食レポ。(視点:咲)

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食レポ。(視点:咲)

 瞬間移動でホテルに戻る。お帰り、と出迎えた葵さんはほぼ同時に冷蔵庫を閉めた。あっ、と恭子さんがテーブルの上に目を留める。 「この揚げ餅が私達を置いてけぼりにさせたのね!? まったくもう、咲ちゃんは好きな物に対すると周りが見えなくなるけどいくらなんでも置いて行くのはひどいわよ」  そうだそうだ、と佳奈ちゃんが加勢する。一方、考えてもみろ、と葵さんは私の肩に腕を置いた。 「揚げ餅と自分達を咲ちゃん式の天秤にかけてみ? 七対三くらいで負けるって」 「ひどい!」 「失礼!」 「ちなみに私は六四くらいかね」 「自分だけちょっと高く見積もった!」 「自己評価が珍しく低くない!」  やいやい楽しくやる脇で、私は揚げ餅の串に手を伸ばす。冷めちゃう前にいただきます。 「あぁ……」  思わず声が出てしまった。やっぱりこれですよ、これ。もっちもちのお餅にかけられたお醤油の香ばしさ。一つ目はシンプルにそれだけ。だが、だからこそ素材の美味しさが際立つ。余計な味などまるで無い、お米とお醤油の旨味のみ。ただ、加えて食感がたまらない。上の歯と下の歯にくっつき纏わり離れない。そこが最高! 何度でも咀嚼出来る! 噛めば噛む程甘みが増す! 素晴らしき永久機関! しかしいずれ、飲み込む瞬間は来るのです。名残惜しいですが一つ目はご馳走様でした。  だけど二つ目には、ふっふっふ、何と海苔が巻いてあるのです! 冷凍とは素晴らしい発明ですね。レンジでチンをしたらちゃんと磯の香りが漂って来ました。かじりつくと、わはほ、口腔から鼻腔へ香りが抜けました……沖縄の海が頭を過ります……まああの辺で海苔は作っていないでしょうけれど。そしてお醤油とお餅との相性が最高! 誰ですか、この魅惑の組み合わせを発見した人は。サイコキネシスで疑似飛行体験をさせてあげたいくらいです。美味しいなぁ。いつ食べても揚げ餅は美味ですが、特に今は夜中のおやつという背徳感が更に魅力を増大させておりますね。もちゃもちゃ食べている内に、あぁ、最後の一かけらが口の中から消えようとしている。非常に寂しくはありますが、飲み込むしかありません。ごっくん、と。美味しかった。御馳走様でした。丁寧に手を合わせ、お皿に串を乗せる。 「……聞こえるか」  不意に葵さんの声が耳元で響いた。はいっ!? と身を竦ませる。 「……揚げ餅に集中し過ぎだろ。それともわざとシカトしていたのか?」 「シカト? 私が葵さんを無視するわけないじゃないですか」  一体何を仰っているのやら。 「……揚げ餅の前では葵も眼中になくなるのね」 「……六四っつったの、訂正する。十ゼロで私の負けだ」 「私達も置いて行かれたのはしょうがない、と思えたわよ……」 「まったくです……」  何のお話をされているのかな? 小首を傾げると、揚げ餅姫、と葵さんにほっぺをつつかれた。 「一体何だと言うのです? さっぱりわけがわかりません」 「いいよ、きっとわからないままさ。そして私は揚げ餅ほど君に好かれている自信は無くなった。それだけ」  何故急にそんな実感を持たれたので? 「私、葵さんも大好きですよ。疑わないで下さい」 「無論、信じている。だが揚げ餅と肩を並べている、などと己を評価するのは過大だったな」 「どちらも大好きです」  ところで、今気付いたのだけれども。 「……何か、寒くないですか」 「換気中だからな」  あぁ、匂いが籠っていると言っていたっけ。そう、それを実感させるために私は恭子さんと佳奈ちゃんを連れて瞬間移動をしたのでした。おかげで私も自分の揚げ餅を取って来て、こうして堪能出来たわけで。美味しかったなぁ。揚げ餅に感謝の気持ちを込めまして。 「御馳走様でした」  もう一度合掌をする。目を開けると、よし、と葵さんは手を打った。 「咲ちゃんが美味しく揚げ餅をいただいたところで改めて飲み始めるとしようじゃないか」  そうしましょう、と恭子さんが頷く。後ろで纏めた長い髪が揺れた。オッケーです、と佳奈ちゃんが恭子さんのワインボトルを預かる。やけに連携が取れていますね。ちょっとだけ疎外感を覚えるのは気のせいでしょうか。 「あ、待て。折角だから私の持って来た酒にしよう」 「あら、いいの?」 「いただき物だからな。だが味は保証する」 「何のお酒?」 「スパークリングワイン」  あ、と思い当たる。あのお酒かもなぁ。確かにいわく付きだぁ。 「私、グラスを洗って来ます」  そう申し出ると、頼むわ、と片目を瞑った。私が察したと葵さんも気付いたらしい。私達だけがわかるのですものね。それぞれのグラスをすすぎ、水を軽く切る。戻ってそれぞれのソファの前に置き直すと、佳奈ちゃんはティッシュでグラスを拭った。葵さん、恭子さんも同じように拭く。どっちでもいいと思っていたけれど、私もさも当然のような顔をしてティッシュを使った。葵さんが栓を開け、一人一人に注いで回る。 「それじゃあ改めてお疲れさん。乾杯」 「乾杯!」 「かんぱーい」 「乾杯」  お酒を飲んだ恭子さんは、おぉっ、と声を上げた。 「美味しいわね、これ!」  それを聞いた葵さんが頬杖をつく。 「お前、この酒を何度か飲んだことがあるの、覚えていないのか?」  