「お邪魔しました」「すみませんでした」(視点:咲)

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「お邪魔しました」「すみませんでした」(視点:咲)

「私の話はおしまい! はい、佳奈ちゃん! どうぞ!」  無理矢理振ると、強引な、と葵さんはニヤニヤした。 「別にいいんだぜぇ? ノロケる咲ちゃんも愛でるから」 「私が嫌です!」 「だろうな」  はいはい、と恭子さんが葵さんの頭を撫でる。猫さんをあやすみたいだな。 「あんまり意地悪しないの」 「その割にお前も途中から聞き入っていたじゃねぇか」 「そりゃあ咲ちゃんの恋バナは聞きたいもの」 「違いない。普段、絶対ノロケたりしないもんなぁ」 「幸せ自慢をするような図太さ、咲ちゃんには欠片も無いからよ」 「んだな。だからこそたくさん聞きたかったのだが、気付かれちまって残念だ」 「静かにしていたのにね」 「だからじゃねぇの? やけに大人しいなって」 「でも騒いでいたら聞けないじゃないの」 「然り」 「はい、じゃあ次は佳奈ちゃん!」  唐突に恭子さんが佳奈ちゃんへパスを投げた。皆強引! と佳奈ちゃんがツッコミを入れる。 「だってどこかで無理矢理打ち切らないと私と葵は永遠に喋り続けるから」 「そうだぞ恭子。お前がお喋りなせいでずっと佳奈ちゃんの話が聞けないんだ」 「ちょっと! 私だけ悪者にしないでくれる!? 葵だってずっと喋っているじゃないの!」 「お前が話掛けて来るからだよ」 「じゃあ無視すれば?」 「嫌だ。恭子を無視なんて絶対にしない」 「だから会話のキャッチボールが終わらないの」 「そんじゃあお前が打ち切れよ」 「今、そうしたじゃない」 「あぁ、そうか。成程、強引に切るしかないな」 「ちなみにまた私達ばっかり喋っているわよ」 「静かにしろ恭子」 「何度も言わせないで! 葵も同罪よ! 私が独り言を続けているわけじゃないんだから!」 「独り言なんて零させない。全部私が受け止める」 「愛情が重い!」 「そんなのとっくに知っているだろ」 「いや、まあそうだけど」 「でも片想いだからなぁ。恭子は綿貫君にお熱だからなぁ」 「……それ、本心?」 「ううん、返し辛いいじり」 「やめてよ!」 「しょうがねぇなぁ。んじゃ佳奈ちゃん、そろそろどうぞ」  ちょっと、と三度目のフリを受けた佳奈ちゃんが腕組みをした。 「私に急なパスを出すことがお家芸みたいになりかけてません?」 「なっているな」 「なってるわね」 「ごめんね、私が切っ掛けだね」  佳奈ちゃん以外の三人が一斉に頷く。じゃあもう始める! と宣言して、佳奈ちゃんはグラスの中身を飲み干した。すぐに注ぐと、ありがと咲、と口元をハンカチで拭いながらお礼を言ってくれた。いえいえ。 「それより早く話し始めないと、また取られちゃうよ?」  既に葵さんが口を開いている。阻止! と叫んだ佳奈ちゃんはソファのクッションを投げ付けた。ぐはっ、と顔面に命中する。 「葵ぃぃぃぃ!! 私の親友に何をするのよぉぉぉぉ!!」 「きょ、恭子……私はもう駄目だ……せめて最後にお前の体を味わわせてくれ……」 「嫌!」 「もし死に際の私が本気で懇願したらどうする?」 「死に際に煩悩塗れの要求を突きつけないでよ!?」 「じゃあ百歩譲って、死ぬ前に一度でいいからキスしてくれって頼んだら?」 「……難しい質問ね。もう本当に助からないってなった時に本気で求められたらしそうだけど、でもキスした瞬間に葵が満足して逝きそう」 「文字通り昇天させてくれるのか。ははは、いいね」 「私は嫌! 第一、見送る側にはなりたくないの。だから私は皆より先に逝くつもり」 「出たな、恭子の我儘理論。それは駄目。お前がいなくなったら私が寂しい」 「葵がいなくなったら私も耐えられないもの」 「かと言って心中するわけにもいかないしなぁ」 「やっぱりあんたが見送って! そうしたら向こうで皆を出迎えてあげるわ!」 