一方再び、しおり作りチーム。(視点:恭子)

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一方再び、しおり作りチーム。(視点:恭子)

 うーん、と伸びをする。既に此処へ来てから二時間半か。そりゃあ体も固まるか。だけど丁度いい時間ね。その時、正面の葵がくしゃみを一つ、いや二つした。 「ちょっと。今度は腰を痛めないでよ?」 「わーってらい。あんな痛い思いは二度とごめんだ」 「お気を付け下さい」  咲ちゃんの心配に、一瞬間を空けてから葵は頷いた。こないだくしゃみで腰を痛めた時、咲ちゃんのヒーリング能力に治してもらったけど、その過程で凄惨な目に遭ったからでしょうね。(作者注:エピソード十三「平気だぜー。」参照)  さて、と改めて三人の顔を見回す。 「取り敢えずしおりに載せる内容は決定ね」  おう、と葵が応じてくれる。 「旅程表の清書を私。シーパークの詳細な情報を咲ちゃん。表紙と、温泉施設『Loryu』については綿貫君。その他周辺観光施設および買い出し場所などのことは恭子。そんでイラストは各々生成AIを活用してちりばめればいいな」 「原稿の取り纏めは私がやるわ。しおり作成チーム用のメッセージ・ルームを今、作るわね」 「あ、それは俺がやっておきますよ」  綿貫君がすぐにスマホを操作し始めた。じゃあ任せた、と彼に託す。 「各自、出来上がったらそこにデータを投入して。もし、容量が大き過ぎてアップ出来なかったら、私のメールアドレス宛に送って頂戴。咲ちゃんと綿貫君も知っているわよね?」  数秒後。確認を終えた後輩二人は、はい、としっかり頷いた。 「締切はいつにする?」 「今日が十一月二十五日か。十二月九日か十六日でいいんじゃねぇの? あんまりケツに追われてプレッシャーになるのも悪いし、全員社会人だから仕事の都合もあるだろうしな」 「そうね、年末は何かと忙しいものね。ま、もし作れなくても旅行に支障が出るわけじゃなし、気楽にいきましょ」  わかりました、と応じる咲ちゃんは両の拳を握り締めている。私の話、聞いていた? とおかしくなった。 「そんなに鼻息を荒くするなって。趣味なんだから、気楽にいこうぜ」  葵が咲ちゃんの肩を揉み解す。一瞬、お、とでも言う様に目を見開いた。多分、新しい下着を買ったな、とでも思っているのだろう。親友の思考は容易に読み取れる。読み取ったところで呆れと若干の気持ち悪さしか覚えないけど! 一方、咲ちゃんはそんな変態に触られているとも気付かず、でもですねっ、と熱く答えた。 「私にとって、憧れのしおり作りなのですよっ。頑張って素敵な記事を仕上げますっ。そして恭子さん、私に出来ることや手伝って欲しい作業があれば遠慮なくお申し付け下さい。喜んで対応させていただきますっ」  目力が強すぎて怖い。昔の咲ちゃんだったら超能力が暴走して、紙ナプキンなんかがその辺を飛び回っていたかも。そう思わせるくらいの圧を感じる。勿論、そんな内心は隠して私は笑みを浮かべた。 「オッケー、頼りにしているわ。じゃあ葵、しおりは私が纏めるわね」 「悪いな、助かる」 「いいのよ。あんたは旅行全体の成功を考えなさい」  途端に咲ちゃんを揉む手が止まる。 「……あんまプレッシャーをかけるな」 「頼りにしているわよ、総大将」  やれやれ、と手を離し、葵は頭を掻いた。 「メッセージ・ルーム、開設しましたっ。この四人がメンバーです」  綿貫君の報告に、流石ぁ、と応じる。ただ、ちょっと彼を意識し過ぎちゃったのか、一気に声のトーンが上がり過ぎて上擦ってしまった。落ち着いて、私の声帯! あとテンション! 「仕事が早いわね。素敵よ」 「そんな、素敵だなんて。えへへ」  流れに乗って、素敵、と言ってみたら結構素直に照れてくれた。ふふふ、実はね。照れているのは私も同じなのよ! なーんて。さて、とスマホを取り出し開設して貰ったルームを確認する。メモ機能にお知らせが来ていたので開いてみると、生成AIのURLが三つ貼ってあった。 「いや本当に気が利くわね」 「URL、皆取り敢えず最初は必要になるでしょうからね。今日はさっきのメッセージから飛べますけど、その内流れて行っちゃうし」 「うーん、本当に綿貫君を引き入れたのは大正解だったわ。咲ちゃんの見る目は正しかったね!」 「綿貫君のきめ細かさや気遣いの出来るところはよく知っているのです。沖縄旅行の計画も、ほとんど立てて飛行機や宿を手配してくれたのは綿貫君だったのですよ」 「いやいや、そんな大したことはしてないけどさ!」  ほぉ、と葵が頬杖をつく。 「ちなみにあれ以来、都合を確認出来ていない人を旅行のメンバーへ勝手に含めたりはしていないよな?」  途端に綿貫君の顔が引き攣った。