佳奈の恋愛事情。③(視点:葵)

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佳奈の恋愛事情。③(視点:葵)

「聡太、昔はもっと殻にこもっていたんです。女子と話をするような人じゃなかった。だけど、雰囲気とか発言とか、佇まいとか、どことなく可愛かったんです。勉強はできたけど、どこかどんくさいし。運動神経は悪いし、発言は天然なところがあるし。……友達も少なかったし」  悪口にしか聞こえない。しかし恭子は緩やかに頷いていた。 「わかるわよ佳奈ちゃん。そういう子って、どこか可愛く見えちゃうのよね。隙があるからだと思う」  私は全然わからん。あ、でも確かにあいつは物凄く弟っぽい。畜生、そういやこないだそのキャラを最大限活用して私をからかいやがったんだった。まさか事に至るまいとわかってはいたが、橋本君ならまかり間違って一線を越えかねんという危うさがある。なにせ佳奈ちゃんと別れてすぐに美奈さんとやることをやっていたような奴だ。誰にお手付きをしてもおかしくない。例外的に、咲ちゃんには手を出さないという確信はある。だって田中君の彼女だもの。親友の恋人とやることをやっちゃう人間ではない。意外と友情に篤いからな。逆に私や、一応恭子もフリーなので可能性はゼロじゃない、と自分で自分を手を出す価値のある人間だと評するのも何だか厚かましい。一応、ツラは整っている自覚はあるが。その他は特筆事項なんて別にない。だがまあ、性別はあいつと違うからな。肉体関係だけを目的にするのであれば私も対象に含まれる。とは言え私がそれを是としないとわかっているはずだ。そのくらいの友人関係は築いていると自負している。むしろ私が取り乱し過ぎた。……でもあの野郎、こないだはムカつくことに多少の良い感じなガキらしさと手を出しかねない危なっかしさが混在して、おまけにこっちのほっぺに手まで宛がいやがったからな。まったく、ガキ相手にパニクるなんて私もまだまだ研鑽が足りない。ん? しかしあのテンパり具合は間違いなく恋愛感情じゃないよな。だけど業腹ではあるがドキドキはさせられた。ではその時の気持ちは何だ? 恋のわけない。焦り? ……まさか、性的欲求? はっ、有り得ないな。やめてくれ! って思っていたのだから求めているわけないじゃんか。  そうなのです、と佳奈ちゃんの言葉で我に返る。……一秒にも満たない間にえらい勢いで思考が流れた。何を今、焦っているのだ私! そんでもって何となく佳奈ちゃんに申し訳なさを覚えるのは何でだ!? 私はただ単に橋本君からからかわれただけだぞ! やましい面は無い! 「だけど、橋本君と話してみたい! って私達の側から口に出すのは憚られました。何故なら、言った瞬間、聡太に負けたような気になると察したから。誰も、素直に話し掛けてみよう、って提案出来ませんでした」  そこだよ、と己を取り戻した私は首を振り、話に乗る。 「ド三軍の陰キャ君に、華々しい一軍女子様達の方から声を掛けるなんてプライドが許さなかったってんだろ。けっ、一軍女子様がなんぼのもんじゃい。他人を平気で見下しやがって。世が世ならお前らにカンチョーして回るところだわ」  お下品な、と恭子が呆れる。恐ろしいテロリストです、と咲ちゃんはしみじみワインを飲んだ。何でだよ。 「……わかっています。何様だって思われて当然です。だけど当時の私はそんなクラスメイト達と一緒に過ごしていました。見下した挙句、嘘告白を提案しちゃうような輩と」  悪の巣窟だな。そんでもって佳奈ちゃんが本当にいい子だと改めてよくわかった。だって私はこの子からそういう視線や態度を感じた覚えは無いもの。まあ、私は二つほど先輩なのでその歳の差の影響はあるかも知れんが。あとは、クラスとか学校とか職場とか、そういうある程度閉鎖的なコミュニティの括りが一切取っ払われた状態で知り合ったから、対個人として接せられる部分も大きいだろう。もし、同じクラスにいたらカンチョーの対象になっていたに違いない。いや別に、実際私が学生時代に一軍女子へカンチョーをして回っていた危険人物なわけではないが。