七で割れば丁度良い。

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七で割れば丁度良い。

「じゃあ早速、皆に案内のメッセージを送る? 年末か年始に旅行へ行かないかってさ。知らせるのは早い方がいいでしょ」  私の提案に、いや、と葵は首を振った。 「まだ何も決めていないのに案内は出来ない。こっちである程度調べてから連絡をするさ。まあ恭子の言う通り、早いに越したことは無い。予定が詰められやすい時期だからな」  はい、と綿貫君がスマホを取り出す。 「じゃあ今、イメージが固まる程度に検索してみませんか?」 「あぁ、それならスマホよりパソコンの方が楽だな。ちょっと待ってろ」  葵が作業机からノートパソコンを持って来た。しかし、すまん、とすぐに私を見る。 「恭子、悪いがツマミをどかしてテーブルを拭いてくれないか。パソコンを持って来る前にやれば良かった」  その頼みに思わず笑いが漏れる。 「どうしたのよ、葵らしくも無い。テンパっているの?」  茶化すと、そんなんじゃない、と唇を尖らせた。素直じゃないわねぇ。 「ちょっと待っていてね」 「あ、じゃあ席替えをしましょう。俺がこの席を譲りますからパソコンを置いて下さい。葵さんが真ん中、俺と恭子さんが左右から覗き込むのがよろしいかと」 「賑やかそうなサンドイッチだな。押し潰さないでくれよ」 「ご心配なく、俺は葵さんに触ったりしません」 「返しがいちいち真面目だね」 「当たり前じゃないですか。触れる、駄目、絶対」 「私は違法薬物か何かか」 「葵さんがどうこうじゃなくて、付き合ってもいない男女が肉体的接触をするなんて良いわけないでしょう」 「でも疑似デートだって手ぐらい繋げよ。経験値の有無が段違いだって」 「そこまで恭子さんに負担をかけられない!」 「はいはい、賑やかなのはあんたらよお二人さん。わかったから一回どきなさい。テーブル、片付けて欲しいんでしょ。それともこのまま放置しようか? ね、葵」  スペースを空けろと言われた席の前で延々やり合う二人にまたしても嫌味をぶつける。親子漬けの衝撃で忘れていたけどさっきは嫉妬をしていたのだった。ふーんだっ。 「おっと、悪い。頼んでおきながら失敬失敬」 「失礼しました恭子さんっ」  慌てて二人が散った。まったくもう、と鼻を鳴らしつつ、ちゃちゃっとおつまみをどかし台拭きでテーブルを拭く。親子漬けはちゃっかりと私の席へ移動させた。これだけは譲れない。明日の夜、早速作らなきゃねっ。  サンキュ、と葵はパソコンを置いた。私と綿貫君は椅子を持って来て腰を下ろす。さて、と早速旅行サイトの検索画面を開いた。 「取り敢えず日時は暫定的に十二月二十九日と三十日にしておこう。場所は首都圏でいいよな。ところで宿の形態だが」  そこで葵は入力の手を止め私達を交互に見遣った。 「私はゲストハウスを一棟借りるのがいいのではないかと考えている。ホテルや旅館に泊まるのもいいが、あまり騒ぐと他の宿泊客の迷惑になる。かと言って滅多に無い集まりだ。どうせだったら酒を飲んで遊んで騒いで盛り上がりたい。ゲストハウスならその辺りの問題はクリア出来るだろう。朝晩と食事の用意が無いとは思うが、その辺の店で飯を済ませて宿にはツマミと酒を買って来て飲めばいいもんな」  はい、と綿貫君が手を挙げた。どうぞ、と葵が一つ頷く。 「ゲストハウスには賛成です。むしろいっそ、キッチンが付いているところに泊まって皆で料理をするのはどうでしょう。葵さんが今日披露してくれたように、それぞれがおかずやツマミを作ってお互い食べるのも楽しいのではないですか」 「しかし手間がかかるぞ」  いやいや、と綿貫君が笑顔で首を振る。 「店で飲むのはいつでも出来るじゃないですか。だけど食材を持ち寄って皆で交代しながら料理をするなんて滅多にやれませんよ。合宿みたいで楽しいだろうな。是非、キッチン付きのゲストハウスでご検討をお願い致します」  ふむ、と葵が腕を組む。 「恭子はどう思う?」  呼び掛けられて首を傾げる。うーん、一旦いじけ虫は置いておいて真剣に考えなきゃね。 「私もゲストハウスを借りるのと、料理をするのに賛成。例えば、ちょっと遠出をして海沿いのゲストハウスとかに車で行ってさ。地元のスーパーで食材を買ってそれぞれ得意な料理を作るの。とっても楽しいと思わない? 私は綿貫君の意見に賛成! それこそ居酒屋とか定食屋なんていつでも行けるもの。折角だから皆でわいわいやりたいな」  そうか、と葵は唇を舐めた。 「じゃあまあ君達二人は自分達で料理をすることを希望していると覚えておこう。