この上なき自業自得。(視点:咲)

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この上なき自業自得。(視点:咲)

 橋本君の発言に、葵さんは目を丸くした。私も首を傾げる。 「何だよ、慣らしって。まさか水着で踊れとでも言うんじゃなかろうな」 「そこまでいかがわしい要望はしませんよ」  刺激が強すぎますね……すごく見たいけど。 「じゃあ一体私をどうしようってんだ?」  腕組みをする葵さんに、いいですか、と橋本君は人差し指を向けた。しかし、指差すんじゃねぇ、と速攻でデコピンをされる。失礼しました、と頭を下げて咳払いをした。 「葵さんはですね、ちょっと乙女が過ぎるのです」 「可愛くていいだろぉ」 「茶化すんじゃありません」  その言葉に薄い頬を膨らませた。つっついていいかなぁ。 「言い方を変えれば男女の仲に対して耐性が無い」 「む、それは確かに」 「だから慣らしてみましょう。はい、あーん」  橋本君がピザを一切れ差し出した。え、もう!? と葵さんが戸惑いを見せる。私はスマホのカメラを起動し録画を開始した。 「ほら、チーズが落ちちゃいます。早く食べて」 「いや、でも、その」 「あーん」  あがが、と口を開けた葵さんが唸った。どんどん顔が赤くなっていく。そして先っぽを少しだけ齧った。美味しい? と橋本君が甘い声を掛ける。俯いた葵さんは黙って頷いた。 「もう一口、食べる?」  うーん、鳥肌が立ちそうな声色ですね。葵さんが今度は首を横に振る。恥ずかしい? との指摘にはがくがくと頷いた。 「可愛いお姉さんですね」 「やめろよ気色悪い……」 「ご自分が強引で悪いお姉さんって仰ったんじゃないですか」 「ありゃ咲ちゃんをからかうためだっての。わかっているだろうが」  たじたじになる葵さんに、じゃあこういうのは? と橋本君が立ち上がった。テーブルを回り込み、葵さんの座る椅子の背に手を置く。華奢な先輩は身を竦ませた。どうぞ、と今度はチキン一つを差し出されている。しかし腕が後ろへ回されている分、随分距離が近いですね。 「か、顔、近い」  案の定、葵さんが照れを見せた。私にはチューするのに橋本君には照れるんだ。 「大丈夫、何もしませんから……」  そりゃそうだ。 「当たり前だ! 佳奈ちゃんに殺されちゃう!」 「だから当然、お手付きはしませんよ。ただちょっとだけ近くで食べさせていただいているだけ」 「いただくな! 許可しない!」 「これくらいで照れていたら、婚活なんて夢のまた夢ですよ?」  ぼわん、と頭の中に恭子さんが浮かぶ。綿貫君を相手にするといっぱい照れて、とってもテンパっているあの人に葵さんは呆れていたけれど、ひょっとしなくても葵さんの方が照れ屋さんなのではないのかしらん。だから今もこうして至近距離の橋本君に照れてしまっているわけで。お顔なんて火が出そうなほど真っ赤っか。葵さんも恭子さんも根っこはよく似ていらっしゃるのかも。 「はい、あーん」  ひっ! と悲鳴が聞こえた。 「い、息! み、みみみ、耳に息をかけるなよ!?」 「弱いんですかぁ?」  あー、甘ったるいなー。背中がむずむずするのです。 「か、かかる! やめろ!」 「髪の毛があるから大丈夫ですってぇ。それとも、フリ? かけて欲しいの?」 「やめろ! 手を伸ばすな! 本気で怒るぞ!」 「はいはい、わかりましたよ。じゃあほら、チキン。食べて下さい。冷めちゃうでしょう。さ、口、開けて」 「ひぃい」 「怖がらなくても平気ですよ。食べ辛いなら、ほら」  葵さんの顎に橋本君の手が伸びる。摘まむ気ですか? 