一方、その頃の恭子姐さんは。(視点:恭子)

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一方、その頃の恭子姐さんは。(視点:恭子)

~同日、ちょっと前~  二日酔いのせいで若干痛む頭を抱えながら、ベッドに寝転びスマホをいじる。昨日、青竹城で葵や皆がくれたヒントを元にクリスマス・デートの行先を探していた。でもピンと来ない。街中のイルミネーションや、観覧車とか、あとは東京タワーにスカイツリーなどが検索に引っ掛かる。だけど咲ちゃんが言っていたように、ハチャメチャに込み合っていて他人の後頭部を眺める時間が尤も長くなるに違いない。だから葵が提案してくれた、海辺の公園的なところをさがしているのだけれど、これまた横浜の海岸だの東京湾遊覧ツアーだの込みそうなプランばかりが出てくる。うーん、困った。告白するには人が少なくて、かつそこそこムードの出る場所がいい。これがむしろクリスマスじゃなかったならその辺の公園で街灯の下に立っても何となくいい感じに見えるけど、なにせ聖夜、クリスマス。やっぱりそれなりにこだわりたいわよね……。  よし、アプローチの方向を変えてみよう。夜景に囚われすぎていた。まずは海辺の公園に絞って調べてみましょ。その中から、夜景が綺麗で交通の便や周りの行楽施設が充実しているところを選べばいい。ふふん、我ながらスマートね! なーんて。……ここに至るまでの道中が欠片もスマートじゃかったわ。咲ちゃんに泣き付き葵に慰められ神様にアドバイスを貰った。うん、そうよ。おかげで覚悟を決められた。あとは頑張るのみ!  おっとっと、また肩に力が入っちゃった。どうにも上手く出来ないのは何故かしら。とにかく、『都内 海浜公園』で検索っと!  スマホの画面に表示された結果を見比べる。その内の一つが目についた。某テレビ局がある有名な海岸沿いの街。そこに海浜公園が広がっている、とのこと。対岸に映る東京の街が夜は煌めいて見えるのだそう。……悪くないんじゃない?  試しにマップアプリでその公園の周辺地図を調べてみる。あらっ、ショッピングモールやアクティビティ施設、それに映画館まである! これはもう決まりね! この街一つで完結出来る。午前中に集合して、体を動かして遊んで、お腹を減らしてからお昼ご飯を食べる。午後は映画を観て、喫茶店で感想を話し合った後、居酒屋で飲みましょう。そして夜の海浜公園で、夜景をバックに頑張って告白するの! 結果はどうなるか、誰にもわからない。爆死するかも知れないし、忘れられないクリスマスになるかもわからない。それでも行くしかないのよ私! よぉし、取り敢えずプランは練れた! あとは細部を調べようっと!  張り切り、改めてお店や施設を調べようとしたその時、スマホに着信があった。あら、彼から連絡をしてくるなんて珍しいじゃない。特に最近は二人で話をした覚えがない。まあやり取りをするのに気が引けるのも無理無いわね。そんな彼が電話なんて、またどんな風の吹きまわしかしら。通話ボタンを押す。もしもし、と応じると、お疲れ様です、と若干固い声が受話器から響いた。う、ちょっと二日酔いの頭痛に響くわね……。 「お疲れ様。どうしたの? 君から連絡して来るなんて、珍しいじゃないの。田中君」  遠慮無く指摘する。そりゃあそうです、と答える声はやっぱり緊張を含んでいる。 「葵との件があってから、私と話し辛かった?」 「はい。恭子さんは葵さん以上に怒っていたのと、中身がチンピラだって判明したので」 「誰がチンピラよ」 「そういう経験が無ければ、スチール缶で相手をぶん殴ろうなんて発想は出てきません」  彼の指摘に、ほほほ、と笑って誤魔化す。よし、話題を逸らそう。 「で? そんな気まずい君がわざわざ日曜日に電話をしてきた理由は何?」  しばしの沈黙、その後。 「怒らないで聞いてくださいよ」 「今度は何をやらかした」 「違いますよ! まだ何もやっていません!」 「じゃあこれから何をする。言っておくけど葵や咲ちゃんを傷付けるなら今度こそスチール缶で殴るわよ」 「違うってば!」 「あと、あんたが私の恋愛事情を聞き出したいってぇのを口実にして、葵と二人きりで飲みに行ったの、忘れてないから。人をダシにしおって」 「それは、すみませんでした。でもお願いだから話を聞いてくださいよ!」  少しの間、考える。