お互い傷を負うだけよ。(視点:恭子)

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お互い傷を負うだけよ。(視点:恭子)

 二人で並んでお店に入る。二日連続でのファミレスか。まあ全然いいけど。あー、お腹空いた。席に通されメニューを開く。田中君はドリンクバーを単品で注文した。 「あら、何も食べないの?」 「昼飯は済ませてきたので」 「でもドリンクバーは単品だと三百八十円もするわよ。セットにしたら百円じゃない。差額でアイスやプリンが食べられるんだから、頼まなきゃ損よ」  デザートのページを開いた彼は、確かに、と呟いた。 「でも俺、甘いものはあんまり食わないんです」  え。 「……そうなの?」 「はい。嫌いって訳ではありませんが積極的には頼まないですね」  げげっ、葵と一緒じゃないの。まあ、あの子は甘味が嫌いだってはっきり拒絶しているから、程度に差はありそうだけど。うん、余計な口は挟まないでおこう。 「私は和風きのこの醤油パスタにするわ」  ちなみに綿貫君は、私がこれを好きだって覚えてくれているかしら。初めての疑似デートで教えたのよね。 「結局、田中君は何を頼むの?」 「単品でパンを貰おうかと」  単品で、パン。 「……味気無くない?」 「割と好きですよ、素材の甘さが感じられるから」 「甘いものは好きじゃないって言ったばかりじゃないのよ」 「米やパンの甘みは別です」  そうか、彼も変なところがあるとよくわかった。まあいいわ、好みなんて人それぞれ。口出しするのは野暮ってものよ。タッチパネルから注文を送る。ドリンクバーは単品のパンのセットとして、ちゃんと精算された。いいんだ、それで。パンは百二十円だから単品とセット料金の差額である二百八十円の半分以下だけど。不思議なものねぇ。 「恭子さん。荷物、見ていますから先に飲み物を取って来て下さい」 「あら、そう? ありがとう。じゃあついでに手も洗ってくるわ」  ごゆっくり、と見送られて席を立つ。トイレに寄ってから飲み物を取りに行った。そういえば昨日、綿貫君ってばプリンと野菜ジュースを一緒に飲み食いしていたな。思い出して笑いが込み上げる。何度考えても取り合わせが変よ。  アイスティーを手にして戻ると、楽しそうですね、と田中君がからかうようにそう言った。 「え、どうして?」 「恭子さん、にこにこしていますもの。何かいいことでもあったんですか」  その問いに、綿貫君の食べ合わせの話をする。あぁ、と田中君は肩を竦めた。 「あいつはそうなんです。食事では、勿論味も楽しんでいるのでしょうけど、栄養の摂取を重視している感が結構強くて。サバの水煮缶と蕎麦とコーンポタージュを同時に食っていたこともありますよ」 「いやどんな取り合わせよ! あと野菜が無いから栄養バランスも悪いじゃないの!」 「あいつなりの基準があるんでしょうね」 「理解に苦しむわ」 「そんなの今に始まったことじゃないですよ」  さて、と田中君も立ち上がる。行ってらっしゃい、と軽く手を振った。行ってきます、と振り返される。それにしてもサバの水煮缶とお蕎麦とコーンポタージュかぁ。どうしてその三品を同時に食べたのかしら。サバはタンパク質よね。お蕎麦は炭水化物と食物繊維? その二つはまだ何となくわかるけど、コーンポタージュの謎が深すぎるのよ。スマホを取り出しコーンポタージュの栄養素を検索する。炭水化物、糖質、脂質、タンパク質が含まれているらしい。それならサバとお蕎麦で十分じゃない? 和風で多少の統一感もあるし。だけど完全に割って入ったコーンポタージュがノイズになっている! そもそもお蕎麦が汁ものなのだから水物のおかずは要らなくない? 或いは、野菜たっぷりのスープだったら栄養バランスを考えて取り入れたのだと納得出来る。でも、コーンポタージュなのよ。野菜スープじゃなくて、コーンポタージュ。……何でコーンポタージュ!? 「いくら考えてもわかりませんよ。だって綿貫の思考ですもの」  戻って来た田中君が当然のようにそう言った。まるで頭の中を読まれた気分だ。 「……何で、コーンポタージュ?」  内心の疑問をそのまま口にする。彼は黙って首を振った。 「答えが無いのに変な疑問を抱かせないでよ」 「綿貫と一緒にいるとどれだけ不可思議な行動を目の当たりにするか、具体的に知っていただく必要もあるかと思いまして」 「流石、四年間同居していただけあるわね。他にいくらでもエピソードが出てきそう」  田中君は肩を竦めた。ただ、その目はとても優しい光を宿している。 「まあ濃密な四年間でした。三人で一緒に住んで、本当に良かったと思います。あんなに楽しかった時間も無かったし、これから家族をもったとしても、同じような楽しさは味わえないんじゃないかな。親友同士、三人でバカをやるのは進む矢印の向きが違う気がするから」  想像をしてみる。もし私が葵と二人で暮らしたとしたら、毎日ずっと喋っているだろう。とても居心地のいい時間が流れるに違いない。まあ、また惚れられちゃうかも、と変な引っ掛かりは覚えるかも知れないけど、とにかくきっと楽しい日々になるでしょう。一方、恥ずかしいけど綿貫君との生活を思い描く。親友の葵と、好きになった綿貫君。どちらと過ごす時間も穏やかで。 