デート・プランの練り直しです。(視点:恭子)

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デート・プランの練り直しです。(視点:恭子)

 いいですか、と田中君がマップアプリの倍率を下げた。東京湾の一部を上から見下ろす形になる。 「この海浜公園へやって来るためには、海上を横断する列車か、地下鉄のいずれかを使う必要があります。まず、恭子さんは公園の最寄り駅周辺で遊ぶことを計画されましたが、何度も言うようにアホほど混むのでお勧めしません」  うん、と頷く。しかし田中君はどうにも得意気だ。捻くれ者のくせに、先生、なんて呼ばれた上で高説を垂れるとなるとわかりやすくウキウキするらしい。この一面を、可愛いと取るか、偉そうと見るか。どっちにしろ単純バカね。 「しかし、ゴールは海浜公園で夜景を眺めること、ここから動かしたくはありません。何故ならさっきも言ったようにロマンティックでとても素敵だから」  無自覚に爆弾発言を繰り返さないでくれる!? こっちは複雑なのよ! そして良かったわね、葵。好きになった相手から、あんたの提案とは知らずべた褒めされているわよ。事情をわかっていない上での発言だから、忖度ゼロの感情じゃないの。だからこそ、私だけは居たたまれない! そして咲ちゃん、よくわかんないけど何となくファイトよ!! 「……聞いてます? 恭子さん」  訝しげに問い掛けられて我に返る。 「ごめん、聞いてなかった」  正直に答えるとわざとらしく溜め息を吐かれた。誰のせいで集中を欠いたと思ってんの! 「もう一度、訊きます。最寄り駅が駄目なら、何処で遊ぶのが良いでしょう?」  質疑応答形式になっていたのか。そして私がガン無視するから聞いていないことに気が付いた、と。成る程ね。で、何処で遊ぶのがいいかって? 「海上を渡る線か地下鉄の沿線上かしら。いえ、そこまで限定しなくても最後に海浜公園へ来ればいいのよね? 夕飯は公園の近くでとるとして、そこに至るまでの行程は乗り継ぎのしやすい場所であれば割とどこでも構わない……?」  そういうこと、と田中君は指を鳴らした。ダっサいわね。 「ケツが決まっているならば、そこまでの道はむしろ自由で良いのです」  あ、また語尾が咲ちゃんに寄っている。本題以外のところばっかり気になるなぁ。 「勿論、公園から離れすぎては移動に時間が取られてしまいます。それは勿体無い。そして、ふっ、俺はこの辺りで綿貫が興味を持っている遊び場を知っています」 「おっ、親友の本領発揮ね。教えて教えて!」  しばしお待ちを、と呟き田中君は自分のスマホを操作し始めた。急にテーブルへ沈黙が降りる。暇になった私はお手洗いに立った。  しかし流石に綿貫君についての情報量は半端じゃないわ。頼りになるわね。あの辺で綿貫君が興味のあるものなんて一つも知らないもの。だからこうして力を貸して貰うわけで、咲ちゃんに睨まれながらも来て貰ったのは大正解だった。よぉし、ここまで手伝ってもらえたら私も頑張るしかない! さて、今は取り敢えずトイレっと。  席に戻るとまだかかりきりになっていた。ドリンクバーで、もう一杯紅茶を淹れる。あんまり飲み過ぎると胃が荒れるから、次は烏龍茶にしようかな。作戦会議はまだかかりそうだもの。その分、濃密なプランが練られそうね。  飲み物を持って座り直すと、いくつか候補はあります、と早速スマホを差し出してきた。ふむ、と画面を覗き込む。 「一つ目は、東京湾のクルージングです。昼間はバイキング付きの二時間半の遊覧で、綿貫はこれに乗ってカモメと戯れたいと言っていました」  思ったよりも真っ当なデートプランをお出ししてきた! もしかしたら、スポーツ用品店の本店巡りをしたらどうか、なんて言われるかもなぁ~なんて高を括っていたわ! びっくり! 「乗降場所は海浜公園から数駅しか離れていません。事前予約性なので、あぶれることもありません。昼飯がてら、海上で疑似デートを出来ますよ」 「海上、疑似デート」  想像をしてみる。甲板にあがる私と彼。冬の潮風に私の髪がなびく。それを押さえて彼を見上げると、爽やかな笑みを浮かべて……。 「しかし冬ってカモメはいるのかな。あいつ、パッと見付けられないとずっとカモメを探すだろうな」  爽やかな笑みの綿貫君が、カモメは何処だ? おっかしいな、見当たらないぞ。恭子さん、俺、船に乗ってカモメと戯れてみたかったんです。ほら、映画とかであるじゃないですか。ざっぱんざっぱん進む船の上で腕を伸ばすと飛んでいるカモメが並走するシーン。あれ、実際にやってみたいんですよねぇ。でもいないなぁ。冬ってカモメは冬眠するのか? それともたまたま今日はいないだけか? ちょっと検索してみますね。 「ムードもへったくれも無いわね!」 「え、何ですか急にキレて」 「いや、想像してみたら綿貫君がずっとカモメにかまけてこっちを見てくれなくて」 「どんだけリアルに思い描いたんですか。あ、わかった。恭子さん、想像力豊かだから緊張しやすいんじゃないですか? 脳内で超具体的に場面を浮かべちゃうから自分が追い詰められちゃうんです」  その指摘に首を捻る。 「そんなことは無いと思う」 「……そうですか」  微妙な空気が満ちた。とにかく、と田中君が仕切り直す。 