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お迎え部隊、出動!(視点:咲・田中)
ふむ、とスマホを眺めて葵さんが声を漏らした。
「田中君達、店を出たそうだ。三十分くらいで着くかな。少し早いが咲ちゃんよ、私を恭子の家へ送ってくれるかい? 届けたらまた此処へ戻って来ていいからさ」
その言葉に、いえ、と首を振る。
「田中君とお話したいので、私も一緒に待ちますよ。彼、恭子さんのご相談に乗ること自体も謝っていたのにこんな風になってしまって、きっと気にしていますから」
「自業自得ではあるが、まあ恭子も罪深いですわね。わかった、同行をお願いしよう」
「あ、じゃあ私も出なきゃいけないか」
佳奈ちゃんも席を立つ。瞬間移動で連れて来たから瞬間移動で帰らなきゃならない。そのためには当然私の同行が不可欠だ。ただ、テーブルにはピザも餃子も残っていた。
「まだ食べていていいよ。戻ってくるし、その時には電話をするから二人で楽しく過ごして下さい」
にっこり微笑みかける。咲ちゃんも言うねぇ、と葵さんが茶化した。私だって一人前の大人なのです。咲らしくない発言だなぁ、と佳奈ちゃんは頬を掻いている。
「でもいつ戻ってくるのかハラハラしたり、本当に鉢合わせして気まずくなるより良くはない?」
「そりゃそうだけど」
「んじゃまあちょっと外して酒乱バカの面倒を見てくるわ。ごゆっくりお過ごし下せぇ」
「葵さんに言われても、いつも通りだな、としか思いませんね」
「でも攻められると弱いの、可愛いよね。ね、お姉ぇさん」
「行くぞ咲ちゃん」
「聡太のアホ」
楽しいやり取りの傍らで葵さんのお手を取る。行ってきます、と手を振ると佳奈ちゃんも橋本君も振り返してくれた。
はい、到着です。やれやれ、と葵さんが遠慮なくダイニングテーブルへ腰を下ろす。繋いだのと反対の手には栓の開いていない缶のお酒が握られていた。すぐに開けて口を付けている。お揃いですね、と私も未開封の缶を差し出した。小さく笑って、乾杯、と軽く当ててくれる。そしてスマホを取り出した。
「しかし恭子も見事に酔い潰れたな。田中君にもたれて寝ちゃうなんて、少しは咲ちゃんのことも考えろってんだ」
私も写真を覗き込む。薄い笑みを浮かべた綺麗な寝顔。いえ、と呟いた。
「思考能力が壊滅する程、酔っ払われたのかと」
「男の前でそれは駄目だろ」
「ましてや婚約者のいる男性に寄り掛かって熟睡とは」
「アウト」
「ですね」
顔を見合わせ、同時に吹き出す。叱り飛ばしてやれ、と葵さんは頭の後ろで手を組んだ。
「やりませんよ。これがもし、私の知らない方でしたら深く暗い恨みの炎を燃やすところです。だけど恭子さんですもの、それこそ信用しておりますよ。第一、綿貫君に振り向いて貰おうと一生懸命です。田中君に寄り道するなんて有り得ません」
そう答えると、大きな目が私を捉えた。
「本当に、怒っていない?」
「ご心配いただきありがとうございます。でも怒っていませんよ。恭子さんって本当に飲みすぎるなぁ、とある意味感心しております」
ははは、と葵さんは口を開けて笑った。その笑顔を見ると安心します。
「感心たぁ、また強烈な嫌みだね」
「本心です」
「だとしたら余計に鋭くぶっ刺さるぜ」
やれやれ、と葵さんは繰り返した。
「むしろ葵さんの方が不機嫌な気がします」
その指摘には、別に、と目を瞑った。そうして少しの間閉じていたけれど、ゆっくりと開けた。
