「好き」は時に人を馬鹿にする。(視点:咲)

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「好き」は時に人を馬鹿にする。(視点:咲)

「結局お二人は酔っていないんですか?」  佳奈ちゃんが呆れた様子を微塵も隠さず葵さんと恭子さんに問い掛けた。酔ってはいる、と葵さんが即答する。 「な、恭子」 「ご機嫌よ!」  いえーい、と並んでピースを繰り出した。仲良しですねぇ。 「だが佳奈ちゃんの話を聞けるくらいの余裕はあるぞ。さっきトイレに行ったからな!」 「私は前に聞いた話をすっかり忘れちゃったけど、もう一度教えて貰えってもいい?」 「……また忘れるんじゃないですか」 「その可能性はあるわねぇ」 「よく頼めますね!?」 「私だけじゃないわよ。葵も怪しいわよね?」  恭子さんの言葉に、ふふん、と何故か葵さんは得意気にワインのグラスを傾けた。佳奈ちゃんが巨大な溜息を吐く。 「まあ、そこまで気にしてくれるのなら話してもいいですけど。それだけ私に興味を持ってくれているってことですし」  あら、佳奈ちゃんってば優しいな。わーい、と恭子さんは両手を上げた。 「で? 結局経験人数は何人だ」 「葵、やめなさい! 下世話過ぎる!」  べしっ、と頭を叩かれている。視界が揺れる! と葵さんは悲鳴を上げた。脳震盪なのか、アルコールのせいなのか。どっちにしろ大丈夫では無さそうですね。はいはい、と私はお二人の元へと歩み寄る。 「折角佳奈ちゃんが身の上話をしてくれるのですから、少し酔いを醒ましましょうかね」  お返事を待たずに葵さんと恭子さんの頭に触れ、ヒーリング能力を発動させる。全快にはしない。酔いが完全に醒めてしまってはまた一から飲み直しになって流石に長丁場になり過ぎてしまうし、自己治癒力を高めているだけなのでお二人ともくたびれ果てちゃうから。多少は抵抗されるかと思いきや、案外素直に受け入れられた。数十秒後、能力を停止させる。 「お加減は如何です?」  おぉ、と葵さんは両手を広げた。 「視界が揺れない!」 「揺れるほど飲まないで下さい。恭子さんは?」 「ほろ酔い気分ね。おかげでまだまだ飲めるじゃないの! サンキュー咲ちゃん!」 「……まだまだ飲むためではなく、佳奈ちゃんのお話を忘れないように施したことをお忘れなく」  一応釘を刺すと、そうだった! と頭を掻いた。うっかり者だなぁ。 「あ、また空いちゃった。まだあったかしら」  恭子さんは冷蔵庫を開け、しまった! と声を上げた。 「最後の一本だった!」  え、と佳奈ちゃんが目を見開く。 「ぜ、全部飲んじゃったんですか!?」 「そうみたい」 「あれだけ買い込んで、なんなら皆で持って帰ろうかって話していたのに!?」 「いやー、酔うはずだわ! あはは」 「私、そんなに飲んでいないんですけど……咲もだよね?」  こっくりと頷く。今日はそこまで飲んでません。 「葵さんも遅れて来たし……恭子さんもペースはそんなに早く無かったですよね!?」 「でも無い物は無い」  嘘ぉ、と佳奈ちゃんが恭子さんに駆け寄る。そして冷蔵庫の中を見て、本当だ……と呟いた。 「証拠はもう一つ。空き瓶と空き缶が残っているわよ」  ほら、と流しの下を指差す。ワインのボトルが四本。短い空き缶が五本。飲み過ぎ! と佳奈ちゃんが叫んだ。 「なんだ、酒が無くなったのか。しゃーない、咲ちゃんよ。私の家へ瞬間移動しよう。適当に持って来ようぜ」 「この期に及んでまだ飲む気!?」 「だって咲ちゃんが醒ましてくれたもんよ」 「そうそう。それなのにお酒が無いんじゃ折角の女子会が盛り上がらないじゃない!」 