……小中高で恭子と出会っていたとしたら、私達は仲良くなっていたのかなぁ。まっ、それは後で考えるとするか。 「よろしくない集まりだわな。んで、嘘告白だけどさぁ。マジで君がじゃんけんに負けてしかね人になったのかい。好きでもなんでもない、吹けば飛ぶようなタンポポの綿毛程度の価値しか見出していないクラスメイトの男に嘘でも告白なんてどういう気持ちなんじゃ。そして、実は私、前から橋本君が気になっていたの! って心にも無いことを口にしたわけ?」  ううむ、あまりいじめないつもりだったがどうしても咎めるような調子になってしまう。だって私はそういう振る舞いが嫌いなのだもの。仕方が無いので取り敢えず、佳奈ちゃんの手を横に振る。さながらハンモックのように。せめてこのぐらいの茶化しはしとかんとね。 「……はい。じゃんけんで負けたから、私が行きました」  ひでぇなぁ、と言おうとしたその瞬間。言葉を止めた。新たな疑問が湧いて出た。どしたの葵、と恭子が声を掛けて来る。 「……どんだけ低い確率なのかと思ってな」 「え?」 「佳奈ちゃんよ。その時、じゃんけんには何人が参加した?」  何人? と目を丸くする。正面から、その大きな瞳を見詰めた。 「え、ええと、正確な人数は忘れましたが八人くらいだったかと」 「八人でじゃんけんをして、君が負け続けたのか」 「そう、ですね」 「じゃあ偶然、君が選ばれて嘘の告白をしたわけだ。可愛い雰囲気を醸し出す、友達の少ないどんくさ三軍男の橋本君に」 「……はい」 「ちょっと葵、例え全て事実だとしても橋本君は佳奈ちゃんの彼氏なんだから少しはオブラートに包んであげなさいよ」  恭子の言葉に全員がまたしてもズッコケそうになる。 「おい。フォローを入れたつもりかも知れんが、更に橋本君を貶めただけだぞ」 「そんなわけないじゃない。ね、佳奈ちゃん。私、葵を咎めたわよね」  そうですね、と応じる佳奈ちゃんの声は明らかに無理をしていた。むしろ察してくれと言わんばかりだ。しかし呑気な恭子は、ほらっ! と機嫌良くワインを口にした。 「とにかくだ。佳奈ちゃんは橋本君へ嘘告白をした。しかし、ドッキリでしたーってバラす前に、橋本君が歯の浮くような答えを寄越した。それを聞いた君は、嘘ではなくマジで惚れてしまった、と」  確かにとんでもない切っ掛けだな。話し掛けるどころか交際までぶち抜いたし。 「そういう、流れ、でしたね」  歯切れ悪っ。 「橋本君の、迷う言と書いて迷言を聞いて、友達どころか自分より遥か格下のクラスメイトだと思っていた相手に恋心を抱いたわけだ」 「……そう、です」  ふうむ、と佳奈ちゃんの手を離し、恭子の肩を後ろから掴む。 「ちょっと、何よ。セクハラを働く気?」  失敬な。 「いや、少し手を動かしながら思考を巡らせたい。だから私はお前の肩を揉む」 「あら、いいの? ありがとう! 結構ガチガチになっているのよ。助かるわぁ」 「この中でお前が一番肩が凝っているに違いないからな」 「別に残業はかさんでいないわよ」 「いや、体型的に」  でっけぇからな。 「バカ葵! そればっかり!」  恭子の訴えを無視して肩を揉む。そして、さて、と改めて口を開いた。 「じゃんけんで八人中最も負け、嘘告白とかいう普通は自粛するようなクソ行為を実行したところ、相手からの思い掛けない思いやりに満ちた言葉を受け、一軍女子が三軍男子へコロッと惚れちゃった、と。その全てが集約し、交際へ至る確率は一体どれ程低いだろう。恭子、計算してくれ」  無茶言わないで、と速攻で断られた。 「わかるわけないでしょ、そんな抽象的な内容の計算と確率なんて」 「そりゃそうだ」 「わかっているなら振らないでよ」 「だが感心と同時に戸惑いを覚えないか? 普通に過ごしていたら到底付き合わないような二人が、滅多に無いような出来事が重なり付き合った挙句、かれこれ八年も一緒にいる。まあ途中の半年間は離れていたが、結果的にヨリを戻せたのでつつくのはやめておこう。なあ、これって凄くないか? 佳奈ちゃんがじゃんけんに勝っていたら。