デート・プランが固まってきました。(視点:恭子)

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デート・プランが固まってきました。(視点:恭子)

 紅茶を啜る。ジンジャーエールを注いで戻って来た田中君が、では、と唇を舐めた。 「クルーズは昼の部に乗船ってことでいいですね?」  さも確定のように話すので、ちょい待ち、と手のひらを向ける。 「あくまで私と君で立てる計画だから、最終決定ではないわよ。綿貫君に提示して、オッケーが出なければ行かない」 「勿論です。ただ、予約が埋まってしまう前、早目の決定をお勧めしますよ。多分、クリスマス・デートとは言いつつ実際は二十三日の土曜日に行くんですよね?」 「……色々邪推しているなら殴る」 「何も言ってないでしょ! 俺は遊んだ翌日はゆっくり休みたいだろうから土曜日に行くんじゃないかなって思っただけ!」  ベッドインがどうこう煽って来たのは葵だったか。葵だけに煽り、なんちゃって。うーん、いまいちかかっていないか。 「で、何で二十三日かって気にしたのよ」 「クリスマス当日ではありませんが、同じように土曜日に遊んじゃおうッて考える人は結構いると思うんです。一カ月前から予約の受付を開始するので、もう始まっているんですよ。今日は十一月の二十六日ですから」 「いい風呂の日、ね」  途端に田中君が顔を顰めた。む、生意気ね。 「何よそのバカにしたような表情は」  しかし、違います、と首を振った。 「むしろおかげさまで謎が一つ解けました」 「謎?」 「はい。咲は今、葵さんと一緒に温泉へ行っているそうなのです」 「温泉? そりゃまた何でって、……あ」 「いい風呂の日だから、か」  はい、と何故か沈痛な面持ちで頷く。 「別にいいじゃないの。いい風呂の日に温泉へ行ったって。それともそれこそあからさま過ぎて嫌? あ、まさかあんた、自分の二人と一緒に行きたかったとか!? スケベ!」  すると、偏見が過ぎる、と人差し指を突き付けて来た。人を指差すな、とデコピンで応じる。 「もう少し俺に対する偏見をとっぱらってくださいよ」 「ほほう。自分のやらかしをもう忘れたわけ?」  ぐぅ、と彼が言葉に詰まる。あんたの負け、と指差すとがっくり項垂れた。ほほほ。 「でも付いて行こうなんて思いませんよ。そもそも、何か葵さんが微妙に調子が悪くて連れて行ったとも言っていましたし、俺がいたら上向く調子も下を向くでしょ」 「あら、葵ったら調子悪いの? 昨日もさっきの電話でも、いつも通り元気そうだったけど。あ、でもちょい不調って確かに言っていた! え、あの子大丈夫かしら」 「まあ咲も一緒にいるから平気でしょ」 「ただの二日酔いだといいんだけど。温泉で療養して良くなるといいわねぇ」 「まったくです」  何故か二人でしみじみと頷いてしまった。まったりとした時間が流れる。私は紅茶を一口啜った。 「いや何この雰囲気」 「閑話休題ってところかしらね」 「それで、どこまで話しましたっけ。あぁ、そうだ。クルーズの予約状況だ。ちょっと確認してみますか」  田中君が再びスマホをいじり出す。しかしすぐに顔を上げた。まずいです、と画面を見せられる。十二月二十三日の残席数が表示されていた。げ、と思わず声が漏れる。 「夜の部は完売しているじゃない! 昼の部も、残り僅かですって!?」 「恭子さん、URLを送るのですぐに綿貫へ転送してください。そして、電話を掛けて誘うのです。クリスマスにクルージングへ行こうって」 「え、今!? そもそもクリスマス・デートに誘ったのは昨日よ!? 今日、具体的な計画を提示するなんて私が前にのめり過ぎていない!?」 「つべこべ言わない! 体裁を気にしている内に予約が埋まったらどうするんですか。ほら、取り敢えず転送しました。早く綿貫へ送って!」  田中君が促すのと同時にスマホが震えた。慌ててメッセージアプリを開く。確かに彼からURLが届いていた。 「こ、これを綿貫君へ送るのね!?」 「そうです!」  ええい、背に腹は変えられない! 満席になる前に何とかオッケーを貰わなきゃ! それっ、転送! 「送りましたか? そしたら電話を」 「わかっているわよ! あんまり急かさないで!」 「早く早く!」 「やめて! ただでさえ緊張するのに余計テンパっちゃう!」 「落ち着かないと駄目ですよ。恭子さん、割とすぐにしっちゃかめっちゃかになるから」 「誰のせいで焦っていると思っているのよ!?」 「予約が埋まっているせいでしょ」 「あんたが焦らせるからに決まってんじゃない!」  