知れない。(視点:葵)

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人間、ズレズレなのかも知れない。(視点:葵)

 ベッドに寝転び足をばたつかせていた佳奈ちゃんだが、すぐに戻って来た。ごめんごめん、と咲ちゃんがワインを注いであげている。 「いいけど! 二年前の話だから! こうして今日はお泊り女子会にもちゃんと参加出来たし!」 「いや君が集合をかけたんじゃないか。これで佳奈ちゃんがいなかったらとんだ肩透かしだぜ」 「じゃあ私が主催しなかったら呼んで貰えなかったのかも知れませんねー」  私の尤もな指摘に対し、いじけで応じて来た。若干、強く出られない気持ちを覚える。恭子と咲ちゃんと三人でいることも結構あるが、どうも佳奈ちゃんは漏れるんだよな……。だが理由ははっきりしている。ハブにしているわけではない。まず、私と恭子が二人で一緒にいる状況が非常に多い。何故なら親友だから。そして、そこに咲ちゃんを呼び出すわけだ。瞬間移動ですぐに合流出来るので。……だが、それなら咲ちゃんに佳奈ちゃんを連れて来て貰えば解決だ。単純に付き合いが浅いせいか……? 私が佳奈ちゃんに深くかかわり始めてからまだ二か月だもんなぁ。 「あっ、反論しない! 本当に除け者にする気ですか!?」  おっと、少し黙っていただけで敏感に察しやがった。流石気遣いの塊、お見事。じゃ、ねぇ! 「んなわけねぇべや。女子会っつったらちゃんと誘ったよ。むしろ四人から予約可でなければ私は断っていただろう」 「本当ですかぁ?」 「マジマジ」  風呂場でこっそり咲ちゃんに愚痴るくらい、君達一軍女子のお喋りっぷりを警戒していたのだぜ。 「ところでさぁ」  不意に恭子が会話に入ってきた。なんじゃ、と応じる。 「来なくて良かった一面もあると思うの。田中君と咲ちゃんの告白現場」 「私やお前と佳奈ちゃんが、互いに面識が無かったからか?」 「それもあるけど、初対面の人間が黒焦げになって死に掛けているところを目撃したらトラウマになったんじゃないかしら」  非常に気まずい沈黙が部屋に下りた。え、と原因たる恭子が戸惑いを見せる。 「な、何この空気。だってそうは思わない?」  誰も堪えられない。だってやけに猟奇的な話なんだもの。 「……別に、初対面の相手じゃなくても人間が黒焦げになった様を目撃したら誰でもトラウマになるんじゃないか?」  かろうじて言葉を絞り出す。うーん、と恭子は人差し指で自分の頬をつついた。 「結構、初対面、ってところが肝心だと思うのよね」 「どういうこっちゃ」 「まず、あの場にいた私達は葵がどういう人間かよく知っている。勿論、当日はあんたが無事に帰って来るまで、全員この上なく動揺させられたけどさ。黒焦げの姿自体に忌避感を覚えた人はいなかったはず。だって葵だってわかっているから」 「いや、それなら逆に、やべぇ! ってならんか? 知り合いが変わり果てた姿になったら動揺するもんじゃないのかよ」 「見てくれだけで判断するような人がいなかったんじゃない?」 「ふわふわしているな……」 「とにかく、私達は仲良しだから誰も葵がトラウマになったりはしなかった。一方、見知らぬ他人がとんでもない状態になってもあんまり気にならなくない?」  ……こいつの発言、怖いな……。 「なるわ。事故現場に居合わせた人とか、普通にトラウマや精神的外傷を負っているわ」 「それならそれで別にいいわ」 「いいのかよ!」  真面目に受け答えして損したよ! 「私が言いたいのは、初対面の人ってところよ。今日、初めましての挨拶をしました。