オフレコ・トーク。(視点:葵)

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オフレコ・トーク。(視点:葵)

 再び店の外に出て、あのなぁ、と改めて口を開く。 「浅いんだよ、田中君。っとにもう」 「ん? 葵さん、外に出ましたか? 車の音が聞こえます」 「三人のいないところに移動した。君と気兼ねなく話をしたいから」 「あ、じゃあ俺もスピーカーは終わりにしよう。橋本、高橋さん、ちょっと席を外すね」  再びゴソゴソと音が響く。そしてどうやら彼も外に出たらしい。成程、車や風など色々な音が聞こえるようになるのだな。さて、それにしても。 「ったく、君の浅はかな考えのおかげでやたらと揉める羽目になったじゃねぇか」 「すみません。確かに葵さんの仰った通り、すぐバレるに決まっていました。しかし俺の考え、よくわかりましたね」 「何度も言わせんな。君と私は似た者同士。思考パターンなんてお見通しだ」 「そういやそうでした。尚更バレるってわかるはずじゃん!」 「バカ」  溜息を吐く。咲ちゃんの新婚生活は前途多難だな。ま、それはさておくとして。 「だけどな、私はマジで君を責める気は一つも無い。むしろ可愛いもんだとすら思っている」 「可愛いって。葵さんに言われると色々複雑なんですけど」 「安心しろ。徹君ってば本当に可愛いぃ、なんて思っちゃいないから」 「さいでがんすか」 「だが必死こいて何とか道の駅に寄ろうとしている君はなかなか愉快だったぜ。見通しが甘いのも含めてな」 「反論しようもございません。おまけに恭子さんと咲を怒らせてしまったようで」  うむ。私が呑気なのか、あの二人が真面目過ぎるのか、或いは両方なのか。ともかく同じ事象に相対しても人が抱く感想や感情とはかくも異なるのかと目の当たりにさせて貰った。割を食ったのは庇った綿貫君だけ。優しい人ほど貧乏くじを引くとはよく言ったもんだ。 「まあ、恭子と咲ちゃんにはには引っ掛かる話だったんだろ。とばっちりで責め立てられた綿貫君は災難だったが、取り敢えず無事に仲直り出来てめでたしめでたしってわけだ。喧嘩の最中は気まずかったが」 「葵さんも巻き込ませちゃって、すみませんでした」 「私にとってはただのどうでもいい、なんならちょっと楽しんだような話なのにねぇ。咲ちゃんも恭子もクソ真面目だわ」 「まあ、その二人はそんな反応をするよな、とは思います」  ……こいつはまったく、本当に。 「思います、じゃねぇよ。思うんだったら最初からやるな」 「あっ、確かに!」  再び溜息が漏れる。 「田中君よ。もう少し思考をしてから行動や発言をしておくれ。あんまり間抜けを曝されると、お姉さん、疲れちまうよ」 「いやぁ、失礼しました」 「まったくだ」 「すいません」 「新妻たる咲ちゃんの苦労が今から偲ばれるね」  受話器の向こうが黙り込む。こいつと私は、はたしていつまでこんな不毛なやり取りを続けるのか。気まずい空気は嫌いだ。喧嘩だろうが、男女の仲だろうが。 「プロポーズ、成功したんだってな。咲ちゃんの薬指に、婚約指輪が無事に嵌まっていて安心したよ」 だから私は平静を装う。ううん、実際日を追うごとに心は穏やかになっている。大人だね、偉いぞ私。 「……ありがとうございます」 「なーにをいつまでも気まずそうにしておるか。むしろ君が招いた私との関係なんだぞ。もっとシャキッとしておくれ。湿っぽいのは嫌いなんだ」  そう、彼の告白は無かったことにならない。私の傷も薄くはなれども消え去りはしない。だったらさ、楽しんだ方がいいんだ。田中君をこのネタでいじり倒して、その度に痛む傷も、いてぇな畜生って笑って見せて、私と彼がいつまでもうじうじしなくて済むように。笑い飛ばせるようになりたい。  そのために、今は痛みに耐える時なのだ。 「……はい」 「改めて、婚約おめでとう田中君。電話で伝えるのは不本意だが、咲ちゃんから聞いた今日すぐに祝福の気持ちを伝えたかった」 「ありがとう、ございます」 「目を離すなよ。咲ちゃんから」 「……はい」 「泣かせんなよ。大事な奥さんを」 「はい」 「旦那として、もうちょいちゃんとしろよ」 「はいっ」  うんうん、いい返事だね。さて、ここでっと。 「……道の駅、行きたい?」  再び沈黙が下りる。だが割とすぐに返事を寄越した。 「はい」 「そ」  別に彼を贔屓するわけじゃない。ただ、さ。 「わかった。君の言う通り、シーパークも混みそうだし、昼飯は道の駅に寄ることを検討しておく」  まったく、我ながらゲロ甘だな。 「やった、ありがとうございますっ」  呑気にはしゃいでやがらぁ。私以上の呑気者だな。 「しかし君も渋い趣味だね。あんまりいないだろ、そこまで道の駅を希望する若者も」 「地の物が安く売っているのを眺めるのが好きなんです。あと、咲から聞いたかも知れませんが、その道の駅、海沿いだから海鮮がめっちゃ美味いんですって」 「ほぉ。そいつは楽しみじゃないか。刺身を食いながら一杯、とはいかないな。なにせ私はシーパークを満喫する気だ。酔っ払っての訪問は勿体無い」 「本当に好きですねぇ。