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やめる気の無いマシンガントーク。(視点:咲)
「そろそろ佳奈ちゃんの昔話を聞こうじゃないか。今度は茶化さないからさ」
「私も飲み過ぎないようにする!」
「……言っている傍から手酌で注ぐな。ほら、何でお前はグラスいっぱいに入れるんだ! もっとゆっくり飲め! 仮にも私が貢がせた酒だぞ!」
「あ! 貢がせたって言った! 葵、咲ちゃんの前でよろしくないわよ!?」
「うっせ。じゃあゆすって手に入れた」
「それもいけないんだー! 恐喝って言うのよ!」
「何でちょっと田中君の味方についているんだ!?」
「まあ私も彼の恋愛相談に乗った者だからねぇ。それはそれとして叱る時はガッツリいくけど」
「三回ぶん殴ったんだっけ? 彼にひどい目に遭わされてお前に縋り付いた私が言うのもなんだが、やり過ぎだろ」
「二発殴って一発はスチール缶を投げ付けた」
「チンピラじゃねぇか……」
「葵を傷付けるものにはあれでも生ぬるいくらいよ」
「それ自体はありがたいけど、普通人間に向かって固い缶を投げ付けるとなれば躊躇しそうなものなのだが」
「するわけないじゃない。やらなきゃやられるのよ」
「……そういや恭子の過去も聞いたこと無いな」
「今は佳奈ちゃんの話でしょ」
「まあ、そう、そうなのだが……マジで不良だったりする?」
「……」
「おい」
「何よ」
「質問に答えろ」
「…………」
「あぁ、ごめん。悪かった。世の中には掘り下げない方がいい世界もあるわな」
「ほほほ」
「こっわ」
「それで? 佳奈ちゃんの恋愛経験ってどんなものなの?」
長々とやり取りをした挙句、恐ろしいかも知れない一面をチラリと見せた恭子さんが佳奈ちゃんに振った。だけど、いやいや、と手を振っている。
「この話の後に自分語りをするなんてやり辛すぎますよ! 絶対皆、恭子さんの過去の方が気になっているもん! そうでしょ咲!?」
いきなり呼ばれて小首を傾げる。
「知らない方がいいんじゃないかな……」
「あ、そっち!?」
「でも佳奈ちゃんも話したくないなら無理にとは言わないよ」
だって私は知っているもの。
「いや、そういうわけでもないけど……」
「好きなようにすればいいと思う」
はい! と恭子さんが元気に手を挙げた。また酔いが回ってきているのかな……。
「私は聞きたい! 葵もよね!?」
「勝手に含めるな」
「じゃあ含めるわね。はい、一票獲得!」
「そういうこっちゃねぇよ!」
「勝手じゃなくて断ってから含めたじゃないの」
「揚げ足を取るなってんだよ!」
佳奈ちゃんがお二人を指差す。
「この漫才を見ている方が面白いでしょ」
「恭子さんと葵さんって、ボケとツッコミとして完璧だよね」
そうなのよ、としれっと聞いていた恭子さんが深く頷く。
「葵はしっかりしているように見えて天然ボケなところがいっぱいあってね」
私と佳奈ちゃんが、そっち!? と声を上げる傍らで、葵さんは恭子さんを真っ直ぐ見詰めた。
「お前のその発言は意図的なボケなのか天然なのか酔っ払っているのか、どれだ」
「意図的なボケ」
「そうであってくれて良かったよ」
「当たり前じゃない」
「当たり前ではない。お前の発言はほとんどが天然ボケだ。もしくはポンコツ」
「根はド天然の葵に言われたくないわねぇ」
「誰が天然だ。普通の大人だっての」
「素直になれってアドバイスを聞いて素直にいじけた人が何言ってんの?」
「ちが、あれはちょっと加減を間違えただけで天然とかじゃ全然無いし」
「まああんたは天然だろうが人工だろうがボケキャラには変わりないわ」
「お前にだけはボケキャラ扱いされたくねぇよ!」
「私はしっかりしているもの。葵を支えているのは誰だと思っているの?」
「そりゃお前だが」
「じゃあボケじゃないじゃないの」
「そうは話が展開せんわ! いいか、天然でなければアイススケートをしながら、クワっとぉ! なんて叫ばねぇよ」
「一生懸命やっただけだし!」
「周りのお客さんから聞かれなかったか? クワっとって何ですかって」
「聞かれないわよ! 失礼ねぇ。それに私が言い出したんじゃなくて綿貫君がそう表現したのが大本よ!」
