友達の過去って意外と知らない。(視点:葵)

1/1

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/294ページ

友達の過去って意外と知らない。(視点:葵)

 私の動揺に気付いた様子もなく恭子がスマホを開いた。 「しかし仮の旅程表って言う割には結構しっかり予定を決めたのよね。時間も目安程度だけど明記してあるし」  密かに深呼吸をして気持ちを整える。今、二年前の沖縄旅行について考える必要は無い。 「別にそれで本決まりじゃなくていいんだぜ。どうせ集まってからあそこへ行きたいだの此処を訪れたいだの始まるだろうから、むしろ予定には遊びを持たせている」 「あぁ、それで仮なのね。中身を変える余地がある、と」  そういうこと、と頷き酒を煽る。気持ちはまだ落ち着かないが切り替えて先を見ていかなきゃ。後でゆっくり向き合えばいいし、時間が経ったら気にならなくなっているかも知れない。だって私にとってもあの旅行は間違いなく楽しかった。……楽しかった、はずなんだ。 「二日目は色々な選択肢がありますね。なかなか皆、二日酔いで動けないでしょうけれど」 「ま、飲んで盛り上がるのも大きな目的の一つなのだし、翌日が空けてある分には構わないわね。案外、元気だったら出掛けましょ」 一番二日酔いになるであろうお方がよく言えたもんだ。最早弄る気にもなれん。しかしおかげでようやく意識が年末の旅行へと完全に向く。あの、と咲ちゃんが小さく手を上げた。 「旅のしおりを作るのはどうでしょうか。表紙をつけて、予定を書いて、周辺のお店や観光施設も載せるのです。あとはシーパークの魅力を掲載したいですね。見どころは勿論シャチさんのショーです」  大きなお目目が輝いている。しかし、しおりか。ううむ。 「あれ、葵、ひょっとして乗り気じゃない?」  え、と咲ちゃんがフリーズする。んな事無い、と即座に否定したのだが。 「ひっど」  恭子が抑揚無く言い放った。人の内心を一瞬で読み取りおって。そして今日は誰も彼も発言の切れ味が鋭過ぎやしないかね。 「……お嫌ですか」  咲ちゃんの弱弱しい声が耳に届く。うーむ、気まずい。基本的に私は咲ちゃんを否定しない。激甘と評されるのも我ながら納得出来るほどに。だがこればっかりはなかなかどうして気が乗らない。ううむ、でも下手に取り繕うのも失礼だな。ちゃんと本心を伝えなきゃ、ね。 「そういう物、作った経験が無いんだよ。可愛い冊子を一生懸命作ってきゃっきゃうふふするような性質ではない。お友達とお手紙をやり取りするだの、秘密の交換日記を共有するだのにも一切興味が無かった。故に今も乗り気ではない」 「……そうですか。大変失礼致しました。私、差し出がましい提案を……」  いやいや、と慌てて手を振る。 「私個人が乗り気じゃないだけで作るのは全然アリだと思うぜ。むしろ咲ちゃんには、しおり作成係を担当して貰おうか。うん、それがいい。私にゃ作れん代物だからな。頼むよ咲ちゃん、バッチリ可愛いしおりを作って皆に配ってくれ」  よし、我ながらナイスカバーだ。相当強引だが前向きな話へ持って行けた。ところが咲ちゃんは俯いたまま。指を絡ませモジモジしている。 「な、咲ちゃん。しおり係を拝命しておくれよ」  駄目押しを掛けると、あの、とまた小さな声が響いた。 「実は、私も作ったことが無いのです」 「……ん?」 「しおり。作ったことがありません。だから一緒に作りたくて……お誘いしたかったのですが……」  あー、マズイ。これはいかん。罪悪感が半端じゃない。そっと恭子に視線を送る。バーカ、と唇が動いた。無言のくせにうるせぇな! ええと、どうしたらいい。どうすればフォロー出来る!? 「いいわよ咲ちゃん、私と二人で一緒に作りましょう。葵と違って学生の時にちょこちょこ作っていたから何となくやり方はわかるもの」  わー、一軍女子っぽーい。……じゃねぇな。サンキュー、恭子。 「本当ですか。ありがとうございます、とても嬉しいです。お友達と一度やってみたかったのです。恭子さんはお友達ではなく先輩ですが」 「友達みたいなもんよ。仲良く立派なしおりを作ってそこの冷血悪魔に自慢してやりましょうねー」  黙って酒を飲む。咲ちゃんと恭子の視線がゆっくりと此方に向けられた。無言のまま、ひたすら見詰められる。居たたまれなくて酒に逃げる。二人は黙り込んでガン見してくる。ひどい物言いをした手前、やめろ、と追い払うわけにもいかない。