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先手必勝。(視点:葵)
充分に暖まった後、風呂から上がる。そして傍らでぼーっとしている咲ちゃんに、取り敢えずウォーターサーバーの水を三杯飲ませた。駆け付け三杯ですか、と薄っすら笑みを浮かべたが面倒臭いので黙殺する。やっぱりお前さん、酔っ払っておるやんけ。
手早く体を拭き、髪を乾かしてから化粧水と乳液を顔にひたす。そして服を着ていると、おお、と呟く声が聞こえた。いつの間にやらこちらも寝巻を身に付けた咲ちゃんが、何故か自分の両手を見詰めていた。
「私、どうやら酔っ払ってしまっていたようですね。失礼しました」
「……急にどうした」
何で突然、自覚をしたんだ。
「いえ、お湯に浸かってお水を飲んで、お手洗いも済ませて来たのですが。おかげで頭がすっきりしました。葵さん、くすぐったりしてごめんなさい」
素直に謝られた。だが、そんな速攻で覚めてたまるか。
「おいおい、まだアルコールは残っていると思うぞ。戻ってからも無理な飲み方はしないように」
念のため釘を刺す。承知しました、としっかり頷いた。……本当に酒が抜けたのか? 超能力者とはいえ体の構造は人間と同じはずなのだが。その時、もしかして、と思い至った。咲ちゃんの耳元に口を近付け、ちょっとテレパシーを繋いでくれ、と囁きかける。
(はい、繋ぎました。何でしょう)
早いな。
(早業です。えへへ)
(あ、そうか。思考は全部聞こえてしまうのか)
(そうですよ)
試しにバニーガールを着ている咲ちゃんを想像してみる。
(葵さん! 私で何を想像しているのですか!)
(可愛いぞ)
(駄目です、胸元がガバガバになっちゃいます!)
(いいじゃん、エロくて)
(嫌です! 見られたくありません!)
(えー、今更ぁ? 一緒に風呂へ入った仲なのにぃ)
(もうっ、こんな妄想を見せるためにテレパシーを繋いだのですか!?)
(んなわけあるかい)
(じゃあ何の御用です?)
(一応確認しておくが、酔いを覚ますのにヒーリング能力は使っておるまいな)
(あっ、バレた!)
(やっぱりそうか! 駄目! 酔い覚ましにヒーリング能力は禁止!)
(うー、それはそうですよね……)
(まったくもう、あの力は加減を間違えると細胞が自壊を始めるって貴女が教えてくれたんじゃないの。酔っている時に使ったら危ないでしょう。今後は一切、禁止ね)
(……素の葵さんに叱られると堪えますね……)
(そうだよ。ちゃんと、本気で咲ちゃんにやめて欲しいから、私も本来の私で向き合うの。私、嫌だから。咲ちゃんが自分の力で身を亡ぼすなんて)
(はい……)
(ずっと、一緒にいてくれるのでしょう? 私を一人にしないでくれるって宣言してくれたじゃない)
(はい)
(じゃあ、軽はずみな真似をしないこと。ちゃんと、私に約束をして)
(……わかりました。葵さんに、お約束します。もう、酔っている時にヒーリング能力は使いません)
(絶対に破らないでね。お願いよ)
(承知しました)
よし、と口に出す。すみませんでした、と咲ちゃんは俯いた。
「わかればよろしい。そして約束は守るもんだからな。頼むぜ後輩」
えいっ、と咲ちゃんを抱き締める。しかし私の背中へ手が回される前にすぐ離れた。風呂上がりに抱き合っているなんて怪しい関係にしか見えないからな。それは咲ちゃんに悪いもの。
「さて、そろそろ向かうとしようじゃないか。一軍どもの女子会へな」
「……大変ですよ、あの二人の熱量は」
さっきの短いやり取りでよくわかった。間違いなく面倒臭い。……だけど。
「私の傍らには君がいる。いよいよ相手をするのに嫌気が差したら二人でエスケープしようぜ」
「今度はお風呂という逃げ場はありませんが」
酔っていたとはいえ、記憶は残る程度だったか。良かった良かった。
「寝るっつって隣の部屋へ行こうぜ。部屋分けは私と咲ちゃん、恭子と佳奈ちゃんにしてくれって頼んでみるわ」
「あら、恭子さんと同じお部屋でなくて良いのですか?」
「子供か私は。それに、ハイテンションな恭子は面倒臭いからな」
「親友とは思えない言い草ですね……」
