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来年あたりに出来ればいいね。(視点:田中)
「最近の子ってさ、小さい頃からスマホで遊ぶのな」
「脈絡もなく、急にどうした」
唐突に話し始めた橋本にツッコミを入れる。会話が止まったからじゃねぇの、と葵さんが微妙なフォローをした。
「まあこの四人で飲むなんて珍しいものね」
恭子さんが髪を耳にかける。今日は俺と橋本、葵さんと恭子さんで居酒屋に来ていた。誰か飲む人いない? と恭子さんからグループにメッセージが届いたのが今日、金曜日の昼のこと。綿貫は仕事、咲は職場の人と食事に行くため不参加だ。そしてもう一人、高橋さんからは返事が無かった。
「橋本君と綿貫君は私らと知り合ったのが遅かったからなぁ」
「それでももう二年の付き合いよ」
「沖縄と海外へ旅行してから、そんなに経つのか。月日が経つのは早いねぇ」
先輩方がしみじみと喋っている。橋本が切り出した話題は完全に宙ぶらりんになっていた。だが会話の邪魔をするのも悪いので、しばし見守る。
「そんじゃあ田中君と咲ちゃんもお付き合いを初めて丸二年か。結婚なんかは考えているの?」
急にこっちへ振ってきた。はい、と少し照れながら答える。
「来年あたりに出来ればいいねって話はしています」
「そうか。式には呼んでくれるのかい」
「勿論。一緒に旅行へ行った方々は招待するつもりです。逆に、それ以外の人達は呼ばないかも」
俺の言葉に葵さんが首を捻る。
「そんなに友達が少ないのか? まあ、咲ちゃんはそうだろうけど」
「そうなのです。咲は親族とも縁を切っていますし、仲が良いのも旅行のメンツくらいですから」
「君が初めての友達だったんだよな。そんで今は彼氏で、未来の旦那様か。ハートフルなストーリーですわね」
茶化す葵さんの肩に恭子さんが手を置いた。
「葵、咲ちゃんがお嫁にいくって聞いて寂しんでしょう」
「実はそう」
真顔になった葵さんは恭子さんに抱き着いた。無言で肩を叩かれている。かと思ったら、すぐにこっちへ向き直った。
「田中君。咲ちゃんを幸せにしてやってくれ」
「それは勿論頑張ります」
「おい恭子。あいつ、随分立派になったな。咲ちゃんに二年間片思いをし続けた男が、付き合って二年経ったら幸せにするって宣言したよ。感慨深いねぇ。あ、ハイボール、おかわり」
タッチパネルをいじる橋本に葵さんがお願いする。人の成長と酒のおかわりを同列に扱わないで欲しい。まあ別にいいけどさ。
「で、君の方は? 呼ぶような友達、いないのか」
「中学から橋本と綿貫と一緒にいますからね。そりゃあ他にも友達はいましたし、地元に帰れば会う奴もいますけど、結婚式には二人がいれば十分かなって」
「そんじゃあ君の中で私と恭子はどうでもいいわけだ。ひでぇなぁ」
「逆ですよ。お二人を呼ばないわけ、ないじゃないですか」
背筋を伸ばす。ほぉ、と葵さんは僅かに目を見開いた。当たり前じゃない、と恭子さんは胸を張る。
「恭子さんに背中を押して貰ったから、俺は咲に告白出来ました。葵さんは、俺と咲の大恩人です。絶対、呼ぶに決まっているでしょう」
「何か、私だけ妙にふわついているが、まあ、そうか。しょうがないな。ふふん」
葵さんがあからさまに上機嫌になる。それこそこの人こそ二年で随分変わった。以前は一枚、絶対に剥がれない防護服を纏っているような雰囲気があった。今はわかりやすく照れたり、喜んだり、まあ素直になったな。俺だって人のことは言えないけどさ。でも咲が、最近の葵さんは可愛いの、と評した理由もよくわかる。確かに可愛くなった。変な意味でなく。俺にそう指摘されると、生意気になったもんだ、とからまれるので本人には絶対に言えないが。
「咲ちゃんの方が親戚を呼ばないなら、田中君も家族に紹介くらいでいいのか」
「まだちゃんと考えてはいませんけど、それでいいかなとは思っています。いずれ親には説明しますが、まあちょっと特殊じゃないですか。何か言われないといいなって引っ掛かってはいますね」
そうねぇ、と恭子さんが腕を組む。
「当人同士が良ければそれでいい、とはなかなか言えない部分もあるわよね。なにせ、赤の他人から家族になるのだから。親戚付きあいも出てくるし。あ、でも付き合いの増える親戚が咲ちゃんの側にはいないのか。あはは、失敬」
「何でちょっと楽しそうなんだよ。デリケートな問題なんだ、気を付けろ」
割としっかり葵さんに怒られて、ごめんなさい、と恭子さんは頭を掻いた。咲本人が此処にいなくて良かった。
「だけど田中君。あれが出来ないんだな。娘さんを僕に下さいってやつ」
「今時、そんな風に言う奴がいたら笑われますよ。テンプレが古いって」
「あ、じゃあ私相手にやってくれ。今度、咲ちゃんがいる時にさ」
「葵さんの娘でもないってのに」
「大事な後輩だからな。君もそうだが」
こういう台詞一つを取っても葵さんが素直になったと感じる。そして素直な言葉は恥ずかしい。ありがとうございます、と俺は無意味に自分の頬を撫でた。
「はい。私も同席したい」
恭子さんが綺麗に挙手する。奥で店員さんが、此方を伺っているのが目に入った。
