デート・プランの確認です。(視点:恭子)

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デート・プランの確認です。(視点:恭子)

 では、と頭を擦りながら田中君が切り出す。 「改めて、クリスマス当日のプランをお聞かせいただけますか」  その問いに、ドキドキしながらスマホを取り出す。マップアプリで例の海浜公園を検索した。此処よ、と彼に画面を見せる。 「某テレビ局のあるこの駅からね、歩いて十分くらいで海浜公園へ行けるの。東京湾を挟んで街の夜景や、ライトアップされる大橋が見られるんですって。だからまずは此処をゴールに据えたところ、何と! 駅の周りにはアクティビティ施設や映画館、ショッピングモールもあったのよ! 午前中は体を動かして遊ぶでしょ。その後、お昼を食べるでしょ。それから映画を観て、喫茶店で感想を話して、夜は近くのレストランで飲む! 最後にこの海浜公園を訪れて、う、うまく、いったら、ここ、こ、こここ告白を……!」  我ながら鶏か! 深呼吸、と田中君が呟く。素直に従い呼吸をする。そして紅茶を飲み干した。既にお腹はちゃっぽちゃぽよ。 「以上が、私の、プラン。悪くないと、思うけど」  落ち着きを取り戻しながらそう告げる。ううん、実は内心、かなりいいと確信している。丸一日遊んで雰囲気を作るわよ! そして、いよいよ気持ちを……!  あの、と田中君の声で我に返る。いけない、また力んでいたわ。なあに、と意識して穏やかに応じる。しかし続く彼の言葉は思いがけないものだった。 「率直な意見を述べるならば、些か、いやかなり大きな問題があります」 「え? 問題?」  はい、と深く頷いた。こっちは首を捻るばかり。完璧と思われるこのプランのどこに問題があるって言うの? 私の様子から察したらしく、田中君はすぐに先を続けた。 「その日はですね」 「うん」 「まず間違いなく、死ぬほど混みますよ」  彼の指摘を聞いた途端、咲ちゃんの愚痴を思い出した。人が多すぎてイルミネーションどころかほとんど他人の後頭部を眺めていた、だったな……。 「もしかして君達、クリスマスにこの辺りへ行ったことがあるの?」  私の問いに、いえ、と首を振った。無いんかい! 「でも知っていますよ。クリスマス当日に行った奴から話を聞いたから。そもそも俺だって咲と付き合って二年になりますから、経験則でわかります。人気のデートスポットっていうのは必然的に人が集まってくるんです。何故なら人気だと評判になっているから。前向きに転がっているんですよ、こういうところって。まず、話題になる。人が集まる。期待に応える。更に有名になる。定番のスポットになる。季節のイベントの時にはより一層盛り上がる。ね、人が集まるのもわかるでしょ」  珍しくド正論じゃない。口を挟む隙が無い。咲ちゃんも遠い目をして人込みの話をしていたし、なかなかどうして混雑という大敵は馬鹿に出来ない要素みたい。田中君の解説に黙って耳を傾ける。 「特にそこの街なんて有名な観光地ですし、手軽な値段で遊べる施設も多いから若い人達も殺到します。冬休みに入っているから、中高大生は遊びに来るでしょ。土日休みだから社会人も訪れるだろうし、尋常でない混雑が予想されます。恭子さんが折角立てたプランにケチを付けたくはありません。だけど敢えて忌憚無き意見を述べます。何故ならデートがうまくいって貰いたいから。故に心を鬼にして伝えます。そこはやめておきなさい」  丁寧に一刀両断された。ただ、流石に少しは抵抗を試みなきゃ心がぶち折れてしまうわ。 「いや、でも、人気なのは楽しい場所だからでしょ? だったら私達もデート先に……」 「空いていたらね。平日の昼間なら物凄く楽しいと思いますよ。でも、クリスマスです。デート。カップル。お出掛け日和。混雑は必至です」  またしても無情に切って捨てられる。そしてこっちが発言する前に、具体的に見ていきましょう、と指を五本立てた。まさか一つずつ駄目出しをしていくつもり!? 「まあ大丈夫そうな方からお話しましょうか。恭子さん、顔色がどんどん悪くなっているので」  両頬に手を当てる。さっきの火照りが嘘のように冷たくなっていた。素直すぎじゃない? 私のほっぺ。一つ目、と田中君が親指を折る。あぁっ、始まってしまった! 思いの外、怖い! 「映画館。此処はチケットを予約すれば問題はありません。二人とも興味がある映画を上映しているのかという問題はありますが、取り敢えず訪問先としては候補として残せます」  肯定的な意見だった。ほっと胸を撫で下ろす。ただ、クリスマスは恋愛ものしか上映しない、なんて縛りは無いわよね……? 不安は残るなぁ。 「二つ目、昼と夜の食事。これも予約して押さえておけば大丈夫です」  うん、と頷く。