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結婚式の予定を決めよう!①(視点:田中)
よし、と恭子さんが手を叩いた。
「今後は私も諸々気を付けるわ。綿貫君を本気で好きだから、他の人に勘違いを刺せるような真似はもうしない。約束する!」
だってさ、と咲の顔を伺う。若干引き攣っていた。そりゃそうだ、恭子さんに対して絶対に間違えてやってはいけない指摘をし、危うく綿貫も恭子さんを好きだってバラすところだったのだから。やっぱり今日の咲はふわふわしているのかね。
「……約束して下さりありがとうございます。安心致しました」
釘を刺す人、という立ち位置を何とか守り切った。頑張ったよ、咲。偉い偉い。さて、と今度は俺が話を引き取る。
「思いっ切り脱線しましたが、結婚式の予定について喋っていたんですよね」
そうだったわね、と恭子さんが苦笑いを浮かべた。
「脱線どころか線路を置き去りにして電車が離陸をしたような気分よ」
「トークが楽しいので、ついついあっちゃこっちゃいっちゃいます」
「ふふん、まあね。おかげで私の駄目なところもつまびらかになった。以後、気を付けるわ」
「災い転じて福となす、ですか?」
「そこまで大袈裟じゃないけど。それで、結婚式の日程すらまだ決まっていないんだっけ」
はい、と頷く傍らで、咲がひっそりと肩を撫で下ろした。お疲れ。咲の心配自体は恭子さんにちゃんと伝わったから良かったと思うよ。
「そうなんです。年始に咲を連れて俺の実家へ紹介に行きます」
「そうそう! そこで田中君に妹がいるって聞いて話が逸れていっちゃったのよ」
「綿貫の子供好きから沖縄へ、そしてペットボトルの回し飲み、と」
「あはは、ちゃんと流れはあるのね。飲み会のトークっぽいわ」
恭子さんがまた酒を煽る。俺のメガハイボールはまだ全然減っていないのに、恭子さんのジョッキはもう半分空いていた。今日、潰れたら咲に任せようかな。おんぶを申し出ると、またいじられてしまうもの。
「で、ご家族に紹介して、それからどうするの?」
「親戚達にどのタイミングで周知しようか実家と相談するつもりです」
「大々的に式を開けとか言われないの?」
「うーん、どうでしょう。咲に家族がいないって説明をした上で、大袈裟な式を挙げる気は無いって伝えれば、親戚の集まりの時に紹介すればいいかって話になるとは思うんですけどね。両親はまた考えが違うかも知れないし、こればっかりはわかりません。ただ、いつもの七人だけで式と食事をするのは確定です。俺と咲の大事な人達ですから」
ふんふん、と恭子さんが頷く。咲は黙ってウーロン杯に口を付けた。いや、飲み干した。え、結構な量が残っていたけど大丈夫か。
「徹君、同じのをお願い」
はいよ、とタッチパネルから注文をする。あら、と恭子さんは咲を眺めた。
「どうしたの咲ちゃん、急にペースが上がったじゃない」
「……飲みたい気分になったので」
「あ、わかった! 田中君の御家族への挨拶を想像したら緊張しちゃったんでしょう!」
もじもじしていた咲だけど、はい、と小さく頷いた。
「さっきも言ったけど咲ちゃんだったら大丈夫! なんていくら元気付けられたところでドキドキするのはどうしようもないわよね」
「……頑張ります」
「ファイト!」
応援するならポニテにしませんか。チアガールとか、よくポニテにしているじゃないですか。
「じゃあ無事、年始に結婚をオッケーされたらすぐに入籍するの?」
「一月から三月の間ですねぇ。三月のケツにお互い、アパートの契約が切れるので四月の頭から新しい家で結婚生活を始める予定です」
おぉ、と感心しながらまた酒を飲んでいる。テンションが上がると酒も進むのか。……亜関係無いか。恭子さん、どんな話題でも飲んでいるもんな。流石に日曜日よりはペースも遅いけど、どっちにしろよく飲むわ。
「いよいよ具体的ね。新居の目星はついているの?」
おっ、いいところに食い付いた! だけどまだバラせないんだよなー。
「はい。不動産屋さんに相談をして、三月末に引っ越しをして、四月から正式に入居出来る様交渉中です」
「凄い! どの辺に住むの?」
「秋野葉駅周辺、とだけ」
「えー、もっと具体的に教えてよ」
「まだ住めるか、確約が取れたわけではないので。お披露目の日を楽しみにしていて下さい」
「それこそハードルを上げるわね。ふふん、いいわ。期待して待っている」
恭子さんは何故か腕を組み、顎を逸らした。何故勝ち誇るのか。酔って来たのか。そこへ咲のウーロン杯が届く。此方も早速口を付けた。大丈夫だとは思うけど、万が一、二人とも泥酔したら俺には収集出来んぞ。
「それじゃあ入籍した後、二月か三月くらいに式を挙げれば良くない?」
「三月ですかねぇ。二月だと結構店が空いていないのです。逆に三月は、年度末でどの会社もバッタバタじゃないですか。おかげで週末、結婚式なんて開いている余裕は無いらしく、割とガラガラでした」
「じゃあその辺りで挙げちゃえば?」
