お芋女子のお見立て。(視点:咲)

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お芋女子のお見立て。(視点:咲)

 皆にワインを注ぎ直す。じゃあ改めて、と恭子さんが音頭を取った。 「乾杯しましょう!」 「何に」 「女子会に!」  はいはい、と葵さんは髪を耳にかけた。形のいい耳に息を吹きかけたい衝動が私を襲う。だけど今日はちょっかいを出し過ぎているので自粛すると致しましょう。 「乾杯!」  恭子さんは弾けんばかりの笑顔でグラスを掲げた。かんぱーい、とそれぞれが応じる。ところで、と恭子さんは私に向かって身を乗り出した。 「不安って、何?」  唐突な問い掛けに、え? と首を傾げる。不安? 何のお話でしょうか。 「葵抜きで私達と一緒にいるのは嫌なのぉ?」  ワインを飲みながら絡んでくる。しばし考えた後、あっ、と思わず声を上げた。さっき、葵さんと話していたことか! まあ同じ部屋にいるのだから聞こえるのは仕方ない。だけど困ったな。ええと、とグラスを置き、左右の指を絡ませながら何と答えたものか考える。佳奈ちゃんは唇を三日月形に歪めて此方を見詰めていた。葵さんは素知らぬ顔でワインを飲んでいる。助けてくれる気配はありませんね! ひどい! 「その、恭子さんも佳奈ちゃんも一軍女子で、明るいお話をされるけれど、私はお芋女子なのでなかなか流れに付いて行けないのです」  途端に恭子さんと佳奈ちゃんが吹き出した。なにそれぇ! と黄色い声を上げる。 「お芋女子! お芋女子って!」 「垢ぬけないって意味? やだ咲、おかしい!」 「お芋女子は出て来ない単語よねぇ。うーん、愛でていたいわ! 隣に座りなさい!」  二人掛けのソファに居座る恭子さんが、傍らのもう一席をバンバン叩く。ひいぃ、このノリが苦手なのですよ! だけど断るわけにもいかず、失礼します、と座り直す。すぐに肩へ手が回された。葵さんといい恭子さんといい、微塵も躊躇が無くて凄い。私は同じようには振舞えないなぁ、と我ながら変なところに感心する。と思いきや、頬ずりをされた! 「うーん、可愛い。肌もスベスベね」 「そ、それは恭子さんご自身の肌質なのでは?」 「どっちでもいいわよぉ。もち肌もち肌」  困ったので葵さんに視線を遣る。目は合ったものの、ファイト、と無表情で親指を立てた。さっきのやり取りですっかりテンションが冷え切ったらしい! 「咲ちゃん、大好き~。すりすり」 「勘弁して下さいぃ~……」  恭子さんが近いよぅ。髪の毛から凄くいい匂いがするし、よく見るまでも無くいつも通りネイルは綺麗に施されているし、やっぱり一軍は隙がありません。酔い潰れてしまうところ以外は。ふと佳奈ちゃんを見てみると、髪は艶々、唇もお風呂上りなのに薄っすらピンクに塗られている。色付きリップクリームかな。気心知れた人しかいない場なのにちゃんとしているよぉ。 「おい、お芋が煮っ転がりそうだぞ。その辺で勘弁してやれ」  流石に見かねたのか、葵さんが救いの手を差し伸べてくれた! 「葵は咲ちゃんを取られたくないだけでしょ」 「あぁ、そうさ。加えて恭子が私以外の子といちゃついているのも気に入らん」 「我儘放題か!」 「だから恭子、咲ちゃんを解放しろ。そして私の頬ずりしろ」  凄いな。自分が喜ぶ要求しか出していない。えぇ~、と恭子さんが不満げな声を上げる。 「葵にくっつくのなんて飽きるほどやったもの」  そうなんですか、と佳奈ちゃんが目を丸くする。 「一体、お二人はどういう心境でそれをやるんですか……?」 「欲だけしかない」 「ただのスキンシップ」 「温度差が酷い!」  おい、と葵さんは恭子さんを指差した。何よぅ、と恭子さんは噛み付こうとする。しかし葵さんは華麗に避けた。その足元が若干ふらついているように見えたのは気のせいでしょうか……? あと、噛もうとした恭子さんはそろそろ危険な気がしますよ……。 「私に咲ちゃんを返すか、私に頬ずりするか、二択から選ばせてやる」  どっちにしろ欲を満たす気だ! 「偉そうな物言いを。その二つなら葵に頬ずりよ!」  恭子さんが葵さんへ手を伸ばす。その隙に私はすたこらと退散した。また来てね! と恭子さんがヒーローショーの司会のお姉さん並の明るい笑顔で私へ声を掛ける。へへ、と曖昧に笑って胡麻化した。代わりに葵さんが恭子さんのお隣へ鎮座する。 「やっぱりあんたには飽きたわ」 「じゃあ膝枕」 「しょうがないわねぇ」  すぐに横になった。お酒を飲みながらゴロゴロするのはあまり良くないんじゃないかな……。そんで? と葵さんが私を見詰める。 「君がお芋なら恭子や佳奈ちゃんは何野菜なんだ?」  思い掛けない話題に食い付いていた! お芋女子! と恭子さんが手を叩いて笑う。 「あー、ちょっと面白いかも。ね、咲。私は野菜に例えると何?」  佳奈ちゃんまで興味を持ってしまいましたよ! ええと、ううんと、佳奈ちゃんの印象に当て嵌るお野菜は? 「……黄色い、パプリカ」  ほほぅ、と葵さんが感心したように声を上げた。 「その心は?」 「……佳奈ちゃんは明るいので黄色いイメージがあります。そしてしっかり者なので、味も固さもちゃんとしているパプリカを選びました」 「おぉ、咲にはそう思われているんだ。