何だ、結構順調じゃないの。 「三つ目、海浜公園。これは何とも言えません。予約を取れるところじゃない。人も大勢来るでしょう。考えることは皆同じだろうから。ただ、夜景を見ながら告白ってのはロマンティックでいいと俺は思います。個人的に、かなり好きな訪問先ですね」  ぐっと唇を噛む。アホ田中! 海浜公園で夜景を見るのはどうかって提案したのは葵なのよ! 何であんた、あの子のプランを好きとか言っているの!? しかも葵の考えだって知らないのに食い付いているってことは、本気であの子と思考が好みって意味じゃないの! そしてそれを知ってしまったのは私だけ。葵にも咲ちゃんにも話せない。うぅっ、今日も偶々このお店に佳奈ちゃんが出現しないかしら。聞いてよー葵の提案は田中君の好みに合致しちゃったのよーそれを聞かされたこっちの身にもなって欲しいわよねー。そんな風に呆れながら笑い飛ばしたい! カモン佳奈ちゃん! 今すぐ現れて!  そんな都合のいい事態が訪れるわけが無い。悶々とした私に対し、此処がゴールなのは納得です、と笑顔で頷いている。こっちの動揺も少しは察しなさいよ、鈍感男。  だけどアホの微笑みを見ていたら何だか動揺するのもそれこそアホくさくなってきた。 落ち着きを取り戻す。しかし、と彼は急に目を細めた。 「ここからが問題です。四つ目、アクティビティ施設。人数制限を設けていますが、事前予約は受け付けていません。滞りなく入るためには朝っぱらから並ぶ必要があります。開場前の、七時か八時くらいからね」 「げっ、マジ?」  マップアプリでカーソルを合わせる。営業開始は朝十時と書いてあった。 「三時間も待たなきゃいけないの!? 嘘でしょ!?」 「大いにマジです。そして上限人数に達してしまったら、中の人が帰って減るまでひたすら待つしかありません。ちなみに滞在時間に制限は無いです」 「つまり、いつ空きが出るかわからない、と……」 「はい。そんでクリスマスですよ。カップルのみならず、ヤケクソになった若者の集団も大挙するでしょうね」  居酒屋について、咲ちゃんが全く同じ指摘をしていた。つくづくこの二人もお似合いだわ。羨ましい。って言うか田中君ってば咲ちゃんと葵をごちゃ混ぜにしたような人格じゃない? そりゃあ二人を好きになって、二人からも好きになられるのも納得がいく。それはともかく。 「そうまでして、そこで遊びたくない……」 「だからアクティビティはやめましょう」  はい、と大人しく頷く。それにしてもクリスマスの人込みはつくづく大敵ね。困ったものだわ。五つ目、と田中君が最後の指を折った。あまり大きくない拳を見詰める。 「ショッピングモールも当然激混みでしょう。歩くのも一苦労だと思います。そんなモールに行って、買い物でもするのですか?」 「まあよさげなお店があったら入るかしら」 「それ、無駄に気を遣いません?」 「え?」  どういうこっちゃ。 「これは俺がショッピングというものに欠片も興味が無いから、むしろ質問したいのです。教えて下さい恭子さん」 「急にどうしたってのよ。あ、でも田中君ってばプレゼントのセンスが壊滅しているのはそもそも買い物事態がどうでもいいからなのね?」  我ながら、鋭い! 案の定、彼は顔を顰めた。 「ふふん。やっとやり返してやれたわ」 「割と傷付いていましたか?」 「真っ当な指摘だとは思ったけど、一矢報いてやりたいとは望んでいたわね」 「そうですか。お見事です」  小さく舌を出すと肩を竦められた。そのやれやれって感じ、葵もよく同じように振舞うのよね。捻くれ者の定番なのかしら。ちなみにあの子がやるところを見ても全然腹が立たないけど、田中君にはイラっと来るのは後輩だからなのかしら。 「それで? 何を教えて欲しいのよ」  あのですね、と両腕をテーブルに置いて身を乗り出した。 「デート中、買い物をすることもありますよね」 「あんまり無いと思うけど」 「えっ」  大多数のカップルがどうするかはどうでもいい。意見を求められたのは私個人なのだから自分の考えを伝えるとしよう。 「少なくとも、私はね。だって、自分が必要な物は一人で買いに行くもの。わざわざデート中に買うなんて、気が散るじゃない。相手を付き合わせるのも悪いなって思うし。一人でゆっくり見繕いたいなって感じるし。恋人と一緒にいる時にする必要の無い行動よ。その暇があったら一緒に色々遊びたい」  淡々と意見を述べる。聞き終えた田中君は、むぅ、と唸った。 「好きな相手から、感想を聞きたいとか思わないのですか」 「思わないわねぇ。自分の好みを突き通す方が楽しいもの。恋人がどうこう言うからこれにする! 或いはこれはやめておく! なんて主体性の無い生き方が楽しいって人もいるでしょう。ただ、私は性に合わない。