「いらんいらん! 自分で食えるから! って言うかむしろ食いづらいわ! そんで何だお前、怪しい接客業の経験でもあるのか!? 唇を奪いにかかる手付きに迷いが無さ過ぎる!」 「そんな面倒臭い仕事、しませんよぉ。別にキスだってするつもり無いし」 「あってたまるか! そもそも寄るな! 私に何をする!」 「慣れて欲しいだけですよぉ。ところで葵さん、いい匂いがしますね」 「変態だー!!」  次の瞬間、葵さんが椅子から立ち上がった。おっと、と橋本君は身を捩る。 「あかん! もう堪忍しておくれやす!」 「何弁ですか?」 「恥ずかしくてかないまへんわ!」  橋本君が、西の出身でしたっけ? と首を傾げた。ただの照れ隠しだよ、と補足を入れる。荒い息をつく葵さんを最後に収め、録画を終了した。さて、と。 「お前なぁ、こうやって色んな女に手を出して来たんだろ。慣れですよ、とか本気じゃないから、なんて言いつつ気が付けば君に食べられているんだ! そうに違いない! きっと抵抗しなかったら私も今頃……!」  まさか、と橋本君は肩を竦めた。 「友達に手は出しませんって。気まずくなるの、面倒臭いもん」 「あっ、その物言いは体験済みなんだな!? 友達に手を出して面倒臭い関係になったことがあるんだ!」 「いやちょっと想像すればわかるでしょ」  その想像力が足りなかったうちの旦那様は派手にやらかしたのですよ。やれやれ。 「それに俺、十七から佳奈と付き合っているんですよ? どうも誤解されているようですが、言う程遊んでいませんから」 「嘘だ! 今の手付きと猫撫で声は完全にヤり慣れている奴のものだった!」 「言い方、ひどいな」 「あーもー、ミルクチョコみたいなゲロ甘い囁き方をしやがって。見ろこれ、鳥肌が収まらん!」  葵さんが袖を捲り、彼に腕を見せ付けた。綺麗ですね、と橋本君が間髪入れず手を握る。ひぇえ、と再び葵さんの口から悲鳴が漏れた。逃さないよう写真を撮る。 「離せバカ! 付き合ってもいないのに手を握ったりしたらいけないんだぞ!」  振り解かれた橋本君は、でもぉ、と悪い笑顔を浮かべる。 「小学生の頃には遠足とか、フォークダンスとかで繋いだでしょ」 「ありゃ男女の仲じゃないだろうが!」 「真面目なのは素敵ですよ、先輩。だけどもう少し気楽に捉えたらいかがです?」  あ、また顔を寄せている。あがが、と意味の分からない呻き声を上げながら葵さんは後ずさった。 「お前、怖いんだよ! 私は食べられたくない! むしろ可愛い子を食べたい側の人間だ」  緊張のあまりバカみたいな告白をしていますね。だから私にチューするのですか。それはともかく再び動画の撮影を開始する。 「いいじゃないですか、たまには立場が逆転するのも新鮮で」 「嫌だ! 全然楽しくない!」 「慣れれば楽しくなりますよ。まあ、今の葵さんもいいお顔をされておりますが」  一歩一歩、交代する葵さんに、一歩一歩、橋本君がにじり寄っていく。サスペンス映画みたい。 「これのどこがいいツラだ! 殺人鬼に命乞いする場面にしか見えんわ!」  あ、思考が一緒でした。うふふ。 「可愛いですよ、先輩」 「話を聞けや!」 「攻められるのにも慣れて下さいよ、お姉ぇさん」  じわじわ進み、とうとう壁際に追い詰められてしまった。来るな、と悲壮感と言うか、怯えの滲んだ声が響く。 「心配しなくても、咲ちゃんがいる前で不貞は働きませんってば。ただ、葵さんにもう少し慣れて欲しいだけ」 「嘘だぁ! 食べられちゃう!」 「食べないですよ。ただ、軽く、優しく、ハグをしようかと」 「エッチ! バカ! ハグに軽くもクソもあるか! 接触だぞ! 