酔っ払いに蹂躙される捻くれ者。(視点:田中・葵)

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酔っ払いに蹂躙される捻くれ者。(視点:田中・葵)

 あぁ、と恭子さんが溜息とも呼び掛けとも取れるような声を漏らした。何ですか、と一応応じる。 「さっきの話。誰?」  それだけ零してじっと俺を見詰めて来る。いやいや、さっぱり意味がわからない。 「さっきの話?」 「クリスマスにぃ、混んでいる街へぇ、行った人。誰?」  あぁ、成程。しかし水は飲ませたしペースも落とさせたけど、大分酔っ払っているな。まだ七時だぞ。九時半くらいまで飲むつもりらしいが絶対もたない。 「橋本です」 「あはは、だよねー! 他にいないよねー!」 「あ、コラ。失礼な。その言い方だと俺にはあいつらしか友達がいないみたいじゃないですか」  んんー? と目を細めてこっちを見て来る。恭子さんの両腕はテーブルに乗せられて、その上には。うむ、酔っ払った人に隙が見えて緊張するのはやっぱり駄目だよね! マジで葵さんに助けを求めなきゃならないかも! その時、殴られないといいな! 「他にいるのぉ?」 「地元には顔見知りくらい、いますよ。大学時代の知り合いも何人かは」 「友達なの?」 「……いや、知り合いです」 「でも私達はぁ、友達?」 「先輩後輩、でしょ」 「いいじゃん友達で。駄目?」 「駄目なわけないですけど」 「じゃあ今日から友達ー! いや前から友達のつもりだったけど!」  ……こんなにも楽しそうに酔っ払っているのに、何故だろう。そこはかとなく面倒臭いと感じるのは。 「それで?」  だから、そこで言葉を区切られても意図が汲めないんですよ。あ、そうか! こういうところが面倒臭いんだ! 「何がですか?」 「察しが悪いわねぇ~。だから君は鈍チンなのよ」  鈍感なのは否定しないけど、それで? だけで何の話をしたいのかなんてわかるかぁ! 唇を噛み、叫び出したいのを堪える。そして気持ちがある程度落ち着いたところで、すみませんねと呟いた。しょうがないわねぇ、とまた酒を口に運んでいる。もういいや、止めない。どうせ制止は振り切られる。なんなら素面の時と違って自分のスタイルや危なっかしさまで酒を飲むための武器に使っている部分もあるし。葵さんが心配していた気持ちもわかる、酒を飲むために手段を択ばなさ過ぎているのは危険な兆候だと思いますよ! とっとと綿貫とくっついて、酒以外の依存対象を作ればいいんだ。両想いなんだから緊張する必要なんてこれっぽっちも無い。それを知らないのが恭子さんと綿貫の当人同士だけという、このやきもきする状況よ! まあ俺も咲と両想いだったらしいので人のことはとやかく言えんが。  聞いてるぅ? と恭子さんがテーブルに身を乗り出し、俺を見上げた。あーあー、もう胸元を隠す気がゼロじゃんか。そして聞いてはいなかった。この人、好きな相手と両想いなんだよなーと考えていた。 「すみません、考え事をしていました」 「先輩の質問を聞き流すとはぁ、こうよ!」  デコピンが繰り出される。駄目だ、この人は本当にポンコツだ。指先とはいえ酔って男に接触するなんて一番取っちゃいけない行動だろ。ましてや俺だぞ。やらかし大王だぞ。悪ふざけだとしても絶対に触っちゃ駄目だ。何故ならまた勘違いをして告白しかねないからね! 今度は三番目に好きでしたとでも言うのかな? はっはー、流石に恭子さんに対しては、面倒見のいい先輩、咲との仲を取り持ってくれた大恩人、そしてポンコツ酔っ払い姉さん、としか認識していない。だからやらかすことは有り得ない。だけど周囲は俺の実績に基づき俺を見る。咲に、俺が恭子さんにデコピンされた様を目撃されて御覧なさい。仕掛けたのは恭子さんなのに、何故避けなかった、とサイコキネシスで八つ裂きにされてしまう。  だからぁ、と続ける恭子さんは微妙に揺れている。 「橋本君ってば、どうだったのよ? 人混みまみれの街で、クリスマスに、デートをしたんでしょぉ? 相手は、佳奈ちゃん? それとも、えっ美奈さん!?」  ……ひどい酔い方だ。 「美奈さんのわけないでしょ、ここ数カ月、遊んでいただけなんだから」 「んー、そっか」 「あと、酔って橋本にそんな雑なフリをしないよう気を付けて下さい。流石に今のは人の心が無い」  俺の指摘に、ごめん! と勢いよく頭を下げた。両手をテーブルについている。 「でもさぁ、私、美奈さんより、佳奈ちゃんの方がいい。美奈さんには、会ったこと無いけど」 「会ったこと無いのに高橋さんの方がいいとか言っちゃ駄目です」 「君もぉ、写真を見て、佳奈ちゃんの方が良かったって言ってた」  酔っ払いのくせによく覚えているな! 一カ月も前の話だぞ! 「まあ写真の感じでは、はい。そうですね」 「佳奈ちゃんと橋本君はねぇ、ちゃんとヨリを戻したのだから、やっぱりぴったりなのよ。あ! 変な意味じゃなくてね!?」  わざわざ付け足さんでいいわ! 俺の同級生でピンク色の発想をしないでくれる!? 息を吸い込み叫びたくなった。だが、かろうじて堪える。酔っ払いを相手にペースを乱すな。落ち着け、俺。深呼吸深呼吸。 「……当たり前じゃないですか」 「でぇ? 人混みはどうだったかって聞いてんのよ」  今度は何で半ギレなの? 