神様からのアドバイス。(視点:葵)

1/1

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/294ページ

神様からのアドバイス。(視点:葵)

 神様の言葉に、三人とも手を止める。背筋を伸ばした正面に、揃って正座で座り直した。丁度中間の場所に武者門さんが腰を下ろす。さて、と神様は微笑みながら口を開いた。 「葵、恭子、咲。まずは今日、青竹城まで来てくれてありがとう。私を頼りにしてくれて嬉しかったよ、葵」  はい、と軽く頭を下げる。 「葵の変化と咲の落ち着き具合も確認出来て安心した。君達は今後、徹の抜けたところには苦労するだろう。まあ無理の無い範囲で頑張りなさい。特に咲、夫婦になるのだから今までのような遠慮はむしろしない方が良い。枕が合わなければ突き返しなさい。イルカまみれのバッグはセンスが無いと教えてやるのも大切だ。彼を想う君だからこそ自分が引いてしまう場面も多かっただろう。だが今後は切り込むのも大事だよ。大丈夫、その程度で壊れるような関係性は築いていないさ。ただ、一線を越える発言にだけは気を付けなさい。さっき、葵が独り者を見下している、っていじけてしまったみたいにね」  はい、と咲ちゃんも頭を下げた。 「アドバイス、ありがとうございます。頑張ります。そして葵さん、失礼しました」  黙って舌を出す。可愛い笑顔を見せてくれた。 「次に、恭子」  はいっ、と早くも深々と頭を下げた。何でだよ。まだ喋ってねぇよ。顔を上げて、と神様も苦笑いを浮かべる。 「ようやく君に会えて良かった。ずっと葵から話は聞いていたし、式神経由で見たことはあったけれど、こうして直に言葉を交わしたのは初めてだからね。君も随分面白い人だ。真面目で一途、真摯に相手と向き合うところは他の人に無い長所だよ。同時に、その気質故、君自身が迷い、悩む機会も多い。それでも、これからも君の他人への向き合う姿勢は大切にしなさい。そして、わかっているとは思うけれど。君の周りには葵や咲、佳奈や徹、聡太がいる。健二との仲に悩んだとしても、その者達は決して君を見放さない。だから、ね。肩の力を抜きなさい」 「……大丈夫だとは思いますが、やっぱりこう、綿貫君との仲が拗れたりしたら皆も気を遣いますよね」  まあ何と言われたってどうしても気になるよな。ただ、さ。 「心境に全く変化が無い、とはいかないね。ただ健二もそうだけど、恭子。自分の気持ちを優先してもいいんだよ。君は君の人生を生きている。誰か他人ではなく、ね。皆の気持ちも大切にするのはとても偉い。ただ、皆もそれぞれ自分の人生を生きている。もし関係や心境の変化があれば、その時各々選択をするさ。そしてその中に、告白や失敗程度で壊れる仲の者はいない。勿論、現時点での話にはなるが。心は常に変化をする。故に未来永劫確実な関係というものは私でも保証出来ない。世界は無数に枝分かれをしている。ここはその内の到達点の一つに過ぎない。そして今後、どう進むかも可能性は無限だ」  随分壮大な話だな。SFチックで酔った頭が回りそうになる。だけど恭子は納得したらしい。今は、と聞き慣れた声が神様に向けられる。 「大丈夫、なんですね。壊れたり、しないんですね」 「今は、ね」 「……それがわかれば充分です。ありがとうございます」  ふむ、なんぼ親友でも考え全てまではわからんな。当たり前か、私と恭子は別の人間だもの。思考が違って当然だ。ではもう一つアドバイスを、と神様が人差し指を立てた。 「もう少し先の話だけれど、今後恭子は一つの選択に直面する。これは、どの未来へ進んでも確実にぶつかるよ。刹那の間、君は迷うだろう。だから、こうしたい。この道を選びたい。そう、頭を過ぎった己の気持ちへ素直に従いなさい。人生はまだ長い。今の君はクリスマスや旅行に燃えているが、もっとずっと先まで時間は続いている。そのことを心の片隅に置いておくといいよ」  いよいよ何の話かわからない。恭子も、はい、と返事をするものの、今度は明らかに戸惑っていた。神様はそれすら織り込み済みだったらしく、今はわからないよ、と薄い笑みを崩さない。 「ただ、いずれ君は必ずここで話したことを思い出す。ふふ、意味深なアドバイスになってしまったね。大丈夫、葵が二年前に遭った目のような一大事にはならないから」 「あれ程の事件が再び起きて堪りますかってんですよ」  口を挟むと、葵がそれくらい乱れていたのだよ、と諭されてしまった。仰る通り、と肩を竦める。一回殺して生き返らせなきゃ、自分の存在意義を認識出来無い程拗らせていたのだからな。そいつはよっぽどだ。 「繰り返しになるが、恭子はもうちょっとリラックスをしなさい。健二との時間を楽しまないと勿体無い。折角のアイススケートとクリスマス、満喫しておいで。なんなら一旦、恋心は脇に置くくらいの気概でさ、二人で笑って来なさい」 「……難しいですが、頑張ります」 「頑張る時点で力が入っているんだってば」 「あぁっ、確かに!」  テンパり方が綿貫君と一緒だ。どうやってもこいつら、似た者同士だな。 「まあ恭子の気質からしてかなり困難かも知れないけれど、ね。言葉として渡しておくよ」 「わかりました。ありがとうございます」  改めて恭子が深々とお辞儀をした。