背中がやけに伸びるわけ。(視点:咲)

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背中がやけに伸びるわけ。(視点:咲)

「おおぅ、腹筋は収まった。脇腹もいい感じだ! だけど背中がヤバい! またツリそうな気配を感じる! ゾクゾクするぞ!」 「あんた、少しは運動しなさい。筋肉が強張って固まっているからツったり腰を痛めたりするのよ」 「運動、嫌い」 「助けてあげないわよ」 「それは困る。しかしよく伸びるなぁ。恭子、お前ストレッチが上手だな。ありがとう!」 「葵が動かなすぎるだけ」  絡み合ったお二人を動画に収め続ける。佳奈ちゃんも自分のスマホで写真に撮っていた。そして、あのさ、と私に画面を見せて耳打ちしてきた。 「よく伸びるって葵さんは言っていたじゃん」 「うん」  恭子さんが上手だって褒めていた。しかし佳奈ちゃんは画面のある一か所をアップにした。 「これのおかげだと思うんだけど」 「……確かに」 「私や咲が同じ体勢をとっても、今の葵さんくらい伸ばすことは出来ないよね」 「……うん。無理。佳奈ちゃんはともかく、私はぺったんこなので」 「ぺったんこではないでしょ」 「恭子さんと比べたら、富士山と砂場の山くらいの差があるよ」  佳奈ちゃんが黙り込む。私は写真を見る目を現実のお二人に向けた。恭子さんの凄いでっぱりが、葵さんの背中に押し当てられている。勿論、柔らかいので変形はしているようだけど、体積として存在していることは揺るがないので結果的に葵さんの体勢はよりいっそう海老反りになっていた。 「綿貫君、おんぶをしたってことはあの状態と同じ感じになっていたんだよね」  佳奈ちゃんの呟きに、徹君もおんぶしたの、と私は無表情のまま応じた。あぁっ、と佳奈ちゃんが頭を抱える。 「しまった! そうだった!」 「綿貫君の時にはねぇ、恭子さんも素面だったから体を密着させ過ぎないように気を付けていたんだと思うんだ。だけど徹君の時には酔い潰れていたから恭子さんは自分の体を全部彼に預けたんだよぉ。そして私はぺったんこ。徹君は大きい方が好き。さて、誰が一番得をしたかなぁ? うふふふふ、連れて帰るためには必要だったと言い訳が出来ますものねぇ。その言い訳のタネを蒔いたのは、飲み過ぎて潰れてしまったのは、何処のどなたでしたかぁ?」  チクチクいじめると、悪かったわよ! と恭子さんが叫んだ。 「ごめんってば! 咲ちゃんって案外根に持つわよね!?」  葵さんを抱えているはずなのに全然堪えた様子も無く、恭子さんがいつも通りに会話を続ける。まあ、葵さんは軽いですからねぇ。 「そうだぞ。咲ちゃんは優しいし可愛いが一度根に持つとしつこいんだ」 「私は悪いことをした人にしか執着しませんよぉ? 私をしつこいと評する人は、皆負い目があるのです。ね、佳奈ちゃん。私にしつこくつつき回されたことなんて無いもんね」 「ま、まあ私は無いけど」  ね、と先輩方に投げ掛ける。お二人は口を噤んでしまわれた。一方、でもさぁ、と佳奈ちゃんが話を続ける。 「酒癖については咲も人にとやかく言えないでしょ」 「……」  ……お返事が出来ない。黙っていればやり過ごせるかな。取り敢えず沈黙を続けてみる。 「こないだも酔っ払っていじけて私に愚痴りまくったじゃん。愚痴るのはいいけど悪い飲み方をしていたじゃん。水を飲めって言ってもいらないって突っぱねたし。お店の中なのに大きな声で拗ねていたし。あの酔い方をしている人が恭子さんをいじめるのは駄目でしょ」 「……」  ……。 「おい佳奈ちゃん。私からも情報をあげよう」  海老反りの状態で葵さんが参戦してきた。やめて、と止めたいけれどそれも卑怯な気がしてせめてもの抵抗の沈黙を続ける。 「恭子が酔い潰れた同じ週に、潰れてごめんなさいの会を開いたんだ。田中君と咲ちゃんと恭子の三人でな」 「葵さん、ハブられたんですか?」 「言い方が悪いな! 私が呼ばれる理由が無いからだよ! 同じ日に用事もあったしな!」 「そうなんですか、何か珍しいですね。葵さんのプライベートって謎ですから」 「まあ滅多に予定は入らないがね。それはともかく、帰ろうとしていたら田中君から助けを求められた。二体の酔っ払いが出来上がったから手を貸してくれって」  あー、と佳奈ちゃんが私をじっとりと見詰める。そっと顔を逸らす。恭子さんを責めた手前、自らのやらかしに向き合うことはとても恥ずかしかったから。 「到着した私を認識したのは田中君だけ。恭子と咲ちゃんは気付きもせず、二人がときめくシチュエーションとやらをコソコソ話してはきゃーきゃー盛り上がっていた。楽しそうだったな、お前ら」  な、と葵さんは恭子さんの方に少しだけお顔を傾けた。うぐぐ、と恭子さんが意味を持たない呻きを漏らす。 「いや、いいんだ。別に、酔った親友と後輩から見向きもされなくて寂しかったとか、椅子から転げ落ちそうになった咲ちゃんを急いで支えたのに私だって全然気付かれなくて虚しくなったとか、全然、そんな気持ちは抱いてないから」 「悪かったわよ……」 「その後、咲ちゃんが恭子に抱き着いた状態で二人揃って寝ちゃって、私は田中君に結婚式場の話を聞いていたわけだが」  うわぁっ、と佳奈ちゃんが顔を顰める。 