「ただ、外で潰れる程の飲み方は改善するべきだと呆れている。あと、周りに迷惑もかけちゃ駄目だろ。田中君に家の中まで運ばせる気だったのか? それは非常によろしくない。だからこうして我々が出動しているわけで、その手間隙をかけさせているのも大人の振る舞いじゃない。田中君には恭子も甘えているから堪忍してくれと言ったけどさ。駄目な部分も気にはなるのだ。まっ、いくら説教しても飲み方は変わらないだろうなぁ。私らの前では遠慮なく飲むんだもんなぁ……いいのか悪いのかよくわからなくなってくるよ」
溜息を吐き、お酒を口に運んだ。そうですねぇ、とあまり意味の無い相槌をうつ。
「ちなみに葵さんもサークルの同窓会にはよく行かれるのですか?」
「行きたくないけど恭子が一緒に来てくれって言うから渋々参加している」
「結構頻繁に開かれるので?」
「年に二回くらいかな」
聞いておいてなんだけど、その頻度が多いのか少ないのかも私にはわかりませんね。
「卒業生は毎年排出されるのですから、規模がどんどん大きくなっているのですか?」
「なんだよ、やけに食い付くな」
そう言って目を丸くした。はっと気付くと割と身を乗り出していた。おかしいな、私、どうしてこんなに前のめりになっているのだろう。
「あ、咲ちゃんってば、ひょっとして嫉妬? 私や恭子に他の人と仲良くして欲しくない?」
いえいえ、と慌てて手を振る。
「人の交友関係に口出しをする程、厚かましくはないつもりです」
「だけど割とぐいぐい来ていたじゃんか。なあに? お姉さん、取られちゃいそうで嫌?」
細く薄い手が私の両頬を挟み込んだ。大丈夫、口にチューはされない。そしてこの体制では口以外にチューは出来ない。だから焦る必要は無い。
「心配はしておりません。だって葵さんは、ずっとずっと傍にいて、私を見守ってくれると約束してくれましたから」
真っ直ぐに目を見詰めて、きっぱりと言い切る。うむ、と葵さんの手が離れた。
「改めて君から告げられると、我ながら恥ずかしいね」
照れ隠しなのか頬を搔いている。それで、と私は話を戻す。
「どんどん人が増えるのでしょうか」
「気にするねぇ。全卒業生が対象として呼び出されるのは五年に一度らしい。私はまだ引っ掛かったことは無い。そして年に二回開かれる会は、在籍期間の重なった先輩や後輩で集まるので規模が拡大したりはしないな」
「そうですか。わかりました、ありがとうございます。そして、そのような会では恭子さん、酔い潰れたりはしないのですね」
うん、と葵さんは頷いた。つまりさ、と話を続ける。
「あいつも節度ある飲み方は心得ているんだ。その上で私らの前だと高確率ではっちゃけるだろ。な、甘えているのさ。良くも悪くもね」
「気を許して貰えているのなら、とっても嬉しいですよ」
微笑みかけると、だからあいつももたれかかるんだ、と肩を竦めた。
「田中君もやきもきしただろうな。貴女が寄り掛かるべき相手は俺じゃない、って」
「ただ、綿貫君は恭子さんに寄っ掛かられたら困っちゃいそうですね」
「そっと椅子に横たえて、後はゲロを喉に詰まらせないか健気に見張っていそうだな」
デートと告白、うまくいくでしょうか。両想いだけど綿貫君が恭子さんの気持ちを素直に受けとるか心配ですね。そんなお話をしたいのだけれど、躊躇してしまう。葵さん、いざ恭子さんを送り出すとなると寂しくなったって仰っていた。温泉にお連れして少しは気晴らし出来たかも知れない。ただ、積極的に触れていいものか、まだ迷ってしまう。
しかしなぁ、という葵さんの言葉に少しだけ緊張した。
「あの恭子が両想いか。凄いな綿貫君。浮いた話の気配を感じる度にフラグをへし折ってきた恭子にここまで惚れられた上、そんな気持ちは露知らず彼の方からも好意を抱くなんて。いやはや、人間関係ってのはわからないものだ。昔、私をフッたのだからせめて幸せになって欲しいね」
