それって同じじゃないですか。(視点:葵)

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それって同じじゃないですか。(視点:葵)

 最後のフロアは早足で回った。咲ちゃんが超能力でおっかない真実を突き止めちまったからだ。もう四方八方から視線を向けられているようで落ち着かない。 「葵さん、もうちょっとゆっくり見ましょうよ」  そう声を掛けられ、嘘だろ、と囁く。 「だって此処にいるおもちゃ達皆、武者門さんと同じなんだろ!?」  つい口調が厳しくなる。しかし咲ちゃんは、はい、と事も無げに頷いた。その様子に戸惑いを覚える。 「……怖くねぇの?」 「はい」 「マジ?」  いざとなったらサイコキネシスで何もかもを吹き飛ばせるからか? そう思ったのだが。 「だって武者門さん、優しかったじゃないですか。同じような方々ならきっと怖くありません」 「それは呑気過ぎるぜ。たまたま優しい人に出会ったから、人間は全て善ですよねって言うようなもんだ。んなわけねぇだろ? 極悪人なんていくらでもいるじゃんか」  なんならどの人間にも悪心は潜んでいる。それを、その衝動を、抑えられるか否か。一線を超えるか超えないか。普通と普通じゃない境界線はそこが要だ。 「まあそれはそうですが、少なくとも開館時間中に何かされたりはしないでしょう。大丈夫、さっきまでと同じように楽しみましょう」  ね、と微笑み掛けられた。いや、そういう問題でもないのだが。襲われるかどうかじゃなくて、実は向こうからも観察されているのが不気味なのだ。ケースの向こうを覗き込んでいるはずが見詰め返されているわけだ。どんな感想を持たれているのやら。しかも生きていないように見えるお人形さんにだぜ。怖くない方がおかしいっての。だけど咲ちゃんはのんびりと展示物を眺めている。私との余裕の差は絶対に、サイコキネシスによる身の安全が保証されているか否かだろ。まあ私のことだって咲ちゃんは必ず守ってくれるから、何か起きても大丈夫ではあるけどさ。  その後も結局私は気もそぞろで、咲ちゃんから離れないよう引っ付いて歩いた。変わらないこの子の様子に、案外豪胆なところがあるよな、と感心する。そういや恭子も咲ちゃんを買っていたな。泥酔した日に怒られたと言っていた。やる時はやるし伝えるべき言葉はしっかり口にする。落ち込んだ私を励ましてくれるし怖い時には手を繋いでくれる。優しいところはそのままに、なかなかしっかり者になったな。先輩として鼻が高いけど同時にちょっと寂しくもなる。ま、恭子からも咲ちゃん本人からも指摘されているように、私が過保護過ぎたのだろう。一人前の女の子として見なきゃいけないって言いだしたのは元々私だったのに、当の本人が一番色眼鏡をかけて溺愛していたんじゃ世話ねぇな。 そして不意に、先程のやり取りを思い出す。価値、ね。もし咲ちゃんが超能力者じゃなかったとしても、私にとって大事な後輩には変わりない。田嶋咲という一人の人間に対して私は確固たる価値を見出だしている。そいつは逆に、咲ちゃんや恭子、佳奈ちゃんや三バカから見た私も同じ。あいつらにとって私は価値があるらしい。だから死に掛けたら泣いてくれた。傷付いたら慰めてくれた。そのことを理解したが故に、私は今、此処にいる。  ……しかしなぁ。マジでいつ、どこで落とした? 私が私に対して抱いていたはずの、自分自身の価値ってやつを。思い出せる気がしない。切っ掛けになる出来事とか、あったのかね。たかだか二十六年の人生、忘れちまうにはちと早い。  不意に咲ちゃんが足を止めた。腕にしがみついている私も必然的に停止する。あの、とおずおずと此方を見上げた。不自然に動くおもちゃでも見付けたか。 「最上階のフロア、もう一度見て回ってもいいですか? やっぱり、このまま帰ってしまうにはどうしても名残惜しくて」  返答に詰まる。衝撃の事実が発覚していなければ二つ返事で許可したところだ。だが、あの大量の人形は。ショーケースに仕舞われている何百体というあの子達は。  駄目ですか、と上目遣いで見詰められる。うっ、しまった。キュンと来てしまった。しかもこの子の場合、素のリアクションを取っているだけで、あざとく振る舞ってやろうとは思っていない。だから余計にぶっ刺さる。この愛おしい顔を悲しみに歪めさせるわけにはいかない。溜息が漏れる。 「わかった。いいよ」 「やった! ありがとうございます、葵さん」  丁寧に頭を下げられた。ここで例えばこの子が、両拳を顔の脇で握って小さくジャンプでもしたらわざとあざとくしていると確信するのだが、綺麗なお辞儀をされちゃあなぁ。嫌々ではあるが仕方あるまい。咲ちゃんに甘い私の負け。もやもやを抱えながら階段を上る。順路通りに下りてくる人達が戸惑いながらも道を空けてくれる。すみません、とはっきり謝罪を伝えながらも、咲ちゃんはうきうきと先へ進む。対照的にドンヨリと、足取りも重く私は後に続いた。  そうして最上階に舞い戻る。若干息が切れてしまった。運動不足じゃなぁ。やっぱり可愛いです、と微笑みながら咲ちゃんが展示品を見詰める。気を付けろよ、そいつらは持っている槍をぶん投げることが出来るんだぜ。  ただ、と少し見方を変える。確かに武者門さんと同じ様な存在なんだよな。武者門さんは鎧兜に宿った付喪神。ここにいる人形達も、魂が宿ったものなのだ。ってことは、当然一人一人に個性や性格があるに違いない。