「我儘言うんじゃありません。」(視点:恭子)

1/1

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/294ページ

「我儘言うんじゃありません。」(視点:恭子)

「恭子さん、葵さん、誠に申し訳ありませんでした。調子に乗り過ぎてしまいました」  正座をした咲ちゃんが神妙な面持ちで頭を下げた。元の服装に戻った私と葵は小さな頭を見下ろす。うむ、と葵が先に応じた。 「だが咲ちゃん。きっと君はまた同じことをやらかすだろう。何故なら撮影に熱が入ると君は周りが見えなくなる。限りなく欲望へ忠実になる。だから恭子、受け止めてあげてくれ」  急にこっちへ押し付けて来た。いや待てぃ! 「その理屈はおかしいでしょ! 咲ちゃんが自制を利かせるべき話!」 「無理無理。制御出来るならあんな頼みをしたりしない」 「すみませんでした……」  咲ちゃんが小さくなる。まあでも思い返せば四年前、初回の撮影会からこの子は相当欲が絡むとおかしな熱量を発揮していた。世界中、あちこちのシチュエーションで私のメイド姿を撮りたいがために超能力者であるとカミングアウトしたのだ。それも、ほぼ初対面の私と葵を相手に。結果的にここまで仲良くなれたのだから良かったけど、よく考えれば普通は取らない選択よね。うーん、葵の指摘する通り、自制は難しいのかも。それもどうかと思うけど。小さな溜息が漏れる。 「でも咲ちゃんは結構暴走しちゃうところがあるものね。よし、じゃあこうしましょ。咲ちゃんはなるべく変なことを口走らないよう、喋ったり行動する前に一旦深呼吸をしなさい。それでも駄目な時は今回みたいに叱り飛ばす。すぐに変わるのは難しいだろうけど、努力はするの。いいわね?」 「……はい。気を付けます」 「恭子は折衷案みたいに言っているけど当たり前のことだからな? 私が君に甘いだけ」 「葵は甘すぎ」 「可愛いんだもんよ」 「時には厳しさも必要なの」 「じゃあ私と恭子でバランスが良いな」 「飴と鞭? まあ私の鞭も大分甘いけどね」  咲ちゃんが巨大な溜息を吐いた。んっ、と小さく身震いする。その感覚、私はよくわかる。 「お二人とも優しいので、罪悪感が凄いですね……本当に失礼しました。心の底から反省の気持ちが湧きました。以後、気を付けます」  あいよ、と葵がひらひら手を振る。よろしく、と私は親指を立てた。 「んで? 恭子、メッセージは来たか? そろそろ綿貫君から返事が来るって神様が言っていただろ」  そういえば、そのために撮影会を終わらせてくれたのだった。スマホを取り出し確認をする。メッセージが一件、届いていた。送信者は、綿貫君。鼓動が一気に加速する。 「その顔は来ているんだな。さて、恭子のクリスマスはどうなるのやら」  呼吸が荒くなる。開くのが怖い。今までの疑似デートとは違って、クリスマスだもの。特別な日よ? 誘っておいてなんだけど、この日に付き合ってもいない相手とデートなんてする? もしするのなら、脈ありと思っていいのかしら。ううん、綿貫君を常識に当て嵌めてはいけない。そもそも当て嵌めていいのなら、綺麗で素敵な魅力に溢れる人って評された時点でこっちから告白しているわよ。それだけの高評価を伝えてくれておきながら、ただの事実ですから、なんて事も無げに言ってのけて、でもそれは本心からの言葉であって恋心が絡んだりはしていないから私を好きなの? って訊いてもそんなつもりじゃありませんでしたってバカみたいな返事が来るに違いないわけで、あれ? 何で私、そんな人を好きになったの? ……考えるまでもない。そういう変わったところも、優しい性格も、話が合って盛り上がる一面も、全部好きなんだ。だからこんなに緊張するとわかっていたけどクリスマス・デートに誘った。好きだからこそ声を掛けたし、好きだからこそこんなにもドキドキする。そして。  好きだからこそ、断られたら大泣きする。  そっとスマホを差し出す。あんだよ、とお酒を口に運んでいた葵は首を傾げた。 「長々沈黙した挙句、何故私にスマホを渡す」 「……緊張し過ぎて、開けない。怖い。葵、読んで」  アホ、と突っぱねられた。 「重要なメッセージの返信を私が最初に見るなんてまっぴらごめんだ」 「読んで」 「やだ」 「お願い」 「えぇ~……」 「一人じゃ、読めない」 「……仕方ねぇなぁ」  押しに弱いのは知っているもの。 「そんで咲ちゃんは何をキラキラ目を輝かせている」  葵の言葉に振り向くと、確かに咲ちゃんの瞳は輝いていた。尊いのです、と上擦った声が返って来る。 「だから言っただろ、あの子は変わらないって」 「流石、よくわかっているわね」  やれやれ、と肩を竦めて葵はスマホを受け取った。渡す刹那、しかし、と思考が一気に走り出す。綿貫君は私に対して返事をしたためてくれたんだ。