「昼飯がてら、クルーズ疑似デートはいかがでしょう。終わるのが昼の二時半だから、丁度い時間でしょ」 「そうねぇ。混み合うアクティビティ施設やショッピングモールの百倍素敵ね」  でしょぉ、と鼻高々といった具合に相好を崩した。今日、合流した直後は自分が相談相手でいいのか、なんて悩んでいたくせに早くもそんな姿は消え去った。喉元過ぎれば熱さを忘れる、という諺が頭を過る。 「いいと思いますよ。カモメはともかくとして、綿貫が興味を持っていたのも事実ですし、いい感じで楽しめるのではないでしょうか」 「そうねぇ。普段、やらない遊びではあるから特別感は大いに出るわね。あ、でもクリスマスの日にクルージングなんてあからさま過ぎるかしら? ちょっと恥ずかしいかも」 「周りの乗船者も皆同じスタンスだから気にする必要は無いですよ。あと、綿貫があからさま過ぎるって察したとしても、まあ恭子さんから俺に対して特別な気持ちがあるわけないな! って勝手に自分で可能性を叩き潰すから察しられるかもというご心配は必要ありません」 「……つくづく、綿貫君の性格をよく理解しているのね」  十年来の付き合いにして、その内四年間同居しているとここまで相手をわかるようになるのかしら。私も葵の親友だけど、この三バカほど思考や行動を言い当てられはしないわね。 「もし、クルージングへ参加されるなら時間は十二時から十四時半で固定です。ちなみに夜の部もありますが、多分やめた方がいいでしょう」  え、何でよ。 「それこそあからさま過ぎるから? 夜の船上で夜景を眺めながら告白なんて演出過多かしら」 「そうですね。後年、思い返して力入り過ぎだろ! って恥ずかしくなる可能性は高いです」  青い思い出、か。あの頃は若かったねって二人で笑い合える未来が来るといいなぁ……って、あ、そうか! 「わかった! フラれた時に気まずいからだ! 船の上じゃ逃げ場が無いものね!」  手を叩く。……何て悲しい発見なのかしら! 手を叩いている場合じゃない! そして田中君は、え、と首を傾げた。 「いや違うんかい!」 「告白なんて降りる寸前でやるでしょ。フラれて気まずくなるリスクはどこで告白しても一緒です。クルーズに限った話ではありません」 ……確かに乗船最序盤で告白はしないか。残り二時間半、船上という密室でフッたフラれたの気まずい状況には持ち込まないわね。田中君の言う通り、降りる直前だろうなぁ。それなら特別リスクが高いわけではない。 「じゃあどうして夜の部はお勧めしないの?」 「恭子さんがシチュエーションのプレッシャーに押し潰されそうだから」 「私?」  またよくわからんことを言い出したわね。田中君も橋本君も綿貫君も、こっちが意図を汲み取り辛い思考をしている気がする。葵や咲ちゃん、佳奈ちゃんは何となく考えている内容や方向性がピンと来るもの。これって性格の問題なのかしら。それとも男女の差? 「夜のクルーズ船で東京の街並みの綺麗な夜景を眺めながら、二人で甲板に出ている場面を想像してみてください。夜だから綿貫はカモメを探さないでしょう。昼間より、恭子さんと景色に集中すると思いますよ」  ふむ、と腕を組んで想像をする。眼前に広がる暗い海。対岸には東京の明かりが数えきれないほど灯っていて、海面にもゆらゆら映っている。空には綺麗なお月様。冬の冷たい風に、結構寒いね、と二人とも上着をさする。夜景、綺麗だね、と私は彼に語り掛ける。そうですねぇ、と穏やかに応じてくれる。ふと見ると街並みの中に佇む東京タワーが目に入って、相変わらず綺麗な脚線美、と思わず呟いた。周りのビルより綺麗ですか、と彼が問う。うん、と返事をした私に、恭子さんもお綺麗ですよ、なーんて言われちゃったりしたらば!! 今しか無い! 告白を! あ、でもまだあと三十分も乗船時間がある! ど、どうしよう! でもまさにチャンスが到来している! 綿貫君が、また私を綺麗って言ってくれた! 夜景と私、どっちが綺麗? とか訊いてみちゃう!? いいや、流石にあからさま過ぎる! だけどどうせ彼は可能性を撃ち落とすわよね!? そもそもあと三十分以内に告白はするんだから、むしろあからさまな態度や物言いをして外堀を埋めておくべき!? あー、でも更にそれっぽい雰囲気を醸し出したらもう告白するしかないって感じになっちゃうかも! そんでもってフラれたら三十分間、海の上でどうやって過ごせばいいわけ!? どうする!? 何を言う!? 「……こさん、恭子さん!」  はっと我に返る。気付けば私は頭を抱えて唸っていた。大丈夫ですか、と此方を覗き込む田中君は、しかしあからさまに目が死んでいた。 「想像の結果はいかがでしたか。差し支えなければどんだけ詳細に思い描いたのか、後学のためにご教授願います」 「馬鹿にしているわね」 「想像を始めた二十秒後に唸り始め、四十秒後に頭を抱えた先輩を目の当たりにした後輩は、大体こうなります」 「咲ちゃんはならないわよーだ」 「それで、脳内シミュレーションの結果はどうでしたか」 「やだ。教えない。でも君の言う通り、昼間にするわ」  無言でブイサインを繰り出した。あんたの彼女と違って可愛くないわね。
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