「というわけで、ちょっくら頼む」  わかりました、と私は葵さんの手を握った。素直過ぎ! という佳奈ちゃんのツッコミを最後に瞬間移動する。はい、葵さんのご自宅に到着です。 「ありがとさん。ちょっと横になっていくか? 添い寝なら任せてくれ」 「いいから、早く戻りますよ」 「んー、いけず」  そんな気は無いのに、困ったお姉さんです。確か冷やしてあったはず~、と葵さんは冷蔵庫を開けた。そして、おっ、と声を上げる。 「いい物があったぜ。ふっふっふ、今日の会にふさわしいじゃねぇか」 「強いお酒は駄目ですよ? 酩酊はよろしくありません」 「いいや、スパークリングワインだよ。ちょいといわくつきのな」  いわくって。 「怖い話ですか?」 「ちゃう。いや、ある意味怖いが。こいつにしようっと。あとはもう一本、安いワインだがまあよかろう。さ、戻ろうか。ありがとうね咲ちゃん。助かるよ」  いえいえ、と応じながら葵さんを眺める。右手にボトル。左手にもボトル。……手が繋げない。だから正面から抱き着いた。おおう、とよろめかれる。 「どうしたどうした。ムラムラしたか」 「違います。でも、手を繋げないからこうするしかありません」  本当は体の一部が触れていれば大丈夫だ。葵さんもそのことは重々承知されている。だからでしょう、はっはっは! と大笑いをされた。 「いいねぇ。そっかそっか、手が塞がっているからしょうがないか。わはは、こいつは嬉しい限りだぜ。戻ったら恭子と佳奈ちゃんが何て言うかな」 「いいのです。私がこうしたいのですから」  そうかい、と仰る声に優しさが滲む。 「私もとっても嬉しいよ。さ、見せ付けに戻ろうか」  はい、とお返事をした時には既にホテルの部屋の中。ん? と佳奈ちゃんが早速戸惑った。感情がとてもわかりやすい。 「何で抱き着いているの」 「葵さんの両手が塞がっているから」 「……咲、明るくなったね」 「どうもです」 「へへーん、見ろ恭子。私はこんなに咲ちゃんから慕われて、ってあれ? あいつ、何処へ行った?」 「お手洗いです」 「何だよ、見せ付けてやりたかったのに。ちっ、相変わらずタイミングの悪い奴」  舌打ちをした葵さんは、ところで、と眉を顰めた。 「この部屋、大分匂いが籠っているぞ」 「あ、それは私も思いました」  同意する私とは裏腹に、そうですか? と佳奈ちゃんは首を傾げる。 「一回外に出たらわかる。恭子が戻って来たらちょっと廊下に出てご覧。そして戻ればわかるはず」  そこへ、呼んだ? と恭子さんが帰って来た。 「何か用?」 「佳奈ちゃんと廊下に出てみろ。そしてすぐに戻って来い」 「嫌よ面倒臭い」 「臭いのは部屋だ。ちょっと換気しようぜ」 「臭くないわよ」 「だから一回廊下に出ろって言ってんだよ。外の空気を吸えばわかるから」 「えー」 「いいから」 「やだ」 「何で頑ななんだよ!」 「面倒臭い」 「トイレから五歩進めば廊下だろうが!」 「もうこっちに戻って来たもん」  それこそ面倒になったので、佳奈ちゃんと恭子さんを掴まえて恭子さんのご自宅へ瞬間移動をする。 「何故我が家!?」 「飲みたいお酒があれば持って行くのがよろしいかと。葵さんのお酒ばっかり飲んでしまうのは可哀想ですから」  もっともらしい理由をつけると、それもそうね! と納得した。恭子さんは意気揚々と冷蔵庫へ向かった。待って下さいよぉ、と佳奈ちゃんも後に続く。 「あれ、案外お酒の買い置きは無いんですね」 「あるとあるだけ飲んじゃうから」  アル中みたいな発言に、佳奈ちゃんがお返事を躊躇する。そして、成程、と端的に返した。 