二人になったら田中君との話とかをぶつけてきそうだし。一軍モードのあいつは平気で踏み込んできかねない。まあいいけど。それだけ距離が近い証でもあるから。だが今日は残業で疲れている。面倒事は出来るだけ避けたい。
「んじゃ行くか。酒は部屋にある?」
「いっぱい買い込んでいましたし、二人ともお喋りに夢中でそんなに飲んではおりませんから大丈夫かと存じます」
「足りなくなったらそんときゃ一緒に買い出しへ行こうぜ」
「承知しました! むしろ飲み干す勢いでお願いします」
「嫌だよ、二日酔いは気持ち悪いもの」
「……」
「今、先週は大層ひどい二日酔いになられておりましたものね、とか考えているだろ」
「……葵さんって超能力者ですか?」
「ただの凡人だよ。さ、行くぞ。失礼な咲ちゃん」
「すみませんでした……」
テレパシーなんてなくても君の考えていることくらいお見通しなのだぜ。何故なら私は君の先輩だから、なんてね。
部屋に戻り恭子へ電話を掛ける。もしもぉし、とデカい声が受話器から響いた。
「風呂から戻った。部屋のドアを開けてくれ」
「了解! 長風呂だったわねっ、待ちくたびれたわよ!」
いいよ、待たなくて。出発直前の会話から推察するに、どうせ私の好みのタイプについて話していたに違いない。ドタドタと中から足音が響いて近付いてくる。ところでこの部屋は防音設備がしっかりしていると見込まれるのだが、足音だけはよく聞こえるのだな。床は材が別なのか? なんて考えていると、お帰り! と満面の笑みの恭子が扉を開けた。寝巻がはだけて谷間が覗く。そこへ向かい躊躇なく手を伸ばすと、セクハラ反対! と叩き落された、のだが。
「いてぇ!」
「あ、ごめん! ちょっと今、テンションが高くて! 力加減、間違えちゃった!」
「ふざけんな、このバカ力。骨折したらどうしてくれる」
「いやねぇ、そこまで怪力じゃないわよ」
「痣になったら償って貰うからな」
「いいわよ、どうせずっと一緒にいてくれって言うんでしょ。そんなの当然だもの」
……話を派手に先回りした挙句、此方を照れさせないでいただきたい。
「取り敢えず入れて下さい。他のお客さんから苦情が来る前に」
正気に戻った咲ちゃんが冷静に申し出た。おっと失敬、と恭子は体を引く。中に入り、扉が閉まったのを確認してから今度は恭子の脇の下へ手を突っ込んだ。ひえっ、と間抜けな声が上がる。
「あああ葵、何をぉぉぉぉ!?」
「先手必勝」
「意味わかんないんだけどぉぉ!?!?」
指を蠢かすと、ひゃっひゃっひゃ、と汚い笑い声を立てた。こういうところにも残念加減が滲むんだよな。しばらく逃げようとする恭子をくすぐり続けた。だが、お手洗い! と唐突に申告された。そういや前に咲ちゃんをいじった時にも、トイレに行く、と逃げられたっけ。万能の逃げ言葉かも知れん。
「お手洗いに行かせて葵!」
「早いな」
「元々行きたかったの! これ以上、くすぐらないで! 漏れちゃう!」
それは困るので渋々手を引く。まったくもう、と荒い息のままトイレへ飛び込んだ。割とマジで限界だったらしい。早目に行けよ、膀胱炎になるぞ。
「ちょっとぉ、何をそっちだけで盛り上がっているんですか?」
今度は佳奈ちゃんが顔を覗かせた。いやいや、と手を振りながら近付いて行く。
「大したこっちゃない。ちょいと親友をいじっただけだ」
「戻って早々、仲が良いですね。ほら、葵さんの話もたくさん聞きたいんだから早く飲んで下さいよ!」
「そうだねぇ、何をいただこうかな」
自然を装い受け答えをしつつ、ゆっくり、ゆっくりと足を進める。色々ありますよ、と佳奈ちゃんが背中を向けた、その瞬間に右手を佳奈ちゃんの首元、左手を腰の辺りに回す。うわっ、と此方も悲鳴を上げた。だが逃さん。
「何があるんだい? 飲み物はさ」
耳に吐息を吹きかけながら囁きかける。ふえっ、と情けない声を漏らした。うむ、恭子と比べてまともな反応だ。むしろちょいとあざとくないか? ふむ、いじり甲斐がありそうだ。
「ねえ佳奈ちゃん。教えておくれ」
「あ、葵さん! 耳に息を吹きかけるのはやめて下さい!」
「ふうん?」
「い、いやあっ」
傍らで、エッチですね、と咲ちゃんの呟きが聞こえる。