そしてテーブルへ手を付き頭を下げる。 「あの時は、本当に申し訳ございませんでしたぁっ!!」  ふふん、と葵はすぐに頬杖をやめた。冗談だよ、と穏やかな声を掛ける。 「でも大人になってから振り返ると、クソみたいな学生でしたよね。俺と田中」  そっと顔を上げた綿貫君が小さな声でそう言った。 「うん。とてもムカついた。だから叱った。特に田中君はね。な、咲ちゃん」 「あのお説教がもう少し彼に響いていたら、何度もやらかしたりはしなかったと思うのです」  しみじみと頷く咲ちゃんだけど、結婚するのだから彼の駄目な一面も愛おしく感じているのよね。……私は綿貫君の駄目なところも好きなのかな。でもトイレを流し忘れるのだけは受け入れ難いな。って、そんなのそれこそ結婚してからの話じゃないの! 我ながら、気が早い! 「まあ失敗から学びを得たのなら綿貫君は成長したのさ」 「そうだといいです」 「大丈夫だよ。君は、ね」  うーん、言葉の裏に棘がある。今まで全然知らなかったけど、葵って一度根に持つと滅茶苦茶しつこいのね。こないだ、皆でやり取りしたメッセージでも、田中君を例の件でいじっていた。だけどあれ、やらかした本人からしたらその都度罪悪感を呼び起こされるわけで、葵もわかった上でけしかけている。勿論、田中君がバカをやって葵を傷付けたのだからやり返すのは別にいいと思う。ただ、ここまで容赦がないのか、とちょっと驚いちゃった。何だかんだ、相手に甘いのが葵だもの。いや、それともいじるネタにすることで田中君の罪悪感をむしろ軽くしようとしているのかしら? うむむ、この件に関してはあまりに繊細な問題だし、私が口出しすべきでもないし、タイミング的にも咲ちゃんと田中君が婚約を決めたばかりだからあまり突っつくのもよろしくないのよね。それに、下手に蒸し返して葵を泣かせたりするのも嫌だし。 「ま、綿貫君の仕事の早さや気配り上手な部分は立派だよ。ありがとう、今日も随分助かった」 「いえいえ、そんな。もっと頑張りますよっ」  葵と綿貫君のやり取りを見て、私は密かに深呼吸をした。私があれこれ考えてもしょうがない。葵が私を頼って、助けを求めて来たら。その時は、しっかり抱き止め支えよう。私も葵にもたれるから、おあいこだもの。ふふ、私達はそう在るのかも知れない、か。やっぱりあんたは特別な親友だわ。惚れた腫れたを乗り越えて、ここに至れたことも含めて、さ。  スマホで時間を確認する。十六時四十分。 「よし、じゃあ今日の打ち合わせはこれくらいでいいかしら。他に何か伝えておきたいことがある人はいる?」  改めて三人の顔を見回す。 「へーき」 「大丈夫です」 「同じくっ」 「じゃあ葵、打ち合わせ会は終了でいいわね?」  確認すると、そわそわすんな、と薄い笑みを返された。 「五時丁度に居酒屋へ飛び込みたいんだろ。ったく、唐突に話を切り上げやがって。あからさま過ぎるんだよ」 「だって咲ちゃんの婚約祝いよ!? ガッツリ飲まなきゃ!」 「お前は飲みたいだけ。綿貫君、恭子がツブれたらお守りは任せた」 「何で俺なんですか!? そこは葵さんでしょう!」 「私に恭子をおぶれると思うか? 男子の出番だぜ、いいとこ見せておくれよ」 「その前に私がつぶれる前提で話を進めないでくれる!?」 「んじゃまあ駅前にでも戻るかね。そっちに行きゃぁ店があるだろ」 「無視しないで!」  あの、と咲ちゃんが小さく手を上げる。わちゃわちゃしていた私達は一斉に口を噤み彼女を見詰めた。 「しおり、作ると言って下さって本当にありがとうございました。私が作成を希望したのですが、役割分担や生成AIさんまで使う本格的な作業になってとても嬉しいです。葵さん、気乗りしていなかったのにすみません」 「……いや」  葵は照れたように頬を掻いた。ホント、素直になったわねぇ。昔なら悪態を返していたんじゃない? 「恭子さん、これから色々教えて下さい。よろしくお願いします」 「もっちろん。楽しみましょ」  満面の笑みを返す。はい、と咲ちゃんも微笑みを浮かべた。 「そして綿貫君」 「おうっ」 「生成AIさんのしっかりとした使い方を居酒屋で必ず教えて下さい」  葵と私は揃ってずっこけた。 「……どんだけイラストを作りたいのさ」 「いよいよムッツリを隠さなくなって来たな」 「あんまり過激な作品は作らないでね」  三者三様、ツッコミを入れる。 「それでは皆様、改めてしおり作り、頑張りましょう。よろしくお願い致します」  咲ちゃんが丁寧に頭を下げた。それ以上、私達はエッチなイラストについて責められなかった。計算済みだとしたら咲ちゃんも随分成長したわね! 良いことだわ!
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