言い合いながらも綿貫君へ通話する準備を整える。発信ボタンを押そうとした、まさにその時。 「……」 「恭子さん? 掛けないんですか?」 「どうしよう。クリスマスにクルージングへ行きましょう、って誘うの、恥ずかしい」  すると田中君が手を伸ばして勝手に通話ボタンを押した。あぁっ! と反射的に悲鳴を上げる。切ろうとしたけど、そもそも何の説明書きも無しにURLを送り付けているのだからよく考えたら説明するしかない! いや、メッセージを、あぁでも考えている間に呼び出しが始まってしまった! 急いでスマホを耳に当てる。鼓動が高鳴る。息が荒れる。ふと見ると田中君は親指を立てていた。強引にも程があるのよバカ後輩!  スリーコールの後。もしもし、と声が響いた。 「……もし、もし」  胸が痛い。口から心臓が出そう。 「恭子さん、お疲れ様です。どうかしましたか?」  声が、出ない。荒れていた呼吸が急に止まる。く、苦しい! 死んじゃう! それ以上に喋れないのは困ったわ! 「恭子さん? もしもーし」  まずい、このままじゃただの嫌がらせ電話になってしまう! だけどクリスマスにクルージングよ!? 青い海の上でカモメと戯れる彼を傍らでぽーっと眺めるなんて夢みたいなじゃないの! そんなビッグ・イベントに心の準備も整わないままお誘いなんて出来るかぁ!!  咄嗟に田中君へスマホを押し付ける。俺!? と唇が動いた。応じず飲み物以外の食器は片付けられたテーブルへと倒れ込む。あとはお願い……。  もしもーし、と綿貫君の声が響いた。どうやらスピーカー受話にしたらしい。おうお疲れ、と田中君が応じる。 「えっ、誰?」 「親友の声を忘れるんじゃねぇよ」 「その嫌味な物言いは田中か」  綿貫君にとっても田中君だって判断する材料は嫌みったらしいかどうかなんだ。 「そうだよ」 「恭子さんと一緒にいるのか」 「あぁ」 「何で」 「アドバイザーとして呼ばれたから」  正直に答えおった。まあ下手に誤魔化す必要も無いか。我ながら、ちょっと情けないけど田中君に助けを求めたのは事実だもの。 「アドバイザー?」 「クリスマスに恭子さんが疑似デートに付き合ってくれるんだろ。どうせだったら綿貫の好みに合うような日にしたいって俺が相談を受けたの。秘密にしておくつもりだったけど、あまりに綿貫のツボを押さえすぎていてもお前はいぶかしがるからな、こうして先にネタバレしておこうと思って電話を掛けたんだ」  何とか誤魔化してくれた! 助かったわよ田中君! こんなにテンパったのも君のせいだけどね! 「えぇ、じゃあクリスマスは田中の手のひらの上で踊らされる感じなのか。嫌だな」 「失礼な。綿貫が楽しく過ごせるように恭子さんと計画を立てているんだぞ。むしろお礼が欲しいくらいだ」 「うーん、そう、なのか? まあいいや、じゃあありがとう」 「じゃあありがとうって物言いがあるか」 「細かい奴だな。わかったよ、俺のために疑似デートの計画を立ててくれてありがとう」 「……」 「田中?」 「お前とデートするみたいで気持ち悪い……」 「お前が礼を求めたんだろうが!」 「だってトイレの水を流し忘れる男とデートなんてしたくねぇよ……」 「俺だって嫌味ばっかりの捻くれ男とデートなんて嫌だ!」 「まあ当日、俺は咲と過ごすけど」 「俺は恭子さんに疑似デートへお付き合いいただく」 「じゃあ問題無いな」 「違いない」  はっはっは、と二人揃って笑っている。どうにも気の抜けるやり取りだ。そして相変わらず会話のテンポが早いわね。流石だわ。  感心している場合じゃない。残席数が少ないのよ! 早く綿貫君のオッケーを貰わなきゃ! 「あ、あの、いいかしら?」 「あぁ、恭子さん。本当にありがとうございます、わざわざ田中を呼び出してまでクリスマスの疑似デートについて計画を立ててくれて。いやぁ、本当にいつもお気遣いいただいて恐れ入ります。楽しみにしていますよ」  その丁寧さ、今は焦れったい! 咳払いをする。田中君と綿貫君の話を聞いていたら、丁度良く肩の力が抜けた。よし、今度こそ喋れる! 「ううん、気にしないで。折角だから楽しく、過ごして、欲しくてね」  ぐぐぐ、照れ臭いわね! それでも何とか口を動かす! 「ありがたいなぁ」 「それで、田中君から聞いたんだけど、クルージングに興味があるんですって?」  そうなんです! とスピーカーから元気な声が響いた。田中君が黙って音量を下げる。 「俺、カモメと戯れてみたくて。船がざっぱんざっぱん進んで、カモメが並走してくる奴。