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咲のぶっちゃけ話。①(視点:葵)
「しかし、運命の相手ねぇ」
手に持ったグラスをゆっくりと回しながら恭子が呟いた。
「綿貫君とお幸せにな」
「いや私の話じゃなくって! そもそも、か、彼が、私の、運命のお相手かなんて、ま、まだわかんないし……」
「照れてやがら。嫉妬チョップ!」
せいっ、と恭子の脳天に手刀を振り下ろす。意外と痛い! と慌ててグラスを置いた。
「暴力反対!」
「このくらいは許せ」
「嫌に決まっているでしょう!」
「で? 運命のお相手に思いを馳せていたわけ?」
肩揉みを再開する。ううん、と恭子は唐突にヘアゴムを取り出し長い髪を一つに纏めた。酔って暑くなってきたのかね。その様子を咲ちゃんがじっと見詰めている。何を考えているのやら。
「私じゃなくて、佳奈ちゃんと橋本君のことよ。確かにとんでもなく低確率を突破してくっついたのねぇ」
「そもそも佳奈ちゃんは嘘告白を仕掛けらたわけだが、自己肯定感の低さからきっぱり断って逆にマジで惚れさせた橋本君の行動がジョーカー過ぎる」
うんうん、と四人揃って深々と頷く。
「だからこそ、運命の相手だってか」
「一回別れてもちゃんと元鞘に戻れたしね。あっ、しかも偶々再告白の日、私と田中君に遭遇してやり直すところを見届けさせたじゃない! 普段よく行ったり地元だったりって場所でもないのに出くわした辺りも佳奈ちゃんと橋本君に追い風が吹いているのよ!」
「私がフラれた翌日か」
途端に沈黙が下りた。恭子は口を開けたまま固まっている。佳奈ちゃんは目元を手で押さえた。咲ちゃんは無表情を貫いている。
「冗談だよ」
「笑えないからやめて!」
「恭子が本気で怒ってくれた日でもあるなぁ。あれは嬉しかったが、制止を振り切られた時はどうしようかと思ったぜ」
ねえ、と咲ちゃんが唐突に佳奈ちゃんの袖を掴んだ。何? と目を丸くしている。
「葵さん、私の前から消えるって言ったんだよ」
うおっ、またとんでもなく恥ずかしい過去がつまびらかにされそうだ。待て待て、と慌てて咲ちゃんの元へ走ろうとしたが。
「確保!」
恭子が後ろから抱き着いてきた! 行かせないつもりだな!?
「離せ恭子! お前、何で邪魔をする!?」
「葵の黒歴史も共有しましょう」
「やめろバカ! おい咲ちゃん、バラしたらチューするぞ!?」
「望むところです。あのね」
「受け入れんな!」
「咲ちゃん、この非力な細身は私が捕まえておくからちゃちゃっと話しちゃいなさい」
「待てぇぇぇぇ!!」
「コラ葵、他の部屋に迷惑よ」
「お前が言うな!」
抜け出そうともがくが恭子の怪力に対して勝ち目など毛ほどもあるわけもなく。ガッチリ捕らえられたまま、ソファへ腰を下ろされた。背中の感触は素晴らしいが、その分メンタルがぶち壊される予感がする。
「葵さんが咲の前から? ひょっとして、田中君から告白されたことに負い目を感じた、とか?」
おぉ、と咲ちゃんが拍手を送る。私はどんどん顔が熱くなるのを感じた。
「流石佳奈ちゃん。そうなの。葵さん、咲ちゃんに申し訳が立たないからもう二度と会わない、って言ったの」
「咲、泣いちゃった?」
「ううん、泣かなかった。だって、本当に泣きたいのは葵さんの方に違いないだろうって思ったから」
……もうやめてくれ。泣いちゃうぞこの野郎。
「そりゃそうだ。田中君の方から告白したんでしょ? そして自分には咲がいるから付き合えませんけど、って何回思い返しても腹立つな! あのクソバカ!」
「私の彼氏さんではあるけれど、クソバカという意見には同意せざるを得ないね」
「本当だよ! そりゃ葵さんだって泣きたくなるわ! その上で咲に申し訳ないってのもよくわかる!」
「でも、ちゃんとお話したら思い留まってくれたの。あの日ほど、気持ちを口にして良かったなって感じたことは無いんだ」
「そっか。頑張ったね、咲」
うん、と咲ちゃんが小さく頷く。私の体からはいつの間にか力が抜けていた。恭子は変わらず全力で私を抱き締めている。感触が最高なのでされるがまま、身を任せた。……いや、これもお前の優しさなのか? 私が泣かないよう、ぎゅっとしてくれているのかね。わかんねぇな、だって恭子も変人だもの。揺るぎないのは私の親友であるというその一点。それだけで十分だ。
「ただね、昔の私だったら諦めていた気もするんだ」
え、と佳奈ちゃんが声を漏らした。私は黙って耳を傾ける。
「それって、私達と知り合う前の咲ってこと?」
「その頃の私はそもそも他人を引き留めたわけがない。近付かれようが離れようが、私は他人と関わってはいけない、だから勝手に何処へでも行けばいい、って価値観を持っていたから。そうじゃなくてね、もう少し後の私。田中君とお友達になって、三バカや佳奈ちゃんと出会った頃の私だよ」
「咲、私と知り合ってからあんまり変わっていなくない?」
「うん。ただ、ちょっとだけ違うんだ。……あのね、恥ずかしいから直接言えないので今、佳奈ちゃんに話している体を取っているんだけど」