良かったぁ、ニラとかニンニクとか言われたらどうしようかと心配したよ!」 「別に佳奈ちゃんは臭いキャラじゃないだろ……」  その指摘に、実はですね、と佳奈ちゃんが葵さんに顔を寄せる。 「最近、ちょっと靴の匂いが」 「それ以上は誰も何も聞きたくない口を閉じろ」  凄い早口で葵さんが制した! 一方、冬場のパンプスとストッキングは蒸れるのよねぇ、と恭子さんがしみじみと頷く。空気を読めよ、と葵さんが下からつついた。問答無用で頭を引っ叩かれる。膝の上で悶絶する葵さんを他所に、じゃあ私! と今度は恭子さんが手を挙げた。 「私は何の野菜?」  実は恭子さんに対する返答だけはすぐに決まっていたのです。 「スイカです。恭子さんは赤いイメージがあるのと、瑞々しくて、爽やかな甘さがあるのでスイカを選びました」  成程、と佳奈ちゃんが何度も頷く。 「確かに恭子さんは赤のイメージがある。薔薇を見ると恭子さんがチラつくもん」  一方、恭子さんは一瞬俯いた。そう、なのね、と歯切れ悪く応じる。そして頭を擦りながら葵さんが。 「てっきりこれのイメージかと」  もう一回下から触った! あ、でも今度は恭子さんが叩かない! 代わりに、同感、とだけ呟いた。 「いえ、いえいえ、違いますよ? 私、そこに引っ張られたわけではありませんからね!? ちゃんと今、お話した通りのイメージからスイカを連想しましたので!」 「本当かぁ? 咲ちゃんってばムッツリスケベだからなぁ」 「私、コンプレックスもあるからあまりいじられたくはないんだけど……」  先輩方が一心に疑惑の目を向けて来る。違いますってば! と必死で手を振り否定する。 「本当です! 信じて下さい!」  どうするよ、と葵さんが恭子さんに振る。 「……まあいいわ。そういうことにしてあげる」  ようやく解放して貰えた! ほっと胸を撫で下ろす。何とか逃げ切れました、とは決して口に出来ません。恭子さんは気にしておいでのようですから。 「じゃあ私は何だ?」  葵さんの質問にも即答出来る。此方も一発で思い浮かんだから。ただですね。 「……怒らないと約束して下さい」 「無理」 「じゃあ言えません……」  口を噤むと、おいコラ、と早速怒られた。まだ答えていないのに……。 「そんな気になる引きをされて、じゃあ教えなくていいよ、なんて諦めると思うか? さあ吐け。私をどんな失礼な物に例えるんだ。くさやか? サルミアッキか? シュールストレミングか?」 「いやそんな物では」 「そもそも野菜じゃなくない?」 「葵さんの自己評価の低さが出ている!」  各々好き勝手に喋る中、さあ言え! と葵さんが寝ころんだまま私へ指を突き付けた。うーん、締まらない。だけどそこまで求められて断るわけにもいきませんね……私は嘘も吐けないし、吐いたところで理由を述べる段階できっとバレるに違いありません。怒られたらしょうがない。きちんと向き合った結果ならば甘んじて受け入れましょう! 「たくあん、です」 「……あ?」 「白い、たくあん、です」  何それ、と恭子さんが震える声で絞り出した。褒めてるの? と佳奈ちゃんが真っ赤な顔で問い掛けて来る。あぁ、お二人とも、一生懸命笑い出しそうなのを我慢してくれていますね……。そして肝心の葵さんは、ゆっくりと恭子さんの膝から起き上がった。俯いているため髪の毛で顔が隠れる。 「……咲ちゃんよ」 「……はい」 「佳奈ちゃんがパプリカで、恭子はスイカなんだよな」 「はい」 「効き間違いでなければ、私は白いたくあん、つったか?」 「……怒っていますか?」 「理由によってはふてくされる」  おおぅ、まさに今、見定められようとしておりますね! ちゃんと理由はあります! と急いで宣言をする。 「まず、葵さんはとても色が白いです。だから真っ先にダイコンが思い浮かびました。ですが同時に葵さんはとても細く、一方ダイコンはしっかりしているイメージがあるので微妙に合わないな、と思いました。その時、頭に浮かんだのです! たくあんが!」  恭子さんが口元を押さえる。佳奈ちゃんは唇を噛んだ。私は真剣なのに! 「たくあんなら小っちゃいから葵さんの像からかけ離れません。そしてダイコンよりも遥かに味の深みが増しているところは、葵さんの思慮深さを表しております。だから私の中で、葵さんのイメージお野菜はたくあんです。ほらっ、ちゃんと理由、あるでしょう! お漬物なのでやや変則的ではありますが、そこはご愛敬ということで」  しばし恭子さんと佳奈ちゃんの荒い鼻息だけが響いていたけれど。そうかい、と葵さんは顔を上げた。ひどい仏頂面です……。 「恭子と佳奈ちゃんが一軍女子、咲ちゃんがお芋女子だとするならば。私は漬物女子とでも名乗ろうか」 「わ、私は真面目に選んだのですが……ご気分を害されましたでしょうか……」 「いや、案外ちゃんとした理由があって安心した。だが咲ちゃん」  ゆらりと立ち上がった葵さんは、私の前にヤンキー座りをした。お酒が入っている時にその姿勢を取ったら転んでしまいそうです……だから下から睨み付けないで……。 「私だけぇ、お年寄臭くは、ないかのぅ?」  その一言に、ぶはぁっ、と恭子さんと佳奈ちゃんが決壊した。ひどい……。
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