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二手に分かれて盛り上がる。(視点:葵)
「取り敢えず明日にしろ。今のお前は酔っている」
「酔っていようといまいと予定が変わったりはしないわよ」
「いいから。嫌だぜ、別の予定とバッティングを起こしたり約束した日をお前が忘れて一人待ちぼうけを食うなんてさ」
「咲ちゃん、佳奈ちゃん! バックアップは頼むわよ!」
お任せを、と後輩二人が敬礼をする。いいから、と手を振り追い遣った。まったく、困った連中だ。
「本当に乗り気じゃないわけぇ?」
乗り気では無いし、お前が酔っ払っているから余計に嫌なんだっつーの。伝わらないのがアルコールの回っている何よりの証拠だ。やれやれ。
「でも恭子さん、アイススケートを始めた当日に滑れるようになるなんて流石ですね」
流石に空気を察してくれたのか、佳奈ちゃんがさりげなく話題を逸らした。褒められた恭子は、でへへ、と頭を掻いた。その笑い方、なんとかならんのか。
「運動神経、良いんですね」
「いやぁ、まあ、そうねぇ。うふふ」
「んん? 恭子さん、何か言いたげですね」
まったくだ。しかし私には内容がわからない。生憎こちとら、テレパシーは使えないんでね。
「あ、わかった!」
おや、佳奈ちゃんも超能力者だったのかな? そいつは知らなんだ。
「綿貫君のおかげだって言いたいんでしょ」
率直な指摘に、きゃーっ、と両手を頬に当てた。乙女ですね! と佳奈ちゃんもはしゃぐ。私にはムンクの『叫び』にしか見えないが。何となく咲ちゃんを手招きする。寄って来た後輩の両頬へ同じように手を当てると、口を縦に開いた。『叫び』やん。可愛い。
「よくわかったな」
「田中君に頼らずとも、私も葵さんの思考を追えるように頑張ろうかと思いまして」
「やめておけ。ひねくれ者の考えなんざ君が理解する必要は無い」
「でも私、葵さんのことをもっとよくわかりたいです」
「傍にいてくれりゃぁ充分さ。むしろ咲ちゃんのへそまで曲がったらそっちの方がショックだぜ」
「そうですか? 葵さんがそこまで仰るのなら諦めましょうか」
「うん、やめておけ」
私の考えが読めなくなったら田中君に訊けばいい、とは流石に口にはしなかった。咲ちゃんを複雑な心境にはさせたくないもの。
一方、向こうでは恭子と佳奈ちゃんが再び盛り上がり始めた。どうしたらいいのよぉ―っと笑いながら叫んでいる。
「何をやっても疑似体験! 下手すりゃ告白も疑似と取られかねないって話を葵としていたのよ!」
そんなバカみたいな話、したっけか? 先週はこっちの情緒もいっぱいいっぱいだったのであんまりよく覚えていないのだ。
「そんなわけない、って断言出来ないのが綿貫君なんですよねぇ!」
「そうなの! だって腕を組んだのにそこまでの疑似体験はさせなくていい、って断ったのよ!? ドキドキしながら、今日はいいの、って言ったのに、全然こっちの気持ちを汲んでくれないし!」
「普通はそこで、ひょっとしたら本気で気があるのかな? とか思いますよねぇ!?」
「やっぱりそうよね!? 私、自分がズレているのかと自信を無くすところだった!」
「大丈夫、恭子さんの選択は正しいです! 綿貫君がズレているだけ!」
「やっぱりそっか! ほら、疑似デート自体が私のエゴで始まったでしょう? おかげでこんな迷宮に着地しちゃったから、どうしても私が悪いのかな? って思いがチラつくわけ」
「そこに彼の変人かつ鈍感ぶりが噛み合ったせいで更にややこしい事態を招いてしまった、と」
「私の自業自得と言われればそれまでよ。だって彼と一緒に過ごしたくて苦肉の策で生み出した提案なのだから。だけどどうしても釈然としない気持ちは抱いてしまうのよ! 感情を完璧に制御することは出来ないからね!」
「そう思うのも仕方ありません!」
きゃっきゃきゃっきゃやっているのが綿貫君が昔惚れた相手と今惚れている相手なのが地味に気になる。しかし彼もウブな割に案外面食いなのかね。佳奈ちゃんは可愛いし恭子はクソ美人だし。それとも明るい人が好きなのか? 綿貫君は明るく見えて、案外根暗なところがあるらしいからな。夜に虫が灯りへ集まるように一軍女子へ惹かれているのかも知れない。
「楽しそうですねぇ」
隣のソファに腰を下ろした咲ちゃんは、ワインを口に含みのんびりと呟いた。
「恋バナ、咲ちゃんは好き?」
その問いに、うーん、と首を傾げる。
「相手のお話を聞かせていただけるのは、ドキドキしますから割と好きです」
「ほぉ」
「そして葵さんに自分の恋愛相談をしていた時は、聞いて貰えて嬉しかったです」
「そっか」
でもですね、と盛り上がる恭子と佳奈ちゃんを見詰める咲ちゃんの目が少し細められた。
「一番大切に感じるのは、やっぱり関係性なのかなぁ、と」
「関係性?」
何となく察しはつくが、疑問形で応じる。はい、と咲ちゃんは穏やかな笑みを浮かべた。
「私は葵さんにしか自分の話をしませんでした。恭子さんや佳奈ちゃんを信頼していないというわけではありません。だけど葵さんにだけ、お話をしようと思いました。それは貴女を最も信用していたからに他なりません」
