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しっちゃかめっちゃかな姉御達。(視点:咲)
「漬物女子! 葵にぴったり! ひひひひひ!」
「きょ、恭子さん! そんなに笑ったら、あ、葵さんが、くくっ、可哀想じゃないですか……!」
「佳奈ちゃんだって笑っているじゃない! だってたくあんよ!? 漬物よ!? しかも理由までちゃんと添えられている! その上でこれは爆笑せざるを得ない! あひゃひゃひゃひゃ!」
「え、遠慮が、くくく、無いですね! ぶふぅ」
大笑いをする一軍二人を、うるせぇぞスイカとパプリカ、と葵さんが一瞥する。
「ちょっと、多少、いやかなり引っ掛かりは覚えたが、別にいいし。たくあん、好きだし。超美味いし」
「そ、そうです。私もたくあんは大好きですよ!」
慌てて葵さんに同意する。
「でも一番好きなのは揚げ餅なんだろ」
うっ、微妙に返し辛いことを仰る。
「まあ、その、はい」
けっ、と葵さんは私のソファのひじ掛けに腰を下ろした。
「揚げ餅ポジションは田中君かねぇ。私はそこそこ好きだけど、ナンバーワンではないわけだ。どうせそんな立ち位置がお似合いだよ」
あぁっ、すっかりいじけてしまいました! そして困りましたね……徹君がいなかったら私は葵さんにもしかしたら……でも現実は徹君と結婚するわけだし……。何とフォローを入れたものか迷っている間に葵さんはグラスを空けてしまった。いよいよエンジンがかかったのかも。おい恭子ぉ、とふらふら絡みに行く。
「笑っているけどお前だって私が一番じゃないんだろぉ?」
「恋愛的な意味ではね。親友としてはぶっちぎりの一位よ」
「じゃあ抱け」
「親友って言ったでしょ!?」
「私を抱いてくれよぉ。優しくしておくれ」
「ベッドインはしないけど、くっつくくらいはいくらでもどうぞ」
「でもお前はスイカ、私はたくあんだ。肩を並べる資格はあるのか?」
「そこは関係無いでしょ」
「そうか。そうなのか一軍。こちとら漬物女子だってのに、お前の親友でいてもいいのか」
あ、これは葵さん、本当に酔っておられるご様子。当たり前でしょぉ、と恭子さんは両手を広げた。うーん、顔が赤くなっておられる。
「一軍も三軍も無いっての! あんたは私の親友! そのことに変わりは無いわ」
「さりげなく人を三軍呼ばわりしやがって」
「自称していたじゃない」
「うん」
「じゃあ責めないでよ!?」
「もういい。いじけてやる。佳奈ちゃんや、可哀想なたくあんを慰めておくれ」
今度はふらふら佳奈ちゃんの方へ向かった。いいですよ、と佳奈ちゃんも両手を広げる。一方恭子さんは、スッ、とさりげなく姿勢を戻した。そのしれっとした様子がちょっと面白い。
「恭子も咲ちゃんもひでぇんだよぉ」
はいはい、と葵さんを受け止めた。いいなぁ……。
「私は葵さんに優しくしますよー」
「ありがとぉ~。じゃあちょっと隣室へしけこもうか」
「その気も無いのに誘っちゃ駄目ですって」
む、と途端に顔を上げた。
「無いことも無い。な、恭子」
「私は無いわよ!」
「いや、私の話」
「知らんわ! 葵ってウブなくせに私にはあんな真似をしたんだから、よくわかんない!」
ふっふっふ、と葵さんは不敵に笑っている。多分、自分でも自分がよくわからないから笑って胡麻化しているのだろう。そのくらいはお見通しです!