だからしない」 「自立してんなぁ!」 「さあ? 別に、これが私の普通よ」  ふうむ、とまた唸る。これ以上、特に言うことも無いのでこっちは口を噤んだ。しばし後、では、と田中君が再び切り出す。 「恭子さんがアクセサリーを探しているとします。良さげなネックレスが二つあったとして、自分では決め切れないと感じた時、傍に綿貫がいたら訊きますか? どっちの方がいいと思う? って」 「訊かない。自分で決める」 「綿貫の好みを取り入れようという気は」 「無いわね」 「……何でそこは異様にドライなんですか。さっきまで、信じられないくらいテンパっていたのに」 「そりゃあお独り様が長ければ、自分で決めようって気になるわよ。あ、でも勘違いしないで欲しいのは、綿貫君がプレゼントしてくれた物はよっぽど変でない限り使うわよ? アクセサリーとか貰ったら、用途や場面は選ぶけどちゃんと着けるし。バッグなんかも、イルカまみれじゃなければ普段から使うわ」 「さりげなく嫌味を交えおって……」 「とにかく、自分が必要するものは自分で選ぶ。いただいた品は喜んで使う。私はそういう人間ね。君の参考になったかはわからないけどさ」  田中君は、ありがとうございます、と頭を下げた。 「むしろどうしてそんな質問をしたのよ」 「いや、デート中に自分の買い物を始める人ってやっぱり相手に気兼ねするのかなって引っ掛かったので」 「咲ちゃん、結構ショッピングをするの?」 「逆です。二人でいる時は全然しません。せいぜい揚げ餅と、コスプレの小物を見掛けた時に目の色を変えるくらいですね」  想像するまでも無くよくわかる。 「じゃあ純粋な疑問だったわけね」 「はい。咲がいつも買い物にいくから困っていた、とかではありません。どういう心理なのかなぁとふと気になったから質問してみました」 「残念。私もそういう人間じゃないの。悪いわね」  いえ、と頭を振った彼の動きがピタリと止まる。そうして何故か天井を見上げた。どったの、と声を掛ける。おっと、物言いが葵に寄ってしまったわ。 「恭子さん、貴女はデート中に自分の買い物をしないのですよね」 「うん」  今、答えた通りよ。 「じゃあ、クリスマスで激混みのショッピングモールへわざわざ行くのは何をするためなのですか?」 「何って。……何?」  疑問が素直に口を突いて出る。知りませんよ! と田中君のツッコミが響き渡った。 「デート中には買い物をしないんですよね?」 「う、うん」 「でもデートプランにショッピングモールを考えたんですよね?」 「うー、うん」 「何しに行くの!? 買い物をしないのに!」 「いや定番かなって」 「安易! ちなみに前にも言いましたけど、綿貫はスポーツ用品と漫画くらいにしか関心はありませんよ。気ぃ遣いだからどっかの店に入ったら興味のあるふりをしますけど、心の中では、へぇ~、くらいにしか思っていません。口では何かしら感想を述べますが、目を離すと露骨にぼーっとするからわかりやすいです」 「じゃあますますショッピングモールに行く意味、無いわね! 人込みだと風邪やインフルエンザをうつされそうだし」 「もうちょっと考えてから取り入れて下さいよ」 「うっさいわね。取り敢えず突っ込んでおけば間違いないと思ったのよ」 「とにかくそれならモールも無し!」 「言い方! 人の心の無い奴め」 「デート成功して貰いたいから敢えて容赦をしないのです!」 「わかったわよ! ありがとうね!」 「どういたしまして!」  荒い息を吐く。お互い、目が合うと溜息が漏れた。 「……結局、映画館とご飯と公園で一日もたせるしかないのね。何か味気ないクリスマスじゃないのよぉ~」  不満を述べると、そこでです、と田中君は人差し指を立てた。 「綿貫の好みを反映させたプランを練り直すのはいかがでしょう。ゴールは海浜公園から変えず、周辺にあるあいつの好きなところを回るのです」  えっ、と思わず声を上げる。 「あるの? そんなところ」  はい、と田中君は不敵に笑った。両手をテーブルについて彼の方へ身を乗り出す。 「マジ?」 「マジです。俺だからこそ知っている、あいつのツボを押さえたプラン。ぜひご提案させて下さい」 「勿論! ちょっと何よ、急に頼れる感じを出してきて。格好いいじゃないの!」 「恭子さん」 「ん?」 「照れちゃうから、あまり褒めないで下さい」  ちょっとだけ、顔が赤くなっていた。馬鹿者、と軽くデコピンをする。今回は後輩の可愛い一面を見られたってことで、このくらいにしておいてあげる。 「さ、教えて田中先生! プラン、練り直すわよ!」  咳払いをした田中君の手が、マップアプリを開いたままの私のスマホへと伸びた。
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