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葵姉さんの恋愛事情。②(視点:葵)
「私は綿貫君一筋よ!? 葵が罰と称して、私に……その……言えないような仕打ちを……」
徐々に声が小さくなる。
「照れるね」
「あんたが照れてどうすんのよ! 辱めを受けたのは私の方!」
「だがありゃ元を正せばお前が悪いだろ。深夜の二時に、泥酔状態で私の家まで押しかけて来やがって。おまけに翌日、目覚めた後も反省の色が一切無いと来た。佳奈ちゃんよぉ、信じられるか? こいつは酔っ払って私に散々絡んだ挙句、下着姿で人のベッドを占領して爆睡しやがったんだ。一方、夜中に叩き起こされた私は泥酔者の戯言を聞かされた上でソファに追いやられて一夜を過ごしたんだ。おまけに翌日、起きたこいつが何て言ったと思う? 私の服は何処? だぜ。それも布団にくるまったままでな。私の洗濯籠に自分で叩きこんでおいて、全然覚えてないの。そして自分でも、記憶が無い、宣ったから、私は反省を促そうと掛布団の中で……」
ふっ、と唇を歪める。
「その後のめくるめく展開は各人のご想像にお任せしよう」
「罰と称してやることじゃないでしょ!?」
恭子の尤もな訴えは黙殺する。だって反論出来ないもの。佳奈ちゃんは無言で頭を抱えた。絶対楽しんどるやんけ、と唸り声に交じって呟きが聞こえる。ちなみに、と咲ちゃんがこれまた無表情で佳奈ちゃんに声を掛けた。
「私は葵さんにお呼ばれしており偶々その現場にも居合わせたのですが。まあ、凄かったですよ。あんなに息も絶え絶えになった人は生まれて初めて見たかも知れません。そして、次は我が身かも知れないと思うと恐怖を覚えました。知らない世界へ目覚めたらどうしよう、って」
そっちかよ。
「三人揃って何をやっているの……」
「恥ずかしいから説明しないでよ咲ちゃん……」
一軍女子が揃って困っている。大浴場ではどうやってこいつらの話相手を務めようかと考えていたが、蓋を開ければ私の圧勝だったな。まあ普通にドン引きされているだけなのだが、精神的優位に立っている今は現実を見ないことにする。
「……葵さん、怖い」
佳奈ちゃんの感想に、なになに、と笑顔で身を乗り出す。
「今度体験したいって? いいぜぇ、楽しみにしているよ。都合のいい日を教えておくれ。翌日、足腰立たなくなっても問題ない日をな」
スマホを取り出すと、展開が早い! と悲鳴にも似た声が上がった。冗談だよ、とすぐに仕舞う。
「んで? どこまで話したっけ?」
「私を押し倒したって嘘を吐いたところよ。違うでしょ。でも肝心なところを茶化そうとするのは、葵も照れ臭いからだってよくわかっている」
「そうやって見透かされるのが一番恥ずかしいんだな」
よしよし、と恭子が私の肩を、咲ちゃんが腕を、佳奈ちゃんが膝を、同時に軽く叩いた。
「何で息ぴったりなんだよ」
「「「葵(さん)が照れ屋なのはよく知っているから」」」
「トリオでハモんな」
余計に照れちゃうだろうが。
ハイボールで喉を湿らせてから続きを再開する。
「まっ、既に気付いているとは思うが、恭子の家へ行った時にさ。告白、したんだ。恋愛的な意味で君が好きですって」
いやぁ、と恭子が頭を掻く。佳奈ちゃんは息を飲んだ。咲ちゃんは、わぁ、と声を漏らす。
「速攻でフラれたけど」
続けた言葉に後輩二人は揃って肩を落とした。
「な、恭子。その場でキッパリ断ってくれたもんな」
「……実はこっそり恨んでいたりする?」
