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お前のは絶対性欲だろ!(視点:田中)
「まあお前らのクリスマスにおけるベッドイン事情はともかくとして」
「だから俺はしないってば!」
俺の相手に誰を想定しているかで話は変わって来るんだが。そして綿貫は橋本の発言の違和感に気が付く様子も無い。俺のベッドイン事情なんて咲しか有り得ないはずなのに、そこを橋本がいじっているのはおかしいのだ。だけど全く気付いていない。マジで大分酔っ払っているな。一方、橋本はツッコミを見事にスルーした。
「綿貫、プレゼントとか用意した? クリスマスにデートをするなら必須だよ?」
おう、と途端に胸を張った。しおれたり叫んだり元気になったり、忙しい奴。
「バッチリ用意してあるぜ。ふっふっふ、そしてこれは俺自身が自分でも頑張ったと思うのだが、なんと葵さんに協力して貰って選んだのだ!」
橋本が一瞬、こっちを見た。やめろ、意味深な視線を寄越すのは。嫉妬とかしないから。なんならその日の終わりに葵さんに会っているから。
「恭子さんの好みを一番よくわかっているのは葵さんだから?」
「その通り!」
「でも綿貫にしてはよく誘えたね。葵さんも照れちゃう対象なんでしょ」
うむ、と深々と頷いた。……だから橋本よ、いちいちこっちをチラ見するなって。
「そうなんだよ。俺が好きなのは恭子さんだ。とは言え葵さんもお独りでいらっしゃる。だから照れちゃう」
「佳奈や咲ちゃんは平気だもんねぇ」
あ、橋本が悪い顔をした。これは遠回しに俺をいじろうとしているな!?
「うん。高橋さんは昔好きだった相手だけど、今は特別な友達だ。そして咲ちゃんも仲良しのお友達」
「一緒にいても照れないんだ?」
「当たり前だろ? 高橋さんには橋本が、咲ちゃんには田中がいる。恋愛対象になるわけが無い」
「そりゃそうだ。綿貫は浮気なんてしようとするわけないし」
「うん。浮気、駄目、絶対。もし万が一、別の人を好きになったのならきちんと別れてからお付き合いをするべきだ。二股をするような奴は人間の恥だと思っている」
……耳が痛い。二股じゃないけど、二人を好きになったから。チクショウ、橋本め。こういう展開になるとわかって話を振っただろ。
「でも背徳感が病み付きになるらしいって聞くよ?」
「もしお前らが高橋さんや咲ちゃんと付き合っているのに別の人へうつつを抜かしたら、俺に言え。ぶん殴って目を覚まさせてやる」
痛そうだから嫌だな……。
「安心して。俺はそういう、相手を裏切るような選択はしないから」
「橋本はちゃんとしたところで遊びそうだもんな」
「プロが相手ならいいの?」
「良くはない。俺はしない。だけど浮気よりはマシだ」
「綿貫の基準ってよくわかんないな」
そこについては同感だ。ただ、下手に口を挟むと最終的に殴られかねない。だから今は貝のように押し黙る。そんな俺の様子に橋本は肩を竦めた。何だよ。
「それで? 葵さんと二人で買い物に行ったの?」
話が戻る。あぁ、俺をいじるのに飽きたのか。まったく、いい性格をしているよ。
「そうだよ」
「デートじゃん」
率直な指摘に、そうなんだよ! と急に叫んだ。びっくりするからやめてくれ。
「現場で気付いたんだ! これは疑似浮気だって!」
死ぬ程バカみたいな響きだ。何だ、疑似浮気って。それこそそういうコンセプトのお店がありそうだな。
「男女が二人でいると浮気になるの?」
「浮気のつもりは無かった。だけど俺は付き合っていない恭子さんと二人で遊ぶ状態を疑似デートと呼んでいる。俺と恭子さんにとっての共通認識であり、つまり俺らは男女二人でいた場合、それを疑似デートと捉えなければならないのだ!!」
常識を超越した理論に頭が痛くなる。まあ、俺の告白よりはよっぽど健全だけどさ……。
「じゃあ疑似ベッドインまですればよかったのに」
また橋本がいじり始めた。葵さんと綿貫が逢瀬を重ねるなんて想像出来ない。
「するわけないだろ!? 俺が好きなのは恭子さん!!」
そこまではっきり断言するなら告白しろよ。
「葵さんも綺麗じゃん」
「だから寝よう、とはならない!」
「真面目だなぁ」
「お前が不真面目すぎるだけ!」
その指摘には深く頷く。よくもまあ高橋さんとヨリを戻せたものだ。
「まあもし万が一綿貫がホテルへ誘ったとしても、葵さんの側から断ると思うよ。あの人、滅茶苦茶ウブだったもん」
そうなのか、と綿貫が目を丸くした。
「下ネタは好きだし咲ちゃんによくチューをせがんでは断られているのに」
「うん。だってこないだ、ピザをあーんってしてあげただけで真っ赤になっていたもん」
……どういう状況だ。同じく引っ掛かったらしい綿貫が、今度は首を捻る。
「何で橋本が葵さんにそんなことをしたんだ?」
「からかっただけだよ」
「そもそもどういう状況だったんだよ」
俺も疑問を口にする。このくらいなら大丈夫だろ。
「こないだ、佳奈と咲ちゃんと葵さんと四人でピザパーティをやったんだ。その時、佳奈が到着する前に、ちょっとね」
「ちょっとね、で、あーんをする辺り、やっぱ橋本って遊び人だわ。俺が恭子さんにやったとしたら、百パー途中でピザを皿に叩き付けるわ」
一方、俺は頬杖をつく。ウブ、か。
「あと、ハグくらいしたらどうです? って提案したけど全力で却下された。あの人、海外旅行には行けないね」
ハグまでしようとしたんかい。……俺にはしてくれたな。咲に勧められたからだけど。って、だから何だってんだ俺! 心の中で橋本にマウントを取ってどうする!