「んー、あぁでも予備用のワインが冷えているわね。これにしましょ」 「予備?」 「飲み足りなくなった時とか、どうしてもお酒を買って帰れなくて困った時とかに飲む用」  絶対、何がなんでもお酒を飲む、という気概を感じる。もし綿貫君と結婚するようなことがあったとして、恭子さんは変わらずお酒を飲み続けるだろうな、と確信した。 「まあ、健康を害さない程度になさって下さい」 「気を付けるわ!」  佳奈ちゃんの顔には、既に手遅れ、と書かれている。だけど恭子さんは気付く様子も無い。恋心もそうだけど、ご自分のことには鈍ちんなんですよねぇ。 「あとは、クラッカーと生ハムとチーズでも持って行こうかしら。乾き物もなんだかんだで食べちゃったものねぇ」 「お喋りしている間に食べちゃいましたね」  確かに小腹が空いた。ちょっと外します、と私は瞬間移動で自宅に戻った。冷凍庫から揚げ餅を一本取り出しお皿に乗せてレンジで解凍を始める。深夜の揚げ餅なんて、この上なく背徳的です。普段は我慢するところだけれど、今日は女子会、少しは羽目を外してしまいましょう……うふふ。あぁ、それにしても素晴らしい光景です。電子レンジの明かりに照らされた揚げ餅は、言い知れぬ輝きを放っています。そんなにボディを艶めかせて、私を誘っておいでですか? 遠慮なく、美味しくいただいてしまいますから、もう少しだけ待っていて下さい。あ、なんか今、葵さんの気持ちがわかった気がする。私にチューしていい? って聞く時はこんな心境なのかも知れない。私は揚げ餅みたいに魅力的では無いと思っておりますが、葵さんにとっての私は私にとっての揚げ餅と同じくらい価値があるのかも。わぁ、それって嬉しいな! 幸せだな! とっても愛されているじゃないですか! えへへ、やっぱり私、葵さんが大好き! 揚げ餅と徹君と並ぶほどに!  喜んでいると電子レンジがチーンと鳴った。うきうきで取り出し瞬間移動でホテルへ戻る。おっ、と葵さんが反応した。見て下さい、とお皿に乗った揚げ餅を差し出す。 「今夜は女子会なので背徳的な真似をしようかと思いまして」 「まあ一串くらいなら太らんだろ」 「ところで葵さんにとっての私は私にとっての揚げ餅ですか?」  ん? と首を傾げたけれど、すぐに手を打った。 「そのくらい大事だよ」  わーい、と抱き着く。どうした急に、と受け止めてくれた。 「咲ちゃんも酔っ払ってんのか?」 「いえいえ、ですがはしゃいではおります」 「変な咲ちゃん。ところで恭子と佳奈ちゃんは?」  ……おっと。揚げ餅と葵さんに気を取られて寄るのを忘れてしまいました。 「ちょっと、迎えに行ってきます」  お返事が聞こえる前に恭子さんの家へ出現する。途端に、ちょっと! とお二人に左右の腕を掴まれた。 「咲ってば、急にいなくならないでよ!」 「財布もスマホも家の鍵もホテルに置きっぱなしなんだから、どうしようもなくなったじゃない!」 「不安になるから一緒に連れて行くか、せめて何処へ行ってどのくらいで戻るかくらいは明言して!」 「お酒を持って自宅で呆然と立ち尽くしたのは初めての経験よ!」  最後の恭子さんの主張はよくわからないけれど、取り敢えずごめんなさい、と頭を下げる。 「揚げ餅が食べたくなって、自宅へ用意しに行っておりました」 「「それを先に言え!(言いなさい!)」」 「でも、なかなかドキドキしましたか?」  そう言ってみる。さも演出でしたとばかり誤魔化せないかなぁ、と思い付いたから。結果は、左右からほっぺを引っ張られたのでありました。痛い。
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