咲といくつの水族館へ行きましたか」 「十七館」 「数えているんかい……」 「リピートしたところもあるから訪問回数の合計は二十以上、下手すりゃ三十いくかも知れん」 「……葵さんって、ひょっとしなくても俺より咲といっぱい遊んでいませんか?」  その質問に思わず吹き出す。 「当たり前だろ。咲ちゃんと私が仲良しになって四年が経つ。二人で散々遊んださ。一方、同じ四年の間、君は友達として二年間、恋人として二年間を過ごした。友達であった期間も二人で遊んではいただろう。だが私はその間も親しく頼れる先輩として咲ちゃんとデートを重ねていた。君よりいっぱい遊んでいるのは当然だ」 「早口で勝ち誇らないで下さい」  おっと、ついマウントを取りに行ってしまった。 「ま、そのくらい私の大事で大好きな咲ちゃんと結婚するのだからさ。必ず幸せにしてやってくれよな。先輩からのお願いだ」 「話の戻り方が急!」  ははは、違いない。唇を舐める。そんでさ、と私は言葉を続けた。 「君も幸せになれよ、田中君」 「……」 「勿論、君が咲ちゃんにプロポーズをしたってぇのはあの子を大事で大好きだからだ。婚約出来た時点で君もさぞ嬉しかろうて。そして私は君に咲ちゃんを頼むとお願いした。言われなくても幸せにするよな。ただ、君も、幸せになれよ。咲ちゃんのためって一生懸命走り続けて、気が付いたら君だけが何故かボロボロになっていた、なんて未来はごめんだぜ。君達二人なら大丈夫だとは思うけどさ。念の為、御忠告」  君に一瞬だけでも惚れた者からの、せめてもの餞別さ。 「ありがとうございます、葵さん。俺も、幸せになります」  おー、胸がいてぇ。早く私にも次なる想い人ができてくれんかね。だが我ながら引き摺るタイプだからなぁ。困ったもんだ。 「おう、約束な」 「はい、約束します」  ツラを合わせていたら微笑み合ったところだろう。まったく、やれやれ。 「何だか話がとっちらかっちまったな。だが二人で話せて良かった」 「はい。俺も、です」 「だが、道の駅に関するやり取りだけはオフレコにしておくれ。私が明らかに君へ肩入れしていて単純にずっけぇからな」  まあ道の駅に行ってやろうぜって提案した瞬間に、皆すぐ悟るだろうけど。私と彼の事情は知れ渡っているのだから。綿貫君だけは、偶々知らないままでいるが、あの子に教えたら田中君をぶん殴りそうだからあえて黙っている。喧嘩はよろしくないのですよ。 「そりゃそうだ。逆に俺は道の駅へ寄って貰いますから、あとの訪問先は他の人の希望を優先して下さい」 「そうだな。とは言え初日の予定はほぼ確定した。二日目は、皆の二日酔いの具合次第だろ。そうそう遠出は出来無さそうだよなぁ」 「まあ飲むでしょうからねぇ。ましてやゲストハウスでパーティーなんて尋常でなく盛り上がりそうです。楽しみですね」  受話器を握る手にほんの少しだけ力が入る。楽しみだね。楽しもうね。一緒に、さ。 「そうだな」 「そのために、こっちも高橋さんと橋本と三人でしっかり選んでおきますよ」 「あぁ、頼む。さて、ちょいと長くなっちまった。三人を待たせているのでね、そろそろ戻るわ。改めて、喧嘩を収めてくれてサンキューな」 「俺が原因ですから、責任を取るのは当然です」 「ま、ね」 「それじゃあ」  ……切る前に、もう一つだけ訊いておくか。 「あ、おい」 「はい?」 「風呂、さ。水着着用のところを皆で訪れる予定なのだが」 「はい」 「私、水着は着たくないから外すんで、よろしく」 「駄目です」  ……。 「……え?」 「葵さんも一緒に入りましょう」  ……なんちゅう言い方だよ。 「……下心は?」 「ノーコメント」 「バーカ」  バーーーーカッッッッ!!!! 「んじゃまたな」 「はい。お疲れ様でした。失礼します」  電話を切る。勢いで水着や風呂の話なんざするもんじゃねぇな。顔が熱くてしょうがない。席に戻った私は黙って咲ちゃんに抱き着いた。何でしょう、と戸惑いながら背中に手が回される。 「随分長電話だったわね。田中君と何を話して来たのやら」 「俺達には内緒の話しですもんね」 「席を外したってのはそういうことだもんねー」 「そういうこと?」 「あぁいや、何でも無い。言葉の綾よ」 「まあそんな瞬間もありますよね」 「そ」  すっかり仲直りをした恭子と綿貫君が仲良く言葉を交わしている。 「何をお話しされたのです?」  咲ちゃんがこの上なく真っ直ぐに問い掛けて来た。ふふん、君にだけはどう転んでも言えるわけがないのだ。こないだ、告白されてフラれた時には罪悪感ばかりを覚えたけれど、今はむしろ開き直った。内緒にしちゃって心に仕舞い込んでる思いがあってもよかろう。いざとなったらテレパシーでつまびらかにされちゃうけどさ。それもこみこみで。 「ひ・み・つ」  むむ、と咲ちゃんが唇を尖らせる。 「意地悪です。ずっけぇですよ、葵さん」 「気に入ったのか? そのフレーズ」  返って来たのは曇りの無い笑顔だった。  ……必ず、幸せになりなさい。咲ちゃん。貴女と田中君の周りをちょろちょろしている私なんてものともしないで、ね。
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