「ふむ、お前が待っていると捉えると死ぬのが怖くなくなるな」 「そのためにも先鋒は任せなさい」 「やっぱやだ」 「何で!」 「恭子を失うなんて想像もしたくないね」 「逆も然りよ」 「まあ取り敢えず、生きている間は一緒に満喫するとしよう」 「そうね」 「で? 佳奈ちゃんは愛を誓った相手が何人いるの?」  私は黙って佳奈ちゃんに自分のソファのクッションを渡した。無言で振りかぶると、葵さんはさっき投げ付けられたクッションで防御態勢を取った。すると佳奈ちゃんは歩いて行き、持ったままのクッションを叩き付けた! ひいぃ、と葵さんの悲鳴が上がる。ばふばふとクッションが何度もぶつけられる。 「ふぇーっくしょい!」  恭子さんのくしゃみは大胆だ。ほこりが飛ぶじゃない、と手を顔の前でばたつかせている。それでも佳奈ちゃんは止まらない。無言で叩き続けている。 「悪かった! いじり過ぎた! ごめんって!」 「……」  あー、怖い。 「ひえぇ」 「ふぇーっくしょい!」  賑やかだなぁ。私は立ち上がり、窓を開けた。そしてサイコキネシスで宙を舞うほこりを外へ押し出す。目に見えるくらい舞っておりますからね、恭子さんのくしゃみも仕方ありません。 「ごめんって! な!」  その訴えに、佳奈ちゃんはようやく手を止めた。と、思いきや、ベッドに乗って葵さんににじりよる。 「じゃあ、お詫びに気持ち良くして下さい」  唐突な要望に、え、と葵さんが硬直した。恭子さんは鼻をかんだティッシュを捨てにベッドを立つ。そして私の隣、佳奈ちゃんが座っていたソファに腰を下ろした。 「私をからかい、困らせたことを悪かったと思うのなら、葵さんの手練手管で気持ち良くして下さい」 「ちょ、ちょっと待て。恭子と咲ちゃんの前で何を言っている?」 「さっき、葵さん自身が仰ったじゃないですか。隣室にしけこもうかって。いきます?」 「お、おいおい。落ち着けよ。酔っ払っているのか?」 「先輩方ほどではありませんが、多少は」 「じゃあ酔った勢いで、なんて駄目ろ絶対」 「いいじゃないですか。酔った勢いでワンナイト、偶にはいいと思いますよ」 「どうした佳奈ちゃん! 君はそんなふしだら子じゃないだろう!」  わかりませんよ、と佳奈ちゃんの手が葵さんの頬に添えられる。ふぇっ、と気の抜けた悲鳴が上がった。 「葵さんだって私の全部は知らないでしょう。案外悪い奴かもしれないですよ?」 「え、ちょ、そうなの!?」 「私の彼氏は聡太です」 「渡り合える佳奈ちゃんも尻が軽いってか!? そんなの関係なかろうて!」  わかんないわよー、と恭子さんがヤジを飛ばす。 「おい恭子! 見ていないで助けろ!」 「嫌よ。佳奈ちゃんが葵とにゃんにゃんするならむしろ私達は席を外しましょうか。ね、咲ちゃん」 「そうですね。見られながら致すほど、お二人ともマニアックではないと思うので」  うんうん、と揃って頷く。いや助けろや! と訴えながら葵さんは逃げようとした。だけど佳奈ちゃんが素早く葵さんの両手首をベッドに押し付ける。取り敢えずスマホを構えて写真に収めた。何だか私達、こんなことをしてばっかりだな。それだけ仲良しという意味でしょうか。そうなら嬉しいなぁ。だけど葵さんは焦るばかり。自業自得ですね。 「か、佳奈ちゃん」 「前言撤回、むしろ私が葵さんにご奉仕しましょうか」 「ご奉仕!?」 「気持ち良くさせてあげます」 「い、いいいいいいいいよ!」 「あら、葵さんって普段は攻め気が強いのに、意外と受けの方があっています?」 「知らねぇわ!」 「うん、そうだ。思えば葵さんって押しには弱いのでした。このまま流れに乗っちゃえば応じて下さいますよね」 「いや、いやいや、いやいやいやいやいや!」 「遠慮しないで」 「遠慮じゃねぇ! ガチのお断りだ! 第一、君には橋本君がいるだろう!?」 「黙っていればわかりませんよ」 「目撃者が二人もいるのに!? って、あれ!? いない!」  私と恭子さんは瞬間移動で隣の部屋へ既に移動している。