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それぞれの不満。(視点:葵)
「何だい、咲ちゃん」
「一つ、葵さんにお伺いしたいのですが。恋バナはお好きではないのですか」
うん? どうしてそんな質問をする?
「相手によるぞ。友達以外の奴らの恋愛事情など、どうでもいい。惚れたの腫れたのくっつくだの別れるだの、勝手にやってくれと思っている」
「……お友達は、セーフですか」
「いつもの七人の話だったら、ちゃんと聞くぞ。ほら、橋本君と別れた佳奈ちゃんへお節介にもわざわざ会いに行ったじゃんか。そもそも興味が無かったらそんな真似はしないだろ。だから全く、頭から恋愛の話題を否定はしていない」
「だから、相手による、と」
「そういうこと」
その答えに、ほっと胸を撫で下ろした。良かった、と微笑みを浮かべている。
「何で」
「だって葵さん、二年間も私の恋愛相談に乗ってくれていましたから。ずっと嫌な思いをさせていたら申し訳ないと心配になりまして」
あぁ、と気付いて途端に私は堪え切れず笑い声を上げた。
「おい咲ちゃん、あんだけ君に田中君への気持ちを喋らせておいた私が、実はずっと嫌がっていたんじゃないかって気になったのか? 私の方から、どうなんだよ、って聞きだしていたのに?」
「だって、興味が無い、どうでもいい、って仰るから……」
「本当に君は素直だねぇ。そして君は、私が本心から興味が無い、或いは毛嫌いしている話題に全く触れない性分なのも知っているだろ。こんな話はしたくないって思っているのにわざわざ自分から切り出すなんて有り得ない。だが、君が心配する気持ちもわかる。うーん、いい子いい子。よしよし」
もう一度、頭を撫でる。かーわいいっ、と恭子が茶化した。真面目過ぎ、と佳奈ちゃんも薄い笑みを浮かべている。その時、あ、と咲ちゃんは目を見開いた。
「今度はどうした」
「一つ、とても悲しかった記憶が蘇りました」
「私は関係無いよな」
「いいえ。葵さんの発言に、しゅんとさせられた思い出です」
「よし、話すな。そのまま墓まで持って行け」
これ以上、私の恥を晒すんじゃない! いや、恥とは限らんがどうせ失言に違いないから碌なもんでないのはほぼ確定だ。……やっぱ恥やんけ!
「葵さん、一度恋愛相談から降りようとしたのです」
げっ、と声が漏れる。その話かー。その話かー! 私が自分に全く価値を見出していなかった頃の発言だ。うわぁ、黒歴史! 嘘っ、と恭子が身を乗り出す。
「どうして? 二年も咲ちゃんの恋路を応援していたのでしょう? なのに何で降りようとしたのよ」
「確かに、葵さんの性格からすれば途中で投げ出すような真似はしなさそうですが」
佳奈ちゃんまで食い付いてきた! 一軍女子はピラニアなのか?
「いいよ咲ちゃん、その話はしなくてさ」
「いいえ、します」
「頑なな理由を教えてくれ!」
「悲しい思い出を曝け出して、葵さんが二度と同じような真似をしないよう仕向けたいからです」
「そこまでショックだった!?」
「葵、ステイ」
「ちょっと静かにして下さい」
「ぶっ飛ばすぞ一軍女子ども!」
咳払いをした咲ちゃんが、あれは沖縄旅行へ行く直前の出来事でした、と口を開いた。やめてくれるつもりは無いな!