「でも確かに、違うわね」  つい、口を突いて出た。え、と思い出を見詰めていた田中君が私に焦点を合わせる。 「親友と過ごす時と、好きな人と家族になった場合をさ、ちょっと想像してみたの。どっちも最高に素敵で、だけど田中君が言うようにベクトルが違うわね」 「わかりますか」 「経験は無いからあくまで感覚的なものでしかないけど、何となく伝わった」  それって、と田中君が先を続ける。 「綿貫との結婚生活を想像したんですか」  穏やかな笑みを浮かべていた私だけど、指摘されて硬直する。 「あ、いや、いじりたいわけではなく、率直な疑問が沸いたので」 「……」  返しが出て来ない。 「うん、いいと思いますよ。その妄想、実現させましょう!」 「妄想って言わないでよ! 余計に恥ずかしくなるじゃない!」  ようやく応じられたけど、ろくでもない方向へ話が進みそうな予感がする! 「訂正! 空想! いや想像でいいのか! すいません、妄想だと何かピンクっぽいですもんね!」 「して無いわよ! そんな状況! 葵みたいなことを言わないで!」 「ちょっと恭子さん! それはそれで俺にぶっ刺さるからやめて下さい! また似た者同士って評価が過ぎるじゃないですか!」 「あんた、本当に反省したの!? まだ葵のこと、いいなって思っているんじゃないでしょうね!?」 「流石にプロポーズをしたんだから咲一筋ですよ!」 「でも二番目に好きなんでしょ」 「咲に顔向けできなくなる! っていうか恭子さん、どんな感情でその台詞を吐いているんですか!?」 「よし、安心した! ここだけの話ですよ、実はまだ葵さんを……なんて君が言ったらどうしたらいいかわからなかったもの!」 「振っといて何を困っているのですか!」 「そもそも君がピンクな妄想とか言い出すからテンパっちゃったの!」 「俺のせい!? ……俺のせいか」 「そう。君が悪い」 「いや葵さんを持ち出したのは恭子さんじゃないですか!」 「この話は終わり! パスタ、来たしね!」  テーブルの脇で配膳ロボットが停止する。パスタとパンを受け取るとすぐに去って行った。納得いかない、と恨めし気に田中君が零す。ほほほ、と笑って誤魔化した。 「まあいいじゃない。これ以上掘り下げたところで、お互い傷を負うだけよ」  違いない、と溜息を吐いた。ただ、実際ほっとした。本当に田中君が、まだ二番目に葵を好きだとぬかすようなことがあれば、私は何て応じればいいかわからないもの。一番が咲ちゃん。二番に葵。一番と結婚するから二番はさよなら。だけど好きな気持ちはなかなか消えない。感情を全て制御するのは難しいもの。昨日一日、情緒不安定になった私だからこそよくわかる。だからと言って、どうしようもないね、と受け入れられるわけでもない。私も咲ちゃんが大事だから、田中君と二人で幸せになって欲しい。 「私の恋はいつだって叶わないねぇ」  いつだったか、葵の零した台詞が頭の中で響く。私も田中君も、応えなかった。あの子の恋は宙ぶらりんになってばかり。相手のあることだから仕方ないとは思うけど、葵ばっかり割を食い過ぎよ。それでもあの子は、綿貫君と付き合えるといいな、って私の背中を押してくれた。田中君と幸せになれよ、って咲ちゃんを抱き締めていた。さっきも電話口で田中君をからかっていたっけ。ねえ、とパスタを運ぶ手を止める。パンをちぎっていた田中君は、はい? とちょっと上擦った声を出した。 「私達、幸せになろうね」 「……は?」  鳩が豆鉄砲を食ったような表情だ。 「葵のためにも、さ」  真面目にそう伝えたのだけど。え……と、とやたらと歯切れ悪く応じた。何その反応。 「俺、恭子さんとどうこうするつもりはマジで無いですよ?」  その台詞に、当たり前じゃない、と首を傾げる。 「急に何?」 「いや、こっちの台詞です」 「はぁ? わけわかんないんだけど。ちょっと、私を相手にやらかさない、って当然でしょ!? 何、わざわざ宣言しているのよ。むしろ怪しいじゃない!」 「いやいや、変なことを言い出したのはそっちじゃないですか!」 「変なこと?」 「私達、幸せになろうね、って。俺、咲がいるんですけど」  それの何処が変なのかしら。私は綿貫君を掴まえようと頑張る。田中君は咲ちゃんと二人で幸せになる。そのままの意味なのに、彼は何が引っ掛かっているの? 首を傾げる私を見て、自覚は無いのか、と溜め息を吐いた。 「なによぅ、その態度。あんた少しでも気を抜くと、途端に嫌な奴になるわよね」 「どうせ性格が悪いです。でも今の恭子さんの台詞が引っ掛かるのは俺だけじゃないと思います。確かに気にしすぎなのかも知れないけど」 「うん、きっと君が神経質なだけね。だって私はどこが変だかピンと来ないもの」  そうですか、と言いつつ唇を尖らせている。不満そうね、と肩を竦めてみせた。嫌味には嫌味で対抗してやる! 「じゃあ葵さんに聞いてみて下さい。私達、幸せになろうね、って言ったら田中が挙動不審になった、と」 「食事中だからパス」  もう一度溜め息を吐かれた。無視無視。そしてしっちゃかめっちゃかなやり取りの元でも、和風きのこの醤油パスタはいつもと変わらず美味しかった。最高!
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