恭子さんが、お相手は美奈さん? なんてバカみたいな脱線の仕方をしたんでしょうが! あーもー、イライラするー! 「ひどかったそうです」 「はい! わかった! 二人揃ってインフルエンザに掛かったのでひどいもんだ、が正解でしょ!」  今度は満点の笑顔で思い切り挙手をした。だが恭子さんも、恭子さんの胸部も揺れているのがどうでもよくなるくらい呆れ果てる。一体いつから、そして誰がクイズ形式にした? 「いや、掛かってませんが」 「えー、つまんない」 「感染症に罹患するのを面白がらないで下さい」 「うーん、じゃあお財布をスラれた!」 「何でひどい目に遭わせようとするの?」 「君がそう言ったんじゃないのよさ」  あ、この語尾は駄目だ。完全に酔いが回っている。いよいよもって、葵さんに連絡をせねばなるまい。スマホを取り出そうとした、その時。 「あー! そうだ! ホテルに空きがなかった!!」  声がでかい! おまけに手を上げているから余計に目立つ! そこそこ入っているお客さん達の視線が集まる。慌てて、ちょっと恭子さん、と宥めた。 「下世話な発言をバカ声でしないで下さい! 手も下ろして! 俺達、二人纏めて変な目で見られるじゃないですか」  むうぅ、と唇を尖らせた。リップだかグロスだかわからんが艶々と光っている。刺激が強いなぁ。 「君とセットは、駄目。咲ちゃんに悪い」 「誰のせいだと思っているのですか」 「はい! 私、綿貫君とセットがいい!」  あー、めんどくせー。早く付き合えよー。そんで酔っ払った恭子さんの相手は綿貫に任せたい。 「そりゃそうです。うまくいくといいですね、折角デート・プランを立て直したんだし」  途端に両手で頬を押さえた。 「クルージングかぁ。船首で、後ろから、抱き留められたりして」  急に乙女スイッチを入れないでくれ、と喉まで出掛かったけど飲み込んだ。葵さんなら飲み込まず、躊躇なく指摘をしただろう。だが俺は後輩なのだ。言えないこともある。 「いいじゃないですか、映画のワンシーンの再現。案外、ノリノリでやってくれるかも」 「ノリノリ!? 私との疑似デートに!?」  ノリノリですよ。だってあいつは、昨日貴女を好きになったのですから。 「そこも楽しんでいると思いますよ」  今度は恭子さんが髪の毛の先をいじいじし始めた。 「大丈夫かなぁ……私、余計なお世話を焼いていないかなぁ……本当は迷惑じゃないのかしら……」  情緒不安定か。俺はカウンセラーじゃないんだぞ。 「ご心配なく。まあ綿貫はああ見えて気ぃ遣いですから、恭子さんがむしろ不安になるのもわかります。でも大丈夫。綿貫、本当にありがたがっていますよ、疑似デート。恭子さんのおかげで物凄く勉強になっているって喜んでいます」 「…………」  目を伏せちゃったよ。今度は何? 「……ホント?」  おー、そのしおらしい仕草と上目遣いは破壊力抜群ですね。むしろ写真に収めて咲に見せたい。鼻血を噴きかねないね。 「ホントホント。後輩の言葉を疑わないで下さいよ」 「んー……」  何でそこで迷うんだ。 「……わかった。ありがと」 「どういたしまして」  そしてお酒をくいーっと空ける、と。 「お手洗い、行って来る~」 「お気を付けて」  よし、と立ち上がると、案外平気な足取りでトイレへ向かった。やれやれ。しかし橋本の話を聞こうとする割に、いちいち自分で妨害してくるんだよな。さて、今の内に葵さんへ一方を入れておこう。貴女の助けが必要になるかも知れません、と。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★  スーパーからの帰り道。信号待ちをしている間にぼんやりスマホを眺めていると、丁度一件のメッセージを受信した。発信者は、田中君、ね。やれやれ、恭子が酔っ払ったか? 『お疲れ様です。葵さん、今日は恭子さんがヤバいかも知れません。クリスマス・デートの計画がほぼ完成して浮かれているらしく、えらい勢いで飲んでいます。既に相当上機嫌です。もしものことがあったら、助力を願う可能性もあります。一応、現時点でご一報を。』  信号はまだ変わらない。返事を送っちゃうか。 『やだ』  すぐに既読がついた。 『何で!』 『めんどい』 『俺が送るわけにもいかんでしょ!』 『タクシーに放り込め』 『危ない目に遭ったらどうするんですか!』 『自己責任だろ、二十六だぞ』 『つめた。わー、つめた。ちなみに恭子さん、「葵なら迎えに来てくれる! だって私達、大親友だもん!」って言ってましたよ』  ちっ。あんにゃろ、断り辛い発言を……。 『どうしても駄目そうなら連絡をくれ』 『わかりました、ありがとうございます!』 『咲ちゃんには私から言っておく。恭子のバカがべろんべろんになって田中君に絡んでいるってな』  既読がつき、おや、返事が来ないな。何を考え込んでいるのか。或いは恐らくトイレに立っていたであろう恭子が戻って来たか? まあいい、こっちも信号が変わった。歩きスマホはしない主義なのでポケットに仕舞い込む。安全第一。さて、恭子よ。酔っ払うのは勝手だが咲ちゃんの逆鱗に触れるような真似はするなよ。
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