程無くしてジョッキが空いてしまった。タッチパネルへ手を伸ばす。しかし恭子が掴んで自分の後ろに隠した。わかったよ、と観念する。 「私も一緒に作らせてくれ」  タッチパネルが渡される。ありがとうございます、と咲ちゃんは勢いよく頭を下げた。やれやれ。五杯目のハイボールを頼む。私も、と恭子が親指を立てた。メガを頼んで酔わせようかな。 「しかしあんたって昔から捻くれていたの?」 「あ? 何でだよ」  捻くれ者の自覚は幼い頃からあるけどさ。 「だって大体の女子が通る手紙のやり取りや交換日記をしなかったんでしょ。友達付き合いとか気にしなかったわけ?」 「そんな私を受け入れてくれる相手と友達になろうとは決めていた」 「いたの? 友達」 「いない」  げ、と恭子が顔を顰めた。肩を竦める。 「なあに、きっと咲ちゃんに比べりゃ平穏な過去さ」 「それはまあ、そうかもしれないけど」  超能力者は苦労も多かったみたいだからな。そしてわざわざ今此処で掘り下げはしない。 「友達じゃないけど普段何となく一緒にいる三人組みたいな相手は常にいたな。教室の中心から後方斜め三十度くらいズレた角度の壁沿いにたむろしている集団。遠足や修学旅行で一緒に行動するけど登下校や放課後には各々別々に過ごす塊。其処にいたりいなかったりした」  あぁ、と二人揃って頷いた。私もしみじみと首を縦に振る。 「よくわかった。しかし意外と知らないわね、葵の子供の頃の話」 「訊かれなきゃしねぇもんよ。自分語りをするような人間じゃないってわかっているだろ」  届いた酒を煽る。だが口ではそう言いながら私も少し驚いていた。恭子に私の過去を全然話していなかったのか。八年も一緒にいれば機会はそれなりにあったはず。まあ二年前までは意図的に話さないよう努めていたところもある。他人にとっての私には全く価値が無いと思っていたから、そんな私についての話などをして相手の時間を割いたりはしないと決めていた。今は違う。相手が求めるのならきちんと答える。他人の時間を割きたくないのは変わらない、が。……いや、そこも変わったか。だって七人もの人間を旅行に誘ったのだ。随分贅沢に時間を費やさせているじゃないか。  はい、と咲ちゃんがまたしても小さく手を上げた。 「では葵さんの初めてのお友達は恭子さんなのですか?」  思わず恭子と顔を見合わせる。そうなの? と食い付いてきた。 「まあ、そうだな。ちゃんと友達になれたのは恭子が初めてだ」 「そんな私を好きになったわけ?」  あ、こいつ変な引っ掛かり方をしているな。 「おいおい、邪推はするなよ。昔、お前に抱いていたのは確実に恋愛感情だ。今、感じている友情とは確かに違う。初めての友達への思い入れが深すぎて恋と勘違いした、なんてわけではない」  ならいいけど、と恭子は髪をかき上げた。私は苦笑いを浮かべる。お互い、六年も引き摺ったんだから今更実は重すぎる友情を勘違いしただけでした、なんてオチはごめんだ。 「初めてのお友達とこんなに仲良しでいられて素敵ですね」  咲ちゃんはにこにこしている。呑気だな。 「君だって初めてのお友達である田中君と結婚するじゃないか。そっちの方がよっぽどロマンチックだぜ」 「そうそう。掴んだ幸せはガッチリ握り締めて離しちゃ駄目よ。絶対にね」  恭子の鼻息がやけに荒い。ありがとうございます、と咲ちゃんは軽く頭を下げた。 「そんな友達のいなかった私が七名で旅行ねぇ」  しみじみと酒を飲む。 「あんたのおかげよ」 「私は恭子か綿貫君に旗振り役を頼みたかった。先頭に立つのは苦手なんだ」 「まだそんなことを言っているの? 葵が呼び掛けたから皆集まってくれたんだってば」  いいや、誰が言い出しっぺでも都合が合う限り揃っただろう。あんまりしつこく否定をするのも野暮だからやらんけど。  はい、と咲ちゃんがまた手を上げる。授業かな? 「葵さんは注目を集めるのが苦手ですよね」 「あぁ」  乾杯だの旅行の指揮だの照れ臭くてしょうがない。私は後ろから密かに支えている方が得意なんだ。旅行に関しては発案者だからやるしかないが。 「子供の頃から目立つのは嫌いだったのですか?」  思いがけない質問が飛び出して来た。反射的に恭子へ目を遣る。 「私を見てどうする」 「代わりに答えてくれ」 「知らないってば、あんたの子供時代! 十八歳で出会う前の葵はアイドンノウ!」  何で英語だ。やけに流暢だし。 「私は二十二歳以降の葵さんしかアイドンノウです。