「恭子さん。店員さんが、呼ばれたのかと思ってこっちを見てます。でも明らかに恭子さんが店員さんを探していないので、来るかどうか迷っていますよ」
慌てて教えると、いけね、と手を下ろした。振り返り、頭を下げている。アホ、と葵さんが呟いた。
「うっさい」
「ともかくだ。私らに挨拶なく咲ちゃんを嫁に出来ると思うにゃお」
「ぶっ」
葵さんが派手に噛んだ。本人を覗く全員が一斉に俯く。にゃお、て。
「人間、たまには盛大に噛むこともある」
「開き直らないでよ」
ツッコミを入れる恭子さんを、葵さんは真顔で見詰めた。
「にゃお」
「ぶはっ」
楽しそうでなによりだ。けっ、と葵さんが運ばれてきたおかわりのハイボールに口をつける。
「ま、ともかく交際が順調そうでなによりだ。来年頃に結婚する予定なら、もう式場探しもしてんのか?」
「ボチボチ見てはいますけど、如何せん最大で五人しか参列者はいないから、かなり小規模でいいとは思うんですよね」
「新郎が田中君。新婦が咲ちゃん。私、恭子、橋本君、綿貫君、佳奈ちゃんか。すっくね」
卒業旅行へ行ったメンツだ。この人達を呼ばずに誰を呼ぶ。まあ他に誰も呼ばないんだけど。
「ほら、レストランで挙げられる式もあるじゃない。ああいうのが丁度いいかもね。葵、覚えてる? 大学の、ほら、なんて言ったっけ」
「お前が覚えてねぇじゃん。サークルの先輩が挙げた式だろ。確かにレストランだったな。そのくせ三十人くらい来たもんだから立食パーティーなのに身動きが取れないときたもんだ」
「どうせ半分くらいは断るだろうと見越して呼んだんですって。そうしたら思ったより参加して貰えた、と」
「自己肯定感の低い先輩ですこと」
最後の言葉に恭子さんが唇を噛み、首を傾げた。眉を寄せて葵さんを見ている。
「何だよ。何か言いたげだな」
「別に」
時折、二人にしかわからないやり取りを繰り広げる。俺達男衆だけでなく、咲もわからない、と言っていた。
「でも葵さんと恭子さんは親友だし、二人にしかわからない思い出とかもあって当然だよ」
その話をした時の咲は両手を握り、熱く語っていた。ま、相手の過去なんて全部知っているわけもなし。逆に俺と橋本と綿貫にしかわからないやり取りなんかも無意識の内に見せているかも知れないしな。
「レストランも候補ですねぇ。ただ、かなり人気があるのでなかなか予約が取れないんですよ」
「ふうん? 小規模な結婚式が今は流行りなのか?」
「そうみたいですね。必要最低限の人数だけ集めて、食事と挨拶をして終わりってのが多いみたいです」
へぇ~、と恭子さんが妙に感心した。
「私、前の会社で先輩の結婚式に何度か参列したけど、どの人もしっかり挙げていたわよ。広い結婚式場を押さえてね。教会で、選手宣誓じゃなくて、ええと、あの誓うやつ。何だっけ」
全員、答えられない。選手宣誓じゃないことだけはわかっているが、誓うやつ、としか言えない。
「まあその、それをやって、外で集合写真を撮って、披露宴をやって皆で写真を撮って同僚が余興をやって、その間にお色直し? あれ、でもそれだと新婦は余興を見られないわね。見なくていいようなものばっかりだったけど。あぁ、そうそう。必ずケーキ入刀もあったわ」
何故か手をバタつかせて恭子さんが説明をする。
「順番が滅茶苦茶じゃねぇか」
葵さんがぼそりとツッこむ。いいの、と恭子さんは唇を尖らせた。
「そして二次会は居酒屋へなだれ込んで、そこで私達同僚は知らない友達とかが加わって、特に興味も無い新郎新婦の思い出話を聞かされたのよ」
「お前、結婚式が嫌いなのか?」
「あと、必ずナンパもされたわね」
「よし。お前はもう二度と結婚式へ行くな」
葵さんが恭子さんの肩に手を回す。
「心配しなくても誰にもついていかなかったわよ。初対面の知らない男に興味なんて無いっての」
まあそうだろうなぁ。恭子さん、スタイルはいいし超美人だけど中身は割と、というか相当ドライだし。結構変人だし。残念美人という言葉はこの人のためにあると思う。だからナンパはされるのも、ついていくわけないというのもわかる。一方で葵さんも外見はいい。痩せすぎなくらいスレンダーで、実際あまり飯を食わない。まつ毛は長いし目もデカイ。顔もしゅっとしている。ただ、口調はチンピラだし中身はおっさんだ。特に素直になってから、可愛くはなったけど素のおっさんの部分が結構顔を出すようになった。まあ、お二人が並んだところで。
咲が一番可愛いんだけど。
「……急に身をくねらせてどうした。気持ち悪いぞ田中君」
「うちの嫁が一番可愛い」
「帰れ。帰って咲ちゃんとイチャつけ」
しっし、と葵さんが追い払う仕草をする。
「まあ、そういうわけで旅行の皆しか呼ばないつもりです。改めてご案内はしますけどね」
「私は個人的に、気楽で助かるわな。なにせ人見知りでね」
「二十六にもなって、まだそんなことを言っているのですか」
「三つ子の魂百までって言葉を知っているかい。人間、案外変わらないもんだ」
二年で変わった人に言われても説得力が無い。恭子さんはさっきと反対側に首を捻った。俺と同じことを考えているのかな。でも嬉しい戸惑いですよね。葵さんが素直になってくれて。
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