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夢中になり過ぎたお喋り。(視点:咲)
さて、とグラスの中身を飲み干した葵さんが佳奈ちゃんを指差す。お行儀が悪いですよ。
「そろそろマジで聞かせて貰うか。過去ちゃんの佳奈話」
「逆! 逆!」
「葵、酔ってんの?」
一軍女子から一斉にツッコまれた葵さんは、黙って唇を噛み締めた。薄っすら頬が赤くなる。
「あ、もしかしたらボケ? って思ったけど素で間違えたのね」
「うるせぇ……」
途端に恭子さんがお腹を抱えて笑い出した。隣に座る葵さんの肩に額を擦り付けている!
「誰よ過去ちゃん! 不思議ちゃん!? タイムリーパー過去、見参! あはははは!」
意味の分からない話の広げ方だけど、葵さんは真っ赤だ。
「ちょっと噛んだだけで骨までしゃぶるかの如くいじりやがって……」
「だってぇ、響きも間抜けじゃないのよさ。私、過去ちゃん! 仲良くしてね、未来君!」
全力でいじる恭子さんに葵さんはヘッドロックをかけた。いい加減にしろ、と細腕で締めあげている。痛い痛い、と恭子さんは笑いながらタップをした。
「ごめん! でも酔いが回るから勘弁して!」
「次、お前が噛んだら絶対いじり倒してやるからな」
「噛まないもーん。それに過去ちゃん佳奈ちゃん程のド派手なやらかしはしないわよ!」
「反省が見られないな? 離してやらん!」
「まあこうすればいいんだけど」
えいっ、と恭子さんが葵さんの脇腹をつついた。ひゃっ、と可愛い悲鳴が上がる。何度聞いてもいいものです。力の抜けた隙を突いて恭子さんは脱出した。立ち上がり、ファイティングポーズを取る。乱れた長い髪が揺れた。艶々ですねぇ。一方、葵さんも同じ姿勢になった。怪獣とヒーローの対戦みたい。
「ズルいぞ恭子! お仕置きは甘んじて受け入れろ!」
「嫌よ! 痛いのは嫌い!」
「自分の発言に端を発しているくせに、我儘な!」
「ここまで好き放題するのはこのメンツだからよ!」
「そうかい! 私もだ! それはそれとしてお前を罰する!」
「やれるものならやってみなさい、過去ちゃん!」
「貴様、まだ言うか!」
舌戦が続く。掴みかからないのはまだ理性があるからかな。まあ肉弾戦になったら葵さんが圧倒的に不利だ。多分、拘束されてベッドに寝っ転がってくすぐりあって終わりかな。
ねえ、と佳奈ちゃんがぼんやりと呟く。
「ちょっと眠くなってきたんだけど、先輩達を置き去りにして軽く寝てもいいと思う?」
「いいんじゃない? 葵さんと恭子さんは怒ったりしないよ」
「お酒が追加されたからまだ飲みたいけど、日付も変わったし、いつまで経っても二人のじゃれ合いは終わらないし、暇」
「佳奈ちゃんの昔話はいつになったら発表出来るんだろうねぇ」
「私が話させて下さいって申し出たわけじゃないから別にいいんだけど、聞かせろってせがんでおいてずっとこの調子なのは若干如何なものかと思わざるを得ないな」
「まあ先輩方は仲良しなので。いつもこの調子だからなぁ」
「咲と三人で遊ぶことも多いんでしょ。こういう時、どうしているの?」
「ぼーっと見ている。尊いなぁって思いながら」
「尊いかな」
「仲良きことは美しきかな。お友達がいるのはそれだけで幸せです。ましてやあそこまで気心を許せる間柄の相手に巡り合えるのはどれくらい希少なのかなぁ、その確率を突破して葵さんと恭子さんは出会えたんだなぁ、告白とか謝罪とかそういう色々を乗り越えて今も仲良く遊んでいるんだなぁ、と。そんな風に思いながら見ているとね、こっちまで暖かい気持ちになるの」
「……成、程」
「でも佳奈ちゃん、今は自分の話を聞かないでわーわーやっている状態だから微妙に釈然としないんでしょ」
「大当たり~。流石咲」
「逆の立場だったら私も同じように引っ掛かりを覚えるので」
「良かった、安心した。私だけが生意気な後輩なわけじゃなくて」
「そう言えば葵さんって先輩後輩なんてどうでもいいって言いながら、割と気にするよね」
「うん? そんな面、ある?」
「あるよ。私と佳奈ちゃんはお友達だから遠慮がないけど、私が葵さんに接する時は先輩後輩の間柄だから微妙に気を遣っているって言われた」
「まあ、そりゃ意識するのはしょうがないでしょ。大学の先輩と後輩なんだから」
「やっぱりそうかぁ。自分では気にしていないつもりだし、葵さんに大好きですって飛び込んでいると自負していたんだけどな」
「咲が葵さん激ラブなのは皆知っているし見ればわかる。それはそれとして先輩後輩って気遣いはしょうがないよ。向こうがお姉さんなのは覆しようが無いし、今更フランクに接するわけにもいかないし」
「フランク? よう姉ちゃん、みたいな?」
「そこまで極端じゃないよ」
「冗談です」
「咲は天然だからボケがわかり辛いんだって」
「それはさておき、ただ葵さんと同い年だったらここまで懐いたかどうかもわからないかも」
「自分で懐いたって表現するのも珍しいな……」
「先輩後輩、お姉さんとお芋女子だから仲良くなれたのかも知れないね」
「お芋、関係ある?」