勢い良くお酒を飲んだ葵さんは、うーん、と伸びをした。お話を聞いた私は。
「膝枕、しましょうか」
そう申し出てみる。お願いっ! と即答した。家主のいない家のソファへ遠慮なく腰を下ろす。えいっ、と葵さんはすぐに頭を預けて来た。よしよし。
「さっきのお昼寝とは逆ですね」
「まさか咲ちゃんにからかい返されるとは思わなかった」
「橋本君にもやられていましたねぇ。葵さん、攻めに弱いのですか?」
「照れ屋さんと呼んでおくれ」
「確かに思い当たる節がたくさんあるかも」
互いに笑い、そして口を噤む。静かな時間が訪れた。葵さんの髪をゆっくりと撫でる。穏やかなひとときですね。
「……眠い」
ぽつりと葵さんが零した。
「いいですよ、寝ちゃっても。田中君には私へ連絡をするよう伝えますから」
「いや、でも恭子へ一応説教をせにゃならんのに、寝起きになったら頭が回らない気がする」
今朝、九時半の出来事を思い出す。寝惚けた葵さんが私に抱き着きどういうわけか泣いていた。怖い夢を見たのか、二日酔いで情緒が安定していなかったのか。ともかく、葵さんらしからぬ行動だった。流石に短いお昼寝だけで同じように調子を崩すとは思えないけど、少し引っ掛かりを覚えもする。
「お説教、するのですか」
だから眠気が覚めるように話し掛けた。うむ、と私の膝の上で形のいい唇を尖らせる。
「擁護も駄目出しもしたけどさ、それは恭子という個人との関係性ありきでの対応だ。一人の大人として見た場合、あいつの行動は怒られて当然のものだからな。親友として、同輩として、私が叱ってやる必要がある。今日、迷惑を被った人の中で、あいつにバカって言えるのは私だけだし」
そうですね、と相槌を打った私は小さく笑ってしまった。なんだよ、と怪訝そうな声が返ってくる。
「甘えているってわかっていて。でもあのおバカって呆れて。ただ、決して恭子さんを見放さないであげる。そういう、葵さんの優しいところ、素敵です」
思ったままを伝えると、目元を腕で隠した。照れ隠しでしょうか。しばらく黙っていたけれど、溜め息を一つ吐いた。腕は動かさないまま、先輩が口を開く。
「見放すわけ、無いさ。もし、恭子が私を裏切るようなことがあっても。あいつに包丁で背中からぶっ刺されたとしても。私は恭子を信じるよ。何か理由があったのだろうって。だから酔い潰れたくらいで見放すなんてあり得ない。飲み方には呆れるし、叱るけど。離れたりは、しないね」
「……親友、ですものね」
うん、と穏やかなお返事をされた。いいな、親友。素敵な間柄です。
そういやさ、と不意にお顔から腕をどかした。一転して、笑顔を浮かべている。
「橋本君ってば可愛いところもあるんだな」
その言葉には戸惑いを覚えた。まさか。まさかまさか。
「えっと、葵さん、本当に橋本君がいいなって思われたのですか?」
私の指摘に一瞬固まった。嘘、本気なの? と心配になった次の瞬間、足をバタつかせて笑い出した。んなわけあるかぁ、とお腹を押さえている。
「だって、可愛いところがあるって」
「そういう意味じゃねぇよ! 私があいつと? 無い無い! 佳奈ちゃんと付き合ってなくてフリーだったとしても有り得ない!」
そこまで否定されると橋本君に少し同情したくなる。しばらく笑い転げた挙げ句、中指で目元を拭った。泣くほどウケちゃうとは思いませんでしたね……。
「あー、おもしれ。そんで誰よりも可愛いのは咲ちゃんだわ」
「別に可愛くはありませんが……」
「いいや、世界で一番可愛い私の大事な後輩だ」
親友ではなく後輩。だけど葵さんにとっての世界一。胸が暖かくなる。私を見上げる先輩に。
