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攻勢から一転、勝手に守勢。(視点:恭子)
~時は少し戻ります~
脳天を擦りながら、すみませんでした、と何度目かもわからない謝罪を田中君が口にする。
「本当にあんたって性格の悪いところがあるわよね。捻くれ者どころか腹黒よ、腹黒。私を恩人なんて言っておきながら葵と密会するダシに使うなんて」
「何とでも仰って下さい。今日の俺に、反論する資格はありません」
「最早、今日じゃなくても無いわ」
バッサリと切り捨てる。彼を放置し、ベンチの向こうへ飛んで行った空き缶を拾ってゴミ箱へ捨てた。まあでも、お説教もこのくらいでいいか。少しは身に沁みたかしら。尤も、咲ちゃんと葵に謝る時が一番反省する瞬間にはなるけどね。
スマホを開く。午後一時四十五分。葵がこっちへ来ると言ってからまだ一時間半しか経っていない。到着にはもう少しかかるわね。咲ちゃんは電車で葵の元へ向かったのかしら。それとも駅で待つつもり? あの子の超能力があれば擦れ違いが起きることは無いでしょうけど、うまくいくかしら。状況が全くわからないわね。うん、それでも何とかやるに違いない。話が終わったら連絡もくれるでしょう。
田中君のところへ戻る。腰に手を当て、座っている彼を見下ろした。
「私からの話は以上。大いに反省すること。そして、二度と咲ちゃんや葵を傷付けないこと。軽はずみな言動はしないこと。これらを約束しなさい」
再び頭を下げられる。約束します、と固い声が返って来た。
「ちなみに咲ちゃんは今、葵の元へ向かっているから」
そう伝えると、え、と口を半開きにした。まったく、呆けた顔をしちゃって。
「何で、咲が」
「もう一発、殴っていい?」
その言葉に口を噤む。あんたねぇ、とこっちは呆れを存分に伝えた。もう少し考えてから喋りなさいって何回言えばわかるのよ。
「葵が合わせる顔が無いって落ち込んでいるから咲ちゃんが励ましに行ったのよ」
田中君は目を見開いた。本当にそれすらわかっていなかったんかいっ。
「だって、俺のせいで二人は気まずいことに」
「そうよ。でも戦犯は田中、あんた一人。葵も咲ちゃんも悪くない。だけど葵は真面目だから自分を責めた。咲ちゃんに申し訳ないって。葵がそう考えるに違いないって咲ちゃんもすぐに察したから駆け出したのよ。あんたにビンタをした理由は、自分がいながら葵さんに告白しやがってって思いもあるでしょうけど、よくも葵さんを傷付けたなって怒りの方が大きいんじゃないかしら。ま、私の想像に過ぎないけどね」
「……皆、本当にちゃんと相手の気持ちを考えているんですね」
「そうよ。考えていないのはあんたくらいじゃない?」
容赦はしない。はい、と唇を噛んだ。やれやれ。
「今度からは君も考えなさい。今、この瞬間から変わるのは不可能だけど、同じ過ちを繰り返さないという気持ちを忘れないよう心掛けるの」
「わかりました。本当に、すみませんでした」
私じゃなくて葵と咲ちゃんに謝るべきなんだけどな。ま、いいか。そこまで指摘はしなくても。
「よし。それじゃあ場所を変えるわよ」
そうしてショッピングモールの方に歩き出す。慌てて田中君がついてきた。
「えっと、咲を追い掛けるんですか?」
「違うわよ」
「じゃあ何処へ向かっているので?」
「買い物」
即答する。
「買い物?」
一方、彼の疑問は止まらない。ちょっとは物を考えろと言いたいところだけど、まだ混乱状態なのかも知れない。今日だけは説明してあげるとしますか。
「だってあっちは時間がかかりそうだし。まず合流するところから始めるのだもの。その間にお詫びの品でも買ったら?」
「あ、なるほど。流石恭子さん」
いやあんたが鈍いだけだから。普段はもう少し察しがいいと思うんだけどなぁ。それとも私が殴りすぎたせいかしら。
「葵にはワインでも買って行きなさい。咲ちゃんには揚げ餅ね」
てきぱきと伝える。ちなみに、と田中君が私の顔を伺った。
「葵さんの好きな銘柄とかってご存知ですか?」
「……よからぬことをたくらんでいるわけではないわよね? 例えば、今後もそれとなくお中元やお歳暮で送り付けて好感度を稼ぐとか」
「違いますよ! 流石にこのタイミングで言い出すほど面の皮は厚くないです!」
「そういう疑いをかけられるくらい君の評判は失墜したの。だって咲ちゃんがいるのに告白したのだからねっ」