……何度聞いても照れる評価だ。
「逆に、ご自身の恋バナを聞かせてくれる方からは、私を信じてくれていると伝わって来るので嬉しいです。恭子さんが、酔っ払ったとは言え私を頼ってくれた時、色々と腹が立ちもしましたが頼られたこと自体に対しては胸を張りたい気分でした」
「あぁ、あの最初に綿貫君への恋心を自覚した日か。私のエプロンに涙と鼻水を付けたんだったな」
「はい。今更葵さんから向けられた恋心について考え込み、迷ってしまうというのはつまり、葵さんから告白された時点ではちゃんと向き合っていなかったのではないか。そう推測して私は怒ってしまいました。何のことは無い、恭子さんは誰よりも真面目に自分と、相手の気持ちや関係を考え込んでいたのでしたが」
「あいつは本当にクソ真面目だよなぁ。まさか六年前の告白を勝手に蒸し返して大泣きするとは思わなんだ。いくら泥酔していたとしてもね」
「びっくりしましたか?」
「いや、それより家を出る間際で困ったけど。一方、あいつならそんな暴走もあるだろうなって割とあっさり納得したよ」
「葵さん、すぐに受け入れておいででしたものね。流石親友。凄いです」
「伊達に八年も傍におらんのだよ」
そして、そっと咲ちゃんの頭に手を伸ばす。
「ありがとうな、私のために恭子へ怒りを向けてくれて。葵の気持ちにちゃんと向き合ったのか、って咲ちゃんが怒ってくれたことも私はとても嬉しいよ」
絹のような手触りの髪を撫でる。だって、と咲ちゃんは私を見詰めた。
「私にとって、恭子さんも佳奈ちゃんも、橋本君も綿貫君も大事なお友達ではあります。だけど葵さんはやっぱり特別なお姉さんです。私は誰を差し置いても、貴女の味方でありたいと思います。尤も、その前に恭子さんが葵さんのお隣にはいらっしゃるでしょうけれど。掛け値なしの親友になられたのですもの」
「ふふん。私ってば、たくさん愛されているね。ありがてぇなぁ」
咲ちゃんが頭を撫でる私の手を取った。そうですよ、と優しく握られる。
「葵さんのことが大好きな人はたくさんいます。私も、恭子さんも、佳奈ちゃんも。三バカもそうです」
あぁ、と手を見詰める。
「二年前の私は、そんな大事な気持ちにも気付いていなかったんだな」
「おや、今だって怪しいですよ?」
「んなこたない」
「でも私や恭子さんがいなくなっちゃうかも、っていじけたのはつい先週ではありませんでしたか?」
うっ、その話を持ちだされると強く出られないな。まあ、うん、と口籠ると、からかっていまいました、と舌を出した。白い頬を人差し指でつつく。
「生意気になったのぉ」
「誰に似たのでしょうね」
「私だとでも言いたいのか?」
「明言は避けると致しましょう」
その返答に声を上げて笑う。
「確かに君も変わったわ! 昔はこんな物言い、しなかったもん!」
「怒らせちゃいましたか?」
「まさか! 距離が縮まって嬉しいよ」
そんでもってさ、ともう一度頭に手を置く。そして顔を近付けた。
「人は変わることもあるってよくわかった。私の根っこは変わっていない。私は私に価値を見出せていない。だけど君を見ていると、もしかしたら変わる時が来るかも知れない、と前向きに捉えられる。一応、自分の価値観が異常な自覚はあるからね」
私の言葉に、来るといいですね、と優しく微笑み掛けてくれた。
「その時は嬉々として報告するよ。君のおかげだ、って」
「実際にそうかはわかりませんが、そう言っていただけたらとても嬉しいです。大好きな葵さんのお役に立てたという意味ですから」
「うん。だから、ずっと傍にいて、私に希望を見せておくれ」
「頼まれなくてもそのつもりですのでご安心を」
ありがとう、と片手で小さな頭を抱き締める。お互いにくっついたほっぺは割と熱を持っている。私達も、もう割と酔っているのかもね。だけど今、交わした会話は忘れないよ。
これからもよろしくね、咲ちゃん。
その時、スマホが振動を始めた。どうやら着信しているらしい。誰だ、幸せなひとときに空気を読まずに電話なんざしやがって。気付かないふりをして咲ちゃんにくっつき続けようかと思ったのだが、震えが伝わったのか、お電話みたいです、と咲ちゃんの方から離れて行った。
「……そうみたいだな」
「出た方がよろしいのでは? こんな夜中に掛けて来るなんて、急用かも知れません」
そう言われては確認するしかない。チクショウ、どこのどいつだ。苛立ちながらスマホを取り出す。画面に表示されていた名前は、ん? こいつから電話とは珍しいな。同じように覗き込んだ咲ちゃんは、おや、と目を丸くした。
「彼も私達が女子会中なのは十分わかっているはず。それなのに掛けて来るとは、一体何故?」
「その辺の空気は読める奴だと思っていたが、あぁ、いや待てよ。もしかすると」
呟く私を咲ちゃんが不思議そうに見上げる。まあいい、想像したって答えは出ない。まったく、面倒な展開にはしないでおくれよ。そう祈りながら私は通話ボタンを押した。
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