写真選定、開始!(視点:咲)

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写真選定、開始!(視点:咲)

 橋本君が何やらスマホを操作した。程なくして、テレビがニュース番組から彼の待ち受け画面と思われるものに切り替わった。アニメのキャラクターかな。イラストの上にアプリのアイコンがいくつか並んでいた。 「見られちゃマズイ物とか無いんか」  葵さんの指摘に、ちゃんと隔離しているから大丈夫です、と薄い笑顔で応じている。あるんだ、とぼんやり思った。まあ、橋本君だもんね。 「エッチな動画か」 「そんなところですが、多分想像の五倍くらいはマズイものですね」  そのお返事に、ほほう、と葵さんは腕と足を組んだ。腰、痛めないで下さいね。 「ヤバそうな気配がするな。触れないでおこう」 「法は犯していないのでご心配なく」 「のらりくらりも限界があるからな。気を付けろよ」 「危ない橋は渡りませんって~」  怪しげな会話を交わしながら、橋本君は写真のフォルダを開いた。見ていいのかな。プライベートを覗くようでちょっと気まずいですね。そんなことを考えながらもテレビから目を離さない。ついでのように一口、レモンチューハイを含んだ。うん、美味しいです。 「えーっと、綿貫の写真はっと。お、早速あった」  一枚選ぶと画面いっぱいに広がった。わぁ、と私は自然と感嘆の声を上げる。 「三人の写真だ!」  スーツ姿の橋本君、綿貫君、徹君が肩を組んで自撮りをしていた。居酒屋で撮ったらしく、お酒の瓶と氷の入ったケースが写り込んでいる。 「こないだ、仲直りをした日に撮ったんだ」 「すっごくいい写真だね! 三人、仲良しなのが伝わって来る! えっ、これで決まりじゃない!?」  とても素敵だ! この写真をラベルにしたお酒の瓶を貰ったら、間違いなく嬉しいよ! 「割とよく撮れているよねー」 「しかも仲直りの会なんて、印象に残るし! ねっ、葵さん! この写真でいいと思いますよね!」  絶対に賛成してくれるはず! そう確信してお顔を覗き込んだらば。 「……」  意外にも、眉を顰めていた。瞼がピクピク動いている。あれ、と橋本君も首を傾げた。 「葵さん、気に入りませんか?」  その問いにも表情は険しいまま、いや、むしろ唇を噛み締めた。 「……どうかされましたか? まさか、お化けでも写っているのですか」 「え、これ心霊写真なの? 全然気付かなかった」  私達のやり取りに、違う、と押し殺した声でお返事をくれる。 「私に霊感は、無い」  そうですか、と応じる橋本君は珍しく困惑していた。理由がわかっていれば躱せるけれどわからないから困っているのかな。私も戸惑っております。葵さんがこんな表情や態度を示すのは珍しいもの。ましてや素面の時に見たことは……最近あったか。泥酔した恭子さんを叱り飛ばした時も苦虫を噛み潰したような顔をしていたな……。ええと、と橋本君が遠慮がちに声を掛ける。 「何かお気に召さないので……?」 「……これを撮ったの、十月二十七日だよな」  そう訊かれて橋本君はデータの詳細を確認した。仰る通りの日付です、と丁寧に返事をしている。やっぱりか、と葵さんが今度は深々と溜息を吐いた。 「あ」  日付でようやくピンと来た。気付いたか、と椅子に崩れ落ちるのが目に入る。 「この写真の撮影翌日に……」 「私はそこに写っているアホたれから告白されたんだよ」  やべっ、と橋本君が小さく叫んだ。部屋の空気が凍り付く。ちなみにだ、と葵さんは淡々と続けた。 「君らと飲んでいる最中に田中君は私へ電話を掛けて来た。恭子の恋バナを聞きたいから、明日の夜に葵さんと二人で飲めますか、って。だから、まさにこの写真を撮る前後の事だろうよ」  居たたまれなくてテーブルに視線を落とす。やめましょう、と橋本君は写真を閉じた。いやいや、と葵さんが鼻で笑う。うぅ、首の辺りが寒い感じがするのです……。 「いい写真じゃないか。ボトルに貼ったらさぞ映えるだろうよ。エモいとか言ったっけか? 素敵なクリスマスプレゼントになるじゃねぇか」 「葵さん、怖い」  目が血走っておいでですね。ちなみにメガジョッキがお好きなのは恭子さん、なんてとてもじゃないけれど言い出せそうにありません……。 「この日に私がフラれる切っ掛けのお電話をされたのでございますよ。はっはっは、なんなら戒めとして田中君の分も発注してやろうか! 費用は私がもってやらぁ!」  ひぃー、気まずい! 缶を握り締めて身を竦める。だけど私が謝ったら、罪の無い咲ちゃんに謝らせやがってあのクソバカ旦那、なんて感じでますます燃え上がってしまう気もする! どうしたものかと迷っていると、まあまあ、と橋本君が葵さんの後ろに回り込み両肩へ手を置いた。こうやってさり気なくお触りする辺り、綿貫君と対極だ。 「落ち着いて下さい。そんな日の写真とわかれば恭子さんも採用しないでしょう」 「けっ、言わなきゃバレねぇよ。使え使え。どうせ私が見る機会なんざありゃしねぇんだ」 「いや、もし恭子さんと綿貫が結婚したら、きっとこのボトルを新居に飾りますよ。