「それは、確かに。事実なので、何も反論は出来ません」
うむ、素直でよろしい。そんな風に思っていたら、田中君が道端で足を止めた。どうした、と振り返る。
「俺、マジでとんでもないことをしでかしたんですね」
ポツリと呟いた。視線は床に落ちている。
「そうよ」
事実だからそのまま肯定した。
「それこそ二人に合わせる顔が無いや。勿論、謝りますけど、付けた傷が無くなるわけではないんですよね」
「何よ。今更、後悔?」
「そう、ですね。ただただ申し訳ないのです。許して貰えないかも知れないし、それは許されないことを俺がしたからなわけで」
溜息を吐く。
「そりゃそうよ。普通の人間関係だったら修復不可能かも知れない。そのくらい、咲ちゃんを裏切り、葵の気持ちを無視した言動なのよ」
「はい」
あんたが泣きそうな顔をする権利は無いと思うけどなぁ。だけど一応、フォローしておきますか。
「だけどきっと二人はあんたを許すわ。何故なら田中君が大事だから。咲ちゃんはあんたが大好きだし、葵にとっても可愛い後輩よ。それになにより、二人の優しさはよく知っているでしょう。一生許さない、なんて言って田中君を困らせるような人間じゃないもの。不安は付き纏うでしょう。申し訳なさに押し潰されそうになるのもわかる。でも背筋を伸ばして、シャンとしなさい。大丈夫。絶対にいつもの皆で飲みに行けるようになるから。私が保証するわ」
一発背中を叩く。ようやく田中君の顔が上がった。大きく息をしている。そして、わかりました、と顎を引いた。
「恭子さんがそう言ってくれるなら、信じます」
「まあ謝罪の途中でどれだけ君が罪悪感に苛まれるか、咲ちゃんにどのくらい怒られるか、葵がどこまで落ち込むか、それは知らないけど頑張ってね」
「上げておいて急に落とさないで下さいよ!」
ふふん、と笑ってみせる。
「それもあんたへの罰よ」
「厳しい先輩だなぁ」
「当たり前でしょ。私はあの二人みたいに甘くないの」
そうして再び歩き出す。そう言えば、と隣に並んだ田中君が呟いた。
「沖縄旅行中、初めて恭子さんに俺の恋愛相談へ乗って貰った時も同じでした。ズバズバと、ズケズケと、確信を突いた言動で俺を貫きましたね」
「だって焦れったかったんだもの。うだうだ言い訳ばっかりしていないで、とっとと告白してこいって思った」
その瞬間、今度は私が足を止めた。
「俺はいつも咲に甘やかされているのですね。むしろ定期的にそのくらい叱られないと、って、あれ、恭子さん。どうしました?」
首を振る。
「何でもない。ちょっと靴の中に石が入っただけ」
そう言って片っぽを脱いで振ってみる。本当は石なんて入っていないけど、言い訳のためだ。すぐに履き直す。
「大丈夫ですか」
「ごめん、ありがとう。でも田中君、定期的に私から叱られたいの? そういう趣味があるの?」
「違いますよ。ちゃんと釘を刺してくれる人がいないと俺はすぐに甘えたり堕落したりやらかすのかなって思って」
「そういうのを自分で制御出来るようになるのも大人じゃないかしら」
う、我ながら心が痛い。
「なかなか難しいけどね」
耐え切れなくて咄嗟にフォローを入れる。彼に、と言うより主に私へ向けて。
「確かに恭子さんの言う通りかも。勉強になります」
内心で頭を抱える。駄目だぁぁぁぁぁっ。田中君が昨夜やらかしたことに関しては、いくらでも責められる。だけどそれ以外、特に恋愛だの自制心だのについては全ての発言が私自身に返って来てしまうっ。綿貫君への気持ちに悩んで朝までお酒を飲みながら考え続けて。咲ちゃんを呼びつけ葵に縋り付いて。好きって何って泥酔状態で絶叫した私に、人を責める資格は無いっ!
「恭子さん? 急に口数が少なくなりましたけどどうかしましたか?」
田中君が此方を覗き込む。
「いや、何かごめん」
「え、何で?」
「ううん、気にしないで。ほら、早く買い物を済ませちゃいましょう」
首を捻る彼に言い放ち、ショッピングモールへ急いだ。まだ、自覚出来るだけ私はマシってことにしてもいいかな。何よりマシかは知らないけど。
「いいわけねぇだろタコ」
「お酒の飲み過ぎはよくありません」
脳内の葵と咲ちゃんが一斉に私をボコボコにした。ごめんなさいっ。
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