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空気の読めない姉御はどっち?(視点:咲)
「確かに誰でも負い目ややらかしってあるよね。だからって皆が口を噤んだら厚かましいバカしか喋れなくなっちゃう」
佳奈ちゃんの意見に、ふふん、と葵さんは小さく笑った。
「私は人の飲み方には絶対に口出ししないわよ。そんな立場じゃないって自覚はあるもの」
恭子さんのご意見に、それも答えの一つだな、と葵さんが小さく頷く。
「自分をわかっていて立派じゃないか。世の中にゃぁてめぇ自身を客観的に評価出来ず、好き放題罵詈雑言を並び立てる奴がごまんといる。そんな世界で自分の駄目な部分をきちんと認められるのは、素直で真っ直ぐな心根だ。お前の長所だな、恭子」
「酒癖の悪さを発端に褒められたのは初めてね……」
恭子さんはそう言って頭を掻いた。
「はっはっは、そりゃそうだ。しょっちゅう潰れて迷惑と心配を掛ける奴に、自覚があって偉いわねって言うのはあまりに甘すぎる!」
「あんたの発言よ!?」
「自覚があるなら自制しろ、ってな。まあ無理な相談だとわかっているが。お前、酒が好きだもんなぁ」
「でも気を付けた方がいいですよ? 悪い男に乱暴されちゃう可能性だってあるんですから、潰れないに越したことはありません」
佳奈ちゃんの尤もなご意見に、安心したまえ、と葵さんが応じた。一応そうなのですよね。
「恭子が酔い潰れるのは私らといる時だけだ。大学時代のサークルメンバーと飲みに行こうが、会社の飲み会に参加しようが、ほぼ素面で終えるもの」
な、と振られて、そりゃあね、と恭子さんは体を起こした。
「我々は気を許されているのさ。佳奈ちゃんや、恭子は可愛いだろう」
へえ、と佳奈ちゃんもベッドに腰掛けた。
「恭子さん、本当に素直なのですね」
「甘え方が下手なだけ。わーいってはしゃいで飲み過ぎて潰れちゃう。隙しか無いが、こっちは大変だねぇ」
「葵! 褒めるかバカにするかどっちかになさい!」
「偶には酒以外で甘えてみろよ。ほら、こっちへおいで。それとも二人で隣室にしけこむ?」
「何をする気!? あんたが言うと洒落にならない!」
恭子さんは自分の体を両手で抱き締めた。残念、と葵さんはまた目を瞑る。
「では咲ちゃんの膝枕を満喫しよう」
そうして目を瞑り口を噤んだ。えっと、このまま寝ちゃったりしないよね? やれやれ、と呟いた恭子さんは立ち上がり、グラスに残っているお酒を飲み干した。そして冷蔵庫から次の白ワインのボトルを取り出す。
「咲ちゃんも佳奈ちゃんもまだ飲むわよね?」
「私はいただきまーす」
佳奈ちゃんもベッドを降りてソファに戻った。
「私も」
そう言い掛けたけれど、お膝の上には葵さんがいる。まあ、いいか。お酒と葵さんを天秤にかけたら此方を取るに決まっている。だけど、さあて、と葵さんは目を開いた。
「咲ちゃん、ありがとう。十分だよ」
笑顔のまま、上体を起こした。どうやら気を遣わせてしまったらしい。すみません、と謝罪を口にする。
「何故謝る?」
「……まだ膝枕、していたいのに私がお酒を飲みたがったから」
「その状況なら大概の人間は私を責めるね。我儘放題か! って」
うーん、と伸びをしている。猫さんみたい。猫カフェのふくちゃんさんは今日も元気でお過ごしでしょうか。
「私は少し横になる。三人で女子会を楽しんでおくれ」
う、それは困る。一軍二人とお芋女子の私ではとっても疲れるのですよ……。
「一緒に行きませんか」
「ちょっとだけ休憩させて」
「ソファで膝枕をしていいですから」
「一人は不安かい」
そう指摘されて言葉に詰まる。だって恭子さんと佳奈ちゃんには悪い気がしたから。
「でもお酒は飲みたい。いいねぇ咲ちゃん。自分の性格と欲の間で葛藤している君は可愛いよ」
頭を撫でられた。優しい手付き。いつも私を安心させてくれる。
「そして私は睡眠欲に負けそうなんだ。少しだけ、眠らせてくれ。目が覚めたら君の元へはせ参じよう」
「……約束ですよ」
「あぁ、約束する。じゃ、お休み」
あっさりと葵さんは目を瞑った。大きく息を吸い、長く、ゆっくりと吐き出す。一緒に戻ってくれないのは寂しいけれど、邪魔をするのも申し訳ないので恭子さんと佳奈ちゃんのところへ戻った。しかし、入れ違いに恭子さんがベッドへ向かう。うん? お布団でも掛けてあげるのかな? それとも、歯磨きをしなさい、って念のため起こすのかも。想像をしながら見守っていると、あらっ!