現に、青竹城にはたくさんの付喪神がいらっしゃるそうだが、姿を現すどころか一瞬に酒まで飲んで挙げ句の果てにコンビニまで買い出しに行くようなものは武者門さんだけだ。あの方が変わり者なのだろう。  つまり人形達も十人十色、千差万別、魂の宿った人形だからと一括りにして怖がるのは失礼だな。個人を見て然るべきではある。  だがなぁ。お喋りの機会は現時点では無い。開館時間中に会話なんてするわけなかろう。かと言って夜中にわざわざ瞬間移動で此処へ忍び込んで意思の疎通をはかる気も無い。故にこの子達のパーソナリティーを私が知ることは無く、ただただお互いを見詰めるだけしか出来ないわけだ。ものを言わず、目に光も無く、同じ姿勢から動かないまま私を観察しているのだろうね。  ……やっぱり気持ちが落ち着かない。そして、楽しんでいる咲ちゃんにも、罪は無いはずのお人形さん達にもそういうマイナスの感情を抱いているという事実が申し訳ない。それこそ内心を見透かされているようで居心地が悪くなる。 絡めた腕を引き寄せる。新居に少し飾りたいなぁと呑気に呟いていた。夜中に踊り出すかも知れないものを、よく家に飾ろうと思えるな。感心と呆れを同時に覚える。なんぼ超能力者でも、豪胆過ぎるにも程があるぜ。  最上階をもう一周した後、一直線に階段を下りて外へ出た。楽しかったぁ、と咲ちゃんはニコニコしている。 「最後に私の我儘へお付き合いいただき、ありがとうございました」  ペコリ、と音がしそうなほどきっちりと一礼をされる。いいよ、と軽く手を振った。 「おかげ様で大満喫しました。木造のお人形さんを新居に飾らないか、と田中君に相談しようと思います」 「怖くねぇの?」  自分でも驚くくらい、率直に問い掛けた。いえ、と咲ちゃんは首を振る。 「それは、君が強いからか?」  今度は少し慎重に、言葉を選びつつ掘り下げる。その問いにも、いえ、ともう一度首を横に振った。 「だけど」 「いいえ、怖くはありません」  ふっと私の手を取り道の端へ引っ張って行った。そして再びテレパシーが繋がる。 (生体情報をスキャンして気付きました。魂が宿っていない子も混ざっています) (そうなのか) (仮説というか思い付きの考えですが、持ち主の方の思い入れが強いとお人形さんにも魂が宿るのかも知れません。ほら、昔からおとぎ話にはつきものじゃないですか、大事にしてもらったから命を得ましたって。それは、本当にそう在るものなのであり、また事実として目の当たりにした人もいたから生まれたお話であるのかも) (成る程。ありきたりなエピソードには理由や実績がある、とな) (はい。そして残念ながら、そこまで大切にされなかった子はただのお人形さん止まり。魂は宿らない) (扱いの差が明確にわかりすぎて残酷だな) (まあ、勿論命を得るのが必ずしも良い、とは限りませんが) (うん? 何でそう思う?) (だって、望む望まないに関わらず、昼間はケースの中でたくさんの人から覗き込まれるのです。怖くて嫌だと思う子や、屈辱的で耐え難いって腹を立てる方もいるかも知れません) (性格はそれぞれだから、か) (その通りです。だからテレパシーを繋いでみようかと散々迷ったのですが) (まさか、繋いだのか?) (いいえ。何が聞こえてくるか、怖かったのでやめました) (取り敢えず、それでいいと思う) (私が此処で発狂したら、葵さんが帰らなくなってしまいますし) (私を言い訳に据えるんじゃない。自分が怖かったから、だけで十分だろ) (バレちゃいましたか。踏み込めなかった責任の一端を担っていただこうかと思いまして) (ちゃっかりしているよ) (今度、武者門さんにお会いした時に伺ってみようと思います。付喪神になった理由は持ち主から大切にされたからなのか。同じような現象はお人形さんでも起きるのか) (あぁ、武者門さんも大切にされてきたって言っていたな。だから周りに感謝しているって) (はい。或いは、魂が宿るためにはもっとたくさんの必要で複雑な条件があるのかもわかりません。その辺りも踏まえて教えていただきます) (それまでは下手に生体エネルギーをあちこちで探るのはやめておけ。知りたくない事実に苛まれる可能性だっていくらでもある。私は見たくないからね、咲ちゃんがわけのわからん事態に面してたった一人で頭を抱え、追い詰められていく様なんて。それこそお人形さんの会話をうっかり聞いて狂っちゃった、なんて是が非でも認めないからな) (心配してくれているのですね、ありがとうございます。そうですね、自粛します) (やれやれ。とんだ事実を知ってしまったが口外はせずにおくとするか) (勿論! よろしくお願いします、葵さん) (へいへい)  目を合わせ、肩を竦める。ありがとうございます、ともう一度、一礼をされた。さて、と私は伸びをする。 「此処の見学は終了だ。次は何処へ行くんだい」 「駅の方へ回ってみましょう。川沿いで少し涼んで、それからもう一つの温泉へ向かえば丁度いいかと思います」 「位置関係がさっぱりわからんが、君が言うのなら違いあるまい。そんじゃまあ引き続き案内を頼むよ。よろしく、咲ちゃん」  お任せを、と敬礼をして咲ちゃんが歩き出す。この子の気質にはおよそ不釣り合いな仕草に苦笑いが漏れた。或いは私の気持ちをほぐすためにわざとやってくれたのかね。そうだとしたらこの子の成長はいよいよ立派なものだ。そのまま私を引っ張って行っておくれ。頼んだぜ、咲ちゃん。
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