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酒が入るとダメになる姉御と素面でもダメな後輩。(視点:恭子)
「じゃあ今日はお疲れ様、手伝ってくれてありがとう! 乾杯!」
レモンサワーがなみなみと注がれたジョッキを掲げる。乾杯、とビールを持った田中君が応じた。日曜日だから控えなきゃと思いつつ、いざ口を付けるとあっという間に進んでしまう。
「いやー、見通しがついた後に飲むおかげか今日のお酒は格別に美味しいわね!」
私の言葉に田中君は少し眉毛を上げた
「いい飲みっぷりですね。でも泥酔しないで下さいよ」
「もし収集がつかなくなったら葵に連絡して。回収して貰うから」
「そういうスタンスだから怒られるんじゃないですか」
黙殺してジョッキを傾ける。彼は肩を竦めた。一つ咳払いをして私は背筋を伸ばす。
「だけど田中君、本当に助かったわ。デートプラン、結局一から立て直しになったけどおかげで綿貫君の好みを反映させられた。それに、彼に君が手を貸したって直接伝えてくれたから、ツボを押さえまくった計画でも納得してくれるし。何よりさ、私一人じゃここまで出来なかった。改めて、ありがとう」
丁寧に頭を下げると目を丸くした。
「そんな、別にいいですよ。俺の方がいつも恭子さんから世話を焼いていただいているのです。このくらいじゃまだまだお返し出来ていないと言いますか」
「それでも助かったのは事実! サンキュ!」
片目を瞑ってみせると頬を掻いた。本当に捻くれ者って素直な言葉に弱いわよね。葵なんて旅行のアンケート結果を読んで、皆から掛けられた言葉に泣いちゃったもの。でもですね、と田中君は照れ隠しのように腕組みをした。
「ちょっとやり過ぎたかな、とも思っています。綿貫の好きなところばっかり組み込んだけど、恭子さんは楽しめるのかなって気になりまして」
ふうん? と応じつつお酒を飲む。うーん、最高!
「大丈夫大丈夫。クルージングに映画にスペイン料理でしょ。最高のクリスマスじゃないの」
「そして最後に夜景でしめる、と。うまくいくといいですね」
途端に今度はこっちの調子が鈍る。うん、と頷き誤魔化すようにジョッキを傾けた。あ、無くなっちゃった。
「おかわり」
「ちょっと! ペース、早過ぎ! ほぼ一気のみじゃないですか! 明日は仕事でしょ!?」
「まだ五時半だし、早目に帰れば大丈夫よ」
「知りませんからね、二日酔いで出勤する羽目になっても」
「その辺は自己責任だから君が気にする必要は無い」
あのねぇ、と田中君は首を振る。いいから早く注文してよ。
「俺の身にもなって下さいよ。咲の許可は下りているとは言え、恭子さんと二人きりでいるわけです。貴女がベロンベロンに酔っ払ったら葵さんに連絡をしますが、到着するまで介抱するのは必然的に俺になるわけで、もしそうなった場合は咲にちゃんと報告をします。そうなれば、きっと俺は怒られるでしょう。何故飲み過ぎる前に止めなかったの、恭子さんを酔わせてどうする気、と」
「私が飲兵衛なのは咲ちゃんだって知っているじゃない。勝手に恭子が飲んで潰れたんだなって納得するわよ」
その答えに、コラッ、と田中君の喝が飛んだ。
「そもそも潰れる前提で飲むんじゃありません! 何かあったらどうする気ですか!」
「えっ、ちょっと田中君ってば、本当に酔った私をどうにかするの!?」
「んなわけあるかぁ! 俺じゃなくて、その辺で危ない目に遭うかも知れないでしょ!」
「だから葵を呼んでタクシーで一緒に帰って貰う」
「だったらいいか、とはならんわ! いいですか、今日はゆっくり飲むこと! 俺が咲に睨まれないため、そして葵さんが迷惑を被らないために約束しなさい!」
「えー」
「えー、じゃない! 今日は俺がタッチパネルを預からせて貰います。全くもう、そもそも無茶な飲み方をしていたら体にも悪いんですからね」
途中からやけにお母さんみたいな物言いね。宣言通り、田中君は自分の隣席にタッチパネルを置いた。テーブルに手を付き奪おうと腕を伸ばす。するとまた、コラッ、と叱られた。
「メニューを見るだけよ」
「違う! 恭子さん、また見えてる!」
服の裾を覗き込む。そこには谷間とキャミソール。
「別にいいわ。さっきも見たでしょ。それよりタッチパネルを寄越しなさい」
「あぁもう、酒が入るとこれだよ! 他の男の前ではやっちゃ駄目ですからね!」
「君の前でも駄目でしょ」
「わかっているなら隠しなさい!」
「じゃあタッチパネルを寄越せ」
「最悪の取引だ!」
ほら! と差し出された。わかればよろしい、としっかり受け取る。さて、面倒だからメガジョッキを頼もうかな。恭子さぁん、と背もたれに体を預け切った田中君が情けない声を上げた。
「何よ」
「酒、控えた方がいいですよ。嫌味とかじゃなくて、マジで」
「ご忠告、感謝致しますわ。ほほほ」
「綿貫の前でおっぴろげてみなさい。あいつ、俺の三倍は騒ぐから」
黙殺する。既に下着姿を晒したとは流石に言えない。溜息を吐いた田中君はおもむろにスマホを取り出した。何やら操作をしている。一方、私はお酒のメニューを確認する。ハイボール、焼酎のソーダ割。うん、メガレモンサワーの次はこの辺を頼もうかな。冷やしトマトはさっき注文したし、あとは厚揚げと軟骨の唐揚げ、玉子焼きが届く予定だ。あっ、ホッケがあるじゃないの!