「葵ぃ。何を一人、寝ようとしているのよ」
葵さんのほっぺを両手で掴んだ! いてて、とすぐに反応される。
「おい恭子。私は眠いんだ。ちょっとだけ寝かせておくれ」
「駄目!」
即答した! 葵さんが可哀想!
「勘弁してくれよ。今日は残業で疲れているんだ」
「嫌!」
「頑なだなおい」
「だって葵がまた一人になっちゃうもの」
その言葉に、はっとする。何だと? と応じる葵さんの声は明らかに戸惑っていた。
「私達が三人でお喋りを続けるとして、傍らで葵は一人で寝るでしょ。もし、途中で起きたとしても、きっとあんたは寝たふりを続ける。或いは歯磨きだけして朝まで寝直す」
恭子さんの指摘に葵さんは唇を噛んだ。当たりでしょ、と恭子さんは顔を寄せた。わぁ、近い……ぶつかっちゃいそう……。しばし沈黙していた葵さんだけれども。
「……よく、わかったな」
観念したように呟いた。まったくもう、と恭子さんが前髪を掻き上げる。そして、葵さんのほっぺから手を離し、あんたってさぁ、と隣に再び腰を下ろした。
「一人は寂しいから嫌なんでしょ。だけど皆の輪に入るのも遠慮する。まあ、今は本当に眠いだけかもしれないけど、その後再合流はしないつもりだった。そうよね?」
「……あぁ」
「何で? 寂しいなら飛び込んできなさいよ。ううん、私相手には来るわよね。田中君にフラれたあの日、一人でうちまでやって来たもの」
その時、わかった、と葵さんは恭子さんのパジャマの袖をそっと摘まんだ。
「まだ一緒に飲むから、それ以上は後輩達の前でつまびらかにしないでくれ」
「何でよ」
恭子さん、葵さんの気持ちを全然汲み取ってあげておりませんね。
「いいじゃないの、私達四人の仲なんだから」
「……お前は本当に察しが悪いな」
「失礼ね、そんなことはないわよ。現に田中君が咲ちゃんを好きだって見抜いたし」
「悪かったな、私は気付かなかったよ。おかげで咲ちゃんを二年も足踏みさせちまった」
「じゃあ葵の方が鈍チンじゃないの」
「うるせぇなぁ……」
「それで、どうして後輩の前でこの話は終わりなの?」
「蒸し返すな! 忘れろ!」
「何で? ねえねえ、どうして?」
「うぜぇー!」
あのぉ、といつの間にかベッドに歩み寄った佳奈ちゃんが、遠慮がちに割り込んだ。おぉ、頑張れ佳奈ちゃん。気遣いの鬼。
「多分、葵さんは私達後輩に対してはまだ遠慮しちゃうんだと思いますよ」
「何でその必要があるの」
恭子さん、酔っているせいかも知れませんが少しは頭を使って下さい……。
「だから、恭子さんと比べて私や咲には一歩下がっちゃうんじゃないですか」
「どうして?」
「私に訊かれても……」
葵さんは立ち上がり、話さんぞ、とこっちへ向かって来た。ワインの入ったグラスを渡すと一息に飲み干した。疲れていると仰っていたけれど、大丈夫でしょうか。
「ねえ葵ぃ。一緒に喋ればいいだけでしょぉ? 何で一歩引いちゃうのよぉ」
「しつけぇなぁ……」
「だって気になるもの。私の身にもなってみなさいよ。寂しいのは嫌いだ! って言われたり、どうせ皆いなくなるんだ、っていじけられたりしたからずっと一緒よ! って引っ張り込んだのに、あんたの方から遠慮して下がっちゃうんだもの。その心理を教えてってば」
「佳奈ちゃんが当てた通りだっての……」
「後輩を相手にした時だけ?」
「そうだよ」
「何で?」