「彼、叫びながら滑っていたか?」
「ううん。黙っていた」
「格好良かった?」
「……うん」
「あーあー、途端に赤くなっちゃって。恋する乙女は可愛らしいわね」
「いじらないでよ……」
「私に告白された時もそれくらい照れろよ」
「六年前の話を急に蒸し返さないでよ!?」
「このネタと、田中君に告白された件は永久にいじると決めている」
「いじっていい話題なの!?」
「いじるくらいの気概でいる方が気楽だろ。嫌だぜ、五十年後に話を振って気まずくなるなんてさ」
「いや私はともかく田中君は気まずいと思うわよ。彼の人生史上、最大級のやらかしに違いないもの」
「むしろ咲ちゃんが寛大すぎる。自分より私の方が彼にふさわしいかも、なんて悩みながらも私と水族館へ一緒に行ってくれたんだぞ。観覧車にも二人で乗ったし」
「それ、私と綿貫君の疑似デートに遭遇した日じゃないのよ!」
「そうだよ」
「葵との運命を感じちゃった」
「告白を断っておいてよくぬけぬけと抜かせるな!」
「恋愛と友情は違うもの。あんただって言ったじゃない。偶然すらも」
「それ以上は恥ずかしいからストップ!」
「えー」
「えー、じゃない。ちなみにその日、田中君に持って来させたワインがこれだ」
「あれ? あの日は葵と咲ちゃんの二人だけじゃなかったの?」
「そうだよ。だけどどう見ても咲ちゃんが心ここにあらずだったから訊いたんだ。例の件の直後だったから、それについて悩んでいるのかって。案の定、さっき佳奈ちゃんも言っていた通り、自分は田中君にふさわしくないのではないかと困っていたよ」
「そういう点を取っても彼って最悪の選択をしたわよね」
「黙ってりゃいいのにな。ある意味、クソ真面目。気持ちを清算してから結婚しましょって」
「結果、二人も傷付けおって! やっぱり三発殴ったくらいじゃ足りないわ!」
「どうどう。今、いきり立ってどうする。それに咲ちゃんを立ち直らせたのも田中君なのだからもうそっとしておいてやろうぜ」
「でもいじるんでしょ」
「うん。当事者特権だな」
「そうやってのらりくらりとしているけど、私だけは忘れないわよ。葵がどれだけ傷付いて悩んだかって」
「おい恭子。そいつはわざわざ後輩達に教えなくてもいい話だぜ」
「あ、確かに! 特に咲ちゃんは気になっちゃうわよね! ごめん!」
「余計な発言はお前もだな。人の振り見て我が振り直せ。行動、言動は慎ましやかに致しましょう」
「まったくだわ」
「人を叱る人間は同じ過ちを犯せない。なかなかどうしてプレッシャーを感じるね。だから私はあまり人を咎めない。あからさまに人為的なやらかしでなければ」
沖縄旅行の予約の際に葵さんから思いっ切り叱られた徹君を思い出す。とても珍しい場面だったんだなぁ。
「嘘仰い。葵、しょっちゅう私を叱るもの」
「お前はだらしが無さ過ぎる。あと、恭子との間柄だったら発言がブーメランになってもお互いにツッコミを入れられるから割と気安く怒れるね」
「気安く怒らないでよ」
「いいじゃねぇか。どうせ私の説教は大して響いてないんだろ」
「うん」
「即答されるとちょっとムカつくな……」
「咲ちゃんに怒られた時の方がよっぽど堪えた」
「そりゃお前、咲ちゃんみたいにポヤポヤしたただの天使が怒るなんて相当の状況だもんよ」
「葵が絡むと咲ちゃんは怖いの」
「私に原因があるみたいに言うな。ただ好かれているだけ」
その通りです。私は葵さんが大好きです。揚げ餅よりも自分は下だと仰っておりましたが、どっこいどっこいだと思います。
「むしろ最強の後ろ盾よ? 葵に何かあったら超能力者が突撃してくるのだから私よりよっぽど脅威じゃないの」
「……私はこれ以上、誰に何をされるんだ?」
「確かに! 葵って案外不幸体質なの?」
「新しい属性を付け足すな」
「だって、高校生の時に大病を患ってご飯が食べられなくなったんでしょ」
「あぁ」
「結果、小食になっちゃった」
「そうだよ。好きでそうなったわけじゃないから小食をいじられるのは嫌いだ」
「知ってる」
「……すまん、余計な補足を入れた」
「でぇ、大学時代は……何かあったっけ?」