どうせ皆へ連絡をする際に、日時や場所の希望を訊かなきゃならないんだ。その時に移動方法や食事をどうするかについても聞き取り調査を行うとするさ」 「もし、意見が割れたら?」 「私の独断と偏見で決める。音頭を取るのが苦手な人間に取り纏め役をやらせるってんだからそのくらいの我儘は許して貰おうじゃないか」 「急に駄目なワンマン経営者みたいになったわね……」  一抹の不安が過った。まあ葵は暗礁に乗り上げるような事態は招かないでしょうけど、先頭に立つのに慣れていないのもまた事実。見張りとフォローはしっかりしなきゃ。 「んじゃまあ取り敢えずゲストハウスでいいな。あくまで参考程度だし、移動手段も特に気には留めないでおく。ちなみに海と山、普通の街中の三択だったら何処がいい?」 「「海!」」  即答すると声が二重に聞こえた。ん、と綿貫君を見る。 「君も海って言った?」 「はい。恭子さんも仰いました?」 「うん。海がいい。海辺でのんびりしたり、花火で遊んだりしたい」 「そうだ、皆でビーチフラッグをやりましょうよ。沖縄では出来ませんでしたから」 「出来るかなぁ、砂浜どころか日常ですらダッシュなんてしていないもの」 「もし転んだとしてもいい思い出になりますよ」 「駄目じゃないっ、足がもつれる前提で話をしているわね!?」 「大丈夫です、全員似たようなものに違いないでしょうから」  ほほぉ、と真ん中の葵が声を漏らした。綿貫君との会話を切り上げ画面を見る。 「げっ」 「うわっ」 「なかなかのお値段じゃないか」  最初に出て来たゲストハウスには、一泊十四万円と表示されていた。何件か確認してみる。どれも似たような値段だ。 「年末価格だからかねぇ」 「ちょっと、十四万円なんていくらなんでも高過ぎじゃない? それこそ沖縄へ行けるわよっ」 「まったくだ。足元を見ているのか? 高すぎますよ葵さんっ。諦めて普通の観光地へ行きましょう」  示された価格に驚きを通り越して憤る私達に対して、落ち着けよ、と葵は肩を竦めた。 「建物一棟借りるのに十四万円だ。我々は七人いるのだぜ。頭数で割れば一人二万円ほどだ。全然無茶な額じゃないだろ」 「え? 一人十四万円じゃなくて?」  聞き返すと、黙って画面を指差した。確かに一棟一泊十四万円と書いてある。 「……安いわね」 「……安いですね」  怒ってしまったのが恥ずかしくなる。私がしっかりしなきゃだな、と呟き葵は何故かお酒を煽った。どのタイミングでアルコールを補充しているのよ。 「ふむ、パッと見た限りだと良さげなゲストハウスは四、五軒ほどだな。マジで早目に確認を取って予約をしないと宿が埋まりかねない、明日には案内を流すとしよう。あとは場所だが、どこも車での訪問が基本のようだな。レンタカーの料金も調べるとするかね」  そうして別のウインドウを開き検索をかける。手持無沙汰で私は親子漬けへ箸を伸ばした。うーん、やっぱり最高に美味しい。傍らでは綿貫君がカブ炒めを口に運んでいる。こんな感じで美味しいおつまみを皆で作り合えたとしたら、この上なく楽しい宴会になること間違いなしね。田中君や咲ちゃん、橋本君、佳奈ちゃんもゲストハウスでの一夜に賛同してくれるかしら。絶対、盛り上がると思うんだけどな。ただ、橋本君あたりは料理するのが面倒だって嫌がるかも知れない。 「七人が乗れる車だと結構でかくなっちまうな。二台に分けた方がいいのかね」 「俺、そんなデカい車は運転したこと無いなぁ」  もぐもぐしながら綿貫君が首を捻る。 「私も無いわ。車体感覚が狂ってぶつけちゃいそう」  同じくもぐもぐしながら私も手を振る。 「んじゃ二台に分けるか。当日、グーパーで決めてもいいし、我々トリオとカップル組で分かれても構わないだろ」 「それでいいと思う。下手に緊張しながら運転するのは楽しくないもの」 「よし。値段を検索っと。ええと、二万八千円プラス保険料を二日分だから三万二千円か。そいつを二台なので六万四千円。七で割ると大体九千円ってところか。ガス代と合わせて一万円いかない程度だな。これで小回りが利くようになるなら十分有用だと思う」  葵が席を立ち、真っ白なペラ紙と鉛筆を持って来た。覚えきれん、とメモを取り始める。 「スマホに打ち込めばいいのに」 「私は手書きで自由に書く方が好きなんだ」 「あんたってところどころでイマドキじゃないわよね」  回転寿司で席までレールで運ばれてくることに驚いたり、スマホの自撮り機能を使えなかったり、その上手書きのメモなんて。私だってご時世に取り残されている側だと自負しているけど葵に至っては本当に私と同級生なのか疑うレベルだ。 「どうせ私は古いものでござんすよ」  そう言いながら手を動かしている。