これから仲良くなるかも知れない相手です。その人が、不慮の事故で全身黒焦げになりました。もう二度と会えなくなる可能性があります。ね、一日でこんなに明るい気持ちと暗い感情を行き来したらゲロ吐きそうだと思わない?」 「最悪の例えで締めるなよ……」  はい、とまたまた咲ちゃんが手を挙げた。どうぞ! と恭子が元気よく当てる。エロい女教師と幼い生徒って感じがするな。 「恭子さんの仰りたい意味、わかる気がします。折角お友達が増えたその日、永遠に失ってしまうかも知れない状況になったら嬉しさの揺り戻しでとても大きな悲しさ、喪失感に襲われるでしょう」 「そう! そうなのよ! 出会ったその日ってのが肝要ね。友達増えた! からの、えっ、嘘……って落差がひどい!」 「想像するだけで辛いです……佳奈ちゃん、来なくて良かったよ」  むむ、と佳奈ちゃんが頬を膨らませた。 「そんな話の展開から、慰めみたいな扱いを受けて納得出来ると思うの?」 「納得、して」 「いや咲は自分が責められたくないだけじゃない!? 同性で唯一の友達である私だけを呼ばなかったんだから!」 「……気のせいだよ」 「ちょっと黙ったのが嘘の証拠だよ!」  佳奈ちゃんの察し力は驚異的だな。 「私は言い訳とか逃げ道じゃなくて、純粋に思っただけよ?」 「恭子さんはそうでしょうね! っていうか話の途中で言っていた、見知らぬ他人がとんでもない状態になってもあんまり気にならなくない? って発言、地味に滅茶苦茶怖いんですけど!」 「そう?」 「あ、駄目だ。この人、やばい!」  葵さん! と急に名前を呼ばれた。ほい、と間の抜けた返事をしてしまう。すまん、ちょっと一瞬、完全に気を抜いていた。疲れと酔いのせいかねぇ。 「恭子さんって実はサイコな一面を持っていたりします!?」 「知らん」 「知らんて!」  失礼ねぇ、と恭子は結んだ髪の毛先を指で弄んだ。 「私は素直に感じたままを話しただけよ」 「その捉え方が怖いんですってば! 自覚無く猟奇的な発想をしているってことは、無自覚に罪を犯しかねません!」 「犯罪に手を染めたりしないってば」 「でもさっきの話、怖かったですって!」  まあまあ、と一軍の間に割って入る。私もサイコなのでしょうか、と咲ちゃんが付いてきた。 「君の場合はサイコではなくサイコキネシスだろ」  会心の返しにまたしても全員黙り込みやがった。今の返答は完璧だっただろ。沈黙はおかしいっての。 「笑えよ」  しかし誰も応じない。舌打ちをして、話を戻すぞ、と無理矢理抜け出す。 「恭子は本心を率直に口へ出しているだけだ。私も正直、さっきはドン引きしたが、恭子はそう感じるんだな、と思うだけ。咲ちゃんとは少し違うベクトルで素直な奴なのさ」 「イエーイ。咲ちゃん、お揃いだって!」 「イエーイ、です」  ハイタッチを交わしている。楽しそうだな。 「その素直な本心が怖いんじゃないですか……」  一方、佳奈ちゃんはまだ引っ掛かっていた。 「まあ誰しもそんな一面はあるさ。他人と違う受け止め方をしてしまった経験、君にもあるだろ。例えば冥王星に対して佳奈ちゃんは並々ならぬ思い入れがあるようだし、私はそれを目撃した時、ちゃっかりドン引きしていたのだが。君にとっては冥王星への愛は普通に自分の中にある感情なんだろ」 「そうです」  食い気味に即答してきた。それだよ、と指先を向ける。 「私や恭子、咲ちゃんは持っていない情熱だ。佳奈ちゃんにとっての当たり前は、我々から見たら変わったものなのだ。咲ちゃんの、メイドと揚げ餅に対する愛情もそうだね。無論、私にも同じような一面はある。