「お前、そりゃ断られるよ。だって橋本がそんなことを言い出すのは下心故だって皆わかっているもん」
「いやいや、多少は慣れた方がいいんだって」
「絶対、お前が葵さんに抱き着きたかっただけだ」
「誤解だって。俺には佳奈がいるもん」
俺にも咲がいる。そしてまさかの咲が葵さんへ俺にハグをするよう勧めて実行したわけで。その優しさに俺はコロっと……。
あぁ、と巨大な溜息と共に声が漏れる。駄目だ、罪悪感が半端じゃない。
「田中、どうかした? 飲み過ぎた?」
お前のせいじゃい! 散々いじっておきながらしれっと心配する風を装いやがって!
「何でもねぇよ」
「そ」
けっ。
「あれ? まさか綿貫は葵さんとハグしたの?」
するわけねーじゃん。綿貫、真面目だもん。俺と違って。
「するわけないだろ! プレゼント選びを手伝って貰うのにハグは要らん!」
ごもっとも。
「あぁ、そうだ。プレゼント選びだった。話が逸れるなぁ。それで、結局何をあげたのさ」
「何でちょっと苛ついているんだよ。お前が散々とんでもない発言を繰り返したせいだろ!? ベッドインとかハグとか、俺がしないってわかっているのにからかいやがって!」
「本当にすればいいのにとは思っているよ? あ、恭子さんとね? 葵さんとじゃなくて」
「わかっているわ! そんでもって何回言えば覚えるんだ!? 俺はお付き合いをしていない人と寝たりはしない! そして恭子さんには告白しない! 故に恭子さんとどうこうなる未来は訪れない!」
訪れるんですけどね。綿貫が知らないだけで。
「わかったよ。で? 何買ったの? 早く教えてよ」
「だから何で橋本が苛つくんだよ!」
「早く。葵さん、いいアドバイスをくれた?」
その問いに、それがさぁ、と一転綿貫は笑顔を浮かべた。俺も背筋を伸ばし、プレゼント選びの話を聞く体勢に入る。
「葵さんはな、俺にプレゼント選びのなんたるかを教えてくれたんだ。選ぶにあたって何が大切なのか。決して頭から抜け堕とさせてはならない大事な芯の部分をな。それは俺自身が恭子さんのことをちゃんと考えて選ぶという、シンプルだが重要な教えだった」
当たり前にして大前提の教えだな。だが綿貫はそれすら頭に無かったのか。
「葵さんがそんなアドバイスをしてくれたのか」
「どっちかと言うと俺自身に気付かせるため段取りを組んでくれた感じだな。靴下屋さんでさ。色とりどりの靴下を前に、恭子さんへ似合う品はどれかと俺に考えさせた。そして、選ぶ上で、では何故それを選んだのか、理由について思考させてくれた。おかげで気付かされたんだ。人のためにプレゼントを選ぶとはどういう行為なのかって」
葵さん、めっちゃ真っ当に先輩をやっているな……。恭子さんから素直になれって言われて素直にいじけた人と同一人物とは思えない。
「凄い導かれているじゃん……」
珍しく橋本も茶化さなかった。だろ、と綿貫が満面の笑みを浮かべる。
「だからその後、いっぱい考えたぞ。恭子さんが何を好きか。どんな物をあげたら喜ぶか。あの人が必要とし、使ってくれて、当然邪魔だったり迷惑にはならないプレゼント。何があるか、俺なりに一生懸命思考してちゃんと決めたんだ!」
ほほう、と呟く俺の顔は自然とにやけていた。橋本も唇を三日月形に歪めている。途端に綿貫は、恥ずかしい! と顔を覆った。
「恭子さんを大好きみたいな発言をしちゃった!」
「いや好きだろ」
「そのまんまじゃん」
「恐れ多い! おこがましい!」
こいつの妙な自己肯定感の低さは何とかならないものか。まあまあ、と宥める橋本の表情はしかし明らかにいじりたがっていた。やめとけよ、また騒ぎ出すから。
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