まあ、いくら彼がやらかしだらけの大馬鹿者であったとしても、聞く耳を持たず責め立てるのは可哀想か。ただ、話し出しが不吉極まりないのよね。怒らないでって言うってことは、怒らせるような発言をするって意味だ。こっちがいきなり臨戦態勢に入るのも当然よ。 「わかったわ。何をやらかしたのか聞こうじゃない」 「そんなに牙を剥かないで下さい。まだやらかしてはいないんだから」 「まだ?」 「やらかさない! やらかさないです! ただ、恭子さんは面白く無いかもなーって思って」 「よし、殴る」 「決断が早い! あのですね」  あ、強引に話し始めた。 「恭子さん、綿貫をクリスマス当日に疑似デートへ誘いましたよね」 「……」  ……。 「昨日、綿貫が俺達ボドゲチームへ合流したのは聞いているでしょう。あいつ、喜んでいました。クリスマスなんて大事な日に疑似デートへ付き合ってくれるなんて、本当にありがたいって」 「……そう」  きっと彼にとって、面倒見のいい先輩止まりなのよね。んなこたわかっているわ! もうそこが引っ掛かって落ち込んだりはしない。その壁を乗り越えようと、必死に足掻いてみせる! 「当日、疑似デートをした上で、どうするのかまでは訊きません。俺が立ち入っていい領域ではありませんから」  ふうん、そのくらいのデリカシーは弁えるようになったんだ。反省したのは本当みたいね。 「ただ、手伝いたくて電話しました。折角クリスマスの日にデートをするなら、いい一日にして欲しい。そのために、綿貫の好みとか、やりたがっていることとか、俺が恭子さんにお伝えしたら少しは役に立てるかと思って。正直、葵さんの件で怒られてから、恭子さんに連絡をし辛いと感じていました」  ぶん殴られ、胸倉を掴まれ、至近距離で雷を落とされたらそりゃあ気まずくもなるわよね。葵にも、ボコボコにし過ぎってちょっと引かれたし。 「だけど、今手伝わなくていつ恩返しが出来るんだって話じゃないですか。もしかしたら恭子さんは首を突っ込まれるのが嫌かも知れないとも考えましたよ。だから、怒らないで下さいって前置きをしたわけです。……それで、怒っていますか?」  自然と笑みが浮かぶ。そして、いいえ、と意識的に穏やかな声を返す。 「怒っていない。むしろお礼と謝罪を言わなきゃいけないわね。ありがとう、気を遣ってくれて。そしてごめんなさい、ハナから疑って」 「しょうがないです、俺の日頃の行いが悪いのですから」 「昨日の昼にもこっちで火種になっていたっけ」 「高橋さんに散々扱き下ろされましたよ。セコイって」  深く頷く。電話だと見えないけどね。 「危うく綿貫君と仲違いするところだったわ」 「すいませんね、色々と。皆、真面目だとよくわかりました」 「別にいいけどさ、人それぞれの受け取り方があるから。ちゃんと仲直りも出来たし。むしろその後、夜の飲み会の方が危なかったわ。それについてもありがとうね、ボドゲチームに合流した綿貫君にフォローを入れてくれたのでしょう」  すると田中君は何故か沈黙した。ややあって、俺は何も、と萎んだ声が返って来る。 「え? どういうこと?」  今度は溜息が聞こえた。あまり受話器へ吐息を吹きかけないで欲しいわね。直接じゃなくてもちょっと気持ちが悪い。……葵だったらこんなのでも腰砕けになるのかしら。あの子の弱点が耳だなんてこれっぽっちも知らなかった。大分煽情的だったわ……今度またやろうっと……。 「止められたんです。喋るなって高橋さんに」 「余計な発言をするな、と」 「そういう意味だと思います」 「思いますって何よ。注意されたんでしょ」 「いや、無言で蹴られました。居酒屋で綿貫にフォローを入れようとした瞬間、テーブルの下でガスっと」  ひどいな佳奈ちゃん。流石に田中君が可哀想になる。 「まあ綿貫の前で、俺が葵さんに何をしたのか言うわけにもいかないからしょうがないんですけどね」  前言撤回。そりゃしょうがないわ佳奈ちゃん。 「そっか。皆に気を遣わせて悪いわね」 「葵さんが綿貫には教えないって決めたのだから仕方ありません」  綿貫君は激高して田中君をぶん殴りかねないから秘密、だっけ。私は既に田中君をぶん殴ったけどね。おかげで彼も確かに気まずくなっていた。でも田中君は、私よりも綿貫君とは遥かに仲が良いのだし、絶交なんかはしないと思う。だから葵がそこまで気を揉む必要はあるのかしら、と私なんかは首を傾げたくなるのだけど。 