「田中君、ホッケを頼んでもいい? 好きなのよ」
「後にしなさい。まだいっぱい来るんだから」
「えー」
「今日は二人しかいないんだから、バカスカ頼むんじゃありません」
「君、少食だっけ?」
「それは葵さん」
「じゃあいいじゃない」
「序盤からすっ飛ばさなくてもいいでしょ。クリスマス・デートの見通しが立って興奮しているんですか? 少し落ち着いて下さい」
むむ、そうまで言われると頼み辛いわね。渋々メガレモンサワーだけ注文した。田中君はまだスマホをいじっている。
「暇よ。スマホをいじるのはやめなさい」
「貴女のために調べものをしているのです」
「何を?」
「胸チラ防止の商品が無いか、ネットで検索しています」
「結果は?」
「何が何やらさっぱりわかりません」
そりゃそうでしょ。レディース服なんて見たことも無いのでしょうから。この子、咲ちゃんと買い物に行ってもぼんやりしていそうだし。
「とにかく隙が多すぎます。気を付けた方がいいですよ、恭子さんはお綺麗なんですから」
「口説いているの? 今度こそ咲ちゃんに殺されると思うけど」
「違うわ! 後輩としての忠言です」
そうねぇ、と一応裾や襟を正す。
「まあ君相手だから気が抜けているのかもね。仲の良い後輩だから、かな」
「むしろ俺相手なら警戒を強めた方がいいんじゃないですか。やらかし大王ですよ?」
君が咲ちゃんをほっぽって他の女に手を出すような人間だとは思っていなかった。……思っていなかったのに、ホント、余計な実績を残したわね。
「そうねぇ、うん。わかった、気を付けるわ。咲ちゃんに睨まれないためにも」
「よろしく頼みます」
「君もしっかりしてよね」
そこへメガジョッキが届いた。早速煽る。知りませんからね、と田中君は目を細めた。
「しかし恭子さん、改めて考えるとよく綿貫をクリスマスに誘えましたね。今日も電話口であんなに緊張していたのに、昨日はよっぽど頑張ったのですか」
その言葉に動揺し、お酒が気管に入ってしまった。激しく咳き込むと田中君が慌てておしぼりを差し出してくれた。大丈夫、と自分の分でテーブルに飛び散った飛沫を拭う。呼吸を整えつつ考える。青竹城の神様の話はしない方がいいわよね。
「一気に飲み過ぎたんですか?」
「ちょっと変なところに入っただけ。それで、よく誘えたって? そりゃもう頑張ったわよ。勿論、私一人だけじゃ無理だった。葵と咲ちゃんに支えられて、背中を教えて貰ってさ、何とかメッセージを送れたってわけ」
ふっと表情を緩める。ここだけの話よ、と手招きをすると田中君の方から顔を寄せてくれた。
「綿貫君に送ったお誘いの文面、葵が考えてくれたの」
「葵さんが?」
「何て言って誘えばいいのかわからなくてテンパっていたら、さらっと決めてくれたのよ。ふふ、我ながら情けないわよねぇ。でも助けて貰っちゃった」
そうですか、と田中君は小さく何度も頷いた。
「まあコメントに困るよね」
「ええ。どう返すのが正解なのか、正直全くわかりません」
「あはは、君の表情ですぐに察した。失礼」
いえ、と彼も笑顔を浮かべた。結局さぁ、と私も背もたれに体を預ける。
「ずーっと誰かに助けて貰いっぱなしなのよ。昨日は情緒が不安定だったり、綿貫君を疑似デートに誘う勇気が無かったり、そういうところで逐一葵と咲ちゃんに助けて貰った。今日もこうして田中君にデート・プランの相談に乗って貰っている。っていうか、ほとんど君に決めて貰ったわね」
「そのためにやって来ましたので」
軽く頭を下げられた。親指を立てて応じる。