その指摘に首を傾げてもう一度口へ含んだ。 「……わかんない」 「もう恭子は安酒だけ飲んでいろ。酔えればいいんだろ、お前は」 「そ、そんなわけないじゃない。味だって楽しんでいるわよ。あと、雰囲気とか、お喋りとか!」 「私の話を忘れたのに?」  今度は佳奈ちゃんが攻撃した。ぐっ、と恭子さんは言葉に詰まる。 「だから、今日のことは忘れないで下さいね」  おっ、佳奈ちゃんってば優しいです。途端に恭子さんは、オッケー! と元気にガッツポーズをつくった。その様子を葵さんが無表情で眺めている。どうせ忘れるだろ、とでも言いたげですね。 「でもいただき物の御相伴に預かっていいの? あげた方は面白く無いんじゃないかしら。それとも会社の取引先からお歳暮で貰ったとか?」  あぁ、と葵さんは唇を歪める。私はこの後の恭子さんの反応が気になった。怒るかな。戸惑うかな。 「心配すんな。我々四人が飲んでいると知ったら、良かったです、とでも言うだろうよ」  そうして葵さんは席を立つ。細く開けた窓をしっかりと閉めた。十二月の夜の空気は冷たいですからねぇ。 「あら、じゃあ知り合いがくれたの?」  知り合いと言いますか。 「そうだよ」 「私達四人を知っているなんて限られているじゃないの。大学の知り合い?」 「まあな」  わざわざ答えを先延ばしにされている。葵さん、勿体をつけておりますねぇ。ね、と佳奈ちゃんが私の耳元へ顔を寄せた。 「咲は知っているの? あげた人」  黙って頷く。そうなんだ、と佳奈ちゃんは首を捻った。一方、向こうでは恭子さんが、誰よぉ、と葵さんにせがんでいた。だけど、少しは頭を使ってみろ、と躱されている。 「三バカの誰かがあげたの?」  佳奈ちゃんは流石に察しが良い。もう一度、黙って頷く。 「聡太、はあげる理由も無ければその気も起きるわけ無いな。綿貫君が、プレゼント選びを手伝ってくれたお礼にあげたとか?」  今度は首を横に振る。げ、と佳奈ちゃんは手に持ったグラスを見詰めた。 「……田中君が貢いだの?」  その瞬間、恭子さんが降ってきた。誰々、と私と佳奈ちゃんの肩に腕を回す。 「田中君が、あげたみたいです」  おずおずと佳奈ちゃんが答えた。え、と恭子さんが一瞬固まり、すぐに私を確認する。もう一回、無言で頷いた。 「……何で? 葵の気を引くため? いや、いやいや、ごめん咲ちゃん。今の物言いは人の心が無かった。ごめんなさい!」  アホ、と葵さんのチョップが恭子さんの脳天に振り下ろされる。 「咲ちゃんを悩ませた罰として、私が徴収した。だから咲ちゃんと二人でその内飲むか悩んでいたんだがね、この場に咲ちゃんもいるから皆で楽しんだ方がいいと思い直したのさ」  あー、と恭子さんが何とも言えない声を発する。 「まあ、あの件があったら咲ちゃんも悩むし、その罰として買わせたワインを葵と咲ちゃんで飲むなんて物凄く微妙な雰囲気になりそうではある」  だろ、と葵さんはグラスを傾ける。 「だから女子会で楽しくお喋りしながら飲むのに丁度いいってわけ。それとも咲ちゃん、二人で飲みたかったかい?」 「まあ葵さんと二人でお酒は飲みたいですが、この一本にこだわる気は全く無かったのでご心配なく」 「ははは、全く、か! そうかい、気が楽になるよ。ありがとう」  成程、と佳奈ちゃんがワインを口に含む。 「咲も一時期荒れていたものねぇ」 「ほお? 私の前ではわかりやすくしょげていたが」 「お店で飲みながら、私に魅力なんて無いんだぁ、吹けば飛ぶようなタンポポの綿毛なんだぁ、って嘆いていました」  ちょっと! と、流石に佳奈ちゃんの腕を掴む。 「そこまでバラさないでよ! お友達の佳奈ちゃんだから、本音を曝け出せたんじゃん!」  途端に葵さんが、えー寂しいー、と棒読みで横槍を入れて来る。 「私らは先輩だから、いつも建て前でしか喋っていないのかぁ~」  はっ、と息を飲む。確かにそう捉えられてもおかしくない発言だ! 「違います! 違いますよ!? いつも葵さんには本音を語っております! ほら、恋愛相談も葵さんにだけしていましたし! その後も悩んだり迷ったり田中君と喧嘩をした時はいつも助けて貰っていたじゃないですか!」 「……私は?」  はっ、と再び息を飲む。恭子さんが、じぃ、っとこっちを見ている! ええと、ええと! 「きょ、恭子さんにも本音をぶつけていますよ!? 先日、恋心を自覚した際、葵さんの気持ちにちゃんと向き合っていたのか怪しいような発言をされたじゃないですか! あの時、私は本気で恭子さんを咎めました!」 「うん。咲ちゃんの言葉、とても刺さった」 「ほら! ちゃんと先輩方にも本音でぶつかっていますよ!」 「知っているよ」  ……。 「……え」 「そんなのわかった上でからかっているんじゃないか。本当に君は素直でいい子だねぇ。だからこそ私や橋本君に遊ばれてしまうのだ」  ノーモーションでサイコキネシスを発動させる。空中に吊り上げられた葵さんは、暴力ならぬ超能力に訴えるのは反対~、とのんびり返した。呆れたお姉さんですよ! だけど反省する様子も見られないので無駄だと悟りお席へ戻す。そんで? と葵さんは小指で佳奈ちゃんを指した。お行儀が悪いですよ。
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