「流石に妹を名乗るのはおこがましいので……」
「妹の代わりにお芋を出されてもしっくり来ない」
「ね。失敗失敗」
「あはは、咲って本当に素直だよね」
「皆によく言われますが、私だってひねくれておりますよ?」
「え、何。葵さんに寄りたいの?」
「葵さんや徹君は次元が違うへそ曲がりだから追い掛けるつもりはないかな」
「何気なくひどいことを言うよね……」
「そして知っているでしょう、学園祭逃亡事件」
「あぁ、聡太と綿貫君に初めて会った時だっけ? 田中君と咲の二人で学園祭を回っているところに聡太と綿貫君が合流したけど、三人が物凄い勢いで仲良くお喋りをしていたから咲がいじけて帰ったって事件」
「どうしてわざわざ全部言うのさ……恥ずかしいじゃん……」
「まあその行動がひねくれているかどうかは当たり前だけど咲の心境次第だね」
「どうせ私なんて田中君にとって特別じゃないんだ、あの二人とは親友の間柄だけど私はただの友達なんだ、って拗ねた。挙句、もう関わらないでって縁を切ろうとしたんだよ」
「で、大泣きした挙句テレパシーが暴走して田中君に全部思考が流れ込んで、心配した彼が咲の家まで来てくれたんでしょ」
「うん。友達を心配して夜中に自転車を十キロ漕いだのは初めてだ、って笑ってくれた」
その返答に佳奈ちゃんが溜息をつく。
「よくそこから二年間も話が進まなかったよね」
「え?」
「田中君、咲のことが大好きじゃん! しかもその日は結局泊ったんでしょ!?」
「う、うん」
「もっと早く進展しなさいよ!」
「いや、だってまずはお友達になったわけだし、その後私は彼が好きだって気付いたけれど、まさか向こうの眼中に私がいるわけないと思っていたから」
「ある意味ひねくれていたのかなぁ? 自分にそんな魅力はありません! 彼に好きになって貰えるわけないです! って」
「自信が無かったのは事実だね。好かれる理由も要素も見当たらない。性格だって、彼と友達になるまでは誰とも関わって来なかったから今思えば相当尖っていたと思う。人間なんてどうでもいい、他人なんて知ったこっちゃない、って。ひねくれよりも、やさぐれに近いかも」
「こんなのんびり屋さんになってくれて良かった……」
「皆、優しいからね。葵さんも、恭子さんも、佳奈ちゃんも、橋本君も綿貫君も徹君も、とっても優しくしてくれます。なにより超能力を一切怖がらないどころか、むしろ便利に使ってくれるので私は超能力者である事実をマイナスではなくプラスに捉えられるようになりました」
「だって咲の個性の一つじゃん」
「そうやって割り切ってくれる人ばっかりではないのです。現に私の家族は私を気持ちの悪い生物と捉えていたよ」
「その話、本当に嫌い。咲には悪いけど、咲の家族ってひどすぎる。実の娘が超能力を使えたくらいで邪険に扱うなんてさ」
「まあ、私は奴らの側に立ったことが無いので何とも言えないけれど、こうして怒ってくれるお友達ができたから今はもうあんな連中はどうでもいいかな」
「そうやって割り切った方が絶対に良い! うん、やめよっか、この話は。折角楽しい会なのに、どうでもいい奴らを話題に出したくなんて無いもん」
「ふふ、そうだね」
「だけど田中君も咲をあからさまに好きだったんだなぁ。まあ田中君、露骨に咲へ優しかったもんね」
「そんなに態度が違ったかなぁ」
「ただ、私や聡太、綿貫君は地元からの友達だから遠慮が無い部分もあると思う。大学からの友達の咲には多少態度も変わるかな、とも思ったよ? でもねぇ、あれは多少の域を超えていたからなぁ」
「佳奈ちゃん」
「ん?」
「さっき、よく二年も進展が無かったねってツッコミを入れていたよね」
「うん」
「葵さんと私、二人がかりでも気付かなかったの。田中君の気持ちに」
「……そっかー」
「似た者同士って捉えるのは前向きが過ぎるかな」
「いいんじゃない? 恋愛ポンコツコンビって称するよりも健全で」
「ひどい……」
「まあ気にしないの! 私達の中で一番に結婚するんだから!」
「ありがとう。自分が結婚するなんて想像もしていなかったから、まだちょっと夢見心地なのです」
「まあねぇ。でも二十四は早いよねぇ」
「みたいだね」
「あぁ、でも早目に首根っこを掴まえておいた方が正解かも」
「徹君の? ……そうだね」
「ね」
やれやれ、と揃って首を振りワインを飲む。その時、先輩方がやけに静かなことに初めて気付いた。案の定、ベッドに飛び込んでいたけれど。恭子さんは後ろに腕をつき座っている。葵さんは投げ出された恭子さんの足の上に上半身を預けていた。おや、とその薄い唇が三日月形になる。
「思いがけず咲ちゃんの話が聞けて楽しんでいたのだが」
「やっぱり咲ちゃんはいい子よねぇ。そんでもって葵、恋愛ポンコツコンビだって」
「自覚はあるから今更へこまん」
「本音は?」
「咲ちゃん、相談相手としてポンコツでごめん」
「よく言えました!」
しれっと聞かれていたのか! お話に夢中になり過ぎて気付きませんでしたよ!
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