「とにかく、そうやって皆のおかげでここまで来た。最後に告白、出来るといいなぁ。結果はどうなるか、怖いけどさ。気持ちを伝えないまま時間ばっかり経つのは嫌なの。すっごく緊張するだろうし、多分呼吸も止まるわね。それでも、どんだけ背中を押して貰ったのよ! って自分に言い聞かせて頑張ろうかな」
喋りながらどんどん恥ずかしくなってきた。大ジョッキに手を伸ばす。その時、無理はしないで下さい、と穏やかな声を掛けられた。
「……どうして?」
田中君は薄い微笑みを浮かべている。何となく、咲ちゃんはこの優しそうな雰囲気に惹かれたのかな、と思った。やらかし大王でバカでアホでチキンで人の心の無いろくでなしだけど、優しい一面もあるのよね。
「俺と状況が被るから、逃げ道を残しておいてもいいのかなって思って。ほら、さっきも話した通り、俺も皆に協力して貰って咲への告白の舞台を整えて貰ったじゃないですか。あそこまで、皆と来たから最後は頑張ろう、勇気を出そう、って踏み出せましたけど。自分が手伝う立場になって感じたんです。別に、その日その現場で何が何でも告白をしなきゃいけないってわけじゃないですよ、って伝えたくなりました。だってこっちは良かれと思ってお力添えをしているのですが、その後押しがプレッシャーになって押し潰すのは嫌です。もしその日、駄目だったらまた別の機会を設定すればいい。例えば当日、雰囲気が整わないこともあるでしょう。微妙な空気で一日を過ごして夜を迎えて、イマイチうまく運ばなそうだけどここまで来させて貰ったのだからいかねばなるまい! なんて馬鹿な話はありません。恭子さんが今言いたい、気持ちを伝えたい、そう思った時でいいんじゃないでしょうか。恭子さんは俺と違って、他人に対してとても真面目に向き合いますよね。だから周りの人に助けられたらその気持ちを全部背負い込もうとしているように見えます。でも、大事なのは自分自身です。タイミング、自分で決めて下さいね」
予想もしなかったアドバイスに面食らってしまう。そして、昨日神様から同じような言葉を掛けられたことを思い出した。自分の気持ちを優先していい。選択に迷ったら己の気持ちへ素直に従いなさい。そんな言葉を貰ったのだった。そんなに私、背負い込んで見えるのかな。結構、自分の都合を前に置いているつもりだけど、いざという時には周囲の人の気持ちを優先しているのかしら。
ありがとう、とジョッキから手を離す。
「少し、気楽になった」
「お役に立てたのなら光栄です。なんて、また生意気って言われちゃうか」
頭を掻く田中君の姿を眺めている内に、また自分の肩に力が入っていると気付いた。ゆっくりと息を吸い、静かに吐き出す。落ち着いて、リラックス。
「当日さ、頑張るけどね。君のアドバイスもちゃんと持って行くわ。次の機会だって必ずある。その日、告白出来なきゃ全部終わりってわけじゃない。そんな風に気楽に捉えてみる」
「その方がよろしいかと。恭子さん、力みやすいから」
「テンパりやすくて日本語能力が崩壊するって? 余計なお世話!」
「自分で言って俺に当たらないで!」
「君がさっきぶつけた暴言よぉ」
「そうでした。失礼しました」
深々と頭を下げられた。しかしチラリと此方を伺っている。目が合うとお互い吹き出した。
「さ、固い話は終わりにしましょ。お酒は楽しく飲まなきゃね!」
「飲み過ぎて前後不覚にならないよう気を付けて下さい」
「その時は葵に連絡よろしく」
「葵さん、可哀想」
「あんたにだけは言われたくないでしょうね」
最後の一言は素っ気なく投げかける。またやらかしてしまった、と田中君は頭を抱えた。やっぱり困った後輩だわ。
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