是非、昔の葵さんについてお伺いしたいですね」  何でだよ、と頭を掻く。 「友達がいない以外は普通のガキだったよ」 「その時点で普通じゃない」 「うるせぇぞ一軍女子。あと体育の成績は壊滅的だったな」 「あー、あんた運動神経悪いもんね。何故か泳げるけど」 「溺れて死なないようにってスイミングスクールへ通わされたんでね」  小学二年生でやめちゃったけど。スクールにも友達はいなかったな。そういやあの頃は水着でいるのも平気だった。いつから知り合いの前で着るのは恥ずかしいと思い始めたのだったか。はい、と咲ちゃんがまたまた小さく手を上げる。 「好きな科目は何でしたか?」 「高校生の合コンかよ。国語」 「音楽はどうだった?」  恭子が意図のわからない質問を投げて来た。何故ピンポイントで音楽を取り上げるのか。こいつ、今日も大分酔っ払ってんのか? 「ピアノは弾ける。歌は……」 「私、葵の歌、好き! カラオケには滅多に付き合ってくれないけど、意外と声が高いのよ! それで、すんごいハリがあるの!」  別に普通だ。 「そう言えば葵さんとカラオケに行ったことは無いですね」 「……明日も仕事だぞ」 「誰も今日行こうなんて言ってないけど」 「行きたいのなら是非ご一緒しますが」  鼻を鳴らす。行きますか、と咲ちゃんが迫って来た。 「葵さんの歌、聞いてみたいです」 「むしろ君こそ歌うのかい? それこそ印象に無いが」  すると何故か顔を赤くした。恭子といい咲ちゃんといいほっぺに出やすいよな。 「歌うのは大好きです。気分が明るくなります。ただ、あまり上手ではありません」 「そうかぁ? きっと可愛らしい歌声だろうに」 「ね、絶対キュンと来ちゃう」  盛り上がる私達とは裏腹に咲ちゃんの目は遠くを見詰めている。 「田中君とかとは行ったんだろ。どんな評価だった?」 「三馬鹿はそれぞれ、声は可愛い、歌い方は可愛い、一生懸命で可愛い、と評しました」 「全てにおいて含みがあるように聞こえたのは」 「気のせいじゃないでしょうね」  肝心の歌唱そのものから微妙にズレたところを褒めているもんな。 「佳奈ちゃんは、黙って一件のリンクをメッセージで送ってくれました。クリックすると、バケツを被ったボイストレーニングのやり方を紹介しているサイトに飛びました」  流石に口を噤む。恭子も唇を噛んでいた。佳奈ちゃんも友達に対しては遠慮が無いな。いや、仲が良いからこそ思い切りよく突っ込めるのか。 「まあ、その、何だ。得意不得意なんていくらでもあるからな。私だって観覧車から降りるだけでこけそうになる運動神経の持ち主だし」  瞬間、ぐぅっ、と喉の奥から漏れたような声が聞こえた。音の発生源を見ると恭子が慌てて口を押さえていた。しまった、と顔に書いてある。 「何でもない。げっぷよ、げっぷ」  誤魔化し方が最悪だ。仮にマジでそうだとしたって残念にも程がある。 「さてはお前も昨日観覧車でこけたのか? そんで綿貫君の胸に飛び込んじゃったとか」 「何で全部わかるのよ!?」  こいつも大概ポンコツだ。わお、と咲ちゃんが口元を手で覆う。わざとじゃなく純粋な反応だ。それがあざといからまた愛おしくなる。だが今は愛でるより追撃の方が大事だ。 「お前が答えを全部提示してくれているからさ」 「そんなつもりは無い!」 「無くても出ちゃっているのだよ、うっかり八兵衛め」 「誰がうっかり八兵衛だ!」 「で、どうだった。大好きな彼の腕の中は」 「やめて! 恥ずかしくて死ぬ!」 「照れで人は死なねぇよ。お前、昨日疑似デートの話は散々したのにそんな面白い、もとい、大事なことを隠したな?」 「面白いって漏れているわよ! 人の恋愛をからかわないで!」 「からかってなんかいないさ。私はただ純粋に楽しみたい、いや、お前を応援したくてどうだったのかって聞いているだけ」 「ちょっとは本心を隠せ!」 「そんで結局どうだったんだよぉ。抱き止められたんだろ? ドキドキした? キュンと来た?」 「トイレへ行ってくる!」  勢いよく立ち上がり恭子はダッシュで通路の奥へ消えた。素直な八兵衛ですこと。ジョッキを手に取る。今日一番、酒が美味い。葵さん、と咲ちゃんが私の袖を掴んだ。天然なのにあざとすぎるだろ。 「なんじゃい」 「恭子さんと綿貫君は何故付き合っていないのでしょう」 「人間要塞は手強いのさ」  やれやれ。
/294ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加