初めてのクリスマス・デートの記念としてね。当然、葵さんは遊びに行きますから、ラブラブな二人と地獄の前夜の写真を同時に目の当たりにするわけで」 「その瓶で二人の頭をかち割ったろか!」  怖いよう……。 「どうどう。恭子さんと綿貫に罪はありませんよ」  あ、今度は背中を擦っている。セクハラですね。ん、と葵さんが身じろぎをした。 「おい。ちょっと、くすぐったい」 「エロいっすね」 「はっ倒すぞクソガキ。しかも肩に手を置いた時にさりげなく人のブラ紐を触りやがって」 「事故事故」  橋本君がホールドアップの体勢を取る。入れ替わりに、私は後ろから葵さんの頭を抱き締めた。やってらんねぇ、と重みを預けて来る。 「じゃあ別の写真を探しましょう」 「ふん。悪いが頼まぁ」  ふてくされたお姉さんに、飲みますか、と缶チューハイを差し出す。 「間接チューだな」 「……その物言いなら案外大丈夫そうですかね」  けっ、と呟き私のお酒に口を付けた。間接チュー、しちゃいました。 「えーっと、他に綿貫の写真はっと。最近は飲んだ時の物ばっかりだなぁ。面白味に欠ける」  スクロールしていく画面では、野良猫や街並みの写真に混じって徹君と綿貫君の姿が見えた。確かにスーツ姿ばっかりだ。 「しかしよくもまあ飲み会の度に写真を撮ったな」 「親友なんで」  間髪入れず切り返した。少し羨ましくなる。私には親友と呼べる人も呼んでくれる方もいないから。葵さんと恭子さんにとっては後輩。徹君からは彼女で、今度は奥さんになる。橋本君、綿貫君、佳奈ちゃんはお友達。ううん、それだけでもとってもありがたいのだ。ただ、私はどんどん強欲になっているようです。  いいな、親友って。  そう、思ってしまうのだ。 「……不自然だな」  唐突に葵さんが呟いた。その声で我に返る。何がです、と橋本君は写真探しの手を止めない。 「佳奈ちゃんの写真が一枚も無い」  言われて初めて気付いた。確かに見当たりませんね。だけど橋本君は動じない。 「そりゃ、個別のフォルダを作ってありますから」 「見せろ」 「脱線するなぁ」  ぼやきながらもすぐに画面を切り替えた。『佳奈』と書かれたフォルダを開く。そこにはたくさんの佳奈ちゃんがいた。笑っている。むくれている。ご飯を食べている。舌を出している。目元でピースをしている。大袈裟なアヒル口をしてふざけている。綺麗な川のすぐ傍で右手を突き上げている。そして、大きな橋の上で橋本君と自撮りのツーショットを収めている写真。 「見たこと無い佳奈ちゃんがいっぱいだ……」  思わず呟くと、そりゃ彼氏相手だからな、と葵さんが答えてくれた。 「まあ佳奈との付き合いも長いからねぇ」 「七年だっけ。うーん本当に良かったね、ヨリを戻せて」  私の言葉に、うん、と意外と素直に頷いた。 「おや、珍しい。照れ隠しにうだうだ言いそうだってのに」  葵さんも同じように感じたらしい、遠慮なくつついている。それに対して橋本君は。 「佳奈には、ちゃんと向き合うって約束したから」  きっぱりと言い切った。ふうん、とお腹の辺りから葵さんの声が響く。 「前にも伝えたがな、橋本君よ。君、今の方がいい顔をしているぜ」  私も頷く。やっぱり橋本君には佳奈ちゃんがピッタリです! ありがとうございます、と答える橋本君は、恥ずかしそうに頬を掻いた。そして、もういいですか、と此方を仰いだ。 「綿貫の写真探しに戻っても」 「もう少し佳奈ちゃんを愛でていたい気もするが、そっちは酒のアテにとっておくとするか」 「まったく、葵さんってば思い付きで我儘を言うんだから」 「年長者の横暴さ」 「ひっでー」  すぐに写真フォルダへ戻される。ふむ、と葵さんが顎に指を当てた。 「今度は何ですか」 「……いや」  そして綿貫君の選別作業を再開する。さっきまで見ていたところへ凄い勢いでスクロールをした。いい物はあるかねぇ、と葵さんが当然のように私のお酒を口に運ぶ。仕方がないので手を伸ばし、新しいレモンチューハイを開けた。 「結局、二人とも飲んでいるじゃないですか」 「飲まずにいられるかってんだ。初球からデッドボールを投げ込んで来やがって」 「葵さんに野球ボールをぶつけたら、粉砕骨折しそうですね」 「誉め言葉として受け取っておこう」  橋本君と葵さんがキャッチボールをしている光景をぼんやりと思い浮かべる。徹君曰く、橋本君は運動神経が死んでいるらしい。五十メートル走も九秒だか十秒だかかかるそうだ。私も人にとやかく言える運動神経ではないけれど、少なくとも橋本君は私より足が遅い。まあ、大人になったら皆似たり寄ったりかも知れないですが。一方、葵さんも観覧車から降りる際に転びそうになるくらいの身体能力だ。そんな二人の間でキャッチボールは成立するのでしょうか、と失礼なことを考える。もし本当にそんな機会が訪れたら、暴投が怖いので半径十メートル以内には近寄らないようにしようかな。頭に当たったら痛いもの。
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