「たまにはいいじゃないか。それにしても佳奈ちゃんの耳はいい形をしているねぇ。噛みたくなるような耳たぶだ」
「なななな何を言い出すんですか! 駄目ですよ! セクハラ反対!」
「君がそう捉えないでくれれば私は無実で済むのだが」
「それ、悪いことをしている自覚があるんじゃないですか!」
どうだろう、とすぐ傍で耳に声と息を押し込む。あぁっ、と確かにエロい反応が返って来た。身を捩ろうとしているが、ガッチリ捉えて離さない。しかし我ながら、こういう時だけ力が強くなるのは本当に性格が悪いよなぁ。
「どうした? 私は君に話し掛けているだけだぜ」
「ちっ、近いぃぃ!」
「そんなに震えなくてもいいじゃないか……」
「これは力んでいるだけです!」
その時、とうっ、と親友の叫びが聞こえた。私の脳天へ衝撃が走る。
「いってぇ!」
「セクハラ被害は見過ごせないわ!」
ちっ、恭子が帰って来たか。その隙に佳奈ちゃんに脱出されてしまった。一軍女子二人が私に向かって身構える。光栄だね。
「葵さん! どういうつもりですか!?」
「どうもこうもいつものセクハラよ!」
「いつもこんなことをしているの!?」
「しているの! ねっ、咲ちゃん! 私達は被害に遭い続けているのよね!」
恭子と佳奈ちゃんがきゃんきゃん吠える。そして話を振られた咲ちゃんはゆっくり私達を見比べた後、小さく頷いた。
「なんならしょっちゅうチューをされます」
「本当に何をやっているんですか!?」
「誤解無きよう断っておくが、ほっぺだかんな。唇は田中君のもんだから」
「恥ずかしいのではっきりと仰らないで下さい……」
酒は抜けたのに咲ちゃんの顔が赤い。愛い奴。
「いやほっぺも駄目でしょ! そして何で咲は受け入れているの!?」
「葵さんのことをお慕い申し上げているので……」
「照れるね」
「どういうやり取り!? 咲、田中君と結婚するんだよね!?」
うん、と小さな頭が縦に揺れる。
「当たり前だろ。だから私はほっぺ止まりだ」
すると、なーにがほっぺ止まりよ、と恭子が割って入ってきた。
「私には罰と称してあんなことをしたのに……」
「はっはっは! そういやそうだ!」
まったくもう、と恭子は頬を膨らませた。えぇ……と佳奈ちゃんは完全にヒいている。舌なめずりをしてみせると、一歩後ずさりをした。
「ひょっとして、私が思っていた以上に葵さんって危険人物なのですか……?」
ふん、と肩を竦めて唇を歪める。
「佳奈ちゃんにはまだ教えていないことが多いもんなぁ。丁度いい、私の話を聞きたいと言っていたな。知りたきゃ教えてやるよ。私の恋愛事情とやらをね」
一軍女子が熱量高くこっちに食い付いてくるのならば、逆に私から口に飛び込んでしまえ。消化不良で胃もたれしても文句は受け付けてやらんからな。
「え、話すの?」
恭子が私の肩をつつく。
「嫌か?」
「佳奈ちゃんならいい。あっ、でも罰の詳細は無し!」
「いや恭子さん! その隠し方は余計気になりますって!」
「堪忍してやってくれよ。君の得意な桃色の妄想が具現化したとだけ教えておこう」
恭子の蹴りと佳奈ちゃんのチョップが同時に飛んで来た。
「まあそれはともかく、葵は本当に話して平気? あんたの過去の恋バナをさ」
あっさりと恭子が仕切り直す。こっちは脳天とふくらはぎが痛いんだが。
「何だよ。私が乗り気になった途端、お前ら一軍の方が冷めるのか?」
「冷めちゃいないけど」
「私も、興味あります!」
さいでがんすか。私に関心を持つなんて、つくづく奇特な子達だよ。
「決まりだな。だがまあ話に入る前に酒をくれ。そもそもどうしてリビングのど真ん中で立ち話をせにゃならんのじゃ。座ってゆっくりトークしよう」
「「あんた(葵さん)のせいでしょ!!」」
一軍二人がハモリやがった。運動部出身は声がデカくなるのかね。そういやグラウンドや体育館からよくわからん掛け声が響いていたなぁ。どこもかしこも私に縁の無い世界や人種だと思っていたが、今は同じ部屋で一夜を過ごそうとしている。人生、まだまだわからんものだね。
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