葵姉さんの恋愛事情。①(視点:葵)

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葵姉さんの恋愛事情。①(視点:葵)

 冷蔵庫から缶のハイボールを取り出す。恭子と佳奈ちゃん、咲ちゃんは赤ワインの注いであるグラスを持った。ソファに腰を下ろし四人で向き合う。 「じゃ、お疲れさん。遅れてすまんかった」  乾杯、と缶を差し出す。かんぱーい、と三人が応じてくれた。酒を軽く口に含む。くたびれているからゆっくり飲まないといかんわな。  グラスを置いた佳奈ちゃんが、それで、と私を見詰めた。わかってらい、前のめりになるなっての。 「私の恋愛話ねぇ」 「はい! 葵さんの過去、興味があります。好みとかも知らないし、ぜひぜひ恋バナさせて下さい!」 「佳奈ちゃんも好きだねぇ」 「だって恋って楽しいですもの」  恭子が一瞬目を逸らす。最近、散々悩んでいたからちょっと気まずくなったのかい? 或いは私をフッた負い目でも思い出した? どっちでもいいけどさ。お前も綿貫君への恋心を楽しんでおくれ。 「あ、ただ先日の件は触れなくて大丈夫です。貴女から直接伺っておりますから」  そうねぇ、と足を組み、そこに肘を乗せて頬杖をつく。腰を痛めないでよ、と恭子の注意が入った。違いない、と薄い微笑みを返す。そして私は恭子を指差した。 「こういうところ、恭子って優しいよな」 「ええ、同感です」  即答出来る辺り、佳奈ちゃんもいい子だ。 「だから私はこいつを好きになったんだ」  とっとと本題に入る。六年前の私の恋愛事情に。 「……え?」  佳奈ちゃんは目を丸くした。恭子は肩を竦める。咲ちゃんはちびちびワインを飲んでいた。今度は酔い過ぎるなよ。 「私は好きになったのさ。親友であった恭子のことがね」 「え? ええ? 葵さんが、恭子さんを、好き……?」  な、と恭子を伺うと、そうよ、と髪を掻き上げた。 「あ、でも勘違いしないでね。もう六年も前の話だから」 「なんだ、びっくりした!」 「リアルタイムだと思ったかい」 「葵ってば、わざとそう取れる話し方をしたわね?」 「遊び心は大切だ。いつでもね」  まったくもう、と恭子が頬を膨らませる。手を伸ばしつついてみると、ぶう、と空気を吐き出した。む、今日はやけにもち肌だな。 「そうか。風呂上がりだからスッピンか」 「そりゃそうでしょ」 「ほっぺの感触が気持ちいい。うりうり」  指を押し当てると、ちょっとぉ、と表情を緩めた。 「なによぉ、後輩ちゃん達に私達の仲を見せ付けたいのぉ?」 「そりゃそうさ。私と恭子は掛け値なしの親友だもの」 「ええ。死ぬまで、ううん、死んでからも仲良しよ」 「ゾンビか。でもまぁずっと傍にいておくれ、って頼むまでも無いか」 「とっくに約束したでしょ」  ね、と笑い合う。けけけ。 「……本当に六年前の話なんですか……?」  愕然とする佳奈ちゃんの言葉に私と恭子は吹き出した。 「ごめんごめん。普段、いちゃついたりはしない」 「葵がからかいたがっているなってすぐにわかったから乗っかっちゃった」  その返答に、佳奈ちゃんは私達を何度も見比べた。 「えっと、今のは演技なんですか?」 「んだよ。恭子が私の意図を汲み取ってくれたのだ」 「あんたの考えていることなんてお見通しよ」 「嘘吐けよぉ。こないだは私が愚痴った理由がわからなくて田中君の元へ訊きに行ったくせに」 「そういやそうだわ。だって素直になれってアドバイスを受けて素直にいじけまくるとか、意味がわからないもの」 「まだまだ浅いね」 「私はあんたと違ってへそ曲がりじゃないからしょうがないわ」 「私のへそは真っ直ぐだぞ。さっき咲ちゃんが確認してくれた」 「パンツのおリボンが可愛かったです」 「あ、コラ。ばらすなよ」 「葵って案外可愛いパンツを履いているわよね」 「うっせ」  その時、ストップ! と佳奈ちゃんの声が響いた。 「待って! 理解が追い付かない! 順を追って説明してくれません!? あと、わざといちゃついたりしないで下さい! こっちはまだ、葵さんの好きな人が恭子さんだったって衝撃が抜けていないのですから!」  必死で訴えかけられる。だがなぁ。 「その反応も見越していじっているんだが」 「何で私をいじるんですか!?」 「楽しいから」 「シンプル!」  さて、と頭の後ろで手を組み背もたれへ体を預ける。佳奈ちゃんは溜息を吐いた。君に呆れられたところで私の性分は変わらないのだぜ。 「説明ねぇ」  天井を見上げる。はいっ、と佳奈ちゃんはめげずに促して来た。まあこの中で佳奈ちゃんだけが何も知らんのだよな。仲間外れは可哀想だ。なによりこの子も大事な後輩だ。教えてあげるか。 「そんじゃあちゃんと話すとするか。まず、私と恭子が出会ったのは十八の時だ。同じサークルに所属し、五月だったかな。ある日こいつに声を掛けられた。恭子は今の五倍くらい変だったし、猪突猛進で突撃体質の暴走機関車だったが、その性分故にいきなり私を映画を観に行こうと部室から連れ出す暴挙に出た」 「親友との出会いを暴挙扱いしないでくれる?」 「ろくすっぽ話したことも無いのに、一緒に映画を観に行きましょう! なんて突然誘うは暴挙だろ。