恭子の腕へ更に力が入る。これ以上締め付けられると更に一層くびれが細くなりそうだぜ。
「佳奈ちゃんや三バカとお友達になってからも、もしこの人達が私の前からいなくなったとしたらそれはしょうがないよなぁ、だって相手の選択を妨げる権利なんて私にはないもんなぁ、って。そう思っていた。ただ、田中君を好きにはなっていたから、とても悲しくなったとは思う。それでも、いなくなる道を相手が選んだのならどんなに寂しくても意思を尊重しなきゃ、って決めていたの」
「……そうだったんだ」
うん、と咲ちゃんの小さな頭が縦に振られる。私は恭子の袖を掴んだ。んふふ、と背後から笑い声が聞こえる。
「でもね、恭子さんと葵さんに出会って、恭子さんのコスプレ撮影会を始めて、葵さんと二人で恭子さんの写真を愛でる会を結成して、四年間ずっと一緒に過ごす内にね。私、変わっていたの。追い掛けたのが、その証拠だよ」
咲ちゃんは一つ深呼吸をした。こっちの鼓動も高鳴りっぱなしだ。
「葵さんを失いたくない。いなくなるって選択を葵さんはしたし、私も尊重はしたけれど。傍にいたいって気持ちは見ないふりを出来なかった。世界の何処に行っても会いたくなったら呼んで下さい、だって私は超能力者ですから。そう伝えて、ずっと寄り添っていますよって意思を示してさ。言葉にはしなかった、いなくならないで下さいって。それは葵さんの自由を奪う行動だから。でも、いつでも傍にいるって伝えたら踏みとどまってくれた。正直、ドキドキしたよ。もしかしたら田中君のおバカで軽率で人の気持ちをまるで考えない、そのくせ誠実だったから、なんてはき違えた理由の告白のせいで、葵さんとはもうこれっきり会えないかも知れない、って可能性は頭を過ったから。だから、やっぱりもう一回話をさせて、ってはっきりお願いされて凄く嬉しかったの。同時に、私はいなくなろうとしているこの人を追い掛けるようになったんだな、とっても大切な人ができたんだな、って気付いてびっくりした。私が変わっていることに、私自身が気付いていなかったから。人の根っこはあんまり変わらない、って皆口を揃えて言うけれど、変わる部分もあるんだよって私は思うの。強い想いがあればね」
そこまで話した咲ちゃんは、結局何を言いたかったんだっけ、と頭を掻いた。
「咲が変わる程、葵さんを好きって話じゃない? あとは田中君は改めて最低だなって再確認」
「もう皆、許してあげて欲しいなぁと思う一方、彼は一生この件で石を投げ付けられるんだろうなぁと確信してもいるんだ」
「そりゃそうだ。うっ、でも嘘告白から聡太と付き合い始めた私に批判する権利は無い気もする!」
「佳奈ちゃんも人の心が無いもんね」
「……反論の使用もございません」
「あはは、冗談だよ。君もいい人で、私の大事なお友達です」
「ありがと。咲にそう言われると安心する」
「私も佳奈ちゃんとお友達になれたのがとても嬉しいよ。本来、口もきかないような、天と地ほどの隔たりがある人だもの」
「そんなことないって」
「ところで、私は恥ずかしくてお顔を向けられないのだけれど、先輩方の様子はどう?」
振り返ったであろう佳奈ちゃんの目に入ったのは、優雅に足を組んで座る恭子だけに違いない。だって私は尋常でなく熱を持った顔を見られたくなくて、途中から恭子のソファの後ろに隠れていたから。ガッチリと私を掴まえていた恭子だが、涙目で照れる私が、頼む、と囁くと察して解放してくれた。まったく、察しの良い親友だよ。
「葵さんがいない。恭子さんはセレブみたい」
佳奈ちゃんの答えが聞こえる。え、と咲ちゃんの声も響いた。
「……葵さん、どちらへ?」
「……ソファの裏」
返答がえらく低音になる。泣きださないよう、喉を締めているからな。
「私の話、最後まで聞いてくれましたか」
「聞いていた」
そこで一旦詰まってしまった。チクショウ、さっきまで佳奈ちゃんをチクチクいじめていたのに泣き出したりしては格好がつかない。すると、ちょっと、とソファの背もたれの上から恭子が顔を覗かせた。
「可愛い後輩がここまで語ってくれたのよ。応えるのが先輩じゃないの」
「……だって、好意がストレート過ぎて、恥ずかしい」
その答えに、ふふん、と恭子は笑顔を浮かべた。
「じゃあ私も一つ、バラしちゃおうっと」
「え、ちょ、何を」
「聞いてよ佳奈ちゃん。葵ってば、こんなにも咲ちゃんから慕われているのにこないだ滅茶苦茶いじけたのよ」
ね、という声は咲ちゃんへ同意を求めたと思われる。
「あ、コラ恭子。やめろ! 終わった恥をさらさんでくれ!」
「嫌なら出て来なさい」
「やだ!」
「恭子も咲ちゃんも私のところからいなくなるんだ、どうせ皆、私なんて必要無いんだ。そんな風にぶつくさ文句を垂れていたのよ」
「え……そんなわけないじゃないですか……」
やめろぉ~、と我ながら情けなく懇願する。しかし恭子は容赦が無かった。
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