交渉不成立。(視点:葵)

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交渉不成立。(視点:葵)

 太い坂道をのんびり下る。炭酸せんべいを売っている店がやけに多い。恭子への土産に買って行こうかな。でも咲ちゃんと二人で行ったと知ったら、何で私も連れて行ってくれなかったの、とぶーたれそうだ。お前を送り出すのが寂しくて慰めて貰ったから、とは流石に言えない。しゃーない、悪いが土産は今回無しだな。  あ、と咲ちゃんが足を止めた。視線を追ってみる。どうやらみたらし団子を見詰めているらしい。腹減ったんか、と声を掛けると、買います、と割と間髪を入れず財布を取り出した。 「葵さんもいりますか?」 「いらん。さっきサイダーを飲んだし」 「……燃費が良過ぎるのでは?」  肩を竦める。私だって君と一緒に団子を食べたいさ。だけど残念ながら容量オーバー。自分の小食が恨めしくなる時がたまにある。だから回転寿司屋で色々食べられた時は本当に嬉しかった。またやりたいなと思いつつ、周りに気を遣わせているわけなので躊躇が勝る。その内機会が訪れることを密かに願うと致しやしょう。  丸出しのみたらし団子を手に持った咲ちゃんが店から出て来た。まあいい笑顔ですわね。「可愛いなー君を食べちゃいたいなー」 「急に恐ろしい発言をしないで下さい」 「物理的には食わんよ? いや、ある意味物理的か」 「お団子屋さんに似つかわしくないお話はよろしくないと思うのです」 「じゃあ何処ならふさわしいかね。やっぱアダ……」  サイコキネシスで口を塞がれた。そのままの状態で、いただきます、と団子を口に運んでいる。手は動くからくすぐってやろうかな、と頭を過ったけど、喉に詰まらせたら大変なので自重した。 団子は一串に三つ刺さっている。一つ目は既に咲ちゃんの口へ消えた。二つ目を幸せそうに頬張っている。その様を無言で見守る。何故なら口が開けられないから。押さえているの忘れていないかね。そう思った時。 「葵さん、一個食べますか」  言いながら差し出してくれた。ゆっくりと首を横に振る。三分の一を貰うなんて厚かましい真似、出来ねぇよ。しかし咲ちゃんは、美味しいですよ、と食い下がる。またしても首を横に振った。 「では、また来ましょう。今度は葵さんがお腹を減らした状態で。それなら一緒に楽しめますもの。ね」  にっこり微笑み掛けられて、仏頂面のまま頷く。あ、と慌てた様子を見せた。ようやくサイコキネシスが解除される。 「すみません、ついうっかりと……」 「使うのはいいけど忘れるなよ」 「失礼しました……」  縮こまる後輩に対し、そんでもって、と言葉を続ける。 「私も楽しみにしている。また一緒に此処へ来て、今度は二人で団子を食うのをな」  咲ちゃんは目を見開き、はいっ、と満面の笑みを浮かべた。本当に楽しみにしているからね。  団子を食べ終わった咲ちゃんと再び歩き出す。少し進むと橋に着いた。上から覗き込むと、ガッチガチに整備された川が目に入る。階段が伸びており、川のすぐ側まで下りられるようになっていた。行ってみようか、と誘ってみる。はい、とすぐに応じた。うーん、素直。  そういや咲ちゃんと田中君ってデート中にどんなやり取りをするんだろう。へそが五百四十度くらい捻じ曲がったあいつと、純粋無垢、素直の権化みたいな咲ちゃんの会話って噛み合うのかな。あのバカがひねくれた発言をして、咲ちゃんにそういう考え方はよろしくないと思うのです、と宥められている絵面しか思い付かない。それとも田中君も咲ちゃんの前では素直になるのだろうか。こんだけ真っ直ぐな彼女に対してはあいつの皮肉も引っ込むのかもね。うーむ、そういった点から考えても田中君の相方は咲ちゃんがぴったりだな。私と二人じゃ嫌味や皮肉の応酬になってお互いの性根が腐りそうだ。そんでもって本人達は楽しいと思っていそうなのがまた厄介である。同族嫌悪って言い続けていたなぁ。