「葵さんも世界で一番大事で大好きな私の先輩です」
私も素直な思いを告げた。ふふん、と目を細める。
「ありがとよ」
あ、ちょっとだけ顔を逸らした。照れているのですねぇ。愛しくなります。だけど話を戻しましょう。
「それで、橋本君の可愛いところですか。弟っぽさでしたっけ?」
あぁ、と咳払いをした葵さんは視線を戻した。
「モテる理由はそこだろうけどね、私がしているのは別の話だ。さっき、佳奈ちゃんだけを収めた個別のフォルダを見ただろう」
はい、と頷く。佳奈ちゃんの色んな表情が見られてとても良かった。やっぱり明るくて素敵な子だな、と再認識しましたね。
「写真、色々なところで撮られていたじゃんか。旅先とみられる物もあったね。でもあの二人、ヨリを戻したのは先月だろ。旅行へ行く暇はあったかも知れんが、季節感や服装が十一月のものではなかった。つまり、今日見せて貰った写真は一旦別れる前に撮ったと推測される。だから彼は別れている間も佳奈ちゃんの写真を消さなかったわけだ。或いは一度削除をしたかも知れんが、復元しているってことはバックアップを取っていたんだ。別れちゃった。しょうがない。そう言いながら、佳奈ちゃんの写真は後生大事に取っておいたんだぜ。ちょっと可愛くない?」
成程、と答える私も自然と表情が緩くなる。
「それは可愛いです」
「なー。佳奈ちゃんに出て行かれて一人暮らしを始めてからも、写真は消したくないな、ってそのままにして。田中君や綿貫君にも佳奈ちゃんと別れた事実を教えず、一人でぼんやり抱え込んで。忘れるためか何だか知らんが、マッチングアプリを使って次のお相手とやることやって、だけどくっつくわけではなく、体は重ねても心は許せなくて。結局、半年後に本鞘へ戻って。橋本君はのらりくらりとしている上に嘘か本音かわからん発言ばっかりするけどさ。ずっと好きだったんじゃないのかな、佳奈ちゃんのことがさ。まっ、下世話だから本人に問うたりはしないけどね。ただの私の妄想さ」
そう言って葵さんは再び目を瞑った。私は黒い髪の毛を撫で続けながら、そっと口を開いた。
「きっと、橋本君も佳奈ちゃんも、お互いを大事に想っていましたよ。そうでなければ、また付き合ったりしませんもの」
「だよなぁ」
「そして、私は二人がまた付き合えて良かったと思います。美奈さんというお方にはお会いしていないのでわかりませんが、今の橋本君と佳奈ちゃんはやっぱりお似合いに見えますもの」
「君と田中君もベストカップルだぜ。恭子と綿貫君も変人同士ぴったりだ」
その中に、貴女は。
「……葵さん。婚活、するのですか?」
「さあ。まだ具体的なことは何も考えていないな」
「きっといいお相手と巡り会えますよ。葵さん、優しいですもの」
「優しいだけじゃ結婚は出来ねぇんだよぉー」
むぎゅう~、と言いながら私のお腹に抱き着いてくる。もし、私が田中君と恋人同士になっておらず、葵さんと今のような関係になっていたら。私は、葵さんに……。
おっ、とただの膝枕に体勢を戻した。お顔が目に入り鼓動が高鳴る。
「どうやら着いたみたいだぜ。お出迎えといこうか」
あっさりと体を起こして立ち上がった。心臓がドキドキしている。ううん、この私は田中君と結婚するの。だから、過った考えは誰にも言わない。当たり前だよ。
葵さんに続いてソファから腰を上げる。ふっと振り返った先輩は。
「あ、そうだ。膝枕のお礼~」
私のおでこにチューをした。……私は田中君と結婚するのです。もう、困ったお姉さんですね。ドキドキ。
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