怖いもの見たさ。(視点:葵)

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怖いもの見たさ。(視点:葵)

「それで、葵さん。ぬいぐるみを拾って走って行きましたが、一体何があったのです?」  咲ちゃんに問われ、女の子に届けたことを説明する。すると、よく気付きましたね、と感心された。 「何となく目に入っていたからな」 「走って届ける辺り、優しいですねぇ」 「無くしちゃったら悲しいじゃんか。間に合ってよかったよ」  しかし、と我ながら首を傾げる。 「自分でも気持ち悪いと感じるくらい感情移入していたな。昔、私も大事な何かを無くしたのかねぇ」  自分に対する存在理由は、間違いなくどっか行っちゃったな。本当にどうして無くしたのやら。 「気持ち悪くなどありません。見ず知らずの子のために走れる人が何人いるでしょう」 「そんな大層な行為じゃないっての」 「でもその女の子は間違いなく感謝していますよ」  ありがとうってはっきり言われたな。うん、とそこは素直に頷く。 「ヒーローですね」 「そいつは言い過ぎ」  肩を竦めて笑い合う。そして見学を再開した。  次のフロアへ再び降りる。早々にまた会ってしまっては気まずいので、老夫婦と女の子がいないかそっと見回した。よし、いないな。手を振って別れたのに爆速で再会するのは間抜けだもんな。ハンドルを回すと動くおもちゃがいくつか展示されていた。こういう物って、と咲ちゃんがハンドルを回転させながらおもちゃを見詰める。 「よく仕掛けを思い付きますよね。あそこがああ動いて此処がこう噛み合うからこんな動きをするな、ってわかるんだ。凄いなぁ」 「図面を引いて終わりじゃなくて、形に起こしてちゃんと動くよう組み立てるんだもんな。ぶきっちょが作ったら、まず噛み合わないだろ。もし奇跡的に出来上がっても動かしたらバラバラにぶっ壊れそうだ」 「職人さんは偉大ですね」 「まったくだ」  感心しながらいくつか動かしてみる。いやはや、どういう脳みその構造をしていればこんな物を作れるのかね。だけど四六時中おもちゃについて考え続けるってのも前向きな人生だな。次はどんな仕掛けや仕組みのおもちゃを作ろうか。人に笑顔を与えよう、或いは驚かせてみせよう。そんなモチベーションから頑張っているのかな。いや、でも案外実際は生みの苦しみに悩んでいるのかも知れない。楽しいだけの仕事なんて無いもんなぁ。今の職場しか知らんけど。  おぉ、と咲ちゃんが声を上げる。視線の先には和風のからくり人形が飾られていた。 「これは私の偏見なのですが、日本人形はどうにも怖いと感じてしまいます」 「あ、同じく。同じ部屋に寝るのとか無理」 「何故なのでしょう。この子達に申し訳ないのですが、どうしても拭えない感情です」 「うーん、それこそ偏見だけど怪談話とかに使われがちだからとか? ほら、髪が伸びるとか、夜中に動き回るとか、はては人形に殺された、なんて話もあったな。そういうのを子供の頃から聞かされて育ったから、怖いものだって認識しているのかも」 「刷り込みというやつですか。じゃあ人形さんに罪は無いので悪いですねぇ」 「でもこの子目の前に飾られている子が今、急に動き出したら私は多分泣く」 「つい爆破してしまいそうです」  反射的に発動されるサイコキネシスって防ぎようが無くて怖すぎるわ。……二年前、おかげで結構負傷させられたな。あの状態の咲ちゃんって、かなり危ない存在だったんだな。認識、無かったわ。 「爆破はやめてやれよ。可哀想だろ」 「自衛のためには……」 「襲い掛かってくるわけじゃないんだから。いや、でも動くはずの無い物が動き出したらそれは恐らく怪奇現象、もしくは超自然的現象であって、動き始めた理由もあるはずなわけだ。目的は何だ? ケースからの逃走か? それとも目の前に人間をただ殺したいだけなのか?」 「随分真面目に考えますね。そして最後の理由は最悪です」 「人形が勝手に動き始める理由。君は何だと思う?」 「え? ええと、物には魂が宿ると言うじゃないですか」  実際、武者門さんは鎧兜の付喪神として命を得ているな。 「うん」 「きっと、動き始めたそのお人形さんにも魂が宿ったのです。だから活動を開始した」 「生き始めたから動くんだ、と」 「はい」 「じゃあそいつが生きる目的って何だろう」 「目的、必ず必要ですか?」  その質問に、腕組みをする。 「言われてみれば人間だって必ずしも目的を持って生きているわけじゃないよなぁ。生まれたからただ漠然と生きているって人はごまんといる」 「生んでくれ! って頼んで生まれて来た人はおりません。ただ、生まれた意味は必ずあります。だって、存在すれば周囲の人と必ず関わります。