それも、クリスマス・デートという重要なお誘いに対する返答だ。なんぼ鈍チンの彼でも多少は意識をしてくれたに違いない。そんな大事なメッセージを、先に読ませていいの? 私が確認しなくていいの?  「やっぱ駄目!!」 「ぐおぁっ」  慌ててスマホを取り返すと、反対の端を握っていた葵が思い切りよく引っ張られた。あ、ごめん。そう思う暇も無く、葵は大転倒を。  ……しなかった。前にのめった姿勢のまま、床すれすれで停止している。恭子さん、と低い声が後ろから響いた。バカ野郎、と吹っ飛んだ本人からも怒りの文句が飛んで来る。 「恭子。君も咲にとやかく言えないね。もう少し落ち着きなさい」  神様のお叱りに肩を縮こませる。ふと見ると葵のコップも空中で停止していた。葵とコップそれぞれがゆっくりと元の位置に戻る。葵は悪魔ではなく般若の形相をしていた。ひえぇ。 「おいコラ恋愛ポンコツバカ。お前が散々頼むからメッセージを確認しようとしたんじゃねぇか。それを直前どころか渡した瞬間、やっぱ駄目って振り回すって一体どういう了見だ。えぇ? もしくは今のは罠だったのか? ただ単に私を吹っ飛ばしたかっただけなのか? なあおいコラ。答えろよ親友。意図を教えろ。理屈がわからん」  酔っ払って夜中の二時に葵の家へ突撃した時と同じくらい怒っている。お酒が入っている分、沸点が低いのかしら、なんて下らない考えが頭を過った。ええと、と口を開く。 「その、返事を読むのが怖くて葵に見て貰おうと思ったのも本心よ? だけど寸前で、やっぱり私が最初に読むのが筋かなーって思って。咄嗟に取り返しちゃった……」 「結果、私は咲ちゃんや神様がいなければ間違いなく転倒させられていた、と」 「サイコキネシスが間に合って良かったです」 「ちなみに私も葵の酒が零れないようにしたよ」 「お二方、ありがとうございます」  葵が神様と咲ちゃんへ丁寧に頭を下げた。恭子殿は怪力ですなぁ、と武者門さんが変なところに感心する。今、力を褒められると余計に居心地が悪いんですけど! いや、わかってやっているのかしら!? 「ごめん葵」  居た堪れないので素直に謝る。 「お前もちゃんと考えてから行動しろ。いや考えた上で出した結論を直前のノリと勢いで引っ繰り返すな。もっと言うなら引っ繰り返すとしても周囲に被害が及ばないようにしやがれ。ったく、困ったお姉さんだよ」 「本当にごめん! 神様も、咲ちゃんも、ありがとうございます。すみませんでした」 「落ち着いて、肩の力を抜きなさい」 「葵さんには決して怪我をさせません」  わかりました、と頭を下げる。やれやれ、と親友の溜息が聞こえた。 「しかし読むのも怖い。読まれるのも嫌。だったら一緒に確認するよ。ほれ、咲ちゃんもおいで。神様も武者門さんも、おいでなせぇ。皆で返事を見ようじゃないか」  そうして手招きをしている。 「ちょ、ちょっと。流石に全員に読まれるのはプライバシーが無さ過ぎよ」 「何をぉ? ここにいる皆でお前の恋愛相談に乗っているのに肝心要の部分は内緒だぁ? 我儘言うんじゃありません」 「結果は伝えるって。だけど読まれるのは抵抗があるっ」 「私には見せようとしたくせに」 「だって葵は親友だもん……」  もう一度溜息を吐かれた。だけど葵の表情が一瞬綻んだのを見逃さない。あんた、本当に素直になったわね。 「そこまで言うならしょうがない。皆、悪いけど私だけ一緒に返事を確認しますわ」  どうぞどうぞ、と神様、武者門さん、咲ちゃんが手を差し伸べてくれる。これから熱湯風呂に入らされるのかしら、とまた下らない考えが浮かんだ。 「さて、二人だけならいいんだろ。お返事を拝ませて貰うとしようじゃないか」 「……緊張する」 「駄目なら慰めてやるってば。なんならクリスマス、例年の如く一緒に過ごそうぜ」  そう、毎年クリスマスは葵とホームパーティを開いていた。学生の頃からずっとそうしてきたから。あれ、じゃあさ。 「もし、私がデートに行ったら、葵はどうするの? クリスマス」 「一人でピザとチキンを食って酒でも飲むつもりだが」 「……」 「寂しかったら一緒に来て、なんてしょうもないことを言おうとしていないだろうな」 「……何でわかったの」 「恭子の考えくらいお見通しだっての。私がどう過ごすかなんて気にするな。覚えているか? お前の足枷にはなりたくないんだ。恭子が前に進めるのは、私にとっても嬉しい限り。だから変な遠慮や罪悪感なんて抱くな。まあ年中行事が一つ消えるのは寂しいけど、前向きな寂しさは歓迎するよ。さ、返事を見よう。ね」  本当にあんたは、どこまでも優しいんだから。うん、と応じる声が少し枯れてしまう。大丈夫、と葵は肩を抱き、スマホを叩いた。綿貫君からの返信が、画面に表示される。
/294ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加