「平穏無事な日常だったよ。お前に振り回される以外はな」
「色々やったわねぇ。楽しかったな、大学」
「旅行にバンドにサークル活動と、まあ好き放題過ごしていたな。主に恭子が」
「だって手の届く範囲で自由に振舞えるなんて最高じゃないのよ! 満喫しないわけにはいかないわ!」
「結果、授業をサボり私に代返とノートを頼んで私よりいい成績を取った、と」
「やめて! その話になると咲ちゃんが怒るから!」
だってズルいですもの。真面目に授業を受けていた私や葵さんと、サボって遊んだ恭子さんやぼんやりしていた徹君が同じ評価を受けていいわけがありません。故に私は若干の怒りを込めて、こっくりと頷いた。ほら! と恭子さんが此方を指差す。
「あの反応の仕方が既に怖い!」
「過去の自分を恨むんだな。まあ私は苛つきこそすれどブチ切れたりはしないが」
「咲ちゃんは真面目なんだもん」
「お前が不真面目すぎる」
「人生に対しては真剣よ? 大学生じゃないと出来ない体験、取れない時間を大いに有効活用したもの」
「ほぼ全てに付き合わされたおかげで、私も見識が広まったよ」
「感謝しなさい!」
「まっ、そこは素直に肯定しておこう」
「で、葵の不幸体質に話は戻るけど」
「戻らんでええわい」
「社会人になってからは割と大胆な不幸に見舞われているわよね。黒焦げになって死に掛けたり、告白されたその場でフラれたり」
「並び立てるな。心がもたない」
「ほら、なかなかしない体験よ」
「一方、咲ちゃんは田中君と結婚する。恭子は綿貫君に勝負を挑みに行く」
「タイマンね!」
「二対二でもいいんじゃねえの? 田中君と咲ちゃんと四人でダブルデート」
「何言ってんの!?」
「あぁ、佳奈ちゃんと橋本君と三対三をご希望かい? そんな大人数で、大胆なプレイになりそうだ」
「バカ者!」
……お友達とそんなことはしませんよ。
「まあじゃあタイマンだな」
「クリスマスにね! あー、考えただけで緊張するぅ」
そう言ってお酒を飲むのは、俗に言う酒に逃げているというやつでは?
「話を戻そう。佳奈ちゃんは橋本君と別れたが、無事にヨリを戻せた。皆様幸せでござんすね」
「葵、今度一緒にお祓いへ行く?」
「その必要は無い。こちとら本物の神様と御縁が結ばっているんだぞ。心配する必要なんて無いさ。何かあればきっと教えてくれる。私を殺しかけてまで、私自身を変えてくれた方だ。ありがたいものだよ」
「確かにそうね! うーん、じゃあどうして葵ばっかり損をするわけ?」
「逆に、その内派手な揺り戻しが来るんじゃないか? 幸せの絶頂! って」
「死に掛けの反対だと……生まれ変わり?」
「生まれ変わったようなものさ。持てたことの無かった生きる理由を見付けたのだからな」
「あ、そもそもそのために神様が仕込んだのだから死に掛けたこと自体は不幸じゃないのか」
「そういうこと。元を正せば私の認識に端を発している話だしな。自分が生きる意味も理由もありません、だから生きていても死んでいても世界も人も変わりません、って。そうじゃないと教えてくれたのは咲ちゃんであり、恭子である。佳奈ちゃんは現場にいなかったが」
その時、そういやぁ、と葵さんが首を傾げた。
「佳奈ちゃんの昔話はいつになったら聞けるんだ?」
そうね、と恭子さんが深々と頷く。佳奈ちゃんは、げんなり、としか表現しようの無い表情を浮かべた。さっきから静かだったのは、いつになったら話せるの……? と呆れていたのかも知れません。
「そちらのお話が終わってからでいいですよ。葵さんが幸せになるかどうかでしょ」
「おう。まあ結論は出ているな。きっと揺り戻しでド派手な幸福をゲットするに違いない。……と、思ったのだが」
そうして恭子さんの肩に手を回した。うん? と葵さんを見つめ返す。
「恭子をはじめ、君らに出会えたことがなによりの幸福かもな、なんてちょっとくさすぎるか」
「うん、くさい!」
やかましい、と葵さんは一転恭子さんの頭を叩いた。いいじゃないですか。私も葵さんや皆に出会えてとっても幸せだと思いますもの。
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