さて、という呟きに私も笑みを浮かべる。 「葵とは、また改めてゆっくり話そう」  その言葉に拍子抜けをした。 「あれ、私にはアドバイスとかくれないんですか?」  恋に破れ、クリスマスの予定も空いた私が一番色々指南して貰うべきだと思うのだが。 「葵には掛けるべき言葉がたくさんある。それこそ二人きりで伝えたいことも。ただし、今日、今、この時ではない。いずれわかるよ」 「今日の神様は勿体をつけますねぇ。恭子にも意味深、私にも思わせぶり。あんまり引っ張られると気になって眠れないっス」 「大丈夫。その酔い具合ならぐっすり昼まで休めるさ」  こいつは一本取られたな。 「違いない。わかりました、その時が来るのを楽しみにしております」 「うん、待っていて」  そうして二人で微笑み合った。相も変わらず綺麗なお顔だ。 「私からの言葉は以上。武者門は? 三人に伝えておきたいこと、ある?」  そうですなぁ、と鎧兜が此方へ向き直る。 「咲殿、またのんびりお喋り致しましょう」 「はいっ」 「恭子殿、恋の御武運、青竹城よりお祈り申し上げます」 「ありがとうございます!」 「そして葵殿。今度は焼酎のソーダ割を飲みましょう」 「なんか私だけ扱いが軽くないっスか?」 「長い付き合い故、ですな。はっはっは!」  微妙に釈然としないなぁ。しかし、と武者門さんは言葉を続けた。 「改めてお三方に申すならば。葵殿のお話にあった恭子殿と咲殿に相見えられて今宵は良き時間を過ごせました。お二方とも今日、この場にて結ばれた縁を今後とも大切に致しまする。よろしくお願い仕ります」  そうして兜が床に付くほど頭を下げた。よろしくお願いします、と私達も揃って礼をする。 「良い縁が結ばれたね。ではこれにて今夜は解散としよう。皆をそれぞれ自宅に返すよ。そのまま外へ出歩いて貰って構わない」 「おぉ、私の瞬間移動より凄いです」  咲ちゃんが感心をする。君の超能力も大概だがな。まだ隠れた力もあるとか、無法にも限度がある。一体どんな能力が眠っているのやら。ま、その素直さが一番の魅力だけどさ。 「神だからね。葵、恭子、咲。お互いに伝えておくべきことがあれば今の内に話しておきなさい」  そうか、此処で解散か。最初に口を開いたのは私だった。 「今日はお疲れさん。しおり作りから始まって、まさか最後は青竹城へ来るとは思わなかった。提案したのは私だけどさ。じゃあ、恭子はまずクリスマス・デートを優先しろ。ガッツリ予定を立てて、綿貫君と楽しめるよう考えて来い。旅行の件は一旦気にするな。もし頼み事があればそん時は連絡するよ」 「……悪いわね」 「気にすんな」  親友の肩を軽く叩く。ありがと、と笑顔を浮かべた。その表情に惚れたんだったなぁ。懐かしいね。 「んでもって、咲ちゃんよ。しおり作りと綿貫君へのプレゼントの情報収集、頼んだぜ。必要とあればいつでもうちへ来てくれて構わない」  ……違うな。私は、来て欲しいんだ。だけど素直にそう言えない。まだまだ私も捻くれ者だ。どこぞのへそ曲がり程では無いけどね。  お任せを、と咲ちゃんが敬礼をする。 「遠慮なくお邪魔させていただきます。しおり作り、一緒に進めさせて下さいっ」 「私も不慣れだけどな。ま、未経験同士、フォローし合って頑張ろう」  はいっ、と両の拳を握り締めた。張り切っているね。助かるよ。そして咲ちゃんは恭子へ向き直った。 「恭子さん、しおりはこっちで作業を進めます。わからないところが出てきたら質問をするかも知れませんが、基本的に大丈夫ですでクリスマスの予定を立てて下さい。お店が予約で埋まってしまう前に固めてしまいましょうっ」  ありがとう、と恭子が微笑み返す。 「二人とも、気を遣ってくれて感謝するわ。それに今日は情緒不安定で随分迷惑を掛けちゃってごめんなさい。だけどねっ、神様と武者門さんにも背中を押して貰ったし、こうなりゃ頑張ってクリスマス・デートを成功させてみせるわよっ!」 「だから力を抜けっての」 私の指摘に、難しいのよ! と元気よく返事をする。やれやれ。 「ま、そんなところかな。じゃあ今日はお疲れ。なんだかんだ、いい一日だったよ」 「お疲れ様でした。しおり作りと恋バナという、私が憧れたやり取りがいっぺんに二つも出来てとても楽しかったです」 「うん、お疲れ! 葵も咲ちゃんも、神様も武者門さんも、ありがとうございました!」  では、と神様が右手を広げた。 「三人とも、今宵はゆっくりと眠りなさい。またね」  おやすみなさい、と答えた直後、見慣れた玄関に立っていた。私の家だ。傍には恭子も咲ちゃんも、当然ながら神様も武者門さんもいない。静寂が耳に刺さる。途端に寂しさを覚えた。まったく、私と来たら。二年前まで、いずれ一人きりで生きていくんだ、皆の前から姿を消すんだ、なんて息巻いていたのにさ。今では一人になったら寂しくてしょうがないと来たもんだ。人としてはいい傾向なんだろうが、困ったもんだね。やれやれ。  さ、シャワーを浴びて、もう少し酒を飲むとしようか。その方が深々と眠りに落ちられそうだ。静けさの中で靴を脱ぎ、鞄をリビングへ置く。そして一人、浴室へと向かった。
/294ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加