恐る恐る伺われたが、バァカ、と笑い飛ばした。何を言っているんだか。私達はもうお互いに折り合いをつけたじゃないか。
「そりゃあ今でも時たま考えるぞ? あの時、恭子が私と付き合ってくれていたらその後はどんな風に過ごしていたのかなって。だけど恋人は別れることもあるが、親友ならずっと一緒にいられる。これも何度も繰り返しになるが、私は現在の恭子との関係に満足している。二年くらい前まではズルズル想いを引き摺っていたし、なんならまだ頭を過る瞬間もある。その状況も踏まえて、お前とはこれからも仲良く過ごすと決めているのだぜ」
右手を差し出す。ちょっとの間、見詰められていたが、わかったわ、としっかり握ってくれた。
「これからもよろしくね、葵」
「こちらこそよろしく頼むわ、恭子。じゃあ誓いのチューでもしようか」
腰を浮かせると、駄目! と慌てて突っぱねられた。冗談だよ、と肩を竦める。
「お前の唇は綿貫君のものだからな」
「だーかーらー、まだ確定じゃないってば。……頑張るけど」
「可愛い親友でござんすな。とっくの昔に知っていたけど」
そうしてハイボールを傾ける。後輩二人もワインを口に含んだ。……ついでだ。あのことを佳奈ちゃんにも説明しておくか。
「あと、この喋り方は恭子を振り向かせたくて始めたのだぜ」
咲ちゃんが、あ、と呟いた。しかし佳奈ちゃんは気付いていない様子だ。
「えっ、そうなんですか? 素で口が悪いのではなく?」
失礼だな。
「男の子っぽい言葉遣いにしたら恋愛対象にして貰えねぇかなって考えた結果がこの口調だ。まあ私というキャラクターはこの状態でもう定着しちまったし、今更戻すのも面倒臭い。なにより喋り方に思考が寄って来た気もする。だから続けているのさ」
「じゃあ本来の葵さんってどんな感じなんですか?」
「知りたい?」
「はい。私は出会った時からこの葵さんしか知らないので、本当は違うのならそっちの顔も見たいです」
素直だねぇ。その姿勢に応えるのが先輩ってもんだわな。
「ちょっとだけ、ならね」
「……今、素ですね」
お見事!
「正解! やっぱり佳奈ちゃんは人をよく見ている。貴女の素敵な一面だよ。ただし、ミーハーに舵を切り過ぎないよう気を付けなさい」
「……わかりました。心に刻みます」
「そんなに大仰に捉えなくていいけれど」
「いえ、何か、こう、刺さりました」
「お礼はほっぺにチューさせてくれればいいぜ」
あっ、と目を見開いた。
「もう戻しちゃったんですか!?」
「照れ臭いんで」
「いや、さっきの人格も素敵でしたよ!」
同一人物、同一人格だ。別人ではない。しかし咲ちゃんに見せた時もそうだったが、そんなに感じが違って見えるのかね。喋り方を変えているだけで、思考は同じなんだがな。
「多重人格じゃねぇよ。私は私、山科葵一人だけ」
「……さっきの葵さん、とても素敵なお姉さんだと思います」
気のせいか佳奈ちゃんの頬が赤い。
「おい。なんでちょっとポーッとしているんだ。まさか惚れたか?」
「それ無いです」
即答されて割と傷付く。
「ただ、理想のお姉さん像って感じで魅力的でした……」
「中身、一緒だぞ」
「本当ですか!? 普段の葵さんって、優しくて気遣いの塊で適当に見えてもしっかり色々考えている一方、本当にふらふらしているところもあるし適当だったり下ネタを飛ばしたり咲にチューしたり恭子さんにむにゃむにゃを仕掛けたり、割と駄目な部分もあるじゃないですか」
「本当に失礼だな」
酔っ払ってんのか? それともテンションがぶち抜けて高くなっているのか?