「そういや佳奈ちゃんって橋本君以外と付き合っていたのか?」
唐突に話題が変わった。何ですかいきなり、と佳奈ちゃんも戸惑いを見せる。
「ちょっと気になっただけ。高二から付き合っているのなら、彼しか知らないのかと思って」
至近距離で見詰めている。その傍らで、女子会らしくなってきた! と恭子さんがワインを飲み干した。そしてボトルから手酌で……あぁっ、零れそうなほどなみなみ注いでいる! 私がお注ぎするべきでした! ……関係無いか。適量で止めたとしても、もっと頂戴! とせがまれていたに違いない。
「私も聞きたい! 佳奈ちゃんの過去話!」
「経験人数は?」
「そういう生々しいのはいらない!」
「私もカウント出来るようにしてあげようか」
「葵、邪魔! 静かにして!」
「親友を邪魔呼ばわりとはひでぇな」
「だって私、佳奈ちゃんの恋愛経験を聞きたいんだもの。ね、咲ちゃん! 聞きたいわよね!」
何故私に振るのでしょう。そして私は佳奈ちゃんから直接伺っているので今更な感はあるのです。
「恭子がうるせぇから佳奈ちゃんが喋れなくなっているじゃんか」
「葵が茶々を入れるからだし!」
「茶々じゃない。合いの手だ」
「打ち過ぎて本人が話せなくなる合いの手はもう合いの手じゃない。ただの妨害!」
「ほら、恭子が邪魔している」
「葵を止めているの!」
「お前が静かにしていれば私も黙るさ」
「嘘仰い! あんたが邪魔し始めた!」
「さて、酔っ払ったから忘れちまったな」
「あー、ズルい! 逃げた!」
「さて、そろそろ佳奈ちゃんの話をだね」
「待ちなさい! 逃がさないわよー!」
とうっ、と恭子さんが葵さんを後ろから抱き締めた。さっきストレッチをした時のように、鎖骨の下と腰の辺りに手を回している。引っ張られた葵さんは、おおう、と声を上げた。だけどそのお顔には、満面の笑みを浮かべている! やっぱり恭子さんが大好きなんですねぇ。くっついたまま、お二方は二人掛けのソファに戻った。解放されるや否や、恭子ぉ、と葵さんが恭子さんに抱き着く。意にも介さず、いいわよ! と恭子さんは佳奈ちゃんに向かって親指を立てた。私は先輩二人を写真に収める。
「……このカオスな雰囲気の中、話せってんですか?」
「ゴー!」
「って言うか、恭子さんには話したことがあるでしょ!?」
え、とお姉さんが固まる。そして腕組みをした。傍らでは葵さんが纏わりついている。欲望の赴くままですね。やがて恭子さんは背筋を伸ばした。そして丁寧に頭を下げる。
「すみません。忘れてしまいました」
「ちょっと! あんなに盛り上がったのに覚えてないんですか!?」
「い、いつの話!? 全然記憶に無いんだけど!」
「ひどい! そして今日話してもまた忘れるでしょ!」
「そんなこと無いわよ! ほら、全然酔っ払ってないから!」
勢いよく立ち上がるとテーブルに足をぶつけた。痛い! と悲鳴が上がる。そしてなみなみ注いだせいでワインが零れた。
「あぁっ、勿体無い!」
「恭子さん、絶対酔ってます! 今日は話しません!」
ティッシュで拭きながら、えぇ~、と恭子さんが抗議の声を上げる。一方、振り落とされた葵さんは、もっと優しくしろぃ、とぶつぶつ文句を口にしながら自分のワインを飲んだ。
「いいじゃないのよさ。恋バナは何度したって楽しいものよ!」
「忘れられるとわかっているのに同じ話を繰り返すほど、私は蓄音機ではないんです」
「あはははは! 蓄音機! いい例えね! 聞いた? 葵。佳奈ちゃんは頭がいいわね!」
「……便所行ってくらぁ」
全然聞いてない! 葵さんはよたよたとおトイレへ消えた。注いじゃえ、と恭子さんが葵さんのグラスにワインをだばだば注ぐ。
「零れた分の補充!」
何故かはっきり断りを入れて、ご自分のグラスにも注ぎ直した。そして、零す前にいただき! と口に含む。楽しそうだなぁ。
「でぇ? 佳奈ちゃん、橋本君以外に付き合っていた人はいるのぉ?」
「本当に忘れたんですか!」
「うん」
こっくりと恭子さんが頷く。素直。
「だからもう一回聞かせて! プリーズテルミー蓄音機!」
「くっ、何の気なしに例えた単語を繰り返されると恥ずかしいな」
「テルミー!」
「そして何故英語!?」
そこへ、恭子さぁぁぁぁん!! と葵さんがダッシュで戻って来た。
「俺は貴女が大好きです! 付き合って下さい!」
「あー! 綿貫君だ! 私も好きぃー! って、そう簡単に事が運んでたまるかぁ!」
バチィン! と恭子さんはご自分のお膝をぶっ叩いた。明日、きっと痣になっているに違いありませn。そして葵さんは、違いない、と小さく笑って腰を下ろした。
「でも告白はするんだろ。いよいよ来週じゃんか」