何も考えていないようなスピード感で受け答えをされる。ちゃんと話を聞いて下さい。
「いや、つまりその時期って俺らも忙しいでしょ。咲も俺も残業が爆増するから式本番は絶対やつれていますよ」
「うーん、そっか。そっか。私も前の会社ほどじゃないけど確かにかなり残業する時期だわ。年度末決算とか面倒なのよねぇ。物量的に仕事が片付かないという」
「そうなんですよ。だから三月はスカスカなんだよなぁ、ってとても納得が出来ました」
「四月は?」
「後半はもう一杯ですね。連休が始まるから」
「一週目とか? 或いは二週目」
「まだ疲れが取れていないですよ」
焦れったいわね、と恭子さんが顔を顰めた。急に不機嫌になる辺り、確実に酔いが回っているな。
「そんなことを言い始めたら、いつになっても式を挙げられないわよ」
「でも引っ越しもあるし」
「その締めとして一週目に結婚式を挙げちゃいなさい! 締めとして適当よ!」
「何でちょっと苛々しているんですか! 恭子さんが日程を決めないで!」
うぅ~、と唸っている。しかし、そうね、と髪の毛を後ろで纏めた。ポニテか! と期待したが下の方で簡単に結んだだけだった。
「暑い。ちょっと酔いが回って来たみたい」
「飲み過ぎないで下さいよ」
「わぁかってるわよ」
あ、もうこれ手遅れだ。
「悪かったわよ、私が畳みかけちゃって。だけど、あそこは駄目、此処は駄目、って先延ばしにし続けたら六月あたりでいいんじゃない? とかいう話になっちゃうわよ。ジューンブライドだし、仕事も落ち着いたし、なんて言い訳にしてね。でも私はそこまでスピーチを先延ばしにされるのは困る! 何故ならそれこそハードルが上がるから!」
「いや恭子さんの都合かい!」
頼んでおいてなんだが我儘か!
「別に他の奴らに今日、恭子さんにお願いをした、なんて教えないし、どれくらい時間をかけて内容を練ったかなんて誰にもわからないですよ」
「でも田中君と咲ちゃんにはバレているじゃない。半年もかけて作ったのなら、内容も、話し方も、素晴らしいものがお出しされるんだろうな。そんな風に期待されると思うとプレッシャーが凄いのよ」
真面目か。
「えぇ~、じゃあ四月にやりますかぁ~?」
「何で嫌そうなのよ」
「憑かれているのが目に見えているから」
「引っ越しと合わせて、勢いでどーんと片しちゃいなさい」
「そんなぁ」
「あ、じゃあ天秤にかけて御覧なさいよ。二月、三月、四月でさ」
「天秤?」
「二月はお店の選択肢が少ない。だけど時間も体力も余裕がある。三月は逆にお店の選択肢がたくさんある。でも時間も体力も結構ギリギリ。四月は引っ越しが終わって、年度末の繁忙期も片付いて、くたびれ切った前半ならお店は空いている。なお、後半はほぼ絶望的と思われる。さ、どれを選ぶ?」
「え、今此処で決めるんですか!?」
また急な話だな! さっきまで、散々脱線していたのに!
「はい、どれ!?」
「今決めなきゃいけない理由が無いでしょ!」
「いいえ、私達がいないとあんたはまた先延ばしにするわ! 咲ちゃんへのプロポーズをなかなかしなかったようにね!」
それを言われると厳しいな! はっと気付くと咲も激しく頷いていた。酔いが回るからやめなさい!
「暫定でもいいから、どの時期にやるか決めて宣言しちゃうのはいいと思う」
「まさかの賛同!」
「だって、なかなか正式にプロポーズをしてくれなかったから……」
「目を伏せないで! ごめんって」
咲は黙って左手薬指の指輪を一撫でした。見せ付けるじゃなぁ~い、と恭子さんのヤジが飛んで来る。あんた、飲み過ぎやねん。
「確認だけど、咲も決めたいの? いつ頃開くかって」
「うん」
即答!
「ほら、田中君。決断の時よ! いつがいいの!?」
ええい、急かさないでくれ! 俺は優柔不断なんだ!
「わかりました。個人的に希望するのは二月です」
ほう、と恭子さんが顎を引く。
「その心は」
「元気な状態で祝われたい」
「そりゃそうね、尤もだわ。ただ、お店があんまり残っていない、と。さあ、どうする!?」
「店の空き状況をもう一度確認させて下さい」
溜息交じりにスマホを取り出す。咲も同時に自分のスマホを手に持った。二人揃って検索を始める。
「候補リストから調べるよね?」
「うん。私は下からいこうか。二月のいつにする?」
「逆に、二月の土曜日の三日、十日、十七日、二十四日、のどこかで空いている日があるか、全く空いていないか、それをメモっていってくれる?」
「オッケー。徹君は上からお願い」
「承知。恭子さん、しばしお待ちください。十五件くらいあるので」
了解~と気の抜ける返事を寄越した恭子さんはまた酒を飲んだ。そして、おつまみを選ぼうっと、と呟きタッチパネルを手に取った。あっという間にテーブルが沈黙に支配される。さっきまで、途切れることなく喋っていたのに豹変ぶりが面白い。一人、愉快に感じながら検索を開始した。
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