「だけど、さっきのお姉さん! あの人はそんな欠点、無さそうでした!」
すると、そうねぇ、と恭子が腕を組んだ。
「私は一年半くらい、あっちの葵と一緒に過ごしたけど」
「あっ、そうか! 告白する前まではあのお姉さん状態が葵さんのデフォルトだったんだ!」
佳奈ちゃんよ、どんだけ素の私が気に入ったんだ。そしてあっちが褒められるほど、今の私の肩見は狭くなる。同一人物だから別に気にしなくたっていいんだろうけど、なんとなく引っ掛かりを覚える。
「どうでした!? しっかり者のお姉さんでしたか!?」
私も恭子を見詰める。何て答えるのやら。
「別に、今と変わりないわよ。喋り方が違うだけで」
……唇を噛む。どういうわけか、声が漏れそうになったから。ありがとう、恭子。咲ちゃんや佳奈ちゃんが別人格かと疑った私の本質を、お前はきちんと捉えてくれていて本当に嬉しいよ。
「そうですかぁ!?」
「うん。ポンコツで寂しがり屋でいじけ虫のへそ曲がりな私の親友に変わりは無いわ」
前言撤回。
「おい。私の人格に対して前向きな意見は無いのか」
「だって事実じゃないの。先週のいじけっぷりと、六年前に神様へ過去を変えて欲しいとお願いしに行った葵の根っこはどう考えたって一緒でしょ」
あ、馬鹿。
「神様? 神様って?」
ほら、佳奈ちゃんがまた食い付いてきた。それはね、と口を開いた恭子がフリーズした。眼球だけを巡らせて私を見る。……目は口ほどに物を言うってのは本当だな。だって。
(しまった! どうしよう! 口を滑らせちゃった! 神様に怒られるかしら!? そもそも説明していいの!? するにしても何て言ったらいいわけ!?)
そんな心の声が聞こえるもの。まったく、こいつこそ安定したポンコツだ。私をポンコツ呼ばわりした直後にやらかすところまで含めてな。
「咲ちゃん。大至急、青竹城へ急行するぞ。瞬間移動、頼む」
答えもせずに咲ちゃんは私の手を握った。瞬きする間に青竹城へ到着する。目の前では神様と武者門さんが今宵も酒を飲んでいた。
「恭子は相変わらずだねぇ」
……説明不要か。
「……相変わらず、全部お見通しなのですね。畏れ入ります」
「恭子さんのうっかり、怒りますか。神様」
咲ちゃんが私の代わりに問うてくれた。怒らないよ、と神様は優しく微笑む。その返答に、二人揃って胸を撫で下ろした。
「佳奈には私達の話をしても構わない。むしろ必要そうならば此方から声を掛けようか。そして、いずれこの城へ連れて来てよ。葵の言う通り、恋バナ好きとして気が合うに決まっているからさ」
……。
「……神様って、四六時中私の思考を読んでいます?」
「そんな、乙女の秘密を暴くような真似をするわけないじゃないか」
「じゃあ森羅万象の事象や出来事を把握されておられるとか」
「疲れるから、必要無ければやらないよ」
「必要であれば?」
「そんな瞬間は、いつ訪れるのかなぁ」
さっき訪れていたんじゃないですか。そう言おうかと思ったが、どこまで追い掛けようと絶対に躱し切られるので諦めた。なにせ相手は神様だ。ただの人間である私に勝ち目はない。
「さ、二人とも。楽しい女子会の途中だろう。今日のところは戻りなさい。恭子には、もう少し慎重に生きるように、と言伝を頼むよ」
わかりました! と咲ちゃんと揃って頭を下げる。
「では、失礼します。ありがとうございました!」
「晩酌中、お邪魔しました」
またね、と神様がたおやかに手を振る。
「咲殿、またゆっくり一献傾けましょう!」
武者門さんが咲ちゃんに声を掛けた。ぜひお願いします! と明るく応じている。初めて登城した時はサイコキネシスが暴発するほど武者門さんにビビッていたのに、すっかり仲良くなったな。良かったね、咲ちゃん。お友達が増えてさ。
瞬間移動でホテルへ戻る。青い顔をした恭子が冷や汗を拭っていた。どういうこと? と佳奈ちゃんは首を傾げている。
「お許しを得たぞ。ただし、恭子。神様からの伝言だ。もう少し慎重に生きるように伝えてくれってさ」
「わかりました! 気を付けます!」
天井に向かって叫んだ恭子が、痛っ、と脳天を押さえた。
「……神様に小突かれちゃったみたい」
「ホテルでデカい声を出すなって?」
「ごめんなさい! あと、アドバイス、ありがとうございました!」
今度は脳天を押さえなかった。多分、神様もこう思って苦笑いを浮かべているに違いない。
やれやれ、と。
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