おトイレに行ったせいか、若干正気に戻っている。だけどいつまで続くかはわかりませんね。そうなのよぉ、と恭子さんが葵さんにもたれる。既に佳奈ちゃんの恋バナについて、話そうとしていたこと自体が頭から抜け落ちているよう。佳奈ちゃんも察したのか、駄目だこりゃ、と呟いた。
「告白よぉ? 告白。私は貴方が好きなんです、って言えると思う?」
「言わなきゃ伝わらないだろ。勇気を出せ。大丈夫、お前なら出来る」
「でもぉ、私、いざとなると臆病だから……」
「そもそも恋心に気付いた時点で泣き叫ぶくらい迷っていたもんな」
え、と佳奈ちゃんが目を丸くする。
「どうして泣き叫ぶ必要があるんですか? 好きで好きで辛抱堪らない! みたいな? 恭子さん、そんなに綿貫君のことが好きなんですか!?」
あぁ、どんどんテンションが上がっていく。佳奈ちゃんも好きだよねぇ。そして葵さんは、違う違う、と手を振った。
「綿貫君を好きになったけど私を好きにはならなかった。恭子は自分自身に対して、それってひどくない? って自問自答した。挙句、号泣したんだ」
「一人で考え込んだ挙句、号泣したの!?」
な、と葵さんが恭子さんの頭を撫でる。うん……と一転、恭子さんはしおらしく頷いた。う、凄く魅力的に見えます……普段、賑やかで怪力のお姉さんがしっとりすると、いわゆるギャップ萌えの破壊力が絶大ですね……。
「恭子は本当に真面目なんだ。そしてこの上なく心根が真っ直ぐでね。六年も前に断った告白に思い悩んで泣くなんて、そんな人間はお前くらいのものだよ」
「……だって葵に悪かったなって思って。あんたはあれ以降もずっと傍にいてくれているし」
「当たり前だろ。恭子は大切な親友だ。私がお前から離れるなんて、有り得ない。過去を変えようと望みはしたが、あれだって恭子の隣にずっといたいからってのが理由だったもの」
「葵は私が好きねぇ」
「そうさ。大好きだよ恭子」
わぁ……素晴らしい友情を見えられているだけなのにひどく背徳的なのは何故でしょう……考えるまでも無い。お二方、お顔が近い! そのままチューでもしちゃいそう! どうして葵さんも恭子さんも目を瞑っておいでなのですか!?
「え、ちょっと待って。しないよね」
同様の感想を抱いたらしい佳奈ちゃんが、私の肩を掴む。さあ、と首を傾げてお返事に代える。酔っ払った葵さんと恭子さんならチューくらいしてしまいそう。いや、恭子さんはしないか。葵さんもしないか。何だ、大丈夫だ。
「大丈夫だよ」
「本当に!? 何か、お互いににじり寄っているけど!?」
視線を戻す。……近すぎるな……。もうあれ、鼻息がお互いに当たってこちょばゆいでしょう。
「ちょ、ちょっと咲! サイコキネシスで止めなよ!」
「で、でも二人とも真面目だから大丈夫だって」
「わかんないじゃん! だって相当酔っ払っているみたいだし!」
「それはそうだけど、止めに入るのも信用していないみたいでやだ! 佳奈ちゃんが行って!」
「近寄ったら纏めて食べられそうで怖いの! だから咲のサイコキネシスが頼りなんじゃん!」
「……むしろチューしたいのならすれば良いのでは?」
「お酒の勢いでやっちゃいました、って翌朝一番後悔するやつ!」
「あ、佳奈ちゃんってばよろしくありませんね。経験アリですか?」
「違うわ! 人聞きの悪い!」
「ワンナイトラブなんて似合いませんよ。橋本君じゃあるまいし」
「彼氏の方を引き合いに出さないでくれる!? 実際聡太はやっていたみたいだけどさ! あ、あぁっ、ちょっと咲! 本当にマズいって!」
佳奈ちゃんの指差す先では残り一センチくらいのところまで唇が接近していた! 止めて! との声を受け、流石にサイコキネシスを発動させる。ストップです!
「……」
「……」
葵さんと恭子さんが目を開けて、此方を見詰めた。まさか止めたことを咎められるのですか!?
「やはり後輩をからかうのは楽しいねぇ」
「無理な体勢を続けていたから首が痛くなっちゃったじゃないの」
え、と佳奈ちゃんが間の抜けた声を漏らす。私は頭を抱えた。
「私と恭子がチューなんざするわけないだろ。こいつは綿貫君を好きなんだから」
「それをわかっているのに葵が軽はずみな真似をしたりはしない。ふふん、咲ちゃんも佳奈ちゃんもまだまだ私達を信用していないってよくわかったわ」
「舐められている、の間違いじゃねぇの」
「舐めちゃいないでしょ。ただ、酔った勢いでチューをする人間だって思われているだけ」
「それが舐めじゃ。ところで恭子、耳を」
「舐めたら泣くまで殴るわよ」
肩を組んでソファに座る先輩方は、揃って桃色の舌を出した。
「演技だったんかい!!」
「……わかんないよね」
敗北した後輩の叫びと呟きは届かないのでありました。とほほ。
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