頭が割れそうだ、と葵さんが恭子さんに聞こえない程度の声量で呟いた。同感です。しかし諦めたのか、あのな、と振り返った。
「邪魔しちゃ悪いと思っちゃうんだよ。なんぼ仲良しだろうが後輩は先輩に気を遣うだろうが。よしんば咲ちゃんも佳奈ちゃんもそんなこと無いって言ってくれたとしてもだな、私はさっきみたいな説教じみた話ばかりしてしまうからこういう楽しい場ではむしろ静かにしている方がいいんだよ。だったらいっそ、邪魔しないように寝ちゃうのが一番だ。そうやって君達が楽しく過ごせるよう気を遣ったってのに、ズケズケ乗り込んできやがって」
「そりゃあ乗り込むわよ、あんたが一人は嫌だって散々ぶーたれたんだから」
恭子さんの率直な発言に、それは、と返しかけた葵さんは口を噤んだ。傍らで佳奈ちゃんがそっぽを向き、肩を震わせている。まあ今のは明らかに葵さんの自損事故だよね。恭子さんの素直さの勝ち!
「葵の要望に応えて手を差し伸べたのに、しつこいってぇのはあんたの方が失礼じゃない?」
おぉ、追い打ちを掛けた! 葵さん、と私は立ち上がりその華奢な肩に手を置いた。
「流石にひねくれが過ぎています。そして黙っていても状況は好転しません。私は数分前に、そのことを実感しました。今、恭子さんにお伝えするべき言葉は二つ」
「……一個しかわからん」
しょうがないですねぇ。そっと耳打ちをする。途端に、ひっ、と身を竦ませた。
「あ、ごめんなさい。息を吹きかけてしまいましたか」
「わざとか? 事故か? どっちだ?」
「失礼ですねぇ。事故ですよ」
「今日の君は人の脇腹を攻めて来るから信用ならないんだよ!」
「じゃあテレパシーでお伝えしましょう」
脳に直接送り込む。そうか、と葵さんは目を瞑り、ゆっくりと開けた。そして、恭子、とベッドの上のお姉さんを見詰める。
「なあに?」
「我儘放題をしてごめんなさい。下手な気遣いも余計でした」
ふふん、と恭子さんは小さく笑い、許す! と親指を立てた。
「スッキリした! さあ、飲むわよ!」
佳奈ちゃんと二人、ソファへと戻って来る。それで、と佳奈ちゃんは私と葵さんを見比べた。
「もう一つ、言うことがあるの?」
う、と葵さんは口ごもった。いざ! と背中をつつく。
「くすぐったいってば! さっきツったばっかだから怖いし!」
「ほら、さっきお伝えした一言をどうぞ!」
ぐぐぐ、と歯噛みしていた葵さんだけど、恭子、ともう一度繰り返した。
「なによぅ。そんなに照れちゃう台詞なの?」
「……四人で、一緒に、楽しく、飲みたい、です」
あまりに不自然な言い方に、私達は首を傾げる。
「咲ちゃんに言えって言われたから言っている感が隠しきれていないわね」
「むしろ照れ隠しじゃなくてわざとらしく渋々の感じを際立たせていませんか?」
「私、もっと素直に伝えて欲しかったです……」
「ええい、揃いも揃ってうるせぇぞ! あー、いいからもう飲もうぜ」
自棄気味に手酌でワインを注いだ葵さんは、グラスの半分くらいを一気に飲んだ。そして、ふう、と息を吐く
「ったく、何でこんな目に遭わにゃならんのじゃ」
「「「あんた(葵さん)がひねくれているから!!!!」」」
見事に合唱すると、すまん、と小さく舌を出した。可愛いです。面倒臭いことには変わり在りませんけれど。ふふ。
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