今、葵さんと佳奈ちゃんのやり取りが聞こえているのは向こうの部屋に置いて来た私のスマホと恭子さんのスマホをスピーカー受話で繋いでいるから。 「咲と恭子さん、気を利かせて二人きりにさせてくれましたね」 「うおおい! 世界で一番不要な気遣いだよおおい!」 「あ、ひどい。私の気持ちを無視しましたね?」 「ちょ、ちょっと待て! 本気!?」 「さあ、どうでしょう」 「ち、近いぞ佳奈ちゃん! 浮気は駄目だって!」 「いいですか、葵さん。物事は明白にならなければ責められる謂れはありません」 「要はバレなきゃいいべ、って話かよ! 佳奈ちゃんがそんな駄目人間だとは確かに知らなかった!」 「そうそう、葵さんって耳が弱いんですって?」 「誰から聞いた!」 「咲」 「バラすなや!」  恭子さんと顔を見合わせる。何となく、揃って一つ頷いた。 「あぁっ!」  えらく官能的な悲鳴が上がった。しばし考えた後、恭子さんの手を取り透明化能力を発動させる。うん、やっぱり。二人纏めて透明になれました。すぐにテレパシーを繋ぐ。 (恭子さん。貴女も現在、透明人間です。試してみたら出来ました) (あら! 本当だ! やだ、これじゃあ悪いことをやり放題じゃない) (葵さんの悲鳴が気になったので、覗きに行きませんか) (咲ちゃんも悪い子ね。でも駄目よ。覗きは禁止。人を傷付ける行為だからね。ましてや透明人間状態で、なんてルール違反にも程があるわ) (おぉ……この上ない正論です……) (咲ちゃんって揚げ餅とエロスが関わると倫理観が怪しくなるわよね) (人をスケベみたいに言わないで下さい) (じゃあムッツリ) (葵さんと同じことを仰る……) (いい? 覗きは駄目よ。だったら堂々と見学するまで!) (清々しいですね) (大丈夫よ! 佳奈ちゃんだって葵をからかっているだけでしょう? 橋本君がいるのに本気で葵をどうこうしようなんてつもりは無いに決まっているもの) (ええ。わかっているのでからかうためにこうして瞬間移動で席を外したわけで、本当にどうこうなっちゃうなどとは全く考えておりません) (でもからかわれている本人は意外と冷静になれないのよね) (ちなみに恭子さんは葵さんにお仕置きをされた実勢があるから、余計に疑心暗鬼になるかと思います。本気!? それともからかい!? どっち!? って) (駄目じゃないの!) (まあいいじゃないですか) (敵等に思考を返さないで。とにかく戻るわよ。悲鳴が上がったってことはきっと耳に息を吹きかけられたに違いないもの) (そうですね) (ちなみに咲ちゃんが佳奈ちゃんへ教えたのか) (バラしちゃいました) (もう、悪い子なんだから) (うふふ)  透明化とテレパシーを切り、パジャマの恭子さんと目を見交わす。ムッツリスケベね、と額をつつかれた。 「違いますってば」 「まあいいわ。戻りましょう」  スマホをポケットに仕舞った恭子さんが、よろしくっ、と手を差し出して来た。ぎゅっと握り隣の部屋へ戻る。  ベッドの上の光景を目の当たりにした私達は。 「お邪魔しました」 「すみませんでした」  再び恭子さんと瞬間移動でその場を去る。やって来たのは沖縄の大きな水族館だった。反射的に好きな場所を選んでしまった。心を落ち着けるために。 「……見た?」  恭子さんの端的な問い掛けに黙って頷く。 「……あれ、スキンシップの一環ってことでギリギリ切り抜けられるかしら」 「いや無理だと思います。恭子さんに葵さんが施したことよりはまだ健全でしたが、それでも、ねぇ」 「うん……」  会話が続かない。二人で呆然と、クジラの銅像の前に佇む。いつ戻ったらいいのでしょう。今みたいに大変な場面へ戻るわけにはいかないな……。  恭子さんは無意識のように自分のパジャマの胸元を引っ張っていた。今見た光景の影響でしょうか。なんて思っている私も耳元の髪の毛を何度も掻き上げている。  佳奈ちゃん、怖い……。
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