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デート・プラン、ほぼ完成です!(視点:恭子)
「まあいいわ。結局、綿貫君はどんなお店でも美味しくご飯を食べてくれるのね」
はい、と田中君は顔を上げた。
「じゃあクリスマスだし、洋食にしましょ。やっぱり定番はイタリアンかしら。あ、でもスペイン料理のお店もあるわね。うーん、お店が多いだけあって選択肢もありすぎる! 普段、この辺りでは行けないようなところがいいなぁ」
そう言いながら、何の気なしに適当なお店の予約状況を覗いてみる。二十三日の土曜日は、っと。
「あれっ!? もう残席が十以下になっている! クルーズに引き続きこっちもなの!?」
「そりゃあクリスマスですもの。遊べるとわかっているカップルは、この時期から押さえますよ」
流石に田中君の方がクリスマス・デートについて私より経験豊富ね。って言うか、私はお酒を飲めるようになってからのクリスマス・デートの経験値はゼロだ。葵と毎年ホームパーティーをしていたけど、デートじゃないもの。う、あの子に独りのクリスマスを過ごさせる罪悪感で胸が痛い。ごめんね葵……。
「あぁ、でもスペイン料理はいいかも。綿貫、いつだかパエリアを食べた時にずっとうめぇうめぇってはしゃいでいましたから」
「よし、決定!」
「早っ」
つくづく田中君に力を借りて良かった。私一人じゃ決めきれなかったわよ。スペイン料理のお店を選ぶ。此処もショッピングモールの中か。マスクを持って行こうかしら。人混み、凄いんだものね。ともかく、予約しなきゃ。
「取り敢えず席だけでいいわよね」
「あれ、コースじゃなくていいんですか?」
「彼の好みもあると思うし、お店を伝えてメニューを見て貰ってから決めようかなって。お店には後から電話を掛けてお願いしてみる。駄目なら単品で注文するわ」
しかし、ちょっと見せて下さい、と田中君が手を差しのべてきた。何? と言いつつスマホを渡す。少し操作をしてから、これでよろしいかと、と返してくれた。八品プラス三時間の飲み放題、というコースが表示されている。
「これ、品物にラムチョップが入っているでしょ。あいつ、ラム肉も好きだから喜ぶと思います」
「そうなの!? 知らなかった!」
またしても新情報! 今日は驚きの連続ね!
「まあ何の肉を好きか、なんてピンポイントすぎる話題ですからご存じないでしょう」
そうは言いつつやっぱりどこか田中君は得意気だ。単純ねぇ。
「しかし君がこれほど頼りになる日が来るとは思わなかった」
「綿貫についてのことは、あいつの思考パターン以外はお任せ下さい」
こんなに詳しくても、綿貫君の考えだけは理解出来ないのか。まあお蕎麦とサバ缶とコーンポタージュを同時に食べるのだものねぇ……。
「さ、恭子さん。早いところ予約をした方がいいですよ」
「そうね、ありがとう!」
彼の言葉に、いそいそと必要事項を打ち込む。よし、決定!