あれ、やってみたいんです」  ……割と想像通りの台詞を吐かれてむしろ戸惑う。もしかして、変人の彼への理解度が割と深まっているのかしら。嬉しい反面、変わり者、と烙印を押していた彼に自分も近付いているようでちょっとだけ微妙な心持になる。 「まあ、カモメはいるかわからないけど、折角だから行ってみない? く、クリスマスに、クルージングへさ」  頑張れ私! 照れるな私!! 「え、いいんですか!?」 「お昼の部はまだギリギリ席が空いているの。十二時から十四時半で、バイキング付きよ。君が良ければ予約をしようと思って。どう? あ、でもまだサイトも見ていないわよね。さっきURLを送ったんだけどそのすぐ後に電話したから」 「ちょっと待って下さい。今、確認します」  どれどれ、と呟く声は少し遠ざかって聞こえた。向こうもスピーカー受話にしたらしい。そしてスマホを操作して、サイトを確認するわけね。 「あぁ、これか。そうそう、このプランに興味があったんです! おい田中、よく覚えていたな!」 「カモメの印象が強くて」 「だってお前、やってみたいと思わないのか? 船上でカモメと並走するの」 「やってみたくはないけど、いざその場面に遭遇出来たらテンションが上がる」 「だよな! いるといいなぁ、カモメ。あれ、でも冬場は冬眠しているのか? それとも南へ行くんだっけ」 「熊と渡り鳥の話じゃねぇか。カモメは……しないだろ。しないよな? あれ? 恭子さん、カモメって冬はどう過ごしているんでしたっけ?」  知るか!! と叫びたいのをぐっと堪える。後で調べなさい、と声が震えないように気を付けながら答えた。 「ほら、今は予約を、ね?」 「あぁ、そうだ。おい綿貫、残席が埋まっちゃうからさっさと決めろ。クリスマスっちゅうか二十三日の土曜日だけど、クルージングに参加申し込みをしていいか?」 「田中じゃなくて恭子さんに誘われたい」 「我儘だな!」  こっちはいきなり心臓が爆発しそうになったんですけど!! 私に誘われたいの!? 「田中にクルージングへ招待されるの、何か嫌」 「覚えておいて恭子さんに紹介したのは俺だぞ!」  あぁ、消去法か。ううん、何でもいいわよ! スマホをこっちに近付け、綿貫君、と呼び掛ける。 「じゃあクルージング、一緒に行こうか。たくさんご飯を食べて、思う存分カモメと戯れましょう」  自分なりになるべく可愛らしい声を出すよう意識してみた。実際は震えていたかも知れないけど、まあ意図が伝われば何でもいいか! 綿貫君はちょっとの間、何故か黙り込んだ。だけど、ありがとうございます、と案外穏やかに返事を寄越した。 「ぜひ、行きましょう。よろしくお願い致します」  よっしゃ、言質取った! 「じゃあ私の方で予約はしておくわね。詳細は後で共有するわ」 「承知しました! すみません、何から何までお世話になっちゃって」 「ううん、私がそうしたかったから気にしないで」  元はと言えば、疑似デートだって私が彼と過ごしたいからって理由で始めたのですもの。 「その代わり、アイス・スケートの方はお任せください! まだ何も調べておりませんが、バッチリ見繕っておきますよ!」  何も調べてねぇのかよ、と田中君が悪態をつく。 「昨日の今日だもの、しょうがないわよ」 「ほら、田中も恭子さんの優しさを少しは見習え」 へいへいと捻くれ者は肩を竦めた。やっぱり可愛くない。 「じゃあまたね、急に電話をしてごめんなさい。そしてありがとう」 「いえいえ、こちらこそ! すみませんが、よろしくお願い致します!」 「オッケー! じゃあまたね」 「はい、失礼しまーす。田中もまたなー」 「おう、じゃあな」  応答終了のボタンを押す。そして速攻で予約サイトを開いた。残席は、よしまだ僅かだけどある! 二名分、通って! お願い!  必要事項を急いで入力する。最後に確認ボタンを押して、申し込み! いけ!! 『予約が完了しました』  その文字が表示され、よっしゃぁ、とガッツポーズを繰り出した。はしたない、と頬杖をついた田中君が呆れる。 「何とでも言うがいいわ! ギリギリセーフよ! へへんだ!」 「恭子さんって緊張をぶち抜けると物凄くはっちゃけますよね」 「人間、大体そうじゃない?」 「でも普段は俺の前でそんな姿、見せないじゃないですか」 「何が言いたいわけ? 嫌味?」 「いえ。人間味に溢れていて素敵だと思いますよ」  少しの間、考える。そして、やっぱり嫌味じゃないの、と唇を尖らせた。捻くれ者は静かに首を振った。
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