まさか惹かれていたとは、人間ってよくわからん。例えば我々が磁石だったら、同じ極同士は反発し合う。違う極同士ならガッチリくっつく。ところが人間は似た者同士が惹かれ合ったり、対極の者は理解不能で拒絶したり、そうかと思えば同族嫌悪だったり、デコとボコがかっちり噛み合って滅茶苦茶仲良くなったり、様々な関係性が成り立っている。これならこう、この性格の人にはこういう人物をあてがえ、という答えは、参考程度のパターン分けなら出来るかも知れないが百パーセントの正解は無い。気が合わないと思っていた相手と、いざ喋ってみたら意気投合しました、なんてちょいちょい聞くもんな。  結局、色々な要素が絡み合って人間関係ってのは構築されるんだよな。縁があって出会い、それまでの人生の積み重ねによりできあがったその時点での自分と相手がいて、その瞬間のお互いを認識してどういう人間なのかと咀嚼する。受け入れられるかどうかは、或いは運次第なところも大きいのかも。現に私は、二年前と今とでは心持が全然違う。なにせ神様のお墨付きだ。まあ、あの方のおかげで変われたので褒めてくれるのも当然な気もするが、とにかく自覚するくらい私は変わった。存在理由を手に入れたのだから当然だ。そして、仮に今の私を非常に気に入ってくれる人がいたとして、だけど二年前の私に嫌悪感を示す可能性だって大いにある。なにせあの頃の私は空っぽだ。そのくせ他人が痛みを抱えることを是とせず、価値の無い私はいくら傷付いたって誰も困らないから、と心身共に自らを追い込みズタボロになっていた。そりゃあ神様もバランスが崩れていると評するし、今の私を気に入った人でも出会ったのが二年前の私だったら、無理、と距離を置くかも知れない。  要はタイミングも大事な気がするってわけだ。何時、何処で、誰に出会うか。そしてその結果、今、どんな人達と縁が結ばれているか。なかなかわからん話だね。  葵さん、と顔を覗き込まれた。はっと我に返る。 「あぁ、すまない。少し考え事をしていて」 「大丈夫ですか? 虚空を見詰めておいででしたが」  空ろではあったよ。二年前までね。 「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」 「いえ、心配なんて。ただ、物凄くぼーっとされているなぁと思ったので」 「あ、このやろ。心配じゃなくてバカにしていたのか。葵の奴、ぼけっとしてんなって」 「……否定のしようがありませんね。何故ならぼーっとしていると既に言ってしまいましたから」 「君もなかなか言うようになったじゃないか。仕返しにくすぐってやろ……」 「駄目です」  発言を途中で遮られた。強くなったな咲ちゃん。えい、と脇腹に手を伸ばすがまたしても避けられた。その場に立ち尽くし、じっと見詰める。 「何ですか、その目は」 「つまんない」 「また率直な」 「くすぐらせろよぉ。そんでもって可愛い悲鳴をあげておくれ」 「とんでもないお願いですね! 許可する人などおりません!」 「おっと、決め付けは良くないぜ。趣味嗜好次第では喜んで受け入れる人もいるだろうよ」 「……そんな特殊性癖をお持ちの方とはあまりつるんで欲しくありません」 「今度こそ心配してくれたの?」 「まあ葵さんはしっかりしておいでなので大丈夫でしょうけれど」 「しっかり者がフラれたショックで泣きながら親友の家に飛び込み、翌日後輩から散々慰められると思うかね」 「……また返し辛い話題を……」 「はっはっは、こうやってネタにしながら前に進んで行こうと思うのだ」 「……」 「同情はいらん。一緒に笑ってくれ」 「葵さん」 「ん?」 「そのお気持ちと方針はギリギリ理解出来ますが」 「うん」 「私には、流石にまだちょっと早いです」  気まずそうに俯く咲ちゃんの肩を、そうか、と私は軽く叩いた。フラれた私がネタにしようと頑張って、あのバカの婚約者である咲ちゃんがそれを聞いて若干落ち込みそいつを更に私が慰めるというこの状況は、ぐっちゃぐちゃにも程がある、と思いながら。  