人見知りで口下手な私がどれだけ緊張したか、一軍女子には想像も及ぶまい」 「いいじゃないの、あの日があったからこうして今でも一緒にいられるのだから。私の見立ては間違っていなかった! あのね、葵が学食で、片付けられずに放置されている食器を流し場に持って行ったところを目撃したの! それで、絶対にあの子はいい人だ、って確信を持ったから声を掛けたのよ! ちなみに映画へ誘ったのは、お茶を飲みに行きましょう、とかだと断られそうだけど、映画を断ると一人で観に行かせる羽目になるから同行せざるを得なくなると踏んだからよ。実際、結局興味の無い映画しかやっていなかったから喫茶店に行先を変更したし」  まあいい笑顔で語っておる。また好きになっちゃうぞこの野郎。だけど後輩達は若干引いている。 「恭子さん、計算づくで恐ろしいですね……」 「私も初めて伺うお話です。なんだか無性にドキドキしますが、もし私が葵さんの立場だったら同じように緊張しちゃうと思います……」  佳奈ちゃんも咲ちゃんも可愛いなぁ。そして、そう。恭子は割と強引な奴だった。大人になって、つくづく丸くなったと感じる。スケート場で奇声を発するようなところは変わっていないが。三つ子の魂百までとは的を射ている。人間、根っこはそうそう変わりゃしない。 「懐かしいな。ともかく、その日から恭子と遊ぶようになった。性格も運動神経も対照的な割に、というかそのデコボココンビなおかげなのか、やけに気が合ってな。大学ではほぼ毎日一緒にいたし、休みのたびに日本全国あちこち旅行へ行ったね」 「楽しかったわねぇ。今度、久々に二人きりで何処かへ行く?」 「綿貫君じゃなくていいのかい」  途端に恭子は髪で顔を隠した。 「……まだ、付き合えるって決まったわけじゃないし」  私と咲ちゃん、佳奈ちゃんは自然と視線を交わす。両想いなのに、と無言の意思疎通が行われた。何で当事者だけは気付かないのか。……人生って、そういうものか。 「大丈夫だって。自信を持て。彼のこと、好きなんだろ」 「でも告白に絶対は無いもの」  いや、絶対に大丈夫なんだよ。まあ今、その話はいいや。 「応援しているぜ、親友。それはさておき、ともかく私と恭子は仲良くなった。親友、と認識するのに大して時間は掛からなかった。そして転機が訪れたのも突然だった。ある日、部室で恭子を見たら、急に気付いた。あ、私はこいつを好きだ、って」  佳奈ちゃんが目を見開いた。人の恋愛に興味津々だねぇ。青竹城の神様と気が合うかもな。一方、咲ちゃんはくいーっとワインを煽り、自らボトルを傾けた。酒の肴にはちょいとしょっぱい話なのだぜ。今だから落ち着いて話せるけどな、なにせ私は神様に頼んで告白した過去を無かったことにしようとしたのだ。冷静に考えれば藁に縋るにも限度があるとわかるのだが、当時の私には恭子に告白をしてフラれたのはあまりにショックの大きい事件だったのだ。 「それまで一番大切な親友だと思っていた恭子に対して、自らが抱いた恋愛感情に戸惑った。気の迷いだと自分に言い聞かせもした。だけどなぁ、どうしても好きだったんだ。私は恭子のことがね」 「……本人の口から改めて語られると、流石に照れるわね……」 「おい、今更赤面するんじゃない」  どういう感情だ? ……照れか。 「そんで、二十歳の夏休み、九月だったな。二人でまた旅行をした。ドキドキしまくってはいたけど、何も無かった。あ、エロい意味じゃなくてな、告白とか、そういうの」 「いらん注釈を入れないの!」 「言われなくてもわかっていますよ葵さん!」  恭子と佳奈ちゃんが一斉にツッコミを入れる。傍らで咲ちゃんだけは首を傾げていた。あるかも知れないじゃないですか、エッチな展開、とでも主張したいのかね。流石ムッツリスケベ。 「ただ、その旅行から帰って来て、お互いのアパートへ続く分かれ道でさ。どうしても恭子と離れたくなくなって。こいつの家まで着いて行った。そこで押し倒そうとしたが返り討ちにあったんだ」  ちょっと待てい! と恭子が勢いよく手のひらを向けて来る。 「嘘を吐くんじゃない! あんたに押し倒されたことなんて、こと、なんて……」  喋りながら気付いたらしい。そう、六年前の話は嘘だ。たださぁ。 「こないだあったな」 「あったんですか!?」  佳奈ちゃんがこの上なく勢いよく食い付いてきた。よだれ、垂らすなよ。 「つい二カ月前に食べちゃった」  食べ、と呟いた佳奈ちゃんが絶句する。恭子は自分の目元を押さえた。咲ちゃんは無言で首を横に振っている。え、と意外にもすぐに復旧した佳奈ちゃんが私と恭子を見比べた。 「お二人って、結局どういう関係なんですか!? まさか恭子さんは葵さんと付き合っているのに綿貫君へ告白しようとしているので!? いや二股をかけたら駄目ですよ!? 男の子と女の子を一人ずつ、とかそういう考えをお持ちなのだとしたら、それは不埒な考えです! 思い直して下さい!」  うわ、まさかの面白展開。恭子を狙い撃ちするとは想像もしなかった。案の定、ちょっと! と恭子が慌てる。完全にお門違いの銃撃だもんなぁ。あー、おもしれ。
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