つい先程も、好きな人には意地悪しちゃう、という現象を君達は当然のように語っていたがね。私には一切理解出来ない。恐らくこれに関しては私の方がズレているのだろう。うん、人間皆、案外ズレズレなのかもな。だけど気遣いや、いわゆる普通、常識、とされているものにそれぞれが寄り添うことで何とか関係性を成り立たせているのかも知れない。だからそのズレが見えた時、戸惑いを覚える。誰かが決めた普通や常識が無ければズレているのが当たり前だったのかも知れないのに。な、そう考えてみるとさっきの恭子の発言もおっかなくはあるが、そんな捉え方もあるか、くらいに落とし込めたりはしないかね」  喋りつつ考えを纏めていたから些かとっ散らかってしまったが、人間同士ってズレズレなのかも、という結論は我ながら嫌いではない。むしろ納得出来ることも出て来る気がする。 「うーん……そう言われてみればそうなのかも……?」 「まっ、その上で我々は自由でありたい。あいつの発言に怯えるのも、バカ言ってんじゃねぇって呆れるのも、わかりますって同意するのも個々人の自由。寄り添うのではなく、無理矢理同じ考え、思考に纏めてしまうのは乱暴すぎる。それでは一人一人の人間が自我を持っている意味が無い。幸い、我々は仲良しだ。故に好き勝手な発言も飛び出す。そいつを笑い飛ばすくらい、肩の力を抜くといいさ」 「ガッチガチに力が入っているのは葵の方じゃない?」  唐突にヤジが飛んで来た。 「何でだよ恭子!」 「素直になれってアドバイスに従っていじけていたから」 「それは肩に力が入ったんじゃなくて、加減を間違えただけだっつーの! って、言わせんな恥ずかしい!」 「やーいぶきっちょー」 「お前、酔って来たな……?」  とうとう訪れたか。酔いどれ大魔王の降臨せし瞬間が。 「まだまだ宵の口よ!」 「皆ー。明日の朝食バイキングを食えない奴が少なくとも一人は発生しそうだぞー」 「誰が二日酔い確定よ」 「お前だよ! 第一、肩に力が入りすぎって神様からも指摘をされたのは恭子の方だろうが!」 「でもこないだは抜けたもん。綿貫君とのアイススケート、満喫したわよ!」 「ハグにおんぶに手繋ぎに腕組みだろ。やりたい放題か」  途端に恭子は俯いた。 「だけど疑似体験にしか捉えて貰えないのよぉ~」 「聞いたよ、その話」  酔ってループし始めたな。 「私だってぇ、勇気を出してぇ、くっついたのよ? おんぶはただの事故だけど」 「自損事故だろ」 「うん。楽しみ過ぎた。葵! 今度、一緒にスケートへ行くわよ! あんたを楽しませるために歩けなくなるまで練習を頑張ったって一面もあるんだから!」  急に話の本筋から逸れるのも大魔王の特徴だ。そして変に反論するとしつこく絡んでくるから適当にあしらわなければならない。 「まあ、その内な」 「あっ、その返答は行かない時の葵だ! 今予定を決めるわよ!」  速攻でスマホを取り出しおった! こんな状態の時に約束したって忘れるだろ! 「素面の時にしようぜ」 「やーだー。今がいいのー」  ……くっ、ちょっと可愛いじゃねぇか。 「葵さん、にやけていますよ」 「今の恭子さんに、ドキッと来たりしちゃいましたか?」 「確かに可愛かったよね」 「うっかりとしたポンコツの一面はありますが、頼れるお姉さんが子供みたいな発言をするとキュンと来ます」  佳奈ちゃんと咲ちゃんが左右から交互に囁きかけて来る! 「ねー葵ぃー。予定、押さえよ?」  恭子は恭子でこっちを上目遣いで見て来やがる! こいつら、私をどうしたいんだ!
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