そしてすぐに確認のメールが届いた。十二月二十三日の十八時半から、指定したコースと三時間の飲み放題付きで予約完了、と。大きく息を吐く。
「ベロンベロンに酔っ払って告白の機会を逃さないで下さいよ」
即刻嫌味が飛んできた。注意されて反省してから嫌味への復帰が早いのよ。だから、反省した? って皆に咎められるってのに田中君もなかなか図太いんだから。鈍感だし。まあ性格なんてそう簡単に変わらないものね。それはともかく。
「酔っ払っちゃったらその時はその時よ。潔く次の機会を狙う」
「えぇ、そんなに酔わないわよ! って否定はしないのですか」
「お酒に関しては保証出来ないもの」
溜め息を吐かれた。自覚があるだけいいのか、と呟くのが聞こえる。勿論、と手を叩いて誤魔化す。
「君の力を借りて設けたチャンスよ。ちゃんと、告白、まで持って行くつもりではいる」
むぅ、まだ告白って言おうとするとドキドキしちゃうわ。
「別に、俺が尽力したのはただの恩返しです。重く捉えないで下さい。プレッシャーをかけるつもりも無いのですから」
「そっか。まあ適度に頑張ってみる。そして、君のおかげで予定がほぼ固まったわ! 大事な予約も押さえられたし。ありがとうね、田中君。本当に助かった」
ちゃんと素直にお礼を伝える。君みたいに捻くれていないからね! お役に立てたのなら何よりです、と彼も居住まいを正す。
「恭子さん」
「ん?」
「力みすぎないように気を付けて下さい。貴女はテンパると日本語能力が壊滅しますから」
「コラッ、調子に乗るな! 的を射ているけど!」
田中君は肩を竦めて、ちょっとトイレへ、と席を外した。私は椅子へ体を預ける。そしてスマホの検索履歴を眺めた。クルージング。映画。スペイン料理。これが私と綿貫君のクリスマス・デートか。真っ当なデートじゃないの。いえ、疑似デートよ、疑似デート。彼にクリスマス体験を……ううん! 私が一緒に過ごしたいの。それこそ素直に受け入れなきゃ。そしてついに、本当に、こ、告白するのかな! いざ予定を固めると、いよいよ後に引けなくなった感が強まった! 一方で、しみじみと感心する。店内を見回すと高校生くらいのカップルが顔を寄せ合ってお喋りをしていた。きっとあの子達もお付き合いをしているのよね。ということは、どっちかが告白をしたわけだ。物凄く勇気のある子だなぁ。私より十歳くらい下でしょうけど尊敬するわ。男の子と女の子、どっちからいったのかはわからないけどさ。
そう言えば私が高校生の時に付き合った相手も向こうから告白してくれたんだっけ。彼も頑張ったのね。名前も忘れちゃったけど。……あれ、本当に何ていったっけ。あんまり印象に残っていないのは私が受け身だったからなのかしら。一年も付き合ったのになぁ。
告白と言えば葵も私にしたんだった。六年前かぁ。旅行から帰ってきた時、私の家で急に好きって伝えられたのよね。真っ正面から気持ちをぶつけてきたので、葵を恋人としては見られない、って私も真っ直ぐに返事をした。くおぉ、今更だけど胸が痛む! 葵も今の私と同じように散々迷って悩んだに違いない! その上で告白をしてくれたのに、私ってば断り方があまりに無慈悲じゃない!? そしてその日は意図的にいつも通りに過ごした。晩御飯を食べながら旅行の写真を一緒に眺めた。だけど葵は内心、物凄くショックを受けていたに違いない! 実際、それから一か月の間、私を避けていたし。そんでもって昨日、青竹城で衝撃の事実を教えてくれた。神様にお願いして過去を変えようとした、私に告白した事実を無かったことにしようとした、って。……消し去りたい程、辛かったのかな。でも今は変わらず、ううん、もっと仲の深まった親友として傍にいてくれている。私を支えてくれる。私も葵を支える。偶然すらも巻き込める関係、か。実際、出掛けた先の水族館で偶々遭遇する確率なんて相当低いわよ。ある意味、運命を感じる。葵が最初に望んだ関係ではないけど。それでも今、一緒にいられて私は良かった。
「デートのシミュレーションですか」
声を掛けられ我に返る。違うわよ、と小さく首を振った。
「ちょっとした考え事」
「カップルって凄いなぁって?」
え、と声が漏れる。さっきまで考えていたことだ!