「俺は、事実を知ったあいつに殴られるのもしょうがないと思っているんですけどね」  うん、わかる。だけどさ。 「自分が関わることで、君達の友情に影響が出るのは嫌なのよ。葵、優しいから」  私を真面目と評するけど、葵も同じくらい真摯で一途だと思う。 「その割に橋本や高橋さんには自分から話しているんだから、正直葵さんの基準がよくわかりません」 「好きなくせに?」  我ながら、ギリギリのいじりをしてみる。それは言わない約束でしょ、と彼もなかなかの返しをしてきた。私達、何をしているのかしら。 「あの子なりにそれぞれの人となりを見ているのよ。佳奈ちゃんと橋本君には、むしろ自分の口で伝えたかったのだと思う。ほら、特に佳奈ちゃんは色恋沙汰の話になると妄想が広がりやすいじゃない。当たっているならまだマシだけど、ある事無い事勝手に想像を膨らまされるのを葵は警戒したんじゃないかしら」 「そういうことですか。皆、マジで相手をちゃんと考えているんだなぁ。そういう話を聞く度に、俺は己がどれだけ浅はかで自分本位だったかを痛感します」  ふむ。本当に田中君も変わり始めているのね。散々皆に怒られ、咎められ、殴る蹴るされてようやく実感した、と。じゃあ今度は背中を押してあげましょう。 「いい? よく聞いて。駄目を自覚するところから進歩は始まるの。君がそうやって、俺は駄目だったなあって反省したら、次はそうしないように心掛けなさい。行動や発言の前に、少しだけ考えるといいんじゃないかしら。考えていることを実際に行動へ移したら、相手はどんな風に受け取るか。抱いている気持ちを口に出したら、相手はどんな感情を抱くか。田中君、君の真面目さは認めるわ。葵の件はそれに端を発した出来事だったし、今も気まずさを押して私へ電話を掛けてくれた。ありがとう。だから、ちょっとでいいからさ。考えてみるようにして」  はい、と答える声は低く、だけど確かな意志を感じさせた。よし、と対照的に私は明るい声を上げる。 「ね、今日は暇?」 「暇ですが」 「少し付き合って欲しいの。勿論、咲ちゃんの許可が降りたら、だけど。連絡して訊いてみてよ。恭子に呼ばれたけど行っていいかって」  はあ、と彼が戸惑ったように応じる。 「安心なさい。ぶん殴ったりしないから」 「流石に理由も無くぶん殴られたら落ち込みます」 「そこは怒りなさいよ、理不尽過ぎるって。それでね、用件なんだけど」 「はい」 「意見を聞かせて欲しいの。その、で、デートプランを、立てたから」  途端にどもっちゃった。昨日、たくさんのアドバイスを貰ったけど、人間の気質はそう簡単には変わらないと自覚する。 「いいんですか、俺が相談相手で」 「むしろ何で躊躇するのよ。君、言ってくれたじゃない。いくらでも協力するって。そもそも、手伝えないかって電話をしてくれたのに受け入れられたら戸惑うなんて矛盾の塊よ」 「……確かに」  彼も私もまだまだね。ふふ。 「じゃあ咲にすぐ連絡してみます。許可が降りたらまたご連絡しますね」 「メッセージを送ってくれれば構わないわ。私もこれから支度をするし」 「行けるかどうか、まだわかりませんよ」 「出掛けなくても洗顔と歯磨きくらいは必要でしょ」 「……昼前ですけど、まだしていなかったんですか。ひょっとして二日酔いですか?」  お、嫌味が返って来たわね。よしよし、その調子。ムカつくけど。 「うっさいわね。じゃ、確認よろしく」 「承知しました。ではまた改めて。失礼します」 「うん、ばいばーい」  切れた電話をしばし見詰める。不思議だな。綿貫君とやり取りをする時にはあんなにテンパったり情緒不安定になるのに、田中君が相手だと全然平気なんだもの。そりゃあ恋心を抱いているかいないかの違いはとても大きい。だけど、好きになった相手の前では心がしっちゃかめっちゃかになるのに比べて、ただの後輩にはバッチリ先輩面を出来るのはちょっと極端すぎやしない? つくづく人間ってよくわかんない、と自分のことながら首を捻った。もう少し丁度いい塩梅があると思うわよ、私。  さて、とスマホを置いて洗面所へ向かう。咲ちゃん、オッケーを出してくれるといいな。それにしても、許可、て。結婚後のパワーバランスは今からはっきりしているわね。
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