川沿いは冷たい風が吹き抜ける。寒いな、と一つ身震いをした。 「此処は山の上ですし、空気も冷えているのでしょう」 「そういや標高が高いんだっけか。あ、向こうに山も見える」 「むしろ体を冷やしてから次の温泉に行きましょうか。暖かさがより一層沁みますよ」  咲ちゃんの提案に、えぇ~、と不満を漏らす。何故嫌そうなのですが、と小首を傾げた。 「寒いの、嫌いだし。あと体が冷えた状態で熱いお湯に浸かるのは危険なんだぞ。最悪、死ぬ」 「それはそうですが……」 「しかも大分間が抜けているぜ。温泉を満喫するためにわざわざ体を冷やしておいたら、結果入浴してくたばりました、なんてさ。アホの所業だろ」  私の発言に対し、そこまで言わなくてもいいじゃないですか、と唇を尖らせた。 「私は葵さんに、私の好きな温泉を存分に楽しんでいただきたくて提案したのです。そんなに真正面から否定されると落ち込みます」  おっと、うっかり言い過ぎてしまったらしい。ごめんごめん、と慌ててフォローに入る。 「咲ちゃんの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。ちょっと言葉が強すぎたな。うん、悪かった。だから泣くな」 「泣いてはおりませんが」  確かに大きな目はからっからに乾いていた。咳払いをして誤魔化す。 「とにかく、川沿いも満喫したし、その温泉とやらに向かうとするか」  しかし、いえ、と咲ちゃんは首を振った。 「もう少し写真を撮りたくなりました」 「そうかい。んじゃまあ存分に撮っておいで。写らないところで待っているから」  すると咲ちゃんはもう一度、いえ、と首を横に振った。 「ん? どうした。写真を撮るんだろ」 「はい。撮ります。葵さんのお写真を」  は? 「今、何つった?」 「葵さんのお写真を撮らせて下さい」 「やだ」 「駄目です」 「い・や・だ」 「だ・め・で・す」 「何でだよ! 第一、私が写真に撮られるのを嫌いなのは知っているだろう!」 「では機会があれば私が葵さんを写真に収めたがっているのも御存知ですね」 「知らん!」 「嘘です。そのくらいは勘付いておいでに違いありません」 「知らんもんは知らん! あ、昨日の件で味を占めたな? あれは君を元気付けるため、特別に応じたのであってだな」 「では今日もお願いします」 「嫌に決まってんだろ! 君、元気だし! むしろ私が元気ないからって連れて来たんだろ!? 嫌がることを強いてどうする!」 「でもですね」 「何じゃ!」 「さっきの葵さんの発言で、私は傷付きました。折角、葵さんに楽しんで貰おうと思って提案したのにあんな真正面から否定するなんてあんまりです」 「そいつは物言いが悪かった。謝る。だけどヒートショックって現象でくたばっちまうのは事実だぜ」 「私、傷付きました」 「……おい」 「心が痛いです」 「だから写真を撮らせろってか」 「はい」 「図太くなったな」 「仲良くなった、と仰って下さい」 「物は言いようだな。そんで、君が仕掛けた取引だが」 「はい」 「交渉不成立!」 「何故ですか!」 「撮られたくないからに決まっている!」 「葵さん、ずるい!」 「ずるいのは君だ! 私は正論しか吐いていない!」 「言い方が悪かったって認めたのに!」 「認めた! ごめん! 悪かった! 許して!」 「許しません! だから撮影をですね!」 「君は撮りたいだけだろうが!」  不毛なやり取りをしていると、急に咲ちゃんの挙動が止まった。しばし固まった後、あぁやっぱり、とスマホを取り出す。 「すみません、電話が掛かって来ておりました」 「誰だ、私と咲ちゃんのデート中に掛けて来るような空気の読めない野暮な人間は」 「田中君でした」 「じゃあしょうがない」  二人で深く頷き合う。そして咲ちゃんは応答ボタンを押した。
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