一つも影響を与えない、ということはあり得ません。例えば、私は家族から疎まれておりましたが、奴らにマイナスの感情を抱かせるという影響を与えておりました。もし田中君達に出会わず、葵さんともこうして仲良しになることもなく、一人で生きていたとしても。生まれた意味はゼロにはならないと思います」 「そうだねぇ。良くも悪くも人は周囲と関わって生きている、と。勿論、人間に限った話じゃない。生きる以上、世界の何かしらと接触している」 「目標が無くても、生きる意味はあります。だからお人形さんが命を得て動き出したとして、それからその子がどうするのか、どうしたいのか、どうすべきなのか。のんびり考えればいいのではないでしょうか」 「二年前の私に聞かせてやりたい話だな。いや、未だに自己評価は変わっていないけどさ。私がいてもいなくても世界は変わらないって。ただ、君達友達はそうじゃない。つまりこれも私が君達に影響を与え、君達から私も影響を受けているわけだ」 「勿論、その通りです。こうやってたくさんお喋りをして、私は葵さんをどんどん好きになりました」 「チューしていい?」 「駄目です」 「残念。そんで、こんなやり取りにも意味があるのだろうか」 「ありますよ。楽しいですもの」 「そうか。そいつは大事だな」 「ええ」  からくり人形は目をかっ開いたまま、微動だにしない。逆にだ、と少し近付いて見詰める。 「この子はからくり人形であり、動ける状態の物として作られた。だけど今、動けない状態で展示されている。そもそもの存在意義を奪われていないか?」 「うーん、難しいですね。動ける存在ではありますが、動くことだけがそこにいていい理由ではありません」 「ややこしいな」 「この子は動けないから存在価値が無くなるかと言えば、違います。動けなくても、こうして展示をして、今まさに私達がそうしているようにたくさんの人から見て貰えます。そこにこの子の価値は発生しております。だから、動けるけど動けない状態でも此処に居る理由はあると思います」 「咲ちゃんから、君だけが出来ることを差っ引いて、ただの可愛い女の子になったとして、田中君は結婚をやめようとは思わないもんな」 「それはちょっとズレていませんか? 彼は私という個人を評価してくれています。私だけが出来ることはあくまで付加価値に過ぎません。このお人形さんで言えば、この子そのものに惚れ込んだからたとえ動けなくても大切にする、と。……あれ、同じお話ですかね?」 「むしろ微妙にズレた気がした。まあ結局田中君は咲ちゃんが一番好きってことだな!」 「とんでもないところに着地を決めましたね……」 「そしてこのお人形さんは、我々の話をどんな気持ちで聞いているのかな」  咲ちゃんはしばし黙り込んだ。その目が見開かれる。葵さん、と手を繋がれた。なんじゃいな。と思いきや部屋の隅に引っ張って行かれた。そして頭の中に声が響く。テレパシー、接続完了。 (試しに生体エネルギーを探ってみたのですが) (今、目の前で喋っていた子の? っておい、まさか) (……ありました。エネルギー) (……生きて、いるのか。え、じゃあ武者門さんにもあるのか?) (勿論です。鎧兜そのものから、生体エネルギーを検知出来ました) (ちゃっかり探っていたんかい) (そしてびっくりしましたが、この博物館全体をスキャンしたところ) (怖い。嫌だ。聞きたくない) (聞いて下さい) (やだ! ホラーじゃないか!) (そうですよ! そして私一人にこの思いを抱えさせないで下さいよ!) (事情はわかった! だけど言葉にして聞きたくない! そんでもって皆、一体どういう感情で展示されているんだ!) (怖くてテレパシーはお人形さんに繋げませんでした) (繋がんでいいわ! 何考えているのかなんて恐怖でしかない!) (き、聞いてみます? むしろ勉強になるかも) (いらん勉強すな!) (ちなみに動物さんの考えていることはわかりません。テレパシーを繋いでも、思考は結局動物さんの言語で処理されているので) (じゃあ人形も無理なんじゃねぇの) (……やってみますか) (何で怖いものを見たがっているんだよ!) (一人では怖いので、葵さんにも共有した状態で繋ぎますよ) (私を巻き込むな!)  小さな頭にチョップを叩きこむ。痛っ、と声に出して反応した。 「何もするな。そして何も言うな。行くぞ」 「怖いものは」  もう一発叩く。流石に黙り込んだ。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし。さあ、最後のフロアを見学したら出発するとしよう。
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