或いは嘘告白なんて悪い行いは絶対にしないって正義感に溢れていたら。もしくは橋本君が単純に嘘告白を受け入れていたら。二人は一緒になれていないんだぜ。その超低確率を突破した事実に驚嘆を抱いたってわけ。運命の相手だったのかも知れんよ。赤い糸で結ばれているってやつ」  あら、と恭子が私を見上げた。 「葵にしては珍しくロマンティックじゃない」 「現実離れしていると感じただけさ。頂上的な力でも働いていたんじゃないかってね」 「運命ねぇ。恋のキューピッドが矢を放ったとか?」 「縁結びの神様が二人の魂をふんじばったって線もある」 「表現の仕方が野蛮!」 「違いない」  恭子と盛り上がっていると、あの、と佳奈ちゃんが戸惑いながら寄ってきた。 「結局、私の懺悔はどうなりましたか……?」 「あぁ。反省したなら同じ振る舞いをするなよ。橋本君ともうまくいっているし、これ以上君を責めるのはやり過ぎだ。私は言いたいことを伝えたし、怒りもしたから十分だ」 「あ、コラ葵。またそうやって自分勝手に振舞うんだから。佳奈ちゃんに、昔話を叱り過ぎてごめん、くらい言ったらどう? 明らかに怒り過ぎだったわよ」  それに対しては首を横に振る。 「私が怒りの感情を抱いたのもまた事実だ。そいつをはっきり伝えない方が失礼だし、発言を取り下げたりもしない」 「んもう、変なところで頑固なんだから。佳奈ちゃん、ショックを受けたのならごめんなさい。葵は真面目だから正義感も意外と強いのよ」  いえ、と佳奈ちゃんも静かに首を振った。 「私のしでかしたことは許されるものではありません。むしろその後、付き合ってくれた聡太の方がズレているのです」 「三バカは全員変だよなぁ」  私の言葉に、はい、と今度は咲ちゃんが手を挙げた。君は発言する前に挙手するのが好きだね。 「三人揃ってズレているせいで、自分達がどれくらい変な人なのかわからなくなっていると思います」  鋭い感想に我々は揃って吹き出した。 「ははは、違いない! 変人も、皆で固まれば普通です、ってか? 私も咲ちゃんも、田中君の心無さには苦労したねぇ」  はい、と彼の婚約者は深々と頷いた。私はどうだろう、とようやく笑顔を浮かべた佳奈ちゃんは人差し指を顎に当てる。 「聡太の駄目人間っぷりに呆れて別れたりもしたけど、ズレているおかげで付き合えたし、また一緒にいられるんだろうから助かった面の方が大きいのかな」 「そういうメリットもあるんじゃね。相手次第ではむしろ君、刺されていてもおかしくない」 「うぅ……反省します……」  手を伸ばし、ふふん、と佳奈ちゃんの頭を軽く叩く。ありがとうございます、と微笑みを浮かべた。さて、君を落ち込ませたのも私なのだがね。  そして、はいっ、と恭子も手を挙げた。 「咲ちゃんの意見に賛成! 綿貫君が変わり者すぎて私がどれだけ苦労しているか!」  咲ちゃんと佳奈ちゃんと顔を見交わす。 「恭子さんの場合は疑似デートに逃げたのが一番の原因じゃないですか?」 「恭子さん、綿貫君を好きな割には田中君におんぶをして貰っていましたよね?」 「恭子も十分変人だ。何度も言うが、お前と綿貫君は似た者同士なんだよ。だから気が合うし、飲み会の度に意気投合して盛り上がっていたし、それ故お前は彼に惚れたんだろうが。自分は常識人で彼だけ変、って物言いは見過ごせねぇよ?」  ボッコボッコにされた恭子は、ひどい……と呟きワインを飲み干した。 「「「飲み過ぎないように」」」 「わかっているわよ!」  わかっていたところで自制しなけりゃ意味は無いのだぜ。そして面倒を見るこっちの身にもなれっての。先週、私が飲み過ぎたせいで少しは気持ちがわかったと思うんだがな。って、それじゃあ私も偉そうなことを言えた立場ではないではないか。まあいいか。やらかしの実績で比較すれば許されるだろう。はっはっは、恭子の指摘通り私も随分自分勝手になったもんだ。  それだけ、この子達との距離が縮まったって意味なのだから、嬉しくって仕方ないね。
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