全身の!」 「大丈夫。怖くないから」 「本人が嫌がっているのに強制するんじゃない!」 「そのくらいしないと葵さん、一向に慣れられないですよ。良薬、口に苦し」 「お前だけは甘味を啜るじゃんかぁ! いや、私だってそんな上玉じゃないけど!」 「可愛いですってば。綺麗で素敵なお姉さんです」 「畜生、全然話が通じねぇ!」  しかし全然私へ助けを求めてきませんね。焦るあまり、存在を忘れられたのでしょうか。別にいいですけれど。橋本君は流石に一線を超えないとわかっているし。ただ、ハグは同意があればセーフでしょうけれど嫌がる相手にはアウトですねぇ。いざとなったら強引に止めますか。と思ったまさにその時。一件のメッセージを受信した。本文をすぐに確認する。そして動画の撮影をやめ、瞬間移動をした。手を繋ぎ、間髪入れず橋本君のお家に戻る。さ、どうぞ。  連れて来た彼女の腕が橋本君の首に回された。いや、締め上げたと言った方が正確かな。ぐえ、と反射的に声が漏れている。 「あんた、何をしているの? 聡太……」  あぁ、怒っていますねぇ。そりゃそうだ、彼氏が他の女の人に、慣れさせるためですよぉ、なんて言い訳をしながらハグを迫っていたらキレますよ。  ね、佳奈ちゃん。 「え、ちょ、もしかして」 「彼女の声も忘れたの……? 次の女の子にお手つきするから……?」 「嘘っ、佳奈!?」 「葵さんに何するつもり……?」  やっべぇ、と今度は橋本君が悲鳴を上げた。しかし佳奈ちゃんは全く手の力を緩めない。あのまま首でも折りかねないかも、と思ったけれど、話が出来るくらいには加減をしているみたい。 「佳奈、違うんだよ。これには事情が」 「明らかに同意の上では無いように見えるんだけど」 「いや、そのくらい劇薬じゃないと葵さんのウブな一面は解消出来ないって思ったから」 「襲い掛かってるようにしか見えなかったし、一億歩譲って善意からの行動だとしても順番が違うよね……?」  怒った佳奈ちゃんは怖いですねぇ。このくらいの強さが無いと橋本君の手綱は握れないのでしょう。しかしそんな彼を好きって、佳奈ちゃんもいい趣味をしています。割とゲテモノ食いなのかしら、なんて。失礼過ぎるので言わないでおこうっと。 「男との接触が苦手みたいだから、慣れて貰おうとしたんだよ! ほら、咲ちゃんに見られているし、俺には佳奈がいるのに間違いが起きるわけないじゃん! 俺、丁度いいサンプルになると思わない?」  無茶苦茶な言い訳ですね。案の定、佳奈ちゃんの額に青筋が浮かぶ。橋本君も懲りないなぁ。 「葵さんに慣れさせるため……? あんたが丁度いいサンプル……? だけどそれにかこつけて今、何をしようとしていた……?」 「こいつ、私に抱き着こうとした!」  葵さんが即、告げ口をする。言い方が悪い、と橋本君は逃げようと必死だ。 「ハグ! ハグだから! いやらしい目的じゃない!」 「手付きはやらしかったぞ! それに私は嫌だって言った!」 「無理強いしてんじゃないわよ……」 「そうだそうだ!」  ぐえぇ、と橋本君の息が漏れる。 「あとさっき、服の上からブラ紐を触られた!」 「それはたまた……」  キュッという音と同時に橋本君が静かになった。佳奈ちゃんがゆっくりと彼を横にする。え、と葵さんが指差した。さっき、自分が差された時にはデコピンをしていませんでしたっけ? 困った先輩です。 「まさか、こ、ころ……ころ……」  おむすびころりん、なんてね。 「締め落としました」 「いやそれでも十分怖いわ!」
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