場所の候補地、宿代、レンタカー代、と書き起こしていた。 「あとは食事だが、仮に本当に宿で料理をすると決まったとしよう。食材を買って来て作るってつまり宅飲みみたいなものだよな。だったら酒代と合わせて一万五千円くらいかね」 「一万円くらいだとは思うけど、皆結構飲むからそのくらいかかるかもね」 「あ、あと花火もやりたいです。七人分だから大袋が四つくらい必要じゃないでしょうか」  綿貫君の提案に、どれどれ、と葵がパソコンで検索をかける。 「大袋ってのは約二千円で五十本入っているのか。四つって、二百本だぞ? 七で割ったら一人三十本だ。そんなにやるかぁ?」 「そうね、三十本は多くない?」  私達の意見に、ちっちっち、と指を振った。絶妙にダサいわね。 「盛り上がってきたら両手に持って走り回り出しますよね。その場合、十五回しか出来ないのですよ。一回の燃焼時間が大体一分くらいだから、着火と片付けの時間を考えると三十分弱しか遊べません。むしろ足りないとすら思いますっ」  自信満々に綿貫君が答えた。それに対し、あのな、と葵がぼそりと呟く。 「花火を両手に持つのは禁止されている。何故なら危険だから」  その指摘に目を丸くした。 「マジですか」 「マジ」 「両手持ち、禁止ですか」 「禁止」 「あんなに楽しいのに?」 「禁止」 「……とか言いながら?」 「禁止」  葵が譲るわけない。だって真面目だもの。ぶった切られた綿貫君はテーブルに突っ伏した。どんだけ花火の両手持ちで遊びたかったのよ。一方の葵はメモ紙に、花火が八千円、と書き込んでいる。 「あとは必要な物、あるかね」  はい、と手を上げる。どうぞ、と今度は私を促した。 「ここまで話が詰まったのなら、いっそ具体的な計画を立ててもいいんじゃない?」 「と、言うと?」 「ちょっと宿の候補地を見せて」  そう頼むとパソコンを此方へ向けた。遠慮なく操作する。五軒の宿のページを順繰りに開き、私のスマホの地図アプリにそれぞれの住所を入力する。見て、とその画面を葵に示した。 「一軒を除いて、どれも同じ海岸沿いにあるの。更に言うなら四軒とも、車で一時間以内に行ける範囲へ集中している。このエリアに行く予定です、ってさ、こっちで決めて案内してもいいんじゃない? そうしたら皆も周辺で行きたい観光スポットなんかを探して提案出来るし。逆に指定してあげないと、あっちの地域がいいとかこっちの方が安いとか、とっ散らかる可能性がある」  私の意見に、うーん、と首を傾げた。 「こっちであまりに絞り過ぎると、自由が無いって不満に思われないか?」 「じゃあもし葵が案内を受ける側だとするわよ。年末年始に何処かへ行きます、場所は決めていませんがゲストハウスを借りる予定です、希望があればご連絡下さい、なんて内容が送られたらどう思う?」 「意見が纏まらなくて崩壊すると思う」  成程、と頷いてくれた。 「わかりやすい例えだ。確かにある程度絞っておかないと収集がつかなくなるよなぁ」 「宿まで指定しなくていいし、日時はそれぞれの都合があるからむしろ必ず確認した上で決めなきゃいけない。ただ、エリアくらいはこっちで決めましょ。そして既に絞り込みは済んでいる。行先はこの、ゲストハウスが集中している海岸の街に決定ね」 「そうだな。此処へ車で行くから、参加可能な日時と四軒の中から希望する宿、あとは行ってみたい観光地があれば合わせて記入して送ってくれって案内するか。おぉ、かなり具体的に固まって来たな。何だか本当に旅行を提案するんだって実感が湧いてきた。ちょっと緊張もするなぁ」  葵がそう言って頬を掻いた。そうよね、普段まとめ役をしないのにいきなり七人で旅行に行こうなんて提案をするのはかなりの勇気が必要よね。だけどさ、本当に嬉しいのよ。葵が皆と一緒にいる時間を大切にしたいと強く思ってくれていることも、私達のために頑張ろうとしてくれている姿勢そのものも、私は心底嬉しいし愛おしい。きっと綿貫君も同じ気持ちだろう。案内を受け取った咲ちゃんや佳奈ちゃん、橋本君に田中君も喜ぶに違いない。ただ、田中君と葵を絡ませるとまだ不安と怒りが燻るのだけど、例の告白事件から二週間しか経っていないのだもの、しょうがないわよね。そして葵は綿貫君にそのことを教えるつもりは無いらしい。気持ちはわかる。綿貫君、真っ直ぐだし真面目だもの。終わった話とは言え、激高して田中君の元へ突撃しかねない。その辺を察してきっと口を噤んだのだろうな。つくづく気を回しているのね、葵。ならば旅行の手伝いは全力でせねばらなるまい! 私も頑張るわよ!
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