「な、何でわかったの?」
「恭子さん、真面目だから」
「それ、理由になる!?」
「まあ俺達も知り合って四年になりますからね。相手の考えている内容にも多少の当たりはつけられます」
「そう? 見透かされたようで落ち着かないんだけど……」
まあまあ、と適当に流された。
「でも改めて感心した。君も咲ちゃんへ告白したのですもの、相当頑張ったのね」
感心を口にすると、いや、とかぶりを振った。
「あら、だって君から伝えたんでしょ。コスプレ撮影会の後にさ」
「それはそうです。ただ、何度も言うように頑張ろうと腹を決められた切っ掛けは、間違いなく恭子さんのお力添えのおかげです。そして葵さん、恭子さん、橋本、綿貫が告白現場の状況を整えてくれました。ある意味、逃げ場が無くなりました。だけど、おかげで最後の一歩を踏み込めた。今になって思えばちょっと恥ずかしいですよ。どんだけ皆の力を借りてんだって。ほら、事前の打ち合わせ会までしたじゃないですか。覚えています? 恭子さんと俺達三人で告白の段取りを確認したの。あそこまで手を尽くして貰うなんて本当に恵まれていましたし、甘えすぎ、自立していなさすぎだと昔の自分に呆れたくもなります。いつも言われるように、どんだけチキンなんだって話ですよ」
やけに遠い目をしている。二年前のあの日を見ているのでしょう。だからさ、と私は話の続きを引き取った。
「やっぱり君も頑張ったのだとよくわかる。咲ちゃんに好きだって伝えて、でもフラれて関係が壊れてしまうのが嫌だって怯えていた、そんな田中君がさ。ちゃんと告白をしたのだから。紆余曲折を得ながらも、婚約まで来られたのだものね。二年前の君に、呆れるよりも褒めてあげた方がいいんじゃない?」
「……どうでしょうね。まあ、今の俺よりは一途ですよ。咲しか見ていなかったんだから」
「そうねぇ。まさか二年後、咲ちゃんと結婚するってほぼ決まっている状況で葵にアホな申し出をするなんて当時の君は想像もしていなかったでしょうねぇ」
まったくです、と田中君が目を伏せる。一つだけ、素朴な疑問が思い浮かんだ。……今日は田中君と二人きりだし、訊いてみちゃおうかな。ねえ、と机に手をつき顔を寄せる。
「教えて欲しいんだけど」
しかし彼は露骨に目を逸らした。普段は胸ばっか見て来るくせに。
「ちょっと、何で明後日の方を向くわけ?」
すると黙って自分の襟元をはためかせた。
「暑いの?」
「違います。恭子さん、見えてる」
「え? 見えてる?」
言われて服の裾を覗き込む。自分の谷間とキャミソールが思いっ切り目に入った。やばっ、と慌てて右手で押さえる。
「ごめん! 見せるつもりじゃなかった!」
「当たり前でしょ! 俺に見せてどうしようっての!?」
「だからそんなつもりは無かったってば!」
「わかりましたよ! 取り敢えず座って!」
しっしっ、と手で追い遣られて渋々席へ戻る。まったくもう、と呆れる田中君の顔は赤い。
「変なことに使うのなら、私には黙って勝手にやりなさい」
「うるさいな! そんでもって断りを入れるわけもないでしょうが!」
「君ならやりかねないと思って」
「返し辛い指摘をするよなぁ……」
頭を掻いた田中君は、それで、と苦虫を嚙み潰したような表情で私を見詰める。
「何を教えて欲しいのですか」
辺りを見回す。知り合いがいるわけもないのだけど、万が一にも誰にも聞かれたくは無い。こういう時、咲ちゃんのテレパシーって便利よねぇ。そんなものは使えない私は田中君を手招きした。今度は彼がテーブルの上に身を乗り出す。むっ、わざわざ胸元を押さえている辺りがムカつくわ。彼と私の飲み物をテーブルの隅にやる。そして、彼が下についている方の手を引っ叩いた。あっ! という悲鳴と同時に顔からテーブルへ落っこちた。
「ざまあみろ」
見下ろすと、すぐに顔を上げた。
「綿貫の情報、提供したのに!」
「だからって調子に乗っていいわけあるか!」
「恭子さんが隙だらけだから、今後気を付けるよう伝えたかっただけです!」
「嘘を吐け! あんた、絶対バカにして楽しんでいるわよ!」
「否定はしない!」
「クソ生意気!」
「綿貫の前では気を付けなさいね!」
それについては一回やらかした。彼に下着姿を見られた。そういえば葵の家で、下着だけで寝ていたところを咲ちゃんに目撃されたこともあったわね。うーん、確かに私、ちょっとだらしなかったかも。気を付けた方がいいかもなぁ。
「ちょっと恭子さん。何で急に黙るのです」
あ、しまった。またあからさまに態度へ出し過ぎたかしら。
「いや、気を付けなきゃなって思って」
「既に綿貫の前でやらかしたので、そういやあの時はやっちまったな、って思い返していたとか」
「……」
当たりか、と田中君は溜息を吐いた。ムカつくけど事実だから反論出来ない! くうぅ、今後は気を付けて過ごすわよ! 私!
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