「何でまたそんな話題になったんですか? 私だったら耐えられないですよ」 「別に、話の流れがそうだっただけ。そこは気にしちゃいないがね。今日の会の目的は、酔い潰れてごめんなさい、だったはずだし、潰れて田中君におんぶして貰った恭子を多分咲ちゃんはチクチクいじめただろうけど今一緒に寝ているのだからこれ以上いじめてやるなよ、とは思ったな。ところで咲ちゃん。さっきの自分の発言を振り返ってみようか」 「……」 「おーい。聞こえているのか。それとも今日も酔っ払っちゃったか。なあ佳奈ちゃん。咲ちゃんが今、もし会話もままならない程酔っ払っているとしたら、これ以上恭子をいじるのはアリかナシか、どっちかね」 「ナシ」 「だとよ?」  沈黙すら許されない状況を作り出すとは、流石です……。観念して、恭子さんの枕元に正座をする。葵さんは、ニマァァァ……っと唇を歪めた。悪魔の笑顔……。 「恭子さん、ごめんなさい。私も酔い潰れたのにいじめてしまいました」 「いやいや、私がひどい潰れ方をしたのに端を発しているのだから別に咲ちゃんが謝る必要は無いわよ。田中君におんぶして貰ったのも事実だしね」 「ですが、葵さんと佳奈ちゃんの指摘通り、私は偉そうなことを言えません……」  遡るとさぁ、と葵さんが恭子さんの上で再び口を開く。まだ責められるのでしょうか……。 「二十歳の頃から咲ちゃんって酒癖があまりよろしくないよな。だって初めて行った居酒屋で、田中君とツーショットを撮りまくったんだろ。四年経っても変わっていないじゃないか」  ぶっ、と佳奈ちゃんが吹き出す。私は、確かに、と消え入りそうな声で応じるだけ。他に何も言えません……。 「普段、大人しくて可愛らしいから誤魔化されているがね。咲ちゃんの酒の飲み方は意外と悪いのだ。そして恭子は言わずもがな。この二人が揃った時に飲み方を制御出来るほど田中君に統率力は無いね」  以上、と葵さんが話を締めた。歩み寄ってきた佳奈ちゃんが、私の肩を軽く叩く。 「咲。私も聡太に対する負い目があるから偉そうな物言いは出来ないけどさ。お互い、発言には気を付けようね。人の振り見て我が振り直せ。ブーメランが飛んで来ないよう慎ましやかに生きていこう」  うん、と我ながら弱弱しく頷く。一方、そろそろ大丈夫かな、と葵さんは恭子さんにお伝えをした。 「もういいの?」 「お前には永久に抱き締められていたいが?」 「そうじゃなくて! お腹や背中はツらなさそう?」 「ん、大丈夫」  オッケー、と恭子さんが葵さんを解放した。そのままお二人とも横倒しになる。葵さんは勢いそのままに、正座をしている私の膝へ頭を乗せた。幸せなリレーだね、と目を瞑って呟かれた。 「ブーメラン女の膝枕に価値などありましょうか……」 「ははは! 面白いね、ブーメラン女の膝枕! 黄金に匹敵する価値があるとも。そしてツッコミが来ないから自分でネタバラシをするが、私だって先週ひどい二日酔いで咲ちゃんに助けて貰ったじゃないか」  ……あ。 「私はずっと気付いていたわよ? 葵、ちゃんと逃げ道を残しているのねって」  寝っ転がったまま左手で頭を支えた恭子さんはそう仰った。ちょっと! と葵さんのお顔を両手で挟み込む。 「ひどいじゃないですか葵さん! 私、本気で反省したのに!」 「反省はしたまえよ。君の酒の飲み方もちょっとよろしくないのは事実だ。店で寝ちゃって恭子におぶって貰ってタクシーで帰ったのは誰?」  うっ……。 「私です……」  ちゃんと覚えているんだな……。 「やったことが消えるわけじゃない。それはそれとして君は私も巻き込める。お前だって滅茶苦茶二日酔いになっていたやんけ! って。佳奈ちゃんはさっき、言動に気を付けようと言っていたね。私も大事だと思う。だけどさぁ、聖人君子じゃあるまいし、凡人たる我々は皆一つや二つ、隙や負い目を持っているのだ。そんじゃあ誰も責めちゃ駄目、なんてわけでもあるまいて。そんなクソ真面目な生き方は、息が詰まってむしろ死にそうだ。許せる程度はあるけどさ、自分を棚に上げちゃって人を責めたって良くないかい」  お膝の上の葵さんは薄い笑顔を浮かべていた。あんたねぇ、と恭子さんが呆れる。 「一番反省していないんじゃない? ずーっと、気持ち悪ぃ、おええええ、って苦しんでいたのに」 「おいおい、大事なのはそこじゃないっての。反省はしたさ。いや、後悔かな。飲み過ぎなければ良かったって。だが二日酔いになった経験があったら、酔い潰れておんぶされて帰った上にそのごめんなさいの会でまた寝ちゃった恭子を何やってんだバカって叱れないのか? 恭子をチクチクいじめる咲ちゃんに、君だって潰れただろっていじれないのか? 別に良くねぇ? 気にしな過ぎたってさ。お互い、お前が言うなや! ってツッコミを入れるだろうよ。だから言い過ぎない程度に好き放題言っても構わないと私は思う。少なくとも、この仲間内はそんな関係がいいなぁ。それが気を遣わない関係性じゃないのかなぁ。まっ、あくまで個人的な意見だがね。皆も同じように捉えてくれなんて厚かましいお願いはしないとも」  何とはなしに佳奈ちゃんを見ると、一理あるかも、と腕を組んで首を傾げていた。
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