「唐突に、葵さんが提案されたのです。私が田中君へ恋心を抱いていることを恭子さんにも教えてはどうだろうか、と。恭子さんの方が私の助けになるから、というのが葵さんの主張でした。そして、二年も恋愛相談に乗ったのに前へ進めさせてあげられなくてごめん、と仰いました。挙句の果てに、時間を無駄にさせた、とか、足を引っ張っただけだった、などと発言する始末。だから自分より恭子さんの方が相談相手として適切だ、と。そう言いました」
咲ちゃんは淡々と言葉を紡いだ。恐る恐る恭子を見ると、バカ、と口の形が動いた。反対側の佳奈ちゃんを確認すると、わざとらしく首を振った。……そんなに呆れなくてもいいじゃんか。しょうがないだろ、当時の私は私自身の価値をゼロだと認識していたのだから。今でも自己評価はゼロだけどさ、あの頃よりも多少は前向きに自分を捉えられてはいる。
「だけど私は、嫌です、とはっきりと断りました。葵さんだから恋心を打ち明けたのです、そして二年の間に関係が変わらなかったのは私が怯えていたからです、と。それでも葵さんは渋っておいででした。しかし、私が初めて恋バナをしたお相手は葵さんで、とてもドキドキしたことや、人を信頼するってどういう感じなのか知ったという事実をお伝えしたら、ようやく納得してくれました。そして最後まで恋愛相談に付き合ってくれました。青竹城にも連れて行ってくれましたねぇ。いえ、連れて行ったのは私の瞬間移動ありきでしたが。楽しかったな、恋愛相談。あの頃は片想いでずっとドキドキしていました。そしてその気持ちを共有出来るお相手に葵さんを選んだというのに! 私の気も知らず、相談相手として不適当だから恭子さんにお話ししなさい、なんて私の知っている葵さんの発言の中で一番ひどいものですよ」
滅茶苦茶根に持たれていた……。あんたねぇ、と恭子の呆れた声が響く。
「自己肯定感が低いのは知っているけど、咲ちゃんの気持ちを考えなさ過ぎ。自分が慕われている自覚は無かった? 恋愛相談は誰にでも出来ると思っていた? そもそも大した根拠もなく、恭子の方がいいと思う、なんてぶん投げられたら咲ちゃんがどんな気持ちになるか想像した? 今、言っていたようにこの人だから相談しよう! ってなるくらい重い気持ちが恋心でしょ。自分が相手だから咲ちゃんも打ち明けてくれたんだ、と受け取りなさいよ。それに相談をする側と乗る側の相性もあるわ。例えば私は田中君が咲ちゃんを好きだって気付いたし、うじうじしていてこれはシリを蹴飛ばさなきゃ上手くいかないってすぐにわかったから背中を押した。私は割とスパルタなタイプなの。だけど咲ちゃんにそんなアドバイスは出来ない。とっとと行ってこい! って言い辛いの、わかるでしょ。だから私は咲ちゃんに対して、話を聞いてあげて、頑張りましょう! いつか叶うといいわね! くらいのふわついたメッセージしか送れなかったと思う。ほら、ちょっと聞いただけでこんなにあんたのやらかしに対する指摘出て来たわ。あんたの自己肯定感が異常に低かったのも、今はマシになったのも知っている。その上で、過去のあんたの申し出に対して否定的な意見を送るわ。何言ってんのバカ、ってね」
親友が、親友であるが故に過去の私をボッコボコにした。申し開きもございません、と項垂れる。
「咲、それは寂しかったでしょ」
「うん。急に里子へ出されたような気分だった」
「そりゃそうだよね。葵さんのこと、あんなに慕っているのに私じゃ役に立たないから恭子さんのところへ行っておいで、って追い出されようとしたようなものだもんね」
「そうなの。どうして、そんな……ってショックだったよ」
「気持ち、よくわかる。ひどい先輩だね」
「大好きだけどね。だからこそのダメージなのです」
チクショウ、後輩二人がコンビネーションで責め立てて来る! ええい、両手を繋いでじっとこっちを見詰めるんじゃない!
「くそぅ、この部屋に私の味方はいないのか」
「いるわけないじゃない」
「ご自分の過去の発言のせいですよ」
「とっても寂しかったのです」
六つの目玉が私を捉える。女子会ってこんなに居心地悪くなるところなの!? 唇を噛んでいた私だが、悪かったよ、と絞り出した。
「仰る通り、咲ちゃんの気持ちを考えていなかった。恋愛相談から下りようとして、ごめんなさい」
「寂しかったです」
しつこいな!? やっぱ咲ちゃんって根に持つタイプだ!
「でも、告白出来るまで背中を押してくれたから、改めてお礼を言わせて下さい。ありがとうございます」
一転、ぺこりと頭を下げた。大きく息を吐く。
「まあ、葵は葵で死ぬ一歩手前まで咲ちゃんを支えたのだものね」
おっ、まさかの助け舟が恭子から出て来た! 顔を上げた咲ちゃんが、しかし途端に泣きそうになる。ううむ、どっちの選択が正解だ!? 恭子に乗るか、咲ちゃんを擁護するか!
「そうだそうだ。死に掛けたぞ。だけど生きているから気にすんな」
迷ったら二兎を追ってやるぜ!
「そんなにひどかったんですか? 超能力の暴走を止めようとして死に掛けたとは聞いていますが」
思いがけない方向から佳奈ちゃんが入ってきた。そうよ、と恭子が応じる。
「人間が黒焦げになるところ、初めて見たわ」
「そうそう目撃するような環境はご遠慮願いたいね」
話が重くなり過ぎないよう茶々を入れる。
「その件に関しては本当に申し訳ございませんでした……」
あぁ、それでもやっぱり咲ちゃんは丁寧に謝っちゃった。何度水に流しても心に引っ掛かって離れないらしい。実際、私を殺しかけたのは咲ちゃんの超能力が暴走したからではあるが、そもそも神様の手のひらの上で踊らされていたわけなのでそこまで気に病まなくてもいいんだがねぇ。私と君の駄目な部分を解消するために必要だったのだからさ。
その時今度は、ちなみに、と佳奈ちゃんが唇を尖らせた。
「私だけ、その場にいないんですよ。咲と田中君が付き合い始めた現場に」
「……そういやそうだな」
「恭子さんのコスプレ撮影会は、恭子さん、咲、田中君、葵さんの四人で始めたわけでしょ。そして咲の恋愛相談に葵さんが、田中君の相談に恭子さん、聡太、綿貫君が乗っていて、偶然告白のタイミングが被ってそれぞれが咲と田中君の背中を押そうと撮影会の日に集合したんでしょ」
「……そうね」
「私、呼ばれてないんだけど」
……。
「恭子さんと葵さんと知り合う前だからしょうがないかも知れないけど。私だけ、蚊帳の外だったんだけど」
……誰も、何も言えない。咲、と佳奈ちゃんの静かな声に小柄な超能力者が身を震わせる。
「唯一、同性で同い年の友達だって言ってくれるじゃん。でも、私だけ、いなかったね」
「……」
……。
「ね」
……。
「いや、まあしょうがないよね。タイミングとか、相談相手とか、色々いるもんね。ただ、六人はいるのに私だけ何も知らされていないままだったのがどうしても引っ掛かっちゃってさぁ。うん、気にしない、気にしない。二年前の話だし。そう、先輩達と私だけが唯一面識が無かったし。いきなりコスプレ撮影の現場に知らない奴が現れても困るよね」
「……ごめんね」
「気にしないで! 私もこれ以上、蒸し返さないから。ただ、ちょっとだけ、横になるわ」
佳奈ちゃんはベッドに突っ伏して。
「私も告白の現場に呼ばれたかった!!!!!!!!」
とこの上なく正直な叫びを上げたのだった。ごめんね佳奈ちゃん。だがその本心の発露のおかげで気まずい空気は笑いに変わったよ。ありがとう。流石、気遣いが上手だね。空気を悪くした上で更にぶち壊すという自作自演みたいな